第23話 隠密行 ~作戦は、実にじみ~に始まった~
「ところでさ」
先頭を行く鏡華が肩越しに振り返った。
「出るときからずっと気になってんだけど、ランボが首から掛けてるその掃除機みたいの、いったいなんなの?」
目の前でふりふりと揺れるウエットスーツのお尻に視線を固定していた俺は、思わず目を泳がせる。ヘルメットのライトが逆光で表情を隠してくれたのが幸いし、俺の挙動不審は見咎められずに済んだ。あぶないあぶない。
「ブロワのことか」
鏡華の視点を下げさせるため、俺は脇に位置していた電動ブロワを腹の前に回して見せる。
「街路樹の落ち葉とかを吹き飛ばしたり、逆に吸い集めたりするために使う機械さ。掃除機ってのはあながち間違いじゃねえ」
「その掃除機だか散らかし機だかっての、いったいぜんたいなんに必要なのよ?」
このオプションは、できれば鏡華たちには意識してもらいたくない。どんなことが起こるかなんて、俺にだってちゃんとはわかってないんだ。
「いまんとこは必要ねえもんさ。使わないで済めばそれが一番いい。散らかしたもんは掃除しなきゃいけねえしな」
「なに言ってんだかぜんぜんわかんないっ!」
頬をふくらませた鏡華は、ぷいっと前を向いた。
水面みたいに探求心のままに質問を重ねてくるタイプじゃなくてよかった。
そう安堵して、俺はたすき掛けのブロワを元の位置に戻した。
⌚
広場に繋がる隧道の出口は少し高いところにある。広場の地面を野球場のグラウンドだとしたら、内野席の十列めくらい。この広さだとヘッドライトでは端までは照らせない。作業用ライトを投光器代わりにして、見下ろす角度で立てて置く。これで宵闇くらいにはなるはずだ。
「今日は静かだね」と鏡華がつぶやいた。俺はタブレットで見たここの地図を思い出す。今いる側は内野の土の部分くらいの広さ。ここをバックネット裏としたら、一塁キャンバスの少し右くらいのところにひとつめの洞窟がある。
左中間の方向で広場は急に広くなる。泡が二つ繋がった、みたいなイメージだ。奥の広場の中央部を占める池が、弱い光を反射して鈍く光っている。放射状に広がる池際は、黒の濃淡でかすかにわかる。
投光器の足元に移動基地局を詰め込んだバックパックを下ろし、俺は小声で指示を出した。
「インカムのチェックをするから、みんな、ディスコ―ドの作戦ルームに繋いでくれ」
全員の手元に淡い光が灯った。
俺のアプリ画面に次々とアイコンが増えてくる。と同時に、それぞれの声が耳元に届く。
「自分で最後ですね」というツルタ氏のつぶやきが、ワンテンポ遅れでイヤホンを震わせた。通信は問題なし。
水面に目配せを送った鏡華が、俺たちの動きを広げた手で制した。水面がタブレットを取り出し、連携するカメラの画像をマルチ画面で確かめている。水面のサムアップを合図に、鏡華が小声で話しはじめた。
「みちのくサスケシスターズのキョウコです。このまえ散々な目に遭った場所に再び来ています。リベンジです。たぶん声はあまり出せないと思いますが、カメラは回してるので、あたしたちのオークとケルピーの攻略から目を離さないでね」
鏡華が俺を見た。どうやら、作戦スタートの号令をやりたいらしい。俺は差し出す形の手を送った。鏡華の、息を吸い込む呼吸音。
「OK。じゃあ、手はず通りにいくよ」
⌚
電工ドラムを担ぐ鏡華は百メートルの銅線ケーブルを繰り出しながら、リュウと俺が待機する指令所から左翼方向の闇の中に消えていった。「なんであたしがこんな重いもんを」という呪いのつぶやきが、荒い息遣いとともにくりかえし左耳に聞こえてくる。
触手のようにセカンドベース辺りまで伸びている池の縁を迂回する左回りルートを辿る水面の光は、リズミカルで順調な足取りに見える。鏡華と同じものを持っているはずなのに呼吸の音すら聞こえてこない。
ツルタ氏と警備員三人の光は、電熱線を巻き上げた柵のセットを三組抱えて一塁側の洞窟に向かっている。彼らはあそこから壁沿いを水面と同じく反時計回りで廻り、三つの洞窟の入口すべてを柵で塞いでいく。ひとつ仕掛けるごとに、インバータの操作の担当者を一人ずつ置いていく手筈だ。
柵の通電は三か所同時。そうでないと、気づいたオークに騒ぎ出されてしまうから。暗闇の中で取り残される警備員の心細さは半端なもんじゃないはず。柵を張ったとはいえ、そんなものオークにすれば体当たりひとつで突破される。穴の奥でうごめく怪物どもの気配に我慢しつつ合図を待つ時間は、数倍にも数十倍にも感じられることだろう。
それでも耐えて欲しい。今、この真っ暗な世界でただ待つしかないのは俺も同じだから。
「大丈夫なんですか? インバータを四台も同時に使って。しかもうち一台は勝手に改造までしてますし」
作戦が動き出す直前にあったツルタ氏との会話を思い出す。
「ランボさん、前に言っていたじゃないですか。持ち歩ける石は三個だけ、と。照明のところに置いてきた移動基地局のと合わせて、すでに五個も使っていて。それとも許可をとっているんですか?」
彼の問いかけに、俺は首を振って答えたのだ。
「ベースキャンプ出るときに新しい三個を封切りましたよ。始末書は、まあ確定っスね」
始末書で済めばいいんスけどね。
残り一個が収められたウエストバッグを軽く触りながら、俺はそう思った。
足元にうずくまる龍昇丸は身じろぎひとつしない。
「ひとつめの柵が終わりました。いまのところは、まだ気づかれていないようです。引き続き二番目に向かいます」
囁くような声でツルタ氏の報告が届いた。
「こちらは池沿いを進んでます。深そうなとこを見つけてプラグを沈めます」
「あたしはまだ。重い」
水面と鏡華の報告を聴きつつ、俺は左翼に目を凝らした。前を向いて進んでいるせいか、鏡華の光は見つけられない。ここからだと正面になる水面の光は動いてるのがわかった。その少し後ろを、かたまった二つの光が右から左へと移動している。
「水面、沈めるのは二メートルくらいで十分だから、そっちが済んだら二番目の穴のサポートに向かってくれ」
俺の指示に、鏡華の「歩きにくっ」の台詞と足元に跳ねる水音がかぶさる。
⌚
作戦開始から十五分、鏡華からの「水際間近」とツルタ氏の「三個目到着」の報告が相次いでイヤホンに届いた直後、最初の洞窟の方角で警備員の悲鳴があがった。




