第26話 仲間達 ~なにも考えない手作業は、屈託を散らす最適解~
第二層最奥広場攻略戦の翌週に、俺たちは現地のDAS二基と隧道通信強化のためのメッシュWiFiを合わせた第二層エリア拡大を精力的に行った。いや、精力的に、というのは正しくない。無駄口をたたかず、ただ黙々と作業を進めていく。その結果に過ぎない。たぶん、この一週間で俺が喋ったのは、簡潔な作業指示を除けば朝晩の挨拶ぐらいだったはずだ。
あの日、俺が穴から這い出たのと同じとき、ツルタ氏たちが構えていた洞窟でも異常なことが起こっていたらしい。俺はそれをあとから聞いた。というのも俺はあのとき、鏡華と目を合わせてすぐに気を失ってしまったそうなのだ。だからこれはすべて、翌土曜の朝のベースキャンプで鏡華と水面と、休日なのにわざわざ出てきてくれたツルタ氏から教えてもらった話だ。
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広場の一角、第一洞窟の付近から瞬間的に強烈な発光が起こり、一拍置いてとんでもない雷鳴が広場全体に轟いた。
第三洞窟の熱線柵の前にいたツルタ氏も、第二洞窟の横でタブレットをモニターしていた水面も予告なしのその現象に驚き、インカムで俺に呼び掛けたらしい。でもそのときにはすでに俺が身につけていた電子機器はすべておしゃかになっていて、俺との通信は完全にブラックアウトしていた。
もちろん、二人は俺と鏡華に呼び掛け続けた。第一洞窟入口の射線から外れた位置で待機していた鏡華とリュウはもろには目を灼かれずに済んだ。それでも鏡華は、しばらくの間は真っ白の残像で視界が覆われ、耳もよく聞こえない状態になったという。
「おねえちゃん、ランボさんが穴ン中入って爆発した、とかわけわかんないこと叫ぶんです。でもこっちも洞穴の奥からたくさんのオークが押し寄せてきてたから、とても問い質せる状況じゃなくて」
二つの洞窟の出入り口は双方ともにパニックになっていた。真っ赤に発熱した電熱線十数本で仕切られているにもかかわらず、巣の中のオークたちは半狂乱になって続々と押し寄せてくるのだ。熱線の前でたたらを踏んでいた先頭集団は、背後からあふれくる群衆と化したオークどもに押し切られ、熱線に全身を押し当てて即死した。すぐ背後のオークは、前にいた仲間が激しくもがきながら絶命し、身体から煙をあげはじめたのに気づいて悲鳴を上げた。だがかれらも、さらに背後から加えられる圧力に抗うことはできず、燃え始めた仲間の遺骸を盾にしながら熱線柵を押しはじめた。
こうなるともう、柵の効力は失われたに等しい。千度にもおよぶ熱線であれ、もとは単なる電線に過ぎない。仲間の死も辞さない集団による物理的圧力を跳ね返すほどの防御力などあるはずもない。
柵は早々に破られ、焼け死んだ数体の仲間を踏みつけにしながら群衆となったオークどもが広場にあふれ出てきた。
「まさかあんな力業で脱出を図ってくるとは思ってもみませんでしたから、自分も応戦の体勢が遅れました。これはやられてしまったか、と。ところが」
オークどもの群衆は、目の前にいたツルタ氏や水面たちになど見向きもせずに、池の向こう側にある広場の出口に向かって一目散に走り出したのだ。まるで迫りくるなにかから大急ぎで逃げるように。
「かれらは、同じ広場に根城の穴を持つ別のオーク集団を襲った悲劇を、我々には未知の感覚で知ったのでしょう。そしてかれら自身にその悲劇が襲う前にあそこから逃げだすことを選択したのです。個々ではなく、集団の意思で」
真っ直ぐ泳いで渡ろう池に飛び込んだオークも何匹かいたが、そいつらはことごとくすぐに浮き上がった。感電して心臓をやられたのだ。パニック集団と化していたオークの群れは、しかし池も危険だということを学習してか、反時計回りで迂回する経路を雪崩をうつように逃げていった。
