第35話 実験場 ~あとは覚悟を決めるだけ~
「配信つっても、俺はいったいなにをすりゃいいんだ?」
姉妹が見つけたという洞窟に向かって第二層を逆戻りする道すがら、俺は水面に配信のイロハを尋ねてみた。顎に指を当てて思案顔をしてみせた水面は「私は主に裏方だから」と言いながら斜め後ろに振り返る。
急に向けられたヘッドライトを眩しげに手で遮りながら、鏡華が話を引き取った。
「やることはいつもと一緒でいいと思う。穴掘ったり機器押し込んだり線繋いだり。違うのは、そういうのを口で説明しながらする。これが基本かな」
「いちいち説明しながら?」
「そうそう。新人に教えるみたいに。ほら、あたしたちダンジョン系って基本まわりが真っ暗じゃん。だから光が当たってるとこがなにやってるかわかんないと視聴者さんはついてこれなくなっちゃうの」
鏡華はそう言って首を回す。さっきまで照らされていた隧道の先が暗くなり、代わりに滑らかな岩壁が光を反射した。
「そうでなくても普通の配信より情報量が少ないんだから、口頭でのわかりやすい解説がキモになんのよ。『今はこのネジでルーターをフレームに固定してます』とか『光ケーブルはこしが強くて曲がりにくい』とか、そういう普通ならどうでもいいディテールを説明したりしてね」
なにも知らない素人に伝えるように、一から十まで説明するってことか。
ふと見ると、俺の後ろをついてきてるツルタ氏も、真面目な顔で鏡華の話に聞きいっている。
「とにかく大事なのは、言葉を途切らせないってこと」
言葉を途切らせない、か。最近はいざ知らず、これまでは作業でもなんでもずっと一人でやってきたから、他人に説明するなんてこれぽっちも考えてなかった。
でも、そんな甘ちゃんなことは言ってられない。配信は遊びじゃなくて、商売なんだ。鏡華たちの人気を後押しに、俺自身が推されるようになんなきゃいけないんだ。
「ま、習うより慣れろ、よ。心配しなくても、当面はあたしが仕切るし」
「頼りにしてます、姐さん」と素直に頭を下げた。
前を行く水面が緊張気味に声を発した。
「そろそろ着きます」
⌚
耳をつんざく轟音とともにアーク光が輝き、網の目のような放電が洞窟全体に広がった。舞い狂っていたコウモリがぼとぼとと地面に落ち、あれほど空間を支配していた羽音も完全に消え去っている。
ヘッドライトを当てると、そこここにコウモリの小山があった。ほとんどが死んでいるようだが、中にはまだもぞもぞと動こうとする個体もいた。俺はその山に、緑色の黒玉を投げつける。爆発的な局部放電が発生し、小山全体が発火した。
黒玉の実証実験は、成功裏に終わった。
俺はひそかに、コウモリの死骸にも前と同じ衝撃を受けるかもしれない、と恐れていた。でも少し、いや、だいぶ違った。オークたちのそれよりもかなり小さく、なによりも人型をしていなかったからか。
勝手なものだな。
見た目が違えば、馴染みがなければ、種が遠ければ、そいつらを無為に殲滅しても心の痛みを感じないのか。
むろん、なにも感じないわけじゃない。コウモリたちだって、この場所で静かに暮らしていただけで、こっちが乱入してこなけりゃ襲っても来ることもなかったはず。でも感じる痛みはこの前のときとはまったく違う。
彼らの姿かたちだけじゃない。たぶん俺は、ボーダーを超えちまったんだ。同じような場面に遭ったとき、心のブレーカーが落ちる仕組みが出来上がってしまったのだ。
俺は殺戮者の人別帳に名前を書きこんじまったんだな。
「黒玉Aの拡散力は驚異的ですね。あれ一発で、この広い空間の隅々まで放電の網に取り込んで」
入ってきたツルタ氏が洞窟の内側を見回しながら驚嘆する。
「穴の外にいてもビリビリきたよ。ランボは大丈夫なの? あんた、逃げ切れてなかったでしょ」
