第10話 即面接 ~姉妹(とくに妹)は想定外の優れモノ~
「俺は尾仁川蘭戊。5Gの通信機器を設置して回るのが専門だ。いまの仕事では、新宿地下専任チームの設営作業主任をやってる。まあ言ってみりゃ現場監督だな。といっても、実際に作業するのは俺だけなんだが」
第一階層の主要隧道を歩きながら、俺たちは自己紹介をはじめた。かりそめとは言えチームを組んで仕事するわけだから、相手が何者かくらいは共有しておかないともしものときに難儀する。ましてこの二人は、正式な書類を交わしてさえいない現場調達の日雇いだから、ある程度の個人情報は事後報告のためにも必要なのだ。
「じゃあアレだ。地味おじのこと、これからは『ランボ』って呼べばいいんだな」
口径の大きいランタンをかざして先頭を歩く姉が、楽し気な顔で振り返った。
なんだこの気安さは? 男子だけの工業高校からこの業界に直行した俺にとってこれほどの近さで女という生き物と会話するのは、十何年か前に通っていたキャバクラを除けば初めての体験と言っていい。どんな受け答えが正しいのかなんて皆目見当もつかない。なので、ついぶっきらぼうに応えてしまう。
「『地味おじ』でなけりゃ、どう呼んだってかまわねえよ」
うー。背中が痒くてむずむずする。
俺は洞窟の暗さに感謝した。
最後尾を進む俺の挙動不審になど頓着しない姉は、洞窟に響く声で自分の名を告げる。
「あたしは鏡華、泉澤鏡華。二十二歳のぷりぷりの女子大生だよ。で、そっちが妹の水面」
「水面、です。高卒のプーです」
列の真ん中でぼそぼそと喋る妹は、内気そうな口調とは裏腹に、背中と両手に満載する荷物を苦にするでもない頼もしい歩みを見せてくれる。
俺たち三人は即席パーティーとは思えない着実な足取りで、うねうねと曲がる迷宮を奥へ奥へと進んでいた。
⌚
地上でもちかけた俺の提案に飛びついたのは姉の鏡華の方。こっちが内容を話し出す前に、いきなり「やる!」と即答したのだ。
その点、妹の水面は慎重だった。
「あの……お仕事を手伝うって、どんなことなんですか? 私たち機械のことはぜんぜんわからないんですけど……」
鼻息の荒い姉、鏡華とは対照的な心配顔の水面に、俺は軽い調子に聞こえるように答えた。
「なぁに。ちょっと奥まで一緒に荷物を運んでもらうってだけだよ。少し量はあるけど」
水面の表情が明るくなった。が、すぐに引き締まる。二人とも、思ってる以上に表情に出るタイプらしい。
「それで、日当っていうのはどのくらい……」
「ふたりで二万、でどうかな?」
「やる!」
またしても即答は姉の鏡華。でもこんどは妹の水面も大きくうなずいていた。
「OK。契約成立だ。それじゃあ、倉庫に入って荷物を見てもらおう」
⌚
水面のパワーは俺の想像をはるかに超えていた。俺たちが五人で運ぶ量を、たった一人で持ち運べるのだ。いや、背負子が対応さえしていれば、あと二人分くらいはいけそうだと言わせるほど。
対照的に、鏡華は非力だった。一般的な女子がどの程度なのかは知らないが、大人の男の半人前がせいぜいってとこ。大の大人をぶん投げたときに見せたパワーが嘘みたいだ。
「柔道なんかもそうらしいけど、あたしの習った太極拳は相手の体格や力を利用するんだ。基本、技は円運動だから、相手の力が強ければ強いほど大きな力を返せるぜ」
クラスタソリッドのロゴ入りブルゾンをだぼだぼに羽織った鏡華が自慢げに語っている。右手に持つランタンの他には糧食を詰めたリュックだけという身軽なスタイル。
「だから向こうからぶつかってこない荷物は苦手なんだ」
きゃらきゃらと笑う鏡華の声が岩壁の道に反響する。
迷宮を下って一時間半、途中何組かのパーティーを追い抜かし、俺たちは第一層の最深部目前まで辿り着いていた。すれ違った探索者たちは誰もが水面に驚いていた。それはそうだろう。バレー選手並みの体格とは言え、その輪郭を二倍に見せるほどの荷物を背負い込んで、軽々と自分たちを追い抜いていくのだから。
「な、言った通りだろ。水面のパワーは金メダル級だって」
「たしかに」
