第17話 推し活 ~ホントの俺はここにある、と思いたい~
「今日もここまでついてきてくれて、おおきにありがとぉー!」
ヴォーカル、佐野千隼の声がライブハウス全体に響き渡った。うおおぉ、と叫び返す総立ちの観衆の中に俺はいる。感動が体中の穴という穴から漏れ出してきそうだ。
人との隙間十センチ以下のぎゅうぎゅう詰めだが、むしろそれがいい。まったく同じものに集中する知らない他人の熱気と俺の熱が混じり合い、会場の数多で湧き上がっているそれらと一緒になって流れになる、渦となる。中心にいるのはビースティの二連星だ。灼熱を発して光り輝くヴォーカルのちはやと、光すら吸い込む強力な重力でステージ世界を支配するリーダーの津川鹿芽。
どの曲も知っている。CDでライブで、何度も聴いてきた曲ばかり。なのにすべてが新しい。昔読んだマンガでは「LIVE」のルビに「時の時」と振ってあった。ただのかっこつけだと読み飛ばしていたが、今なら共感できる。まさにそのとおりだ。いまと同じ演奏は二度とない。アレンジとか編成だとか、そんなんだけじゃない。プレイヤーの動機、会場のサイズ、聴衆の熱量、俺自身が直面してる内と外の状況。あらゆる要素が組み合わさって、演奏にユニークな意味を与えている。そのことを俺に教えてくれたのが彼女たちだった。
ストリーミングアプリで偶然聴いた曲。上手さも厚みもまだまだ稚拙に思えたのに、力だけは妙に感じられたその曲をDLしたのがはじまりだった。単なる青田買いのつもりで、出していたミニアルバム二枚を通販で手に入れ、通勤時にはいつも聴いていた。そうして彼女たちがリリースした曲すべてがほぼ完全に耳に馴染んでいた三年前、俺は初めてライブを観にいった。たまたま大阪での現場仕事と重なっていただけの理由で。そこで俺は知ったのだ。一期一会の意味を。
以来、無為に薄給を消費していた酒や煙草を大幅に削り、年に数回は大阪まで遠征するようになった。だから去年の秋のSNSでリーダーのかなめが「これからは拠点を東京に移す」と発信したときはマジで小躍りして、ついでに煙草もすっぱり止めた。自由になる金と時間は、可能な限りビースティに注ぎ込みたい。そう思ったんだ。
会場がざわめいた。いつもならちはやにMCをまかせきりのかなめがマイクを持ったのだ。不穏なにおいの予感を感じた会場が無音になった中、キーボードの椅子から立ち上がったかなめが息継ぎひとつをマイクに乗せてから口を開いた。
「この秋、十月末に、あたしたちビースティは」
数秒の間が、場の緊張を極限まで高めている。みんな思っているのだ。一年間の東京での活動で、望んでいたほどの結果が得られていないことに。最後の挑戦が最悪の結果で終わる……?。その引導が、幻聴のように俺たちの頭を覆う。そんな空気の中で、かなめの深刻ぶった仮面が音を立てて剝れた。
「メジャーデビューすることになりました!」
最悪のシナリオを思い描いていたのと同じ時間を経て、沈黙は大歓声に変わった。もちろん俺も声をあげた。自分たちだけが価値を信じて応援してきた対象が世の中に認められたのだ。こんなに嬉しいことはない。
一分以上続いた歓喜の騒ぎはリーダーの手振りで収まる。珍しくにやけた顔のかなめは続きを語り始めた。
「新曲発売の日、都内のどこかでゲリラライブを行うことも決定してる。どこで演るかはまだ未定なんだけど、配信は間違いなくやるからSNSのチェックは怠らないように。ね」
「じゃあ、行くよ。今夜のラストは、メジャーデビューのためにつくった新曲『スポドリ!』」
⌚
興奮冷めやらぬ中、押し出されるように階段を上り、生ぬるい夜の道玄坂に踏み出す。と、向かいの道脇に立ってクールダウンしている様子の古参ファンと目があった。表情を緩めた彼が近寄ってくる。
「お疲れさまです。今日はまた随分と買い込みましたな。もしかしてコンプ?」
俺の両手にぶら下げた物販グッズ満載の紙袋のことだ。
「ええ。ちょっと小金が入ったもんだから今回は奮発しちゃいましたよ。さすがにCDは、会場限定盤以外はパスしましたが」
「いいですねえ。推し活はそうでなくっちゃ」
たぶん同世代の彼はそういって破顔した。
お互い名前も知らない同士だが、現場では何度もかちあっているからタイミングさえ合えばこうして話をしたりもする。
「ときにアンコールラストの新曲ですが……」
「ああ、『スポドリ!』ですね。メジャーデビュー曲の」
「あれ、いつものかなめ節が弱めな感じがしませんかね。なんかこう、日和った、みたいな」
新曲はいつにもましてキャッチ―なポップチューンになっていた。完全に聴きとれたわけではないが、歌詞も希望を感じさせるアッパー系だった気がする。
もともとのビースティの曲は複層的で含意の多いやや暗めな歌詞と、転調や不協和音を絡ませたメロディラインやアレンジが持ち味だった。全曲を提供するリーダーの津川鹿芽が目指す方向性がそっちなのだろうが、年を追うごとに角が取れ、より聴きやすいものへと変わってきてはいる。が、たしかに今回の新曲はこれまで以上に変化の度合いが顕著だった、という印象は俺も感じていた。
「多少は一般ウケを狙ってきてるんじゃないですか」
「いや、さすがにあれは狙い過ぎでしょ。かなめ嬢が指揮棒持ってたらあそこまで丸くはならんはず」
古参としてのこだわりは、俺にしたって他人事ではないからよくわかるんだが、そうは言ってもメジャーデビューとなれば当然契約先のレーベルがあるワケで、玄人ウケよりもより多くの新規リスナーに刺さるわかりやすい楽曲が求められたのだろう。だから俺は、曖昧に笑って彼の台詞を受け流す。だが彼は、俺の表情を同意と受け取ったのか、さらに持論を重ねてきた。
「シークレットライブの企画にしてもそう。ビースティのライブの真骨頂はファンとのせめぎ合いにあるはずなのに、次回はどこでやるかすら告知しないって言ってましたよね。あれってつまり、配信メインだってことでしょ。完全に、レコード会社に押し付けられたパターン」
鼻息の荒い彼の意見はわからんでもない。が、金を出す以上、レーベルが売り方を指導してくるのもまた当然。素人考えとはまったく違う視点でやってることなんだから、俺たち外野はバージョンアップする彼女らを黙って応援していくのが本筋ってもんじゃないのか。
「いろいろとオトナの事情ってのが絡んでんじゃないスかね」
手前勝手な愚痴にこれ以上つきあう義理も無いので、待ち合わせがあると偽って俺はその場を離れた。せっかくのライブのあと、いい気持ちのままで一日を終わらせたいじゃないか。
それにしてもシークレットライブかあ。行けるものなら観にいきたいもんだ。つっても十月末じゃ穴蔵の仕事はまだ続いてるだろうから、ノーチャンスだよな。
紙袋に両手を塞がれたまま坂道をくだる俺は、軽く溜息をつく。
せいぜい言って俺にできるのは、どこに潜っててもちゃんと配信ライブが観られるよう通信環境を広げ続けるってことぐらいか。




