第24話 大乱戦 ~暗闇の格闘戦とか、俺にはレベルが高すぎる~
「気づかれたぁっ! 奥からバケモンがわらわらと!」
俺が首を回すよりも早く、龍昇丸が叫びのあがった方に飛び出していった。
俺も後を追って、と一瞬思ったが、ここを離れたら池の電極を通電させる役がいなくなる。そっちの電源を入れるまでは、俺はここを離れられない。
「いまそっちにリュウが行った。なんとか踏ん張って、柵を破られないようにしてくれ」
暗闇の向こうでガシャガシャと音がする。ハーネスに付けたリュウのライトが疾風のように走り、立ち止まった。
嚆ッ!
リュウの吠え声が空間全部を揺るがした。【威嚇】を使ったのだろう。柵を揺する音は途切れたが、隠密での作業はこれで破綻した。
「ツルタさん、そっちは?」
潜めるのをやめた声で俺はインカムに放つ。ツルタ氏も音を気にするのをやめたようだ。インパクトドライバーの打突音が洞内に響く中、「もうすぐ終わります」と大声で応えてきた。柵を固定するU字金具を取り付けているのだろう。
「電熱線のスイッチタイミングはツルタさんに任せます。そこの取り付けが済むと同時にお願いします」
ツルタ氏の「了解」の声が聞こえるのと前後して、鏡華からも報告が届いた。
「こっち、いまからプラグを水中に入れるよ」
「水面の方は?」
「もう沈めています。いまは第二洞窟に移動中」
水面の返事を聞いて、俺は改造インバータのロータリースイッチに手をかけた。
鏡華が水辺から離れたら電気を繋ぎ、あとは一気に200Vまで。右奥の洞窟の方からは二度目の【威嚇】が聞こえた。もしかしたら、警備員もオークと一緒に金縛りにあってるのかもしれない。こっちが終わったら急行しないと。
「鏡華、まだか?」
「いま沈めた。ただ足がぬかるんでてまだ水に浸かってる。もうちょいまって……あっ」
鏡華の言葉が不自然に途切れた。
「どうした?」
「足先が……なにかにはさまれてる。池の中に引っ張られて」
「ケルピーだ!」
「膝が抜けない。草に掴まってんだけど腰まで水に引き込まれてる! ヤバい。ランボ、助けて!」
五十メートル先の闇の中で助けを求めてくる鏡華に、今すぐ俺がしてやれることは……。
「ちょいビリっとくるぞ」
インバータの電源を入れ、電圧を20Vまで上げた。ウェットスーツを着ているし、水に触れているとしてもしびれる程度でおさまるはず。水中のケルピーがこの低電圧ショックで口を放してくれれば。
「足、離れたぁ!」
やった! うまくいった。
「這いずってでもなんでもいいから、水辺から離れろ」
のろのろと逃げながらうしろを振り向く鏡華のヘッドライトが、池の水面から浮上してる白い馬頭を照らし出した。あいつが池から出切る前にフル電圧を流さないと。イヤホンから聞こえる音には、鏡華の息遣いのほかにちゃぷちゃぷという水音が混じっている。
早く、早く水から身体を離せ。
離れたここからでもわかるくらいはっきりと、白馬のケルピーが上体を池面に現した。あれ以上立ち上がられたら、心臓部分が水の外に露出して電気ショックの効き目がなくなるかもしれない。
そのとき、洞内を低周波の音が覆った。
「通電、開始しました!」
目を向けると、奥側の壁面二か所で早くも赤い光が輝きだしていた。
ニクロム線が発する低周波音とオークどもの吠え声に気を取られたのか、ケルピーの動きが止まっている。
鏡華、いまだ。
「上陸!」
鏡華の着地報告と同時に、俺はつまみを一気に回した。
変わらない闇の風景の中で、ケルピーだけが硬直し、それからゆっくりと沈んでいった。
「ランボ、池からあぶくが出てきたよ」
