第33話 引越し ~新たなる橋頭堡は風呂も完備の2LDK(+倉庫)~
袋の中の砂粒をつまみ上げたガン爺は、それをぱらぱらと自分の手のひらにこぼした。
「こン粒ひとつひとつに電池一個分ほどの電気が詰まっとるクサ」
「吹っ飛んだりしないよね?」
逃げ腰で身体を後ろに反らせた鏡華が尋ねる言葉に、ガン爺は「せんせん」と笑った。
「塊やったら内側が一気に反応するばってん、こっちは一粒一粒が独立しとるけん簡単に連鎖暴発などせんクサ。仮に放電したっちゃ砂粒単体でン電圧はたいしたことなかけん、一粒で人がおっ死ぬようなことはありゃせん。もちろん、なんぞ仕掛けば組んで直列連鎖させりゃあ、蓄電石そのものとおんなじ効果が期待でくるっちゅうわけじゃ」
手のひらの黒い砂を袋に戻して手をはたいたガン爺は、袋の口を縛りながら説明を続けた。
「どげんして使うかは、ランボ、お前さんが自分で考えれ。扱いは石よりはるかに安全クサ。多少こねくり回したっちゃさほど問題は無かろう。還元させる仕組みだけならDIYでもなんとかなるはずじゃ。いろいろと工夫してみるがよか」
子どもに夏休みの課題でも与える調子でガン爺は軽く喋る。
「足らんくなったら言うちゃり。状況が変わらんなら、いつでン用意しちゃあ。ただし!」
俺の前に革袋を置いたガン爺の目つきは、そこで急に険しくなった。
「これだけは絶対守れ。横流しはせん、犯罪には使わん、儂ン名前は出さん」
そうなのだ。たとえ砂粒だろうが、この袋に入っているのはまぎれもなく蓄電石なのだ。
ガン爺の強い視線に射抜かれながら、俺は我が身を固くする。
⌚
その週は、週末までまるまる引っ越し作業に追われた。
第二層最奥部の広場への拠点移動。俺にとっては悪夢みたいな場所だが、ここも随分と開発が進み、様相が変わりはじめていた。壁面の高い位置にある広場入口は、斜面を階段状に削る周囲の工事に組み込まれ、球場の客席ゲートのような意匠になっている。広場の片側の弧を同心円状に縁どる横長の階段は、まさにすり鉢を見下ろす観客席そのものだ。
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広場の名称も『トヴォトリエ』に決まったらしい。想像通り「第二広場」のスウェーデン表記。着々と、人間のための行楽の場に置き換わっている。
こうやって負の記憶は明るい日常に上書きされていくのだろう。
俺の鬼門である第一洞窟も、入り口が広げられ、惨劇のあった奥の部屋はフードコートになるのだという。第二洞窟はグッズ等の売店とバックヤード、そのほかの一角にも来場者向けのトイレ施設なんかが準備されているようだ。
「ランボさん、ルーター類はここに積んでおけばいいんですよね」
「お願いします」
機材を詰め込んだ段ボールを抱えるツルタ氏が、同じように荷物を抱えた警備員たちに指示を出していた。手が多いのは助かる。
俺たちが新たに根城とする第三洞窟は、三つの中では一番狭いものの、それでも大きめの家族用マンション二部屋分くらいの広さはある。そのうちの半分を倉庫にし、残りを生活用の2LDKにする、と水面が息巻いた。
倉庫側スペースの奥に、追加のような洞穴がひとつあった。捨て置かれていた土器や石器から推測するに、そこはオークたちの工房だったようだ。彼らに敬意を払いつつ、俺はその部屋を自分の工房とすることに決めた。
荏原には物品の手配などで相当無理をさせた。が、その程度のバックアップは当然だろう。やつらにしたって俺を極限までこき使って搾り取ろうっていうんだから、それ相応の汗をかいてもらわないと間尺が合わない。
新たな倉庫棚、新たな金庫はむろんだが、実際にものを動かしてみるとそれ以外の生活物資の方がはるかに嵩張った。冷蔵庫、電子レンジ、大型ディスプレイ等は今のものを運び込み、新たにパイプベッド四基、折り畳み式の簡易ベッドも四つ、会議用と称してのガダバウトチェア八脚、照明スタンド五基、間仕切りカーテン、カーペット、伸縮型の二人掛けソファなどなど。俺の財布を気にしてか、そのほとんどの費用を姉妹が負担しているから俺も文句は言えない。
「このバスタブみたいなのは、いったいなんに使うんだよ」
「バスタブはバスタブよ。お風呂行くたんびに丸一日かかってたら話になんないでしょ」
「いや、だからどうやって……」
「決まってんでしょ。そこの池から水汲んでお湯にすんの。だからランボ、湯沸かし用のヒーターつくってね」
「なんで俺が……」
そう不平を漏らしつつ、頭の中ではアイデアが浮かんでいた。
還元剤を調節してカイロみたいなのをつくれないかな。上に簀の子でも敷けば、ちょっとした五右衛門風呂になるかもしれない。
「ケルピーが気になるって言うんなら、汲みあげ用のパイプ引いてくれてもいいよ」
「冗談じゃねえ!」
まったく、こいつらにつきあってたら家が建っちまう。
⌚
すっかりできあがった洞窟のリビングをソファに腰掛けて眺めまわしながら、俺は嘆息を吐いた。
「それにしてもお前たち、よくそんなに金があるな。ほんのふた月やそこら前には、実家帰るのもかつかつだったくせに」
俺の素朴な疑問に、横に立つ鏡華の鼻が少なくとも二センチは高くなる。
「あたしたち、超人気配信者ですから。この程度、スパチャだけで十分」
「バスタブもソファも、おねえちゃんの欲しいものリストで視聴者さんから送られたものなんですよ」
姉妹の波状攻撃に加勢するように、大きなケージに寝そべるリュウも顔を上げて尻尾を振っている。
「あたしたちの靴もウェアも、今じゃスポンサーさんからの支給だしね」
たしかに、いつごろからか、ふたりの着てるものも新しいものに替わってたっけ。
とんでもねえな、ユーチューバー。おひねりや提供だけでここまでいけるんなら、配信収入はどんだけなんだ?
ひまつぶしに思案する俺の顔を、真顔に戻った水面が腰をかがめて覗き込んできた。
「ねえランボさん、私たちと一緒に配信をやりませんか?」




