第38話 御広目 ~迷宮も、テーマパークとなっちゃあおしめえだ~
帰りの京王線は、通勤時間だというのに楽に座れるほど空いていた。何事かと思いスマホのカレンダーを見たら、どうやら世界はシルバーウイークとやらに突入しているらしい。
なんてこった。それで報告のときも荏原がつかまらなかったのか。
あらためて、世間との隔絶を思い知らされた。
肩を落としつつ車内を眺めると、なんだか違和感を感じた。いつもなら雑誌やらマンションやらで色とりどりの中吊り広告に統一性があるのだ。いや、それどころではない。ドアの横や座席の上のポスターもテーマが共通している。
ドア上のディスプレイにループで流れているCM動画に目をやった。
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新宿ダンジョンテーマフロア『トヴォトリエ』
10月31日グランドオープン!
新宿ダンジョンの第二層(地下二階)に新しくオープンするテーマフロア『トヴォトリエ』は、迷宮の楽しさがいっぱい。
珍しいダンジョンジビエが味わえるフードコートや透明度五十メートルの地下池の散策が楽しめます。
11月3日までの四日間は、ダンジョン入場料無料‼
期間中はさまざまなコンサートやイベントで、みなさまのお越しをお待ちしています。
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「はあ?!」
車内にも関わらず、俺は思わず声を上げてしまった。
最終画面のテロップには、主催の『新宿ダンジョン商店会』のすぐ下に『新宿区』と『クラスタソリッドネットワーク』の名前もあった。
車両全部買い切っての大々的なキャンペーンってか。
続けて注視していると、次の動画はクソネットのCMだった。
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ハロウィンからの四日間は、クラスタソリッドから目が離せない!
10月31日~11月3日は、クラソリTVで新宿ダンジョン『トヴォトリエ』のグランドオープンイベントを生配信します。
ダンジョン配信の第一人者「まちゅぴちゅーんず」をパーソナリティに、期間中に開催される、さまざまなタレントやミュージシャンによるシークレットライブを余すところなく生中継!
クラスタソリッドをご契約の方は、期間中の全コンテンツを無料で視聴できます。
この機会に、クラスタソリッドに乗り換えを!
いまなら通信料一か月無料!!!
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先月末の鏡華との会話を思い出した。姉妹のチャンネル宛に届いた王塚綺羅星からのDM。
そうか。あのオファーはこれだったのか。
王塚の野郎、新宿ダンジョンの王様になろうってのか?
スマホでググると、すぐにキャンペーンページが見つかった。今流れている動画の他にもいくつかのダンジョン風景動画やまちゅぴちゅーんずの編集動画なんかが置いてある。「イベント・コンサート」のページを開くと、出演者欄は空欄で、一行だけテキストが書いてあった。
「出演者は、出演当日の午前零時に当ページで発表いたします」
そういえばあのとき、ビースティが言っていた……。
俺の頭の中で、今見た広告と八月初旬の記憶とが唐突に繋がった。
渋谷のライブハウスでリーダーの津川鹿芽がラストナンバー『スポドリ!』を披露する直前に言い放ったセリフ。
「新曲発売の日、都内のどこかでゲリラライブを行うことも決定してる。どこで演るかはまだ未定なんだけど、配信は間違いなくやるからSNSのチェックは怠らないように」
これか? これがビンゴか?!
俺のビースティが、俺たちのBCセカンドの前でライブを演ってくれるってことなのか?!
⌚
「これこれ。さんきゅーランボ」
背負ってきた大きな荷物を床に置くと、鏡華が大喜びで飛びついた。水面も興味津々の顔でうしろから覗き込んでいる。嵩のわりに軽かった段ボールを開くと、一枚の紙が載っていた。簡単な挨拶文の下に書かれた二行は、国内有数のスポーツウエアと同じく有名なシューズのメーカー名だった。
「共同開発?」
「なんかね、両社の研究者が知り合いで、ここの攻略のときのあたしたちを見て一緒につくろうってことになったんだって」
クッション付きのビニールを乱暴に破きながら鏡華が応える。
こいつ、絶対よくわかってない。
「絶縁スーツ、のセットらしいんです。従来のウエットスーツとは強度も柔軟性が全然違うってお話で。私たちもリモートで何度か担当者さんたちと打ち合わせして、いろいろと希望を盛り込んでくれた特注の製品なんです」
水面がわかりやすく解説をしてくれた。
ここの攻略、ってことは、ケルピーやオーク一族を追い出したあの日の戦いか……。
「かっちょいいっ!」
ツナギになったスーツの両肩を持ち上げた鏡華が歓声をあげた。
革と見紛う滑らかな生地は全身がほぼ真っ赤で、肩と肘とひざ部分に色を濃くしたパッドが付いている。首回りを保護するような分厚めの襟には、頭部を包むフードが仕込まれているようだ。
もう一着の方を手渡された水面が姉と同じようにスーツをかざす。こっちは濃い目のスカイブルー。俺に向けた背中側には『Michinoku Sasuke Sisters』のロゴが入っていた。
スーツを横に置いた鏡華は、シューズの方を取り上げていた。スーツと同色を基調に、白と水色の差し色が入っている。パッと見マリンシューズだが、足首まで編み上げが施してあり、靴底も少し厚めになっている。
箱を覗くと、手袋も入っていた。
「ちょっと着てみていい?」
一式を抱え、水面とともにカーテンの向こうに消えた鏡華が叫んできた。
「ランボ! 覗いたら殺すからね!」
なんで俺だけ名指しなの?
⌚
並んだ姉妹は、まるで戦隊モノのヒロインだった。
サスケレッドとサスケブルー。
「ヤバ。これ、めっちゃ動きやすい」
言いながら、鏡華は太極拳の演舞をはじめた。水面も屈伸やジャンプを試している。説明書を読んでいたツルタ氏が要約してくれた。
「ランボさん、このスーツ、絶縁性能が相当高いようです。絶縁抵抗値が1MΩ以上で、絶縁耐力も100KV/mm。これって具体的にどのくらいなんですか?」
「100KV?! それって雲母並みだよ。どうやってつくったんだぁ?! この服、下手すりゃ十万Vくらいでも耐えられるんじゃねえか」
「それ、拡散黒玉でも大丈夫ってことですか?」
「直撃でも余裕で無傷かも」と俺は応えた。
マジか。なんかすげえ秘密兵器が手に入った感じじゃん。これ、俺とツルタ氏の分もないのかな?
「モニター次第ではみんなの分もつくってもいい、って担当の方は言ってましたよ」
屈伸や開脚をしながら水面が言った。
超スローの円運動をこなす鏡華も、呼吸音の合間に動きを止めてかぶせてきた。
「開発したひとが、二人とも戦隊モノのマニアなんだってさ」
なるほどね。
そりゃあ、腑に落ちるわ。




