第32話 蓄電砂 ~託された土産はゴミか、はたまた宝の山か?~
「それにしても、今日はやたらと人の出入りが多いな」
少し前に完備された広場の公衆トイレから戻ってきた俺は、そう言いながら席に戻った。
「なんかいろいろ整備してるみたいよ。そこの広場も名前がついてたし」
「そうなの?」
「エントリエ、って決まったみたいです」
鏡華とのやりとりに水面が割ってきた。
エントリエ? なんか小洒落た名前だな。
「スウェーデン語なんだって」と鏡華。
「意味は?」と尋ねると、あたりまえのように鏡華は首を振る。と、またまた横から水面が「第一広場、だそうです」と被せてきた。ホント、この姉妹はよくできてる。
「安直な命名だな。だいたい、なんでスウェーデン語なんだ?」
「そこまでは知りません」
「どうせ区会議員かなんかで北欧かぶれがいたんでしょ」
ばっさりと切り捨てる鏡華の台詞を聞きながら、俺もそんなとこだろうなと思った。語感が良くて耳馴染みもいい。さらに言えば、今後第二層、第三層と開発を継続する意思の表れともいえる。
まてよ。
「整備って、もしかして第二層も?」
「そのようですよ。昨日も工事関係者が何人も下に向かっていましたし」
ツルタ氏の冷静な返しに、俺は強い焦りを覚えた。
やばい。観光用のスポット開発なら、第二層のあの空間も確実にターゲットにされてる。これから先、さらなる下を目指すにはどうあっても新しいベースキャンプが必要だってのに。
「早くしないと、あそこの洞窟、全部商店会にもってかれちまう」
思わず立ち上がった俺を、鏡華が鼻で笑った。
「んふん。そんなのとっくに対処済みよ」
鏡華の意味深な笑いを水面が引き取った。
「おねえちゃんと相談して、先週の夜、一番奥の穴の前に看板置いてきたんです。『クラスタソリッドネットワーク出張所予定地』って書いたのを」
「ご丁寧に、穴ン中に機材まで持ってっといた。屋外用の多心光ケーブル百メートルを四巻き。あれならほかの連中も簡単には手出しできないっしょ」
「先走りかって思ったんだけど、仮押さえくらいならしといた方がいいかなって」
泉澤姉妹に感服した。
俺が狭窄症になってる間に、こいつらは自分で考えて未来の図面を引いていたのだ。
「みちのくサスケシスターズを舐めんな、っちゃ」
⌚
夕刻の第一層ロビーには、四人全員で赴いた。俺、ツルタ氏、それにガン爺へのサービスも兼ねて鏡華と水面も。ふたりはこのあと、近くのスパに行く予定だとか。最近はリュウも落ち着いて留守番をしてくれるようになったらしい。
岩壁の向こうから現れたガン爺は、こっちのメンツを見て驚いた顔を見せた。興奮気味で走り寄ってきたガン爺は、姉妹の目の前で固まった。
「こんばんは。みちのくサスケシスターズの姉の方、キョーコです」
「妹のミナヨです。お爺ちゃん、はじめまして」
「ガガガ……ガン爺です」
盛大にどもったガン爺は、俺に向き直って悪態をついた。
「聞いとらんぞランボ。こげな不意打ちは卑怯クサ!」
「だってガン爺、ファンって言ってたから……」
「馬鹿かおのれは! 推しとは適切な距離が必要だってことば知らんのか。それともあれか、おのれは汽車でもなんでンただ乗りするクチか!」
散々な言われようだ。が、たしかに、俺だってビースティの推しを自認してるから思いあたる節はある。
「すまんかった、無作法で」
素直に謝るしかない俺の横から鏡華がするっと前に出て、両手で包み込むようにガン爺の手を取った。
「そったらしゃぢごばんねぁでもいいでなぁ爺っちゃん。おらたぢ、配信なんかやってらんだども、中味は普通の女の子なんだがら」
方言丸出しでガン爺を慰留する鏡華。この変わり身。なんつーか、さすがは実況でならした配信者だ。俺は舌を巻く。
見ろ。沸騰していた眉間の皺はたちまち治まって、代わりに顔から刈り込んだ白髪の地肌まで真っ赤になっちまった。ガン爺、もうメロメロにされてんじゃねえか。
ガン爺は、しどろもどろに声を発した。
「あんたらば見よぉと故郷に残してきた娘ンことば思い出すんじゃ」
「娘さんって、お歳は……?」
昨夜も垣間見せた遠い目をするガン爺は、素早く拾い上げた鏡華の台詞に生真面目な顔を向けた。
「今年で四十八クサ」
ずっこける鏡華。うしろで水面もへなへなと体を崩した。
⌚
昨夜は泊めてもらったガン爺の城に、今夜は四人で伺った。
全員が畳の上で位置に収まったのを確認してから、ガン爺が口火を切った。
「ランボ一人ならいざ知らず、みちのくサスケシスターズまで招待するとにこげん汚かところで申し訳なか。じゃが、ここで勘弁しちゃり。道端で話す内容やなかけんな」
無言でうなずく俺たちの前で、ガン爺は横に置いたショルダーバッグを卓袱台に乗せた。今夜会ったときからずっと斜め掛けしていたバッグだ。
バッグいっぱいに詰まった緩衝材の中から取り出したのは、こぶし大に膨らんだなめし皮の袋だった。口を縛る寄り紐をほどくと、中にはビニールに包まれた黒いものが入っていた。
「砂?」
思わず口走ってしまったかのような水面の言葉にガン爺が応えた。
「蓄電粒砂じゃ」
蓄電石の掘削にはたいへんな手間がかかる。なにしろ普通に掘削したらたちどころに暴発放電が起こるのだ。そのため鉱脈にビット(きり)を当てる際には液体酸素を噴霧し続ける。冷却して反応を抑えつつ、同時に切断面を瞬間的に酸化させて絶縁被膜を作る。そうしないと掘った端から放電し、最悪の場合、すべてを吹き飛ばす規模の連鎖暴発まで引き起こしてしまう。
「蓄電石は被膜が酸化すれば安全じゃからな」
ガン爺は俺たちをぐるりと見回してから話を継いだ。
「あんたたちは鉱石ン掘削ばしたことがあるか?」
あたりまえだが、俺もツルタ氏も泉澤姉妹も皆一様に首を振る。そりゃそうだろう。掘削なんて、日常行為の項目に入ってない。「ちょっと掘削やってきた」とか「明日、俺と掘削に行かね?」とか、そういう類のものではないのだ。
俺たちの反応に呆れるでも失望するでもなく、ガン爺は講師のような流れで話を続けた。
「例えばバーのオンザロックじゃが、真球ンげな氷ば削り出して提供してくる店とかがあるじゃろ。あんとき球ン一部になれんやった氷は、流しなりまな板なりン上に貯まるクサ。屑として」
鏡華や水面にはまだ早い譬えだ、と思ったが、二人とも口を差し挟むことなく聞いている。少なくとも、水面は理解しているようだった。
「ばってんそん屑も、氷であることには間違いなか。組成も性質も真球ン氷とまったく一緒で、おんなじごとものば冷やしよるしおんなじごと水になるクサ」
ガン爺は悪人の笑いを浮かべた。
「違うとは、価値ば与えられた製品か、省みられず廃棄されるゴミか」
見下ろすような目つきでぐるり見回すガン爺の視線は、俺の顔の上でぴたりと止まった。
「近か将来、こいつにも価値が与えらるぅことになるじゃろう。じゃが、今はまだゴミ屑じゃ。もちろん値段もついちょらん。こいつばランボ、お前さんに託しちゃあ」




