第14話 蓄電石 ~秘密の共有ってなんかエロい感じがしないか?~
宿泊を許可したからと言って、はいそれじゃあと帰っていいもんでもない。鍵はどうとかこれは触るなとか、いろいろと申し送りしないといけないものもあったりする。
「あのぉランボさん」
鏡華の寝床づくりを手伝っていたら水面が声をかけてきた。
「スマホの電池が残り少なくなっちゃって。ここ着いたときランタンに使ってた充電器って貸してもらえたりしませんか?」
俺は返答に詰まった。明日以降の通信も含め、たしかにこの子たちには電源のインフラが必要だ。だが、石に関しては俺だけの専権事項だから、とこの仕事に入る前に口酸っぱく言い含められている。立ち会ってるときならいざ知らず、完全に別行動となる当直時の対応なんてこれっぽっちも想定してなかったよ。
寝袋を敷き終えた鏡華も振り向いた。
「あたしも気になってたんだよね。この部屋の電気点けるときもさ、ランボ、こそこそやってたじゃん。ちらっとだけ見えたんだけど、あの石っころはいったいなに?」
言葉に窮する。今の俺は、たぶんとんでもないしかめっ面になっているはずだ。
考えろ、俺。これまでの二十五年で一人たりとも部下を持ってこなかったことを言い訳にするな。この二人は俺が俺の責任でチームに組み入れた仲間だ。いま、試されているこの場面で俺が見せる決断が、二人との今後の信頼関係を決する。タイミングを見誤るな。
いちど天井を仰いだ俺は、泉澤姉妹に向き合う。
「おまえたち、守秘義務って言葉、知ってるよな」
うなずく姉妹。姉、鏡華の目には期待の二文字まで浮かんでる。
ええい、一蓮托生だ。
「今から話すことは、冗談抜きで国家機密レベルの秘密だと肝に据えろ。絶対に外部に漏らすな。明日から一緒に働く同じチームのメンバーにも、だ。てか今こうして俺が話すのもホントは超マズい。でもな、おまえらはもう完全に俺個人の仲間だからな。この信頼、裏切るなよ。絶対」
不安げな表情に変わる二人だったが、それでも無言でうなずいた。
念のため、背後のドアの施錠を目で確かめる。大丈夫、締まってる。部屋の隅に敷いてやった毛布の上に身体を伸ばしている龍昇丸が顔を上げてこっちを見た。こいつに聞かれると……。いやいや。いくら賢いっつったって、さすがに理解まではいかんでしょ。それに、もしわかったとしても人に伝える手段がない。
顔を戻し、腰に巻いたウエストバックのジッパーを開いた。中に収められた二個の石のうち、ひとつを取り出して掌に載せる。そうして俺は、その石について俺の知っていることを話し始めた。
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「『蓄電石』と言う」
「正式名称は『大容量直流電力内包鉱石』とかいうのが付いてるらしいが、俺たち裏方はたいてい『電池石』とか『バッテリー』とかで呼んでいる」
「この鉱石は新宿ダンジョンの賜物だ。今のところ、このダンジョンから採れた鉱物としては掛け値なしに最高の贈り物と言えるだろう。なにしろゴルフボールサイズ一個で車の12V バッテリー二十個分の電力を保持しているというのだから。容量に換算すればおよそ1000Ah。普通ならコンテナリフトでも動かすような鉛蓄電池の大電流が、この掌サイズに詰まっているってわけだ」
姉妹は俺の掌に乗った黒く光る石を凝視している。
「この石を最初に見つけたのは再開発工事の現場作業主任だった。正確には彼のチームの功績だが、その石がどういうものなのかを最初に理解したのが彼だったのだから、やはりその主任作業員のお手柄と言っていいだろう」
