第12話 第二層 ~基地局設置までは順調だったのに~
第二階層のエントランスの片隅で緑色のインジケータが脈動をはじめた。
「マックスで下り10.2Gbps。上りも2G近くあるよ。優秀だぜ」
タブレットの計測アプリで通信速度を確かめた俺は、ひとつ背中を伸ばしてから工具を仕舞う。あとはエントランス周りにステッカーを貼るだけ。フレーム埋設用の横穴堀りを水面にやってもらったから、思ってた以上に早く仕上げられた。作業中の警戒と照明は鏡華まかせ。マジでこの姉妹は役に立つ。
俺の台詞を聞いて、水面がさっそくスマホを開いている。
「動画も開いた。すごいよおねえちゃん! サクサク動くよ」
時刻は午後二時五十分。予想よりちょっと早い。
妹の手元を覗き込んでいた鏡華がヘッドセットの光をこっちに向けてきた。
「どうするランボ?」
第二階層最初の基地局をこのエントランスに建てるところまでは終わった。今日の分としてイメージしていた作業はこれにて完了。鏡華が尋ねてるのは、行くか戻るかってことだよな。
顔を上げて周囲を照らしてみる。岩壁の色は真っ黒で変わらないが、貼りついている苔らしきものが光をきらきらと反射している。たしかに湿度は高そうだ。
G‐Shockのセンサーでこの場所の諸元をチェック。深度マイナス百二十メートル、気温は摂氏二十六度、湿度六十二パーセント。気圧はセンサー上限の千百ヘクトパスカルを超えている。なるほど。耳がキィンとしたわけだ。
「あたしとしてはさあ、せっかく繋がったんだし、ここはひとつ配信までやっておきたいんだよね」
「だよねえ」
姉妹の意見を聞き流し、俺は奥の壁に光を当てた。広めの洞穴がふたつ。どちらの地面にも踏みしめられた靴跡が残っている。
「どっちが水のある方?」
鏡華が右の穴を指さした。
もう一度腕時計を見る。あと一時間ならいけるか。ランタンのバッテリーも余裕だろう。
二人の顔を交互に照らし、俺はうなずいた。
「三十分だけ先に進んでみるか」
⌚
上層よりも粘度の高い地面を歩くこと五分。ここまでは動くものはいなかった。作業中に奥に入っていったパーティーはいなかったから、午前中から潜ってるような猛者でもない限り、奥には誰もいないはず。この第二層は、上に比べてあきらかに人の跡が少ない。例えて言えば、駅前商店街通りと狭い裏路地くらい。その分、緊張感は半端ない。前を行く鏡華の足取りも慎重だった。
と、目の前を照らしていたランタンの光がいきなり拡散した。穴を抜けたのだ。
「ここです。私たちが前に来たとこは」
水面の声が反響している。見上げる俺の光を受けて反射する無数の光点がざわざわと動いていた。背筋に寒気が走る。
「コウモリです。私たちの知ってる上の世界のと同種かどうかはわかりませんが」
スマホを掲げた水面が小声で教えてくれた。もう一度上を見上げる。たしかに天井が高い。目測だが二十メートルくらいは優にありそうだ。降りてきた分を考えても、上の層に届いてるんじゃないかと思うほど。
そんなことを考えていたら、数歩前を行く鏡華がいきなり声を上げた。
「はるばる来たよ、みちのくから! みちプロヒーローサスケとおなじくグレートな覆面ユーチューバ―、キョーコとミナヨがお送りする『みちのくサスケシスターズ』の時間だよ!」
どうやら配信をはじめたらしい。
「視聴者の皆さん、届いてますかぁ? ここが第二層最初の部屋だよ。部屋って言っても大きな体育館くらいあるけどね。あたしたちみちのくサスケシスターズは、まさに今、新宿ダンジョンの第二層に来てまっす!」
俺が背負ってるDASは移動基地局としてちゃんと機能してるのだろうか?
確認も兼ねて、俺もタブレットで配信画面を開いた。通信レートはかなり減衰してるから動画はカクカクだけど、どうにかこうにか表示されてる。反響する鏡華の声が少し遅れてイヤホンから飛び込んでくるのがうるさい。なので、こっちの音量はオフにした。
視聴者数は四十五。いや、五十。どんどん増えてる。
「ここは天井がすっごく高いんだ。上の方で光ってるのは星空じゃなくてコウモリの眼! キラキラしてて、とっても綺麗」
―― 見えてるよー
―― キョーコちゃん、声可愛い❤ ミナヨちゃんの声も聞きたいお
―― クソネット、第二層も開通したの?!
―― マジ星空じゃん
―― リアタイ配信乙
―― こんどこそ顔出し期待してるよん
―― ぱんつ脱いで待機中
予告なしの配信なのに視聴者はすでに百人を超えてる。ダンジョン配信ってのはこんなにニーズがあるのか。
水面が「やった」と小さな歓声をあげた。どうやら投げ銭が入ったようだ。
「もうちょっと先にも行ってみるね」
そう言いながら先に進む鏡華。俺たちも後に続く。配信してるのは水面のスマホからだがカメラと音声は鏡華のヘッドセットだから、彼女がこちらを振り向かない限り水面と俺の姿は映らない。
水の匂いがしてきた。背が低く色の薄い雑草の大き目の葉っぱを避けながら歩を進める。腐葉土みたいなクッション感覚の地面。おそらく枯れた雑草が折り重なっているのだろう。
いきなり羽音が重なってきた。同時に鏡華の悲鳴。
「きゃああ」
前を照らすと鏡華の身体が黒いうごめきに取り巻かれていた。
「おねえちゃん!」
スマホを俺に押しつけて水面が走り寄っていった。タブレットの画面は黒いものが飛び交っている。ときおりカメラにぶつかってくるものもいる。
コウモリか!?
画面に赤い孔が映り込んだ。コウモリの口腔か? 白いのは牙?
マズイ。鏡華の体術は足場のある相手にしか効かないはず。飛びながら襲い掛かってくる群生には手も足も出ないのでは。
キイキイという声が雲のように折り重なる影に、両腕を振り回す水面が飛び込んだ。コウモリたちは一瞬散ったが、再び、こんどは二人を標的にまとわりついている。ヤバい。マジヤバい。
―― え? なに?
―― いまのもしかして悲鳴?
―― キョーコちゃん大丈夫?
―― 衝撃映像キタ
他人事のコメントを流すタブレットを掴んだまま、俺は叫んだ。
「頭を隠してうずくまれ!」
呼応した二人の影が身体を小さくしたそのとき、奥の草むらから疾風が起こった。
オンッ
一瞬、俺のアタマには巨大な梵字が浮かびあがる。と同時に、コウモリの群れがかき消すように飛び散っていった。
空間全体を揺るがす大音声の源は、うずくまる姉妹の足元にあった。
―― 耳壊れたかと思った
―― explosion!?
―― 生き物の声? なんか爆音みたいだったけど
―― 黒いの消えた?
―― おねえちゃん生きてる?
―― しっこもれた
駆け寄る俺の足が、そいつの発する低い音で金縛りに遭った。
足が、動かない。頭は進めって言ってるのに、身体が言うことをきかない。
自由になる目だけを動かして、俺は事態の把握に努めた。視線の先がヘッドライトに照らされ浮かび上がる。
折り重なるように伏せている姉妹の前に佇んでいたのは、美しい立ち姿の一頭の小型犬だった。