機器や工具を背負った俺は、鏡華の台詞に答えながらも、すぐ前を行く大きな荷物の規則的に揺れる動きに魅了されていた。
これは大当たりだ。とてもじゃないけど日当二万どころじゃないよ。水面ひとりに三万だしてもいい。ていうか、普通にスカウトしたいレベル。故郷には、賑やかしの姉ちゃんだけ帰ってもらうか。
そんなことを考えていたら、前の塊が進みながら振り返った。
「ランボさぁん。私そろそろ燃料切れです。おなか減りましたぁ」
「もうちょいで着くから、そしたらメシにしよう」
こっちを向いた水面の瞳が精気を得て、再び輝きだした。
⌚
「ここ、いいじゃん」
ドライソーセージをくちゃくちゃと噛みしめてる鏡華が、LED照明で十分に明るくなった室内を見回しながら感嘆するように口にした。照明の電源はルータの心臓部と同じインバーター。初日に機器を繋いでおいたから、石をセットすればすぐに明かりが灯るのだ。
少し前に第一層最奥のベースキャンプに到達した俺たちは、持ってきた荷物の中から糧食の箱だけを開いて昼食を摂っている。
「おねえちゃん、食べながら喋るのはお行儀悪いよ」
「風呂がないのと食いもんが味気ないのはマイナスだけど、それ以外は申し分ないよ。梱包材を伸ばして寝袋上に置きゃあベッドにもなる。トイレだって、広場の隅に共用なのが一応あるし」
妹の注意など完全スルーの姉は、落ち着きなく視線を移し、はしゃいだ口調で勝手な想像を広げてやがる。大きな体を縮こまらせて隣に座る水面は、あきらめ顔で新しいエナジーバーの封を切った。
「鏡華さんよ、お前さん、ここに住み着くつもりかよ」
「宿代もかからなそうだし、しばらく住むにはちょうどいいかもって。あはは、冗談冗談」
笑ってごまかす鏡華だが、こいつ、目がマジだ。最初に無茶な要望をぶつけてから、取り下げるフリをしてちゃっかり陣地を広げてく。そんなやり口だな、こりゃ。
そもそもこいつは半人前しか仕事してない。妹の水面は即決採用したいけど、鏡華はむしろお荷物じゃねえか?
そこまで考えてふと気づく。そういえばこいつ、俺が「最奥に行く」って伝えた後は一度も道順を尋ねてこなかった。何か所か分かれ道があったし、なんなら側道の方がまっすぐに見えるところだってあったはず。なのにこいつ、地図も見ないで最短ルートを先導してた。うーん。それもまた才能ってやつか?
そんな俺の思考を読んだのか、鏡華は売り込みを図ってきた。
「ほら、あたし喧嘩なら強いから荷物ドロとかを撃退できるし、見た目もかわいいから広報役やったげる……なんてのも」
「おねえちゃん、配信では顔出ししたがらないくせに」
「スポンサーがかっちりしてれば別にいいの!」
ちょっと待て。俺はまだなんも言ってねえぞ。勝手にどんどん話進めんじゃねえ。だいたい自分で「かわいい」とか言うかフツー。いやまあ、たしかに見映えすんのは間違いねえが。
気づいたら、話すのをやめた鏡華が俺を見つめていた。
その視線、なんかすっげえ圧感じるんスけど。
「鏡華さんさぁ、もしかして俺に雇ってもらいたがってる? 今日だけの日雇いじゃなしに」
打てば響く鐘のごとく、鏡華はぶんぶんと首を振ってうなずいてきた。
「ランボたちは通いでしょ。誰もいなくなったここを守る役が必要じゃん。ここのドア、そこそこ頑丈そうだけど、こんなの盗賊の斧とかゴブリンの棍棒ならぶち開けられちゃうよ。荷物番の用心棒は絶対必要だって!」
前のめりになって訴えかける鏡華から視線を外し、俺は水面の顔を見る。
「水面ちゃんはそれでいいの?」
呼吸ひとつのためを置いた水面は、こくりとうなずいて応じた。
「おねえちゃんがいいって言うんなら」
俺は腕を組み、考えてるふりをする。や、答えは出てるんだ。この二人をベースキャンプ要員として加えようって。とはいえ、こいつらとは知り合ってまだ間がない。俺が知ってるのは名前と簡単な学歴、それに配信チャンネルだけ。ありていに言って、信用情報がなさすぎる。
「身分証とか持ってきてる?」
姉妹の顔がぱあっとほころんだ。




