第25話 大虐殺 ~インカを攻め込むスペイン軍、あるいは北米を西進する欧州からの上陸者~
「で、あたしはなにすればいいの?」
柵の壊れた洞窟前で合流した鏡華は、俺に詰め寄ってくる。
呼ばなきゃよかった、と思った。いまから俺がやろうとしてることは、もしかしたら自殺行為かもしれない。ひとりなら勢いだけでいけたのに、仲間の、それも鏡華みたいな可愛いのを見ちゃったら、「なんて馬鹿げたことを」としか思えなくなってくる。
いや、きっと大丈夫。そこまで凄いことにはなるまい。
無根拠にそう決めつけて、俺は鏡華に指示を出した。
「やってもらいたいのは二つ。ひとつはリュウを抑えといて欲しい。俺はこれからここの中に入るけど、それは一人きりじゃないといけないんだ。リュウはきっとついて来ようとするから、鏡華はそれを抑えてくれ」
「え? ランボがひとりで? こんなとこに?」
鏡華がしてくる当然の問いは無視して、俺は指示を続ける。
「もうひとつは、俺が戻ってこなかったらそれをツルタ氏に伝えてくれ。あとは彼の指示に従って撤収してくれればいい」
「戻ってこない……?」
「あ、それと、中から逃げてくるオークがいるかもしんないから、そっちはうまく撃退しといてくれると助かる、かな」
「ちょ」と伸ばしてくる鏡華の手を避けて、俺は洞窟の中に足を踏み入れた。
「ちゃんとリュウを掴まえててよ」
そう言い残した俺は、振り返らずに奥へと進んでいく。
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洞穴の奥からは複数のケモノの声が聞こえてくる。激している咆哮、おびえる呻き、ただ騒いでるだけの喚き。少なくとも数十はいるのだろう。
いったん立ち止まった俺は、念のため頭を覆うフードをかぶってから、ふたたび暗闇を進む。硬い岩壁を手探りで辿りながらも、俺は不安にかられていた。
もちろん、荒事が苦手な俺にとってこの強襲自体を不安と感じるのは当然なのだが、それとは別に、こんなことをやっていいのだろうか、という戸惑いがある。
遊びに来る連中がシームレスでスマホを使えるようにする。ただそれだけのためにアンテナを立てていくのが俺の仕事だ。離島や難所など、わずかでもそこで暮らす人がいて必要とされるなら、それは十分な動機になる。でも、この迷宮の仕事はどうなのだ? ここに住んで暮らしてるのは俺たちのようにスマホを使う人間じゃない。ゴブリンやオークやコボルトやケルピー、彼らこそがここの住民で、俺たち人間は思いつきで遊びに来る単なる訪問者だ。
ただアンテナを立てるだけ。それだけのために、俺はいったいなにをやらかそうとしてるのか。
ヘッドライトの光が薄くなって広がった。穴の終端に着いたのだ。
やや高い位置にあるこの場所から下を見下ろすと、小さなライブハウスみたいだった。床には無数の影がうごめいて、上座あたりには密度の薄いステージがある。その中心にはひときわ大きなオークが腰をついていた。伸ばした左脚を他のオークがしきりにさすったり嘗めたりしている。さっき俺と対峙したオーク。
その目が俺の光を反射した。
揺るがす咆哮。うごめく影のすべての双眸が俺のヘッドライトを捉えている。
全身が総毛だった。
端のオーク数匹がこちらにむかって駆け出してきた。それに続こうと、無数のオークが立ち上がる。
もう考えてる余裕なんてない。
レジ袋ふたつの中味をすべて足元にぶちまけて、銀紙の小山をつくる。駆け上がってくる最初の集団にかぶるようにブロワを操作し、アルミ箔片のストームをぶつけた。
急なチャフの吹雪に驚愕し、先頭のオークはうしろの数匹を巻き込んで転がり落ちた。だが、それを乗り越えて第二陣が上がってくる。
俺はチャフストームをやつらの営巣全体に舞い上がるよう、縦横無尽にブロワのノズルを動かした。光源は俺のヘッドライトだけなのに、きらきらとした光が雪のように室内を降りそそいでいる。
第二陣のオークがもう目の前まで迫っている。その黒い瞳には憎悪しか映っていない。
俺はウエストバッグから蓄電石を掴み出し、迫りくるオークのすぐ横の、硬そうな壁に向かって投げつけた。壁に当たるのを見届けず、俺は大きく口を開いたまま身を翻して、もと来た穴に身体を投げ出す。
世界が真っ白になり、背後から襲い掛かる音圧が俺の聴覚を麻痺させた。
至近距離の落雷とはこういうものなのだろうか。
飛び込んだ勢いの何倍もの強烈さで身体を押された俺は、何回転も転がり、隧道の曲がり角に激突してようやく止まった。
全身が打ち身でぼろぼろになっていたが、俺は這いずりながらオークの巣の方へと戻っていく。
穴の出口から見下ろした営巣は、まるで地獄だった。
ときおり放電するチャフが降り注ぐ床のあちこちでは炎が上がり、肉の焦げる匂いが充満している。手足を卍のように曲げ伸ばした黒い人型が何十も折り重なり、その中で動くものはなにもなかった。
――やんちゃな作業員が思いつきでつるはしを打ち込んだ。その瞬間、鼓膜をつんざく爆発音と目を灼くアーク発光が煌めいた。当の作業員は両手に大やけどを負って失神したが、木製の柄と絶縁手袋がなかったら確実に感電死していたはず……。
蓄電石発掘現場で起こった最初の事故の話だ。被膜が剝れて露出した蓄電石鉱とつるはしによる激烈な放電を、俺はチャフを使って部屋全体まで拡大したのだ。しかしその結果が、これほどまでの大虐殺になってしまうなんて。
数か所で炎を上げているのはオークの遺体だった。そのうちの一体は入り口で戦った巨躯だ。見回すと、小さな遺体も数多くある。炎に照らされた部屋の一角には椀のような土器も積んであった。
ここはオークたちの生活の場だったのだ。入口で俺に向かってきたあのオークは、おそらくこの一族の当主だったのだろう。オークなりの平和な営みを紡ぐ、彼らにとってもっとも安全であるはずの場所に、俺という闖入者が現れてすべてをぶち壊しにした。ただ、アンテナを建てるだけのために。
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どうやって戻ったのか記憶は定かではない。
巣穴から這いずり出た俺に、リュウと鏡華が駆け寄ってきた。しきりに鏡華がなにか話しかけているが、耳鳴りが邪魔をしてよく聞きとれない。俺は何度も頭を振って、ようやく彼女の言葉を拾い上げた。
「ちょっと聞いてんの、ランボ。なんかものっ凄い音がしたけど、あれはいったいなんなのよ? ていうかランボ、前髪がちりぢりパーマになってるし」




