第39話 強剣士 ~第三層はひと筋縄ではいかないね~
「ランボ、うしろ!」
難敵ミノタウロスをノーザンライト・ボムで倒した鏡華が、黒玉を握り締めた俺に向かって叫ぶ。振り返ると、大鎌を振り上げたカマキリのようなモンスターがすぐそばまで迫っていた。
ヤバい。間に合わない。
死を目前にしたとき、過去の出来事が走馬灯のようによぎっていくとよく言うが、そんなことはまったくない。ただ、視界の上部から振り下ろされる鎌をスローモーションで見てるだけ。
シュン、と風を切る音がした。
目の前の巨大カマキリは斜めにかしぎ、バランスを失った鎌が屈んだ俺の頭を掠るように空間を薙ぎ、岩壁に突き刺さって止まった。
袈裟斬りで真っ二つになって手足をひくつかせているカマキリの向こうに、白く輝く剣を下段に構えた人影があった。
「瞬殺のハリーッ!」
声に振り向くと、ヘッドライトの先に瞳をハートにした水面が視線釘付けで棒立ちになっていた。
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第三層隧道の天井の高い三差路で今まさに基地局開設作業にとりかかろうとしていた俺たちは、回廊のひとつから勢いよく飛び込んできた二頭のミノタウロスと鉢合わせした。
まったりと配信をしながらだった俺たちはフォーメーションを取る暇もなく、ばらけたままの立ち位置で闖入してきたモンスターと対峙することになった。
ここでは拡散黒玉は使えない。新型スーツの姉妹はいいとしても、ツルタ氏が防護できていない上に、剥き出しで置いてあるルーターやインバータなどの電子機器もただでは済まない。かといって、ピンポイントの効果が期待できる電撃黒玉の方も、残りは一個。それに、乱戦になってしまったらオウンゴールにもなりかねない。
こうなると俺は使い物にならない。BCセカンドに待機させている警備員三人の方が、屈強なぶん役に立つはず。
大柄な方のミノタウロスをショルダータックルでひるませた水面は、角を掴んで石灰岩の壁に叩きつけた。が、頭を振ってダメージを吹き飛ばす敵は、牛のような咆哮をあげる。後ずさる水面を背に、いっぱいに伸ばした特殊警棒を構えたツルタ氏が立ちはだかった。
もう一方は、鏡華とリュウのコンビに相対している。ミノタウロスの繰り出す前腕の突きを紙一重の間で避け続ける鏡華は、ときおりカウンターで蹴りを入れる。だが質量の差は圧倒的で、軽量の鏡華の打撃はミノタウロスに効いているようには見えない。鏡華の前に出て【威嚇】を使いたいリュウも、動きの速い彼我の入れ替わりに戸惑い、牽制にしかなっていない。
機器を背後の壁に寄せた俺は、そんな三人と一匹の戦いを見守ることしかできなかった。
それでも彼らは強かった。空になっているボストンバッグに掘削した岩塊を手早く詰めた水面は、それをブラックジャック代わりにして伸ばしてくるミノタウロスの腕を払う。隙のできた標的の目に、間合いを見切ったツルタ氏がビームに見紛う高速の突きを入れた。片目をつぶされてのたうち回るミノタウロスの側頭部に、遠心力で威力が倍加された水面のブラックジャックが襲いかかる。
華麗なステップでミノタウロスの突進をいなす鏡華は、リュウの牽制で視線を外した敵の腕を搦めとる。突進の勢いを円運動に変えて、自身を数倍する巨体を宙に舞い上がらせた。
だが、俺たちは気づいていなかった。
ミノタウロスたちがなぜここに飛び込んできたのかを。俺たちを狙ってではない。二頭は敵に追われ、ここに逃げ込んできたのだ。
鏡華たちがミノタウロスたちを打ち倒すのを見つめていた俺は、背後の穴から現れた二頭の仇敵、大カマキリに対してまったく無防備だった。
鏡華の悲鳴で振り返ったときも、手に持った黒玉を投げつけることもできずに、振り下ろされる鎌をただ見ているしかなかった。だから、自分を屠るはずだった巨体が上体を両断されて崩れ落ちる景色も、からっぽの頭で凝視するだけだった。
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「ランボ!」と叫びながら俺に駆け寄ってきた鏡華の向こうで、水面は両手を拝むようにして人影を見つめている。だが影を見つめていたのは水面だけじゃなかった。
拭った剣を流れる動作で鞘に納めた人影は声をあげた。
「おひさしぶりです。鶴田八段」
水面の横で人影を見つめるツルタ氏が、呼びかけに応じた。
「針井くん、か」
動きを止めたマンティスをまたいで近寄ってきた男は、人懐っこい笑顔を浮かべてツルタ氏に語りかける。
「全日本の決勝以来、ですね」
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「自分が出場した最後の大会で、針井くんは優勝しました」
俺たちにわかるよう、ツルタ氏は簡潔に説明した。
ていうか簡潔過ぎるだろ。「全日本」ってのは、全日本剣道選手権大会のことでいいんだよな。しかも「八段」って。
「いや、あれはルールに守られただけ。ブザーと同時に叩きこまれた鶴田八段の面で、僕の頭はかち割られていたんですから」
「審判の判断は絶対です。針井くんは、実力で勝利を勝ち取ったんですよ」
剣士たちの褒め合いは、ツルタ氏のひとことでケリがついた。
「ランボさんの窮地を救ってくれてありがとう。どんなにお礼を重ねても足りません」
ツルタ氏に倣って俺も頭を下げる。マジで、命の恩人だよ。
いやいや、と言って首を振る針井氏。
見た感じの年の頃はアラサーあたりで、長身痩躯の優男。こりゃあ水面が憧れるのも当然だ。にしても「瞬殺のハリー」って二つ名はなんなの?
まあいい。とりあえず、代表質問はツルタ氏にまかせよう。
「それにしても、針井くんはなぜここに?」
「動画で知りましてね、鶴田八段が僕と同じくこの迷宮にいるってことを」
「でもきみはたしか、警視庁に所属していたはず……」
「新宿署にいました。生活安全課です。そこで薬物事案を追っていました」
針井氏はそこでひと呼吸置いた。
バトルのあと、すぐに配信を終了させた泉澤姉妹も、リュウを間に挟んで針井氏の話の続きを待っている。
白銀に光る剣の束をひと撫でした針井氏が、再び口を開いた。
「鶴田八段は『カブキマエ』って聞いたことありませんか? 家出してきた少年少女たちの総称です。歌舞伎町前広場で寝泊まりしていたんでそう呼ばれるようになった……」