数十分後に最後の一匹が第三層に繋がる出口穴に消えたあと、あの広い空間に残されていたのは、俺たちの他には数十体の物言わぬオークの死骸だけだった。
「荏原さんには、ここに戻ってから自分が報告しておきました。ランボさんのことを心配されていましたよ」
むろん、それは嘘だ。たとえ口先だけであっても、あの男が俺のことを心配するなどあり得ない。
「イントラネットのサーバにあがっていた記録動画も見たそうです。詳細報告は週明けにまとめてで構わないと言ってました」
「ねえランボ。あんたいったいなにやったのよ。配信に使ってたあんたのカメラの映像、あの穴に潜ってったら途中で接続が途切れちゃったから、中でなにが起こったのかぜんぜんわかんないの。やっとこさ出てきたと思ったら、なんにも云わずに気絶しちゃうし。あんたのこと、水面がずーっとおぶってきたんだから、ちゃんとお礼言っときなさいよ。おかげであたしはあんたの荷物を持たされるし……」
まくしたてる鏡華のうしろで、大きな体を縮こまらせてこちらを窺っている水面。その上目遣いと目を合わせ、俺は小さく頭を下げた。大きな目を見開いて首を振る水面の初々しいしぐさも、俺の心には響かなかった。
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週の終わり、夕方のベースキャンプ。
自分の中での目標だった第二層の七割エリア化を完了させた充足感を、どこか虚しく感じながら帰り支度する。リュウの頭を軽く撫でて「またな」と声をかけていたら、傍に鏡華が寄ってきた。いつもとは雰囲気の違う、なにか煮え切らない顔をしている。取り合う気はなかったが、いちおう顔だけは向けてみた。一度口ごもって目を逸らした鏡華だったが、再び目を合わせて口を開いた。
「ランボさぁ、なんか最近変わったよね。無駄なこと言わなくなったってゆーか、なんとなくなんだけど。ていうか、ほら、オトナになった、てゆーか」
かまってやれる気持ちの余裕がないので、あえて軽く返して流すことにした。
「バーロー、俺は前っからオトナだ。お前の倍は生きてる」
「そーゆーとこは子どものままなんだけどねー。ま、いいや」
そのままスルーしようとしたら、背中のディパックを引っ張られた。
「なんかさ、ツライこととか悩んでることとかあったら、おねえさんに言ってよね。ちゃんと聞いたげるからさ」
振り返った俺の目に真っ直ぐの視線が刺さってきた。その視線にすがってみたい気持ちが胸の奥底から湧き上がってくる。
でも駄目だ。
こいつにまで重荷を背負わせちゃいけない。
そもそも、俺はまだ感情の整理すらできてないんだ。わかるように言語化するなんて大仕事過ぎて、とてもじゃないけど手に負えない。
「ありがとう」とだけ言って、俺は鏡華に背を向けた。
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夜、0号倉庫で自分のポロシャツに着替えた俺は、通常報告のあとに荏原に言った。
「俺がそっちに出向くから、来週どっかで時間をもらえないか? こんなリモートなんかじゃなくて、きちんと話したいことがあるから」
こちらの考えになど一切頓着しないいつもの調子で、荏原は即答してきた。
「ナイスタイミングっス。こっちも尾仁川サンにちゃんと伝えなきゃいけないことがあるんスよ。そっスね、早い方がいいっスから月曜の午前中なんてどうっスか?」
俺は隣で聞いているツルタ氏の顔を窺う。了解という笑みを受け取って、俺はタブレットに向き直った。
「それでいい。こっちの現場は午後スタートにしておく」
「んでは、月曜の朝十時、芝浦の受付に来てください。会議室はこっちでアサインしとくっスから」
「遅刻厳禁っスからね」という荏原の嫌味を途中でぶった切って、俺は通信を終える。出口扉の手前で私服のツルタ氏がこっちを見ていた。
横を通り過ぎようと歩を出した俺に、ツルタ氏が声をかけてきた。
「ひさしぶりに飲みにでも行きませんか?」