「水の電気分解が始まったんだ。出てくる気体は酸素だから気にしねぇでいい。鏡華はこっちに戻ってこい。ぜってえ水は踏むなよ」
「ランボのくせに、えらそうな」と捨て台詞を吐いて、鏡華は通話を終えた。
次は、稼働しないで残ってる最初の洞窟の柵だ。
インバータはそのままにして、俺は立ち上がる。ブロワをたすき掛けに、ぱんぱんに膨らんだ黄色いレジ袋二つを両手に持って、緩い勾配を駆け上がった。
最初の洞窟のすぐ横で警備員が倒れていた。柵が立てかけられた穴の正面に仁王立ちするリュウが寄らないところから、命に別状はないのだろう。たぶん位置的に、リュウの【威嚇】をもろにかぶったに違いない。
穴の内側には数匹のオークが折り重なって倒れている。こちらも気を失っているようだ。が、内側から上がってくるざわめきが聞こえる。
警備員を横の岩壁に寄せて落ちていたインパクトドライバーを拾うと、俺は柵の固定をはじめた。右側を三か所、もう片側の真ん中をU字金具留めして……。
止めた金具がはじけ飛んだ。
凄まじい遠心力で向かってきた鉄パイプを辛くも避けた俺の前に立ちはだかるのは、見上げる体躯のオークだった。
振り下ろしてきた腕は、ヘルメットにかすっただけなのに頭をぐらぐらさせた。思わず膝をつく俺の横をすり抜けて、リュウがオークの顔に飛びついた。ひしゃげた鼻に齧りついている。が、小型犬の柴と偉丈夫のオークではサイズが違い過ぎる。自分の顔ごと殴る感じでリュウをはたき飛ばしたオークは、右に回り込んでいた俺ににじり寄ってきた。
殺気が凄すぎて押しつぶされそうだ。吐き出される匂いが腐った肉を連想させて吐き気がする。身体の力が萎えていくのがわかる。
こんなんじゃだめだ。考えろ、俺。使えるものはなんでも使え。
左手がプラスチックの筐体に触れた。
オークが間合いに入る直前に、俺はブロワの先端を前に向ける。スイッチを入れると同時にぶおぉという風が吹き出し、オークの顔を襲った。
迷宮の中は空気の動きが極端に少ない。気温自体、日本の晩秋くらいの温度で安定しており、寒暖差で起こる気圧変化が皆無に近いのだ。そんな「風」のない場所の生き物が、生まれて初めての風を顔に浴びたら。
俺の読みは的中した。
ブロワが吹き当てる風を嫌がったオークは、二歩三歩と後ずさる。その隙に手を伸ばし、俺はインバータのスイッチを入れた。
ブンッという音とともに赤熱を帯びだしたニクロム線が、みるみる周囲の温度を上げていく。赤化した線をすだれのように垂らしたまま転がっているポールを、俺は安全靴で蹴り上げた。かしぎつつ倒れ込んだ先には、後ずさりしたオークの左脚がかかっている。
じじっという嫌な感じの音にオークの悲鳴が重なった。肉の焼けた匂いがする。数百度まで温度を上げたニクロム線数本が、オークの足にかぶさったのだ。
ストッパーを失った工作ロボットのように手足を振り回したオークは、穴の奥に向かって逃げていった。
ニクロム線は早くも色を失っていた。やつの大暴れのせいで、メインのケーブルが千切れてしまったのだ。これはもう、使えない。
イヤホンに、鏡華の声が届いた。
「ランボ、いまどこ?」
「一番最初の洞窟の前にいる」
そう返答しつつ、奥の洞窟の気配を探る。
呻きに似たオークの吠え声が何重にも重なって聞こえている。向こうの二か所は、たしかに封じ込めには成功しているようだ。だが、それは抜本的な対策じゃない。この稀有なる地下空間を人間の自由にするためには、彼らを排除する必要があるんだ。
やるか。
俺は覚悟を決めて、黄色のレジ袋を握り締めた。




