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ダンジョン配信の神様 ~俺がいなけりゃお前らなんてクソの役にもたたねえってことを忘れるな~  作者: 深海くじら


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第1話 初現場 ~格闘戦込みなんて聞いてねえ~

「俺、もうムリっス!」

「あ。おいこら、ちょい待て!」


 俺の呼びかけにも振り返ることなく、助手のミズタ(だかミズタニだか)は背中を向けて駆け出した。うねうねと曲がる洞窟をつまずきつつも転ばずに走る後ろ姿は、振り回されたライトで濡れたように光る黒い岩肌に遮られ、すぐに見えなくなった。

 追っ手を差し向ける余裕はない。

 護衛役の警備員のうちの二人はゴブリンが繰り出す棍棒をジュラルミンの特殊警棒で受けるのに精いっぱいだし、もう一人はスライムに顔を覆われてもがいている。残った一人、一番頼りになりそうな年配警備員の鶴田(ツルタ)氏もゴブリン二匹と交戦中だ。こちらはだいぶ押し込んでいる様子。

 遁走した助手はあきらめ、俺は機器の設置に集中した。岩壁をうがった穴に2スロットのセラミックフレームを押し込むところまでは終わっている。外から繋いできた光ケーブルも余り部分を折れないよう巻きあげた上で、穴の奥へと格納済みだ。背面からケーブルを伸ばす冷却フィン付きの機器を、レールに沿って上のスロットに押し込んでネジ止め。白いゴムで覆われた長めのケーブルはフレームと岩盤の隙間から表に出し、巻き取った状態で終端をかぶせる。青い被覆の短い方は下のスロット口から引き出してもう一つの機器の背面に繋ぐ。

 そこまで終えたところでスライムに襲われていた警備員を一瞥(いちべつ)した。両手をスライムと顔の間に突っ込んでジタバタしている。よかった。まだ死んでない。口が見えるから、呼吸はなんとか確保できているようだ。

 ゴブリンと殴り合いをしている二人の大声を意識から外し、俺は自分の仕事を再開する。上のフレームに収めたルーターの電源を入れる。グラデーションのインジケーターがオレンジのところまで全灯し、いったん消えてから点滅をはじめた。大丈夫。セットした蓄電石(バッテリー)はちゃんと機能してる。

 緑色のダイオードを光らせた機器を下のスロットに固定する。あとはアンテナを設置するだけ。息遣いだけは切迫したツルタ氏の渋いイケボが耳に飛び込む。


蘭戊(ランボ)さん、まだですか?!」

「もうちょい! あと三分耐えて!」


 マーカーペンのような短いアンテナを二本突き出す筐体を片手に、俺は脚立にのぼる。チョークで場観(バミ)ってある天井付近の岩盤に筐体のステーを押し当て、右手に握ったインパクトドライバーでぶっといアンカーボルトを打ち込んだ。

 ダダダダッ。

 強烈な打突音が洞内を反響し、ゴブリンたちの動きが一瞬止まった。その隙をツルタ氏は見逃さなかったようだ。俺の右手を震わせる打突の連撃に、猿の悲鳴に似た短い叫びが混じった。形勢はどうやら逆転したらしい。

 六本のボルトを打ち終えて脚立から降りた俺の視界には、親玉らしいゴブリンの死骸と穴の奥に敗走するゴブリン二匹、それと、仲間の顔からスライムを引きはがすツルタさんの背中が映っていた。

 当面の危機は去ったようなので、俺も腰を落ち着けて仕上げの調整をはじめる。


     ⌚


「5Gの導通試験完了。本社からの確認メールも届いた」

「お疲れさまです。というか、こちらもいささか疲れました」


 スマホをポケットに仕舞った俺は、溜息交じりのツルタ氏の応えに深く頷いた。

 ゴブリン三匹とスライム一体の襲撃でそれぞれ各一ずつ倒して残りも撃退したわけだが、こちらの被害は重傷が二名。一名は右前腕骨折で、もう一名は顔の半分が溶けかけている。さらに作業助手一名も遁走して行方不明ときた。

 俺は深い溜息を吐いた。


「まったく、DASひとつ建てるのにこの有様だよ」


 左腕のG‐Shockに目をやる。


「あちゃあ、もう十九時半じゃん」


 工具仕舞って怪我人連れて地上(そと)に出て……、報告書書き終わるころには残業が三時間を越えちまう。まだ最初の階層の浅いとこだってのに。初日からこれじゃあ先が思いやられるぜ。

 工具箱の蓋の内側に留めていたステッカー数枚をつまみあげた俺は、ふと思いついて尋ねてみた。


「ツルタさんとこって残業手当は出んの?」

「自分らの場合、一律でついてくる『特別危険手当』に残業分も含まれています」


 同僚の腕に添え木を当てるツルタ氏が訥々とした口調でそう返してきた。


「てことは今回みたいな戦闘残業は、くたびれ損になるだけでワリに合わないんじゃね?」

「まあそうなりますね。行って帰ってくるだけでも手当の額は変わりませんから。実際、この者たちもそんな軽い気持ちだったんじゃないですかね」


 ステッカーに裏張りされた紙を剥がしながら俺はうなずく。


 以前から計画されていた新宿駅東側エリアの再開発が本格的に着工したのは二年前の冬。迷宮と呼ばれる駅周辺の地下街を遥かに超える地下五階(うち下部二層は駐車場)をもくろんだその計画は、神社の移転まで敢行して本格的に行われた。そうして、露天掘り炭鉱のごとく深堀りされた最下層が図面の形に整地され、辺縁部の最後の拡張工事をしていた半年前、パワーショベルで削り出した土壁の向こうでそいつは突然見つけられた。

