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ダンジョン配信の神様 ~俺がいなけりゃお前らなんてクソの役にもたたねえってことを忘れるな~  作者: 深海くじら


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第27話 安酒場 ~心を決めた俺と、覆したい彼との夜~

 ほくほくの大根で温度超過となった口内を梅酒(ウメ)割りで冷ませたツルタ氏は、驚き顔で感嘆する。


「これはいい。ほんのりとした梅酒の甘さが大根の甘味に被さって、くちの中を優しく撫ぜてくれるようだ」


 ショットグラスに表面張力いっぱいまで注がれた透明な酒、焼酎。そこに琥珀色の自家製梅酒をとろとろと注ぎ込む。グラスをあふれ、受け皿までなみなみになるまで。


 前に爺さんがやっていたのを思い出しながら、俺は左手でショットグラスを持ち上げて、右手で掲げた受け皿の酒を飲み干した。きつい酒だがたしかに美味い。場末の自販機でみつけた名も知らぬメーカーのりんごサイダーが思いのほか美味しくて、一度しか飲んだことがないのに妙に印象に残ってる。そんな古い記憶が蘇った。


 ツルタ氏と俺は、ほかに客のいない短いカウンターに並びで座っている。先週初め、あの広場で敗走した日の夜に爺さんに連れられてきた、城下町のはずれにある千ベロの店だ。ツルタ氏が「どこか新しい店を知りませんか」と言ってきたので、思いつきで連れてきたのだ。


 自称四十二歳の女将は俺のことを覚えていたのか、それぞれが注文したおでん種の皿に、たっぷりのからしとともに今夜も牛スジ串を一本ずつ乗せてくれた。


「いいですねえ。実にいい。昭和の歌舞伎町の匂いがしてる。まさに自分の好みがそのままお店になったみたいですよ」


「お客さんみたいな色男にそう言われると、あたしもこの店やってる甲斐があるよ」


 先週の晩に爺さんを怒鳴りつけてたのとは別人のような女将が、ツルタ氏の誉め言葉に()()をつくっている。


「女将も若くて綺麗ですしね」と畳みかけるツルタ氏。これが素だからこの人はタチが悪い。見ろ。女将の瞳に❤が浮いてやがる。もう、最上客の座は確定だ。


 ばかばかしくなった俺は、ショットグラスを半分がたあおった。


 酔いとくだけた会話と、あとは適度に美味いつまみだけで彩られた心地よく平和な空間。その中で、俺の胸に居座った氷の塊は少しずつ溶けていく。


     ⌚


 晩飯といっても差し支えない量のおでんを食べ終え、梅酒(ウメ)割りからより度数の低い焼酎の水割りに切り替えたころに、ツルタ氏はようやく本筋の話題に触れてきた。


「ランボさん、お辞めになるんですか?」


 いきなりのぶっ込みに、俺はタンブラーグラスを取り落しそうになる。


 なんでわかんの?!


「今週、黙々と仕事をこなされるランボさんを見ていて雰囲気は察知しました。泉澤姉妹も予感はされているのじゃないでしょうか」


「え? そうなの?」


 と返しつつも、思いあたる節がないわけではない。


 とくに今日のベースキャンプでの帰り際のことを考えれば、あながち間違いではないかもしれない。


「否定はされない、ということですね」


「ここまでやってやればもう十分でしょうが。たったひと月足らずで第二層まで拡げたんだから。配信や観光探索の連中だっておおむね満足してるっしょ」


 ツルタ氏の追い打ちに、俺は一般論で応戦する。が、ツルタ氏はひるまない。


「でも本物の探索者たちは、すでに第三層やその先にも潜っていますよ。ランボさんおっしゃってたじゃないですか。WiFiを使ってリアルタイムで居場所が表示できる迷宮地図をつくるんだって」


 たしかに言ってた。


「単なるお遊びのためだけじゃない。この迷宮がこの国にとって本物の宝の山かもしれない以上、本当に必要とする連中のために通信を提供する。その志に共鳴したからこそ、自分はランボさんについていってるんですよ。自分だけじゃない。泉澤姉妹だって同じ考えを持っているはず。配信目的だけならば、彼女らはすでに十分な地位を確保できてるんですから」


 まさか。みんなそんなつもりで一緒に潜ってくれてたなんて。


「鏡華さんから聞きましたよ。彼女、ケルピーに足を噛みつかれて危なかったそうじゃないですか。そのときランボさんに助けてもらった、と。すぐに圧を下げた電流を池に流してケルピーをひるませてくれた。おかげで足が自由になって逃げられたんだそうですね」


 ああ、たしかにそんなこともしたっけ。なんかもう、遥か昔の記憶みたいだけど。


「ねえランボさん、第二層なんてまだまだぜんぜん中途じゃないですか」


 駄目だ。駄目だよツルタさん。そんな話聞いても、俺の決意は変わらない。


 早く話を終わらせたい俺は、ふたたび一般論に逃げ道を求めた。


「通信の作業員なんて、ほかになんぼでもいますよ。俺なんかより真面目で手早くて優秀なやつが、いくらでも」


「自分たちはランボさんがいいんです」


 俺の辞意を翻させるべく放たれるツルタ氏の言葉は、俺の固い意志に効き目あるボディブローを叩きこんでくる。


 が、それでも俺の気持ちは揺るがない。


 俺はもう嫌なのだ。たとえ人間であろうとなかろうと、つつがなく暮らしている他者の生活を根こそぎ破壊するような真似は。


 無言になった俺に諦めたのか、ツルタ氏は視線を外し、カウンターに置かれたコースターの位置を動かした。顔を上げないまますーっと息を吸ってから、ツルタ氏はトーンダウンした声でゆっくりと語りはじめた。


「実は自分、ランボさんが目覚めた翌日の日曜日にも、あの広場には行ってきたのです」


 俺は目を剥く。


 それって攻略戦の翌々日? まさか一人で?!


