第19話 総退却 ~人数の差はいかんともし難い~
王塚から姉妹宛にDMだと?!
思わず大声をあげそうになった俺を、鏡華は唇に人差し指を当てて制した。なんとか我慢した俺は、代わりに口だけを動かして「いつ?」と尋ねる。
「届いたのは昨夜。この秋に予定してるコラボ企画があるんだけど乗りませんか? みたいな感じので」
なるほど。そっち側の話でか。
みちのくサスケシスターズの知名度は、ことダンジョン配信界隈においては爆上がりしていると言っていい。
これまでは話術に長けたまちゅぴちゅーんずの一人勝ちだったこのジャンルだが、『ダンジョン最先端TV』を始めてからというもの鏡華たち姉妹の人気は急上昇し、視聴者数のみならずチャンネル登録者数でもトップのまちゅぴちゅに迫る勢いとなっているのだ。新しいもの好きの王塚スタアなら、不動のまちゅぴちゅよりも伸び盛りの新鋭の方に狙いをつけるのは当然かもしれない。
「いったいどんな企画なんだよ」
「それはまだ明かされてない。打ち合わせの席で説明するって」
「打ち合わせ? リモートで?」
鏡華は首を振る。
「上がってこい、ってさ。OKなら明後日、二人で芝浦の本社まで来てくれって。ねえランボ、芝浦ってどこ?」
「東京の海沿いで、東京駅と羽田の間の真ん中あたり。つーか、リアルの会議室で打ち合わせってか、今どき」
とはいえ王塚らしいといえばそのとおりかも。俺のときにしてもツルタ氏にしても、あの男が誰かを一本釣りするときには直接面通しするのが流儀なのだろう。
「で、行くのか?」
俺の問いに、鏡華はきっぱりと答えた。
「行かない。だってうさん臭さ百億パーセントじゃん。そもそもいまあたしらが抜けたらランボたちぐずぐずになっちゃうでしょ。水面とも相談したけど、よくわかんない持ち込み企画は危険だって言ってた。上手くいってもお仕着せの色が付いちゃうし、下手したら使い潰される可能性だってある。とにかくいまほど自由にやらせてくれる環境は他にない、って」
うんうん。水面はやっぱりいい子だ。
「それになんといっても、リュウをランボに預けるわけにいかないしね」
そこかよ、決め手は!
「断りの返事は今夜にでも送るつもり。でもまあ仲間だから、ランボには先に情報共有しといたげようと思ってね」
そこまで喋ったところで、鏡華が下から顔を覗き込んできた。にま~っと笑いながら「ランボ、あたしらが残ってうれしい?」とか訊いてきやがる。
「うるせえ! そんなことより、そろそろ現着すっぞ。配信はじめんなら用意しやがれ」
顔を背けた俺は、バックパックに積んだ移動基地局の通信連結を手元で確認するふりをしてごまかした。
⌚
最初の勢いはどこへやら。今日の作業は拠点確認だけで終わってしまった。
いや、言葉が全く足りてない。ひとことで言うなら「敗走」だ。
本日の現場は重要な拠点だった。
Wikiの地図でわかっているとおり、第二層の中でもとりわけ大きな空洞で、野球場くらいの広さがある。といっても円形や方形ではなく、強いて言えばくびれの広いひょうたん型といったところ。広い方にはアメーバみたいな形の地下池があり、未踏の横穴も三個確認されている。
奥まったところにある空間なので、こなれてくれば探索者の人気スポットになりそうなエリアだ。
回線的にも、ここをポイントに主隧道が大きくカーブしていることから、ここの入口と出口にDASを設置するのがベストと判断していたのだ。
だが、俺たちの思惑と同様に、ここはモンスターたちの重要拠点でもあったんだ。
襲撃は、ひとつめのDAS用のフレームを埋め込む穴を掘り終えたタイミングで始まった。
三か所ある横穴はそれぞれがどうやら営巣に繋がっているらしく、内側からわらわらとオークが現れてきたのだ。一体一体はさほど強力じゃないし槍持ってる戦闘力高めの奴らも僅かだったが、いかんせん数が。俺以外の六人がそれぞれで防戦を繰り広げても、小柄なオークが合間を縫って俺の作業を邪魔しに来るのだ。いつもなら縦横無尽に走り回るリュウも、放射状に広がる地下池の水際線に阻まれてクリティカルな仕事ができてない。
さらに終いには、池の中から馬みたいな化け物まで現れてくる始末だ。俺たちは設営地を放棄して撤退するしかなかった。
姉妹の配信も、早々に固定カメラを破壊されてしまったから画面酔いしそうなヘッドカメラ映像のみになってしまい、数字も投げ銭もいまひとつ低調だったんだとか。地下池から白馬が現れたシーンだけはコメントが増えたそうだが、闘ってる二人がそっちを見つめ続けられるはずもなく、中途半端な画に視聴者の不満が集中していたらしい。まったく、勝手な話だ。