 いきなり現れたのは、地下五階の深部からさらに深くまで続いていると思われる地下坑道の開口部。入口こそ狭いものの、百歩ほどスロープを下ればホテルのロビーほどの広場がひらけており、そこから大小さまざまな洞口(どうこう)が並んでいた。はじめは戦前の戦略施設跡ではないかと噂されたそれは、どこにも記録されていない、完全に未知の地下世界の入口だった。あまりの異常事態に、工事はひとまず中断する。

 近隣での寝泊まりが常態化している無軌道な若者の何人かが、工事現場全体を囲んだ目隠し用鋼板の隙間から内側に入り込むようになったのは、ある意味必然だった。今夜忍び込むと言い残して帰ってこない例も少なからずあったようだが、中には見たこともない金貨を持ち帰ってきた者もいた。当然のごとく、帰還者はそれらお宝の画像とともに自らの成功譚をSNSにアップする。そこから本格的なゴールドラッシュが始まったのだ。


『新宿ダンジョン』


 誰からともなくそう呼ばれるようになった地下迷宮は、以来毎日のように新しい素人探索者たちが潜りに来ている。学術的観点から工事の中断を余儀なくされた地権者は、入場料と取得物権利移譲費用を徴収することで糊口をしのぐことに決めたのだ。同時に、整地だけは済ませてあるだだっ広い空き地に即席のバラックやテントを建てて、地方からやって来る命知らずどもの簡易宿泊施設までこしらえた。一次立ち退きをしていた飯屋や飲み屋などもぼつぼつと帰ってきた。

 かつて歌舞伎町と呼ばれていたエリアは、いまやダンジョン城下町となっている。


「逃げてった若造もそのクチだね」


 実際、この半年のSNSに投稿された現地動画やお宝画像に対する反応は半端ない。どんなしょぼい映像でも四桁バズは固い。それどころか、よく撮れた動画であれば十万バズ超えだってざらにあるほど。

 そりゃそうだ。空想の世界だと思っていた異世界への入口が現実となって現れたんだ。世界中のオタクどもが狂喜乱舞してるはず。


「……知らんけど」


 そうつぶやきながらも手は休めず、俺は岩壁の目立つところにステッカーを貼りつけていく。


┌────

 ここなら繋がる!

 クラスタソリッドの5G

       ────┘


 マットブラウンに白抜きのロゴマークが入ったステッカーが、設置し終えた分散アンテナシステム(DAS)の周囲四か所で蛍光グリーンの太文字を光らせる。それらとDASのモニター写真を撮り終えた俺は、離れたところに据えてあった工事記録用の動画カメラを回収して警備員たちのところに戻った。有能なツルタ氏のおかげで帰り支度は整っている。怪我人二人もどうやら自力で歩けるようだ。


「さて、帰りますか。最低限度のノルマはこなしたし、今日はもう直帰でいいっしょ。どうします? 初日完了の打ち上げでも行ったりします?」


 俺の誘いにツルタ氏は首を振った。


「同伴したいのは山々ですが怪我人もおりますので。自分は彼らを病院まで送っていきます。労災の手続きもありますし」


「ですよね」と笑った俺は、リュックのほかに馬鹿でかいボストンバッグを(たすき)に掛けた。

 作業じゃ役に立たないからどうでもいいと思っていたが、帰りにこいつを担がなきゃいけないことを忘れてた。逃げたガキのバイト代を俺に回してもらえないか確認しないと。まあ無理だろうけど。


     ⌚


 パスカードを当てて開いたゲートの外は、都会の夜のねばつくような空気。派手で下品な酒場の光の向こうに、西新宿の高層ビルが無数の窓明かりをまき散らしている。

 ゲートから少し離れたところに立つ倉庫群のひとつ、俺たちにあてがわれた『通信開設準備室』の前まで辿り着いたところで、後ろを歩いていたツルタ氏が声をかけてきた。


「ランボさん、今日はお疲れさまでした。自分らはこれで帰ります。次回は明後日ですね。同じ時間に集合するので、次回もよろしくお願いします」


 片手を上げてうなずいた俺は、ワゴン車に乗り込むツルタ氏の背中を見送った。

 そうだ。この仕事はまだはじまったばかりだ。 

 前を向き直る。正面の扉に貼ってあるのは今回のキャンペーンポスター。冒険者風の恰好をした知らないアニメのキャラが配信機材を片手にポーズするビジュアルに、やたら勢いだけのキャッチコピーが被さっている。


┌────

 クラスタソリッドは止まらない!

 新宿ダンジョン、エリア拡大中!

       ────┘


 なぁにが『拡大中』だ。エラっそうなこと言ったって、まだ一個めの基地局がようやっと動き出しただけじゃねえか。

 人気(ひとけ)のなくなった倉庫の前でポスターを睨みつける俺は、吐き捨てるように悪態をついた。


「この、()()()()()が」

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