表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

たとえ残り少ない人生だとしても

作者: 佐藤なつ

今年は残暑が厳しいのだと天気予報で言っていた。

と、同僚が言っていた。

それを聞き流しながら昼休憩を削って仕事をする。

定時ちょっと過ぎに仕事を無理矢理終わらせて社外に出る。

襲ってくる熱気。

予報通りなんだな。

と、思っても怯む訳にはいかない。

電車に乗り、駅から自転車を飛ばして家に帰る。

玄関開けて出迎えたのは、

食べ散らかされた食器。

脱ぎ散らかされた服、その他、放置された物を片付けつつ、大急ぎで食事の準備をする。

出来上がり、後は盛り付けというタイミングを見計らったかのように、夫から

「飲んでくる。飯、要らない」

と、連絡が入る。

相変わらず間の悪さは神がかり級である。

溜息つきたくなるが、まだ連絡があるだけマシなのだろうか。

夫の分は私の明日のお弁当とするべく空いている弁当箱に移す。

気落ちしている時間もないから、掃除。

後片付け。

洗濯の準備。

風呂の準備。

明日の支度。

やってもやっても終わらない。


高校生の次男は「ただいま。」も無く無言で帰ってくるなり、鍋の蓋を開けて、

「なんだ。魚かよ。」

と、言い捨てた。

それから、勝手にストック食材からカップ麺を取り出して作って、部屋に籠もってしまった。私の小言は耳に入れない。


大学生の長男は全く連絡無く。

こちらから連絡しても無視された。

多分、返ってこないだろう。

結局四人家族のご飯は皿に盛り付けられることなく、そのまま残されてしまった。

私も食欲が無くなって、そのまま全部お弁当箱に詰めて、冷凍庫に入れた。


息子も、夫も誰も気づいてくれなかった。

久しぶりの魚料理。

久しぶりに冷食とか使わずに全部、私が作った事に。

下の息子が高校生になってから、誰も夕飯をほとんど食べなくなってしまったから、私は夕食を作らなくなっていた。

節約の為に作り置きをしてた事もあったが冷蔵庫の中から、好きなおかずだけ、ごっそり食べられてしまって予定も何も立てられない。

だから、止めた。

代わりに冷食やらカップ麺とかを買い置きした。


私が何を作っても、作らなくてもカップ麺か冷食を食べるのだ。

注意するのも疲れ果てた。

勝手にしろと言う気持ちにもなっていた。


なのに、今日、私がご飯を作ったのは理由があったからだ。

家族で全員揃って私の話を聞いて欲しかったのだ。


数ヶ月前、私は、会社の健診で引っかかった。

再検査を受けた。

その結果が出たのだ。

再検査を受けた所まで、家族に話そうとした。

聞いてくれなかった。


仕方なく、メールした。

だけど、誰も聞いてなかった。


今日、結果が来た。

その話をしたい。

食事を作って待っている。


そう連絡した。

だけど、多分、誰も私のメールを見ていない。

話も聞いてくれない。


でも少しだけ、こうなる気もしてた。

でも、本の少しだけ期待してた。


私は結婚して以来、ほとんど作っていない煮魚を作った。

旦那は肉が好きで、子供達も肉が好き。


なすの煮浸し、小松菜の和え物。

ご飯は全部あっさり系。

食べたかったんだ。

私の好物。

皆で囲んで私の話を聞いて欲しかった。

私の余命について。


親の家系が癌体質だった。

だから、保険に3つくらい入っていた。

で、

掛け捨てとか、そうじゃないのとか色々掛け合わせて。

保険会社のカモと言われたけど。

親に言われたから。

親戚が苦しんでいたのを見たから。


自分が入りたかったから。


おととし、長男の受験の為に保険を解約した。

そのお金を大学費用に充てた。

今年、次男の受験だ。

予備校費とかがかかる。

その資金をどうするか。

悩んで相談しても誰も何も聞いてくれない。

長男は学費を払うのは親の責務だって一言だけだし、

次男は長男の学費を出して自分のは出してくれないのかと私を責める。

仕方なく二つ目の保険を解約したばかりの所だった。


夫は最低限の生活費しかくれない。

気まぐれに子供達の欲しい物を買ってやって、後は、自分の遊興費に使っている。