「あ~あ、こっちもやられてんじゃん」
歩きながらも傷だらけにされたヘルメットのチェックに余念のない鏡華が、CCDカメラの故障を訴えている。
両手と背中で荷物満載の水面は俺たちのすぐあとをついてきてる。負傷した警備員たちの手荷物も引き受けているようだ。先頭を行く龍昇丸は、血しぶきを浴びた顔でときどきこちらを振り向いている。
「これじゃ明日の配信は水面のカメラ一本だよ。固定も壊されたし、今日は散々だ。帰ったらまとめてポチらなきゃ」
「機材もだけど、お前たち怪我とかは大丈夫なのか?」
「あたしは大丈夫。水面は?」
「私も少し青痣はできたけど、大事には至ってません。ただ、警備員さんたちの方はそうでもないかも」
水面の応えに振り返ると、少し離れた後方でツルタ氏が三人をなだめているのが見えた。
「ツルタさんは無傷なんですが、ほかのお三方はみなさん負傷されたそうで。とくにおひとりなんか、槍先が腕に刺さっちゃってけっこう出血したみたい……」
「テーザーガンも強力だけど、あれって四発しか撃てないから大勢で攻めて来られるとあんま役に立たないよね」
姉妹と違い、サラリー以外に迷宮に入る動機を持たない警備員たちからすれば、今回みたいな現場はリスク以外の何物でもないはず。ツルタ氏以外の三枠は交代制だと聞いてるから、今日に当たった三人は己の不運を呪っていることだろう。
「ランボの方こそ大丈夫だったの? ジャケットの背中が破れてるみたいだけど」
「ああ、それはエアバッグ。機材守って丸くなってたら背中殴られて作動した。あの起爆、マジで息止まったわ。けどおかげで、襲ってたオークどもは攻撃と勘違いして散ってくれたよ。たぶんあいつらは子どもだな。インパクトドライバーでも二匹くらいは撃退できたし」
実際、俺の方もヤバかった。設置前だったからよかったものの、アレが作業中なら機材全部放り出して逃げないと助からなかったんじゃないかな。実際、セラミックフレームは回収が間に合わず置いてきちまった。
俺の会社とクソネットとの間で取り交わされた業務協定の中に賠償責任の条項がある。食料や工具、消耗備品以外の機材に棄損や紛失が生じた場合、管理責任者に弁済の義務が生じる、というのがそれだ。
具体的にはこんな感じだ。
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「弁済」
:甲が丙に貸与・一次預けした機材および素材等の遺失・破損については、甲が丙の業務状況を鑑みた上で5~100%の弁済範囲を判定し、丙は判定結果に相当する金額を甲に弁済する義務が生じる。また弁済完了までの猶予期間については別途、甲の判断によって決定する。
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「甲」は言わずもがなのクソネットだが、今の仕事の場合「丙」に該当するのは俺ってことになる。要するに、この迷宮に持ち込んだ機材はすべて、その設置が完了するまでの間は俺に管理責任があり、失くしたり壊れたりした場合は俺が身銭を切って弁償しなきゃいけないってことなのだ。
とんでもねえ話だ。
ちなみにこの項では「乙」である俺の会社は痛くも痒くもない立ち位置なのでだんまりを決め込んだ、てなわけだ。こっちも相当汚え。
機材の損失を担当者個人に賠償させるなんて聞いたこともねえからって、ろくにチェックせずに通しちまった俺も悪いんだが、とにかくそんな契約になっちまってる。
てなわけで、俺としてはその辺にも大いに注意を払う必要があるのだ。
今回失ったセラミックフレームの原価はいいとこ数千円だし、状況からして責任レベルも最低に違いない。だから請求額もいって数百円ってとこだろう。でもそんなのが重なると、せっかくもらってる機器設置ボーナスにも影響してくるかもしれない。
まったく、とんだ「飴とムチ」だぜ。
「でもさ、どうすんのランボ。あそこ通り抜けないと第三層口には着かないよ」
鏡華の指摘は正しい。
ぶっちゃけ通り抜けるだけなら不可能な話じゃない。実際そうやって先に進んでるパーティーはいくつもある。でも俺たちは違う。あそこは、通信電波を繋ぐ中継点の設置場所して欠くことのできないハブポイント。この先の5G延伸のためにはどうしたって確保しないといけない重要拠点なのだ。
俺が、俺たちがこのあとも稼ぎつづけるためには越えなければいけない大きな壁。それも可能な限り少ない損害で。
不安そうな表情で見上げてくる鏡華に俺は応えた。
「少し考えてることがあるんだ。準備も必要だから、ベースキャンプに帰ったら説明する」




