第31話 報告会 ~工事現場の飯場は独居老人のパラダイスだった~
「なにそれ! 石一個失くしただけで賠償一億五千万円って、意味わかんない。JAROよ。JAROに通報して炎上させなきゃ」
「おねえちゃん、それを言うなら消費者庁かSNSだよ」
今朝、駅まで戻って買ってきた東京ばな奈の二個めを頬張る鏡華が、破片を飛ばしながらいきりたってきた。横から水面も膝を詰めてくる。前のめりになる姉妹を差し出した腕で抑えるツルタ氏が、平常通りの落ち着いた声で質問役を引き取った。
「ランボさんはその法外な弁済義務を引き受けるおつもりなんですか?」
そのうえでツルタ氏は、俺の返事を待つ間に姉妹の方に顔を向けて「この場合の通報先は労働基準監督署です」と付け足した。
俺は「うん」とうなずいて、車座に座る三人の顔を順番に見ながら答える。
「契約書に判を押してる以上、俺にだって責任はあるし意地もある。いまはとにかく、やつらの引いた図面の上でやれるとこまで足掻いてみようと思う」
なるほど、とツルタ氏はうなずいた。姉は不満げで、妹は心配顔。自分もメンバーのつもりなのか、姉妹の間に挟まった龍昇丸もこちらに顔を向けている。
「で、当てはあるんですか?」
「いや、当てというほどのものはないんだけど、昨夜ちょっとヒントをもらってね」
ぽろりとこぼした俺の台詞に、またまた斜め上からツッコミが入った。
「『もらって』って誰から? オンナ? てかランボ、ともだちとかいるの?!」
まったくもってうるせぇな、鏡華は。
俺はむっとした顔をつくって反応してやる。
「その言葉、そっくりお前に返すよ。俺だって、ちょっとした顔見知りくらいいる。まあ、酒場で知り合った爺さんだけどな」
「なにそれ。単なる他人じゃん」
「そもそもここに入り浸ってる時点で、オンナとかかまってる暇があるわけねえだろうが」
そりゃまあそうだ、と納得する鏡華。どうあっても世界の中心でないと気が済まないらしい。
「で、その翁から受けたヒントとは?」
機を見て軌道修正を図るツルタ氏。水面も興味津々のようだ。
ひと呼吸ついてから、俺は昨夜のガン爺との会話を話しはじめた。
「以前、一度だけ飲んだことがある爺さんがいたんだけど、昨日の夜、迷宮のロビーにいたらばったり出くわしたんだ……」
⌚
ロビーでの再会のあと、俺が連れてこられたのは酒場街のはずれのその先にあるプレハブの作業棟だった。剥き出しの階段を二階に上がりダイヤル錠で施錠された引き戸を開くと、簡易宿舎になっていた。土間には簡単なキッチンと冷蔵庫、奥で直に敷かれた六畳の上には卓袱台と敷きっぱなしの布団、それと大画面のタブレットがあった。
一升瓶の焼酎と乾きもののつまみ、漬物で歓待された俺は、あらためての自己紹介をしつつ酒を酌み交わし始めた。
ガン爺の本名は鴫沼巌蔵。ざっくり「迷宮で穴掘りをしている」と説明された。俺の呼び名は鏡華たちの配信で知ったらしい。
「こんまえン配信は儂もアーカイブで見た。リアタイは仕事しとったんでな」
今年で七十三になったという爺さんの口から「アーカイブ」とか「リアタイ」とかを聞くと、違和感が半端ない。
「あんたが洞窟に消えてしばらくして、四面マルチのうちン三つが真っ白になったばい。あんたンカメラはそん前から途絶しとったクサ。直近に落ちた雷さんみたいな爆発音も轟いて、耳が一瞬おかしゅうなったばい」
ガン爺は、いったん言葉を切って焼酎を煽ってから、もったいぶった口調で続きを告げた。
「あれ、蓄電石の暴発やろ」
俺はうなずく。うなずくしかない。あのアーカイブ動画でそこまで看破するこの老人。「穴掘り」としか言ってなかったが、もう間違いないだろう。
「あんたが使うたあン石。あれは儂が掘り出したもんじゃ」
やはりそうだった。この人はきっと、蓄電石の第一発見者。
「儂が最初にあン石ば発見したとき、なんもわからんままつるはしば当てた若かとがおってな、猛烈な放電ば起こしよったクサ。このまえン動画は、あんときン状況とよう似とった。あんたらが石ば使うとぉとは初手からわかっとった。あんたらン配信は、ほかン連中ンそれと比べて電源規模が段違いやったけん」
ガン爺は講釈を続ける。その慧眼による考察を、俺はただ黙って聞いていた。