 そう(ただ)そうと思った次のタイミングで、計ったような返答が返ってくる。


「ええ。ひとりで。あそこまではもうクリーニングは完了してるって識別できた(わかった)んで」


「それもその『直感』で?」と尋ね返しはしたものの、俺の中ではもう自明の閾に入っている、と妙に納得してもいた。ツルタ氏は肯定の苦笑いを浮かべている。


 いま目の前にいる男に発現しているこの極めてチートな拡張能力、もしも名付けるとしたら……【洞察(インサイト)】あたりが妥当なんじゃないかな。


「案の定、と言うべきか、日曜の昼にはすでに多くの人があの広場に訪れていました。いえ、『観光』ではなく、『作業』をしに」


「作業?」


「ええ、主に調査と清掃。それと収穫、でしたね」


「収穫って、いったいなにを……」


 なんとなくいやなイメージが浮かんだ。が、それ以外にはなにも思いつけなかった。


「食材としてのオークの死体、です」


 やっぱり。


「作業してた食肉業者の話では、城下町の商店会から聞いた、と言っていましたが、昨日の今日みたいなタイミングであれだけの規模の作業員を投入できたっていうのは、第二層の危険性から考えても相当の信頼性が認められてる情報筋ですよ」


 タンブラーの水割り焼酎をくいっとひとくち飲み下して、ツルタ氏は話を繋いだ。


「たぶん、内部からのリークですね。イントラサーバにしか収められていないわれわれの戦闘を撮った作業記録用動画を閲覧し、解析した者による……」


「そんなこと、荏原はひとことも……」


「ええ。もっと上からのトップダウン。指揮を執っているのは、おそらく王塚綺羅星(スタア)そのひと」


 たしかに違和感は感じていた。機材の回収はツルタ氏やみんながやってくれたと聞いていたが、月曜の現場には放棄された柵はおろか、逃げ切れなかったオークの死骸や池に浮かんでておかしくないはずの水棲生物の死体なんかもまるでなかったのだ。


「われわれとは別働する掃除屋チームがいる、と考えた方が辻褄が合いそうですね」


 ツルタ氏は、そこで話をいったん切った。まるで俺にも考える時間を与えるかのように。


 迷宮、ダンジョン、地権者、エリア拡大、観光地化、城下町、商店会、オーク肉、掃除屋、そして……蓄電石。すべてのピースが王塚スタアの掌の上なのか?


 俺の分も合わせた水割りの追加注文を済ませたツルタ氏は、タイムアップとでもいうように話題を微妙に変えてきた。


「第一洞窟の中に、自分も入ってみました」


 俺の背中が一瞬で凍った。たぶん(かお)にも出ただろう。だがツルタ氏の表情は変わらず、淡々と語り続ける。


「奥の空間は投光器がいくつも配置されていて作業しやすくなっていました。ちなみに置かれていた機材はどれも普通で、繋がっていたバッテリーも一般に売られている充電型のものでしたよ」


 腰のポケットに手を入れたツルタ氏は、中から小分けサイズのジッパー袋を取り出した。透明ポリに収まっている中味は、あの日俺がまき散らしたアルミ箔片だった。


「中はだいぶ片付けられて、利用可能なものはすでに持ち運ばれていました。が、それでもまだ痕跡や遺物はかなり残っていて、あの日そこでなにがあったかを想像することは自分にもできました」


 利用可能って、と聞こうと思ったが、察しがいいツルタ氏があえて口にしないのだから、きっと()()()()()()なのだろうと理解することにした。


「蓄電石、ですか?」


 問いかけに、俺はうなずく。


「チャフを使って放電させたんですね。見事な思いつきと実行力です。ウエットスーツもブロワも、そのために用意されてたんですね」


 そうだよ。俺は予見できていたんだ。ああなる可能性まで。


「まるでオッペンハイマーだ、と思いました。しかもランボさんはポール・ティベッツまで兼ねてしまった。心が折れないはずがない」


 ツルタ氏の瞳は、まっすぐに俺の顔を映していた。


「もちろんあの場では、あの状況では最善の策だった。われわれチームの、そして人類の未来に繋がる最短ルートとして」


 そう。まさしく『最短ルート』だよ。すべてを灼き尽くし、そこにあったものを無かったことにする。


 俺は視線がたまらなくなって顔を下に逸らせた。


「想像しました。自分が思いついたとしたらどうするかを」


 ひととき声が止み、こくり、と唾を飲む音がした。俺は目を上げない。だがそんなことにはおかまいなく、ツルタ氏の語りは再開した。


「たぶん、ランボさんと同じ準備をしたでしょう。そしてあの場でも同じことをした。ええ、きっと。間違いなく」


 体温の増した声色に誘われて、俺はふたたび顔を上げる。表情のなかったツルタ氏の顔に熱が戻った、そんな気がした。


「ランボさん。あなたが抱えている罪も痛みも後悔も、あなただけのものじゃない。われわれも、いや少なくとも自分はその荷物をともに背負う、背負わなきゃいけない。そう思っています」


 やめてくれよツルタさん、そんな目で俺を見るのは。そんな熱いプラグで俺の氷を溶かそうとするのは。


「起こしてしまった事の大きさを減じることはできませんが、共有ならできます。腕がひしゃげてしまいそうな巨大な吊り天井を両手で受け止めているランボさんの隣で、自分も同じように苦悶の顔で腕を掲げています。ランボさん、それだけでは駄目ですかね」

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