「主坑道から外れた脇道、現在は厳重管理で封鎖されて一般の入場者が立ち入ることはできないとこなんだが、とにかくそこを辿っていた彼らは、数キロ先で肌が泡立つとともに強烈なオゾン臭に気づいたんだそうな。方角からすると明治神宮の地下あたりに位置するらしいが関係あるかどうかは知らん。そのエリアに立ち入った途端、計器が狂いまくったらしい。ヘルメットを取ったら全員の頭髪がウニみたいに爆発してたんだそうだ」
二人は黙って俺の話を聞いてくれてる。とくに水面の集中力が凄い。
「真っ暗なのにぼんやりと青白く発光してみえた岩塊に、やんちゃな作業員が思いつきでつるはしを打ち込んだんだと。その瞬間、鼓膜をつんざく爆発音と目を灼くアーク発光が煌めいた。当の作業員は両手に大やけどを負って失神した。木製の柄と絶縁手袋がなかったら確実に感電死していたはずだって話」
水面の目に恐怖の色が走った。鉱脈の事故とこの石とを結びつけたのだろう。勘のいい娘だ。
「欠片一個だけを予備の手袋に隠して持ち帰った作業主任は、たまたま知り合いだった王塚綺羅星、そう、俺たちをここに縛りつける雇い主の親玉、あの忌々しい|クラスタソリッドネットワーク《クソネット》の最高経営責任者だ、あいつにその石を見せた」
「ボストンバッグの内側いっぱいに詰め込まれた白の緩衝材と、手のひら部分がこんもりと膨らんだ黒の絶縁手袋。その中から取り出された石は、多少きらきらしているのを除けば、他にはさして特徴のない黒い石に見えた。ガラステーブルの上にそっと置かれた石は、素手でも触れるし重さを確かめることもできる。調子に乗った王塚は石をスマホで接写しはじめた。が、そのとき、不意に手を滑らせてスマホを石の上に落としてしまったんだ。刹那、激しい火花が散った。跳ねあがって床に落ちたスマホは筐体が膨れ上がり、内部機構が完全におしゃかになっていたそうだ」
「『おそらく石に傷をつけたためだろうが、あのとき爆発しなかったのは奇跡に近かった』って、俺が見せられたクソネットの社外持ち出し厳禁資料には書かれていた」
「王塚は速攻で地権者に掛け合って、その坑道一帯の三十年賃借契約を結んだ。さらに防衛省の役人とつるんで「国防のための最重要秘匿事項」とかなんとか理由をつけて、情報のコントロールまで謀りやがった。以来、蓄電石は国策資源として営利使用も制限付きでクソネット一社のみの専有案件となったわけだ」
鏡華の目が泳ぎ始めた。どうやらついてこれなくなって飽きてきたみたい。一方の水面はまったく身じろぎしない。自由奔放に育った姉ちゃんと、振り回されてきた妹の図が目に浮かぶ。
「蓄電石は取り扱いに大きな危険が伴うが、慎重に扱っていればそれほどでもない。剥き出し状態の生の蓄電石は常に放電しっぱなしの超々劇物で、まとめて置いておくとそれだけで強烈な磁場が発生してしまうのだが、とにかく酸化が早い。個々の石で見ても、表面に傷がついて中味が露出すれば放電するが、瞬時に空気中の酸素と反応し、酸化蓄電石(?)の被膜ができあがるんだ。この膜は、俺たちが普段使っているケーブル被膜の数千倍高性能で、傷さえつけなければ素手でお手玉だってできるほどだという。もちろん、そんな恐ろしいことをやろうなんて奴がいればのお話だが」
「今も爆発すんのか?」とたじろぐ鏡華に、俺は軽くお手玉してみせた。思わずのけぞる鏡華。顔を上げた龍昇丸と目が合った俺は、「大丈夫だよ」とつぶやいて話を再開する。
