第16話 快進撃 ~俺たちの勢いは誰にも止められない~
「哈っ」
掛け声とともにブタの化け物の巨体が跳ねあがった。まっすぐに伸び切った長い腕と手首を掴む鏡華の右腕、合わせて三メートル近い径の円弧を描き、突進の勢いに遠心力を足した力でそいつは頭から大地に突っ込んだ。頸椎が破断する鈍い音。痙攣したオークが動きを止める。
―― 決まったあっ!
―― キョーコちゃんの投げが鮮やかすぐる
それを見届けるでもなく、鏡華はすでに次の動きに入っていた。地面に突き刺さった槍を引き抜き、妹がてこずる大将格に狙いを定める。が、めまぐるしく入れ替わる組手では、いかな鏡華の能力、【精度】であっても投げ切ることはできない。
―― ミナヨ、ピンチ!!
―― 投げちゃダメ! 妹ちゃんに当たっちゃう(><)
焦れる鏡華。水面の取っ組み合いから視線を切って、周りを見回す。オークの残党は警備員たちが三人掛かりで押さえていた。ツルタ氏が使う黄色い筒は大きな効果をあげているようだ。あっちは彼らに任せていい。
―― あの黄色いヤツって韓国の警官が持ってるのと同じだよね?
―― テーザーガンは反則ww
―― ダンジョン内は治外法権?!
再び視線を水面たちに移す。やや押されている。一か八か、投擲するか?
視界の端に茶色い疾風が飛び込んできた。
―― 龍昇丸参上!
―― まってました龍昇丸。早く妹ちゃんを助けてあげて
空間を轟かす大音声が、組み伏せんとするオークの動きを支配した。完全に固まるオークと水面。
―― 出た! 龍昇丸、必殺の【威嚇】!
―― 勝ったな
まったくブレない視線の中心に向かって、鏡華の投じた槍が美しい軌跡を描く。針の穴を射抜く精度で、鏡華の槍はオークの延髄に突き刺さった。
―― 完・全・勝・利 !
―― サスケ姉妹+龍昇丸、マジ最強
―― おじさん、今日も懸賞旗を出しちゃうぞ
―― ワイも
「ランボ、そっちは?」
鏡華の声が飛んできた。スパチャが乱れ飛ぶタブレットにマルチで表示された画面のひとつに遠景の俺が映っている。ひと呼吸遅れて、鏡華の同じ声が左耳にだけ届いた。
俺は大声を返す。
「導通確認もいま終わった。切り替えるから、そろそろそっちも終了してくれ」
画面の手前から遠景の俺に向けて親指を突き上げた拳が映り込んできた。
「見てくれたみんな、ありがとう! みんなの応援のおかげで、今回もオークを撃退することができたよ。ここ新宿ダンジョン第二層ポイントC-6エリアも、クラスタソリッドさんのWiFi取り付けは終わったそうだから、めでたく今から通信エリアに仲間入り!」
鏡華は喋りながら、縛りの解けた妹に手招きをする。水面の前に走り出た龍昇丸が一足先に鏡華に駆け寄り、飛びついた。じゃれついてくる龍昇丸をいなしつつ、鏡華は固定カメラ目線で締めの挨拶をする。
「今日の『ダンジョン最先端TV』はこれで終わるよ。面白いなって思ったら、チャンネル登録をよろしくね。お送りしたのはみちのくサスケシスターズのキョーコと」
「妹のミナヨと」
「冒険仙人の愛犬、龍昇丸でした。それじゃ次回もSee You」
手を振る姉妹の映像の下で、駆け込みのコメントが列を成して躍っている。
―― キョーコちゃん、ミナヨちゃん、龍昇丸、お疲れ様。ゆっくり休んで
―― 面白かったよ❤
―― クソネット、今日もエリア拡張ありがとう!
―― サスケ姉妹とクソネットのコラボは新宿最強
―― ていうか、WiFi開通前にリアタイ配信できてるサスケ姉妹ってどゆこと?
