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ダンジョン配信の神様 ~俺がいなけりゃお前らなんてクソの役にもたたねえってことを忘れるな~  作者: 深海くじら


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第40話 追跡行 ~針井氏はいかにして瞬殺ハリーとなったか~

『カブキマエ』なら俺も知ってる。特定の集団を指すのではなく、十代の少年少女が新陳代謝のように入れ替わる「場の求心力」ってとこか。俺は彼らじゃないから外野から眺めてるだけだが、社会の闇に向かって成長していくネガティブな文化圏といったイメージだ。実際、大小さまざまな犯罪の温床にもなってると聞く。


 新宿ダンジョンが発見されたとき、真っ先に潜り込んだのも彼らだったとか。


「鍵となるクスリを持った少年と少女が売人たちに追われ、この迷宮に逃げ込んだんです。まだ『新宿ダンジョン』なんて名前が付く前。当然、僕と相方も追っかけて中に入りました」


 針井氏はなりゆきの話を続けた。瞳をきらつかせる水面が食い入るように耳をそばだてている。


「二人を追っていた売人どもは、早々とモンスターにやられたんですが、なぜか彼らはすり抜けることができたらしく、とにかく奥へ奥へと入っていってしまったんです。おそらくは、途中で見つけた拾得物の魅力で、奥に入っていくこと自体が目的化したのでしょう」


 時期はいつ頃だろう?

 ネットやTVで『新宿ダンジョン』の名前が話題になり出したのは桜の開花ニュースとかぶってたから、それより前。去年の末か、今年の初めか。

 いずれにしろ、先駆けの時代。


「あのころの迷宮は未踏の部分ばかりだったから、稀に宝物みたいなものと出会うこともありました。現在では獲り尽くされて、第四層あたりまでいかないと残ってないようですが、当時は第二層あたりでも貴金属や未知の文明の金貨や装身具なんかも見つかっていました」


 針井氏はそう言って、左腰に下げた剣の束に左手を乗せた。


 なるほど。上に行けばあきらかに銃刀法違反になるだろうあの長剣も、そうやって手に入れたオーパーツなんだな。


 ツルタ氏も感づいてるようだ。視線がそう語っている。


「第四層、ここのさらに下ですね、その一角で、僕たちは彼らに追いつきました。が……」


 第四層?! ここよりももっとヤバい連中のいるとこだよね。針井氏たちもだけど、その子どもたちって何者よ。


「……ちょうどそのとき、少年は双頭の山羊みたいな化け物に頭から食われているところだったのです」

「食われてた?! 魔物って、人を食うの?!」


 それまで黙って聞いていた鏡華が驚きの声をあげた。これまでの戦いで死人こそ出ていないものの、たしかに、噛まれたりひっかかれたり強打されたりやけどを負ったりという外傷は数多く見てきた。が、食われたという事例は聞いていなかったのだ。


「食いますよ。いや、食うやつらもいるんですよ。少なくとも、そのときの双頭の山羊は紛うことなく食ってました。なにしろ、この目で見届けたから」


 鏡華の横槍に簡潔に応じた針井氏が一、二度うなずくのを見て、水面がぼそりとつぶやいた。


「バフォメット……」


「なにそれ?」


「山羊の悪魔。男と女とか善と悪とか、そういう二元対立を表すらしいよ。頭が二つっていうのは初耳だけど」


 姉の疑問に答える水面は、自身の知識を披露する。


「バフォメットか。ボスらしい良い名前ですね」と応じた針井氏は、ふたたび話を戻した。


「少女は山羊の化け物、バフォメットの足元で、鞘に収まったままの剣を抱いて放心していました。僕たちの(ニューナンブ)はそこに着くまでの間にすでに弾を撃ち尽くしていたから、武器らしいものはもうなにもない。相方が空の銃で威嚇して気を反らさせてる間に、僕はへたり込んでる少女から剣を奪って鞘を払ったんです」


 針井氏は乗せていた左手で束を握り込んだ。


「力が漲ってきました。竹刀や木刀とは全然違う。そう感じたんです。真剣が初めてだったってこともあるんでしょうけど、とにかくそのときは、最悪の状況だったにもかかわらず、剣のことしか考えられなくなっていた」