「いや、なんともない」
前髪までしっかり隠したウエットスーツに全身を包んだ俺は、心配する鏡華に手を振った。
試作した黒玉のいくつかは十分な効果を発揮した。内核を蓄電粒砂にした黒玉Bは、対象にピンポイントで強い電撃を与えることができ、逆に砂を外核にした黒玉Aは、放電する砂が高速で全方位に飛び散ることで前回のチャフと同じ効果をあげた。もっと広いところで使ってみないとわからないが、今のサイズの黒玉でも半径二十メートルくらいのカバー率は十分ありそうだ。空間制圧には最適解といえる。
一方で、問題もある。
黒玉Bはまだしも、黒玉Aの方は影響範囲が広すぎて、その内側にいる味方も同様に放電にさらされてしまう。どういうわけか耐性があるっぽい俺だけは無事でいられるが、それ以外の人は、今回みたいに穴の外で待機したり絶縁服で体全体を覆っておかないと戦闘不能に、それどころか悪ければ死んでしまう。
また、投擲後の起爆率にも難があった。俺以外のメンバーが投げた場合、不発になることが多かったのだ。試行回数が少ないから確実ではないが、うまく起動するのは黒玉Bで三回に一回、黒玉Aに至っては、一度も起動しなかった。
「もしかしたら、ランボさんになにかあるのかも。私の【力】やおねえちゃんの【精度】、リュウの【威嚇】、ダンディさんの【洞察】みたいななにか」
「そうかも! みそっかすだったランボにも、ついに拡張の女神が舞い降りてきた?!」
「知らねえよ。んなこたぁ」
なにか? 俺の拡張能力ってのは『避雷針』かなんかか? なんにしたって、お前らのみたいな使い勝手は望めそうもねえ。
俺はそう決めつけて、姉妹の茶々を一蹴した。
「いやいや。これは重要ですよ。ジャムらない銃の価値は、戦場では絶大なものですから。黒玉は当面、ランボさん専用の武器にするのがいいでしょう」
「だね。当てになんない爆弾よりも、自分のフィジカルの方がよっぽど信頼できる」
ツルタ氏の言葉に鏡華は賛意を返した。スタイルがあるやつはうらやましい。
「まあとにかく結果は出た。空間制圧用の拡散黒玉Aはビリヤード球サイズ、ピンポイントの電撃黒玉Bはゴルフボールサイズで、ゴム厚はどちらも内外ともに0.01ミリ。この二種で量産する。つっても手作業だから、とりあえず六個ずつってとこかな」
「なんで六個?」と不思議そうな顔の鏡華に、俺は野卑た笑顔で応えた。
「アレのひと箱がダース単位だからさ」
⌚
「ぶっちゃけ、使えるよ。画的にも」
鏡華がはしゃいだ声を上げている。
「でもおねえちゃん、拡散の方は、ランボさんのカメラが壊れちゃうかもしれないよ、放電の影響で」
「んー、その辺はランボがなんか考えてくれるっしょ。当面は、とりあえず遠景で押さえるって感じかな」
BCセカンドへの帰り路、姉妹の意気はあがっていた。ツルタ氏は、たぶん俺の屈託を拾ってるはず。明るい会話にはあまり乗ってこない。
「ねえランボ、いつまでにつくれるの? 黒玉は」
「帰りにガン爺から砂を受け取るんで、今夜じゅうに少なくとも半分はできるんじゃねえかな。材料の買い足しもしとくから、残りはこっちの工房でつくる」
「半分、ていうと、AとBが三個三個か。じゃ、明日の午後からは下に向かえるね」
「そうだな」と言葉少なで答える。
そう。落ち込んでいちゃはじまらない。
とにかく俺は、金を稼いで借金を返さなきゃいけないんだ。一億五千万という途方もない借金を。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
明日(1/25)の更新ですが、夕方5時以降になるかもしれません。
なるべく落とさないよう頑張りたいと思いますが、時間変更の方はご了承ください。