⌚
第二層エリアの通信範囲拡張作業を順調にこなしている俺たちの評価は右肩上がりになっていた。
第二層のモンスター出現率は、上の階層の観光地気分がなんだったのかと思えるくらい分厚く、かつ強力になっていた。ぼろぼろになって引き上げてくるパーティーたちのダメージがそれを物語っている。だがそんな中で、俺たちのチームだけは快進撃を続けていた。
吸血コウモリやジャイアントラットの他、ゴブリン、槍のような武器を持ったオークなどとの遭遇も頻出した。その度に龍昇丸、鏡華、水面が前に立って主力と戦い、ツルタ氏らの警備メンバーが警棒や、新規に配備されていたテーザーガンなどを駆使して防壁をつくってくれる。おかげで俺は、機器の設置作業に集中できていた。
この二週間で、新宿ダンジョンWikiの第二階層マップにレイヤーされた通信可能エリアの緑色は、既知とされるエリア全体の四割以上に達している。別に組織された通常の作業チームが第一階層の穴埋めをしていることもあり、新宿ダンジョンエリア拡張キャンペーンはクラスタソリッドネットワークの成果として認知され始めたのだ。
荏原の言葉を借りれば「株価も天井突き抜けてストップ高になってる」らしい。
俺自身、三日に一度のペースで地下に泊まり込んだりもしていた。
電池切れを気にしなくなった泉澤姉妹は調子に乗っている。お互いのヘッドセットカメラだけでなく、新たに導入した広角の固定カメラを駆使したマルチアングル配信まで始めた。以前の眠くなるような番組と違い、高頻度で戦闘が発生する今の配信はコンテンツとしても評価が高いそうだ。隈取りメイク入りとは言え、いままでシークレットだった鏡華と水面(配信ではキョーコとミナヨ)の顔出しを解禁したことも人気の大きな要因となっている。当然ながら、チャンネル登録者数もうなぎのぼりだった。
「ヤバいよリュウ。欲しいものリストに入れといたあんたのごはん、二年分くらい届いちゃうよ」
「今週のスパチャ総額が見たこともない数字になっちゃってるよ。どうしよう、おねえちゃん」
「確定申告の勉強、はじめないとマズいかも」
彼女ら専用のベッドとなった寝袋に寝っ転がった二人と一匹が、買ったばかりのタブレットを見つめながらじゃれている。
冷蔵庫から取り出したミネラルウォーターでのどを潤しているとツルタ氏が話しかけてきた。
「想定をはるかに上回る順調ぶりですね」
「いや、まったくで」
ツルタ氏は、ロマンスグレイをかきあげながら言葉を続ける。
「会社が用意してくれたテーザーガンは実に有効ですが、それ以上に泉澤姉妹の活躍が大きいです。それと龍昇丸も。彼が犬だとわかったときには正直拍子抜けしたんですが、いざ活躍を目の当たりにしてしまうと、彼ほど心強い味方はいませんからね」
怠惰に寝転がる姉妹と彼女らにもたれかかっているただの犬、としか見えない二人と一匹に目を細めるツルタ氏は、そこで視線をこちらに向けた。
「でも自分が思うに、やはり一番はこのタイミングで彼女たちをリクルーティングしたランボさんの手腕だと思うんですよ」
褒めの矛先がこっちにくると予想してなかった俺は、水を吹き出しそうになった。どう返せばいいんだよ、こんなの。
「はっきりいってわれわれだけで進めていたら、たぶん三日ともたなかったでしょう。それくらい彼女たちの有用性は際立っています。だからこそ、その彼女たちを見出し、ここという転換期に起用してきたランボさんの慧眼は特筆に値します。本当にお見事です」
「いやいやいや。俺はなりゆきに乗っかってるだけだから。あいつらと会えたのは偶然だし、チームになったのだって、むしろあいつらの売り込みのおかげなんだから。リュウだって、あいつらがいるから着いてきてくれてるんだし」
「機を見て逃さず最適な答えを導き出す。それこそプロデューサーたるランボさんの最高のお仕事でしょう」
止まらないツルタ氏の褒め殺しに音をあげた俺は、矛先を変えるべく、全員に聞こえる声でかねてからの連絡事項を伝えた。
「明日の金曜、俺は夜に大事な用があるから早上がりする。ンだもんだから、みんなもそのつもりでいてくれ」
⌚
八月第一週の金曜夜、俺は渋谷の道玄坂にいる。通りに面したビルの半地下にあるライブハウス『ギルティシブヤ』。小ぶりな会場の入口前に百人くらいの行列ができていて、俺はその最後部に取りついたばかりだ。羽織っていた半袖シャツを脱ぎ、中に着るTシャツを露わにする。メンバー四人のシルエットがデザインされたそれは、目の前に並べて貼られたポスターとお揃いだ。
ディパックからバンダナを出して頭に巻く。こちらにプリントされたグループロゴは、ポスターのとは別の少し古臭いデザイン。三年前のグッズ。
第二層での作業を午後四時前に終わらせた俺は、ツルタ氏らを追い立てるようにして地上に駆け上がり、ここまでの道を急いだのだ。
俺の糧、俺のよすが。俺が生きて暮らしてるのは、まさに今このときのためと言っても過言じゃない。
正確にはあと三十分後。
ビースティのライブに参加して、メンバーと同じ空気を吸うために。