 針井氏を覆う空気が一変した。


 事実を淡々と綴っていたフラットな印象が、突然氷柱(つらら)のような熱を帯び、炎のような冷気にすり替わった。俺たちのライトを映す双眸が、蒼白く揺らいでいる。


「あのときの自分がどう立ち回ったのかはまったく覚えていません。ただ、至福の(とき)だったことだけは残っています。そうですね。八段との立ち合いの記憶に近いかもしれない」


 束を握る手が緩んだ。と同時に、針井氏を覆っていた殺気のようなものも霧が晴れるように消えた。


「正気に戻ったときには双頭の山羊(バフォメット)はいなくなっていました。残されていたのはシミのように壁に貼りついて動かない相方と片足をつぶされ瀕死の少女、そして、馬の太腿ほどもありそうな山羊の片腕」


 鏡華ののどがごくりと音を立てた。


 そんな未来を想像してしまったのかもしれない。


「ほどなく少女は事切れましたが、それまでに少しだけ話を聞けました。クスリは少年ごと山羊に食べられたこと、そこまで生き延びられたのは剣のおかげだったこと、剣は第三層の洞窟でみつけた古い木箱に入っていたこと、そしてその剣のことを少年は『ミスリル』と呼んでいたこと」


「ミスリル……」


 鏡華がつぶやく声で、俺も記憶をまさぐった。


 そうか。RPG(ゲーム)で聞いたことがあるのか。勇者一行が冒険の途中で見つける伝説の宝剣の呼び名。


「遺品のみ回収して署に戻った僕は、聴取が終わってすぐに退職しました。魅入られてしまったんですよ、真剣を振るえる世界に」


 針井氏は、そこで一旦言葉を止めて天蓋を仰いだ。

 釣られて俺たちも上を見上げる。五人のヘッドライトで照らされた岩肌は、白い層をきらきらと反射させていた。


「退職金で身支度を整えた僕は、歌舞伎町のワケアリの飲み屋に預けていた『ミスリル』を携えて迷宮に入っていきました。ちょうど三月の初め。以降、探索者(シーカー)として日々の九割近くをここに潜って暮らしています」


「お噂はかねがね」と水面が切り出した。


「ハリーさん、ダンジョン配信の界隈で有名なんですよ。『瞬殺のハリー』って。お姿見るのは初めてだけど、あまりにもイメージ通りで」


「あー、あぶないとこを救われたって言ってた人もいたね。実際、今まさにあたしらも助けてもらったホヤホヤだし」


 鏡華も知っていたらしい。というか、俺が不勉強なだけか?


「ハリーさん、配信はなさらないんですか?」


 水面の質問に針井氏は首を振った。束を握っていたときに感じた殺気はまるでない。力の裏付けのある健康な好青年、といった趣き。


「自分を売り込むことにはあまり興味がないんです。カメラを意識すると集中力が削がれますし。それにここの奥では電波は届かないから。それより僕は、もっと先に潜って行きたい。誰よりも深く、この剣とともに」


 しばしの沈黙を破るように、鏡華が口を開いた。


「冒険仙人の消息は知りませんか?」


「冒険仙人?」


「この犬、龍昇丸(りゅうしょうまる)を連れた探索者(シーカー)です。ゴールデンウィークが明ける頃にダンジョンに入っていった……」


 鏡華にぴったりと寄り添うリュウを見つめた針井氏は、「ああ、そういえば」と声をあげた。


「この柴犬は見覚えがあります。中年の方ですよね。小太りに見えたけどアウトドアは手慣れてて精悍な雰囲気があった。そうですか、あの人は冒険仙人っていうんですか」


 顔を上げたリュウが針井氏を見据える。水面が畳みかけた。


「ご存じなんですか?」


「会ったことはあります。たしかこの下の第四層、だったかな。この犬も一緒だった。時期は正確にはわからないけど、たぶん六月の初めくらい」


「そのあとは?」


 追い打ちする鏡華に、針井氏は首を振った。


「ちょうど地上(うえ)に上がる途中だったんで、コーヒーを御馳走になって少し情報交換したあとは、それぞれの方向に分かれてしまいました。そのあとのことは知らない」


「仙人はさらに下に行ったんですね?」


「少なくともそのときは」


 そうか、と俺は思った。


 リュウ(おまえ)は第五層まで行ったことがあるんだな。


 言葉にしない俺の独白を読んだのか、目を合わせてきたリュウが、くぅんと鼻を鳴らした。

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