「王塚は急遽買収した研究施設で、半年かけて石の制御に取り組んだそうだ。いろいろとトラブルはあったようだが、とにかくそうやってできあがったのが、いま俺たちが開設工事で使ってるインバータバッテリー。要は絶縁体で固定した蓄電石にミクロン単位の短針を刺して電力を取り出して、そいつをルータが使えるレベルまで降圧変調するってだけの代物だ。説明すれば単純な機械だが、これがなかなか優れモノなんだ。なにしろ体育館クラスの小規模エリアルータなら、優に十年連続稼働させることができる。この部屋の電灯だって、いま嵌めこんでる石だけで俺の残り寿命くらい長持ちするはずだ。まぁありていに言って、めちゃくちゃだ。常識破りもはなはだしい。こいつが世に出たら、電気自動車業界の勢力図なんか完全に書き換わっちまう。それだけじゃない、家電全般が影響下に入るから、例えば家をつくる際に通電線なんかのインフラを心配する必要がなくなっちまうんだ」
「それってつまり、おうちの電気代がタダになるってことですか?」
たまらず口を開いた水面の質問に、俺は頷きで返す。
「な、めちゃくちゃだろ」
俺はひと呼吸おいて、手元の石に目をやった。
まったく、とんでもねえ石だよ、こいつは。
「ただこの石、今のところ鉱床は最初の穴でしか見つかってないんだ。推定される埋蔵量も数十トン、ゴルフボールサイズ換算で数万~十数万個ってとこらしい。おまけに切り出し作業も容易じゃないから、生産量だってたかがしれてる。今のままで市場に出たら、速攻で争奪戦がはじまるだろう。なんなら戦争だってはじまるかもしれない。そんなわけだから、王塚の奴が最初に取った秘匿策は正解だったと評価してやるしかないんだ。実際、俺みたいな末端作業主任がダンジョンに潜るたびに持ってってる三個の蓄電石にしたって、そのまま俺たちが中国あたりに高飛びでもしたら、それこそ重篤な国際問題にまで発展するはずだ。そう思うと、腰に下げているウエストバッグの重みが何十倍にも増してくるってわけ。まったく、俺がこの仕事でもらってる特別手当なんかじゃゼロがふたつは少ないぜ」
「ちなみに最後のくだりは本社の担当から受けた説明には入ってなかったから、石の価値についての考察は俺独自のものだ。でも、少なくとも王塚ならその程度のことは最初から考えていることだろうよ」
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「というワケだ。話はわかった?」
何度もうなずく水面と、首を傾げる鏡華。龍昇丸は地面に顎をつけて目をつぶっている。寝てるのかもしれない。
「よくわかんないけど、めちゃくちゃヤバいものだってことはわかった。要するに、ランボと一緒のときしか使えないってことなのね」
「でもそれだと今夜の充電が……」
「それは、いまやればいい」
眉を寄せる水面にそう応えた俺は、充電ケーブルを繋いだインバータのソケットテーブルに掌の蓄電石を乗せた。
「スマホ、貸してごらん」
水面から手渡されたスマホは、残り十パーセントを切っていた。
「見てな」
USBケーブルを繋ぐ。と、残量表示の数字が劇的な勢いで増えていった。画面を覗き込む二人の目が丸くなってる。
ものの一分ほどで水面のスマホの完全充電は終わった。
「なんだよそれ、魔法かよ! あたしのもやってくれ!」
色めき立った鏡華が自分のスマホを差し出してくるので、もちろんそれも充電してやる。三割ほどになっていたバッテリーもすぐに満タンになった。
「今夜の分はこれで大丈夫だよな。ってことで、おれはそろそろお暇するよ。明日もあるからな。朝九時にダンジョン入口集合なのを忘れんな」
「まかせろ」
そう言って親指を突き上げる鏡華のうしろで、龍昇丸が片目を開けた。俺を一瞥したように見えたが、またすぐ閉じて顎を戻した。
「わかってるよ龍昇丸。独りで帰れってことだろ。おまえはおまえで新しいご主人守んないといけねえからな」
けっと息を吐き、俺は暗い坑道に足を踏み出した。