「あんたが入った穴ン中にはオークっちゅうブタのばけもんがたくさんいたんじゃろ? ばってんそれば、あんたは一人で殲滅したクサ。爆弾が使えんあン場でそれが可能なんは蓄電石だけじゃ。あんたがどげんして意図的に石ば暴発させて、しかも五体満足で帰ってこられたか。そンからくりはようわからん。が、なんかなし儂は確信したクサ。あれはいったいどげんしたと?」
殲滅。その単語は俺の心の底を深くえぐった。だが今は、その古傷で思考停止していいときじゃない。
「チャフ、を使いました」
「チャフ? ああ、アルミ箔ン吹雪みたいなもんか。やけんあんた、掃除機みたいンばぶら下げとったんか。なるほどなあ。アルミばら撒いて部屋全体ば放電さしたか。ようそげんこつ思いついた」
「自分の身を守るために全身ゴムのウェットスーツを着てました。おかげで前髪が焦げただけで済んだ」
「そんでも普通は無事には済まんじゃろ。あんた、ばり耐性持っとぉよ、電気に」
ガン爺がするめに手を出したので、釣られて俺も高菜に割り箸を伸ばした。杯を重ねるしばしの沈黙。
ガン爺はぼそりとつぶやいた。
「そうか。兵器転用か。たしかにダンジョン攻略には効果的クサ」
「ただ、その所為で莫大な借金を背負ってしまいました」
「借金?」
俺は事情を話した。別に口止めはされてないし、蓄電石のことについてだってガン爺なら俺なんかよりずっと深く関わっているのだから気にすることではない、と判断したのだ。
「あーね。キー坊ンやつ、無茶な契約ばさせよる。ちぃっととっちめてやらないかんな」
「キー坊?」
「ああ、王塚綺羅星のことクサ。あやつ、儂の甥っ子なんじゃ。ちっさかころはおいちゃんおいちゃんってよう懐いとった。さすがに会社ンすることやけん棒引きにはできんじゃろうが、苦言くらいはでくるて思うばってん」
なんとまあ、そんな人の繋がりがあったとは。とは言えいくら叔父の頼みでも、役員会まで上がった決定が簡単に覆るとは思えない。
「ありがとうございます。でもそれは最後の手段としてとっときます。いまはとりあげずエリア拡張の仕事を進め、少しでも多くのインセンティブを稼ごうと思って」
「でもあんた、そンチャフ爆弾はもう使えんのじゃろうが」
俺は口ごもる。
そうなのだ。これから第三層、第四層と潜っていけば、モンスターどももより強力になってくるはず。それなのに、俺たちには決定的に武器が足りてない。ゲームチェンジャーとなりえる蓄電石は、コストパフォーマンスが酷過ぎてお話にすらならないのだ。
「あんた、みちのくサスケシスターズと一緒に動きよぉっちゃんな」
いきなり話が飛んだ。
会話の繋がりが見えないまま、俺はうなずく。
「どうね。あン子たちはよか子かね?」
ああ、と俺は口を開く。
「水面は……ミナヨは掛け値なしにいい子です。鏡……コも、口では乱暴なことばかり言ってるけど、根っこの部分は思いやりがあって憎めません。なにより、一緒にいて頼りになります」
そうか、とつぶやいて、ガン爺は上を向いて目を閉じた。まるでなにかを思い出しているかのように。
「あんたがそう感じとぉってことは、あン子たちもあんたば信頼しとぉ裏返しじゃろう」
そう言って腕組みをしたガン爺は、かっと目を開き、強い視線で俺を捉えた。
「わかった。あン子たちへの応援も込みで、あんたに力ば貸しちゃあ。二日、いや一日待っちゃり。明日ン夜にはあんたに土産ば持たしぇちゃあ。今日とおんなじ時間にロビーで待っちょってくれ」
⌚
「ふうん」
リアルなファンの存在を聞いて喜びを隠しきれない鏡華が、無理につくったしかめっ面で気のない素振りの返事をした。
こいつ、わかりやすっ。
「しかし、これはまた凄いコネクションができましたね。それでいけば弁済金の減額も期待できるんじゃないですかね」
ツルタ氏の言葉に俺はかぶりを振る。
「そこまでのうまい話にはならないっしょ。王塚スタアはそんなに甘かぁない」
「その、お土産ってのはなんなんでしょうか」
水面の食いつきには肩をすくめた。
「わからん。まあ、今夜のお楽しみってことだな」
「こんな程度のものだったら怒るからね」
三個めの黒猫仕様のパッケージに手を伸ばしながら鏡華が言った。リュウが鼻を近づけて匂いを嗅いでいる。
そんなこと言ってお前、その菓子一人で食い切るつもりだろ。