私には気まぐれにでも何も買ってくれない。


夫の遊興費のほとんどは交際費に消えている。

多分、女だ。


別れたかった。


だけど、自分一人の稼ぎでは子供二人進学させられない。

実家は既に無いし、私には頼れる先も無かった。

家は夫の両親の残した物で、修繕費や固定資産税はかかるが家賃はかからない。

家賃は大きい。

子供達は広い自分達の部屋がある事が当然になっている。

その上、私立大学で、院まで行きたいとか言われたらどうしようもない。


離婚する時間も気力も無かったし、

最低限の生活費だけでも賄ってもらったら、やっぱり違う。

気まぐれでも、子供への出費は割と惜しまず出してくれる。

欲しがったパソコンやらタブレットをすんなり買って与えてくれる。


自分だけの稼ぎじゃできないことだ。

そう思って踏みとどまってきたのに。

食事を食べないなら、残業やら副業をして生活費を稼いで家のことをやって自分の時間なんてなくってそれもこれも子供達の為だ。

家族の為だと思ってきた。

だけど、彼らにとっては家族じゃ無かったんだろうな。

涙が零れてきた。

この家に私は必要ない。


長男は日付が変わった頃帰ってきて、私の姿を見て鬱陶しそうな顔をしただけだった。

当然、話は聞いてくれなかった。

夫は結局帰ってこなかった。

多分、愛人のところだろう。


私は翌日会社を休み役所で離婚届を貰ってきた。

だが、それを埋める前に、夫が帰ってきて、既に記入済みの離婚届を突き出された。

それで、言われた。

食事を作らず、子供を蔑ろにしている。

そんな奴に養育を任せられない。

私有責で出て行けと。


呆気にとられていると、後ろから子供達が覗き込んでいるのが見えた。

部屋の中に入って来ずに廊下からチラチラと視線を送っている。

それで

「○○さん大丈夫だから。」

なんて言っている。


言っている声が聞こえるから扉を開けてやった。

やっぱり女がいた。

途端に息子と夫に責められた。

彼らが言うには、私が家のことを疎かにしているから彼女が・・芽依さんというらしい・・・親切にも面倒をみにやってきてくれていたらしい。

疎かにしているというか、副業やら残業に頑張っていただけなんだけど。

私だって違和感に気づいていなかった訳じゃない。

珍しい香辛料とかがキッチンに並んでいた。

息子達が自分で自分の好きな物を作ったと言う言い訳に疑問しか無かった。

愛人さんは、ほったらかしで可哀相!なんて事を言ってくる。

その言葉に頷く男共。

そんな陳腐な言葉に共感して私を悪役にして。


私の大事な話は聞いてくれないのに。

自分達の言いたい事だけ言って、責めてくる。

妻として母として必要な事をしなかった私の有責だと言ってくる。


食事を作らなかった。

って言われて、


食べなかったじゃない。

って言い返す。


あんな辛気くさい田舎料理なんて食えたもんじゃない。

美味いもん作れよ。

掃除も碌にしなかった。

なんて更に責められて、


あんた達があっちこっち服を散らかしたり汚したりするからでしょう?

と、言い返すと、

芽依さんはちゃんとやってくれた。

なんて言い返してくる。

芽依さんの名前を出されて私が怯んだとでも思ったのだろう。

何を言っても、言い聞かせても芽依さんはやってくれたで返ってきてしまう。

しかも、生きる価値がない。

消えろ。

まで言われてしまった。

彼らは芽依さんを守るヒーロー気分なんだろう。

彼女が怯えた様子を見せると強い言葉で私を詰って詰って。

もう、ダメだと思った。


治療をしなければ、数ヶ月でダメになってしまう私の残りの人生をこんな人たちに搾取されるのは勿体なさ過ぎる。

私はサインをした。


当座の荷物だけ持ち出して出て行く事にした。


「後の荷物は送ってやるよ。」

「着払いで。」


そんな事を言って笑う子供達。


「いらないよ。」

アルバムだってなんだって要らない。


季節が変わる前に私はこの世からいなくなる。

そんな人に必要な物は何にもないのだ。

それに、この家には私の物なんてほとんど無い。

生活は何時だってカツカツで私の欲しいものなんて買えたためしが無い。



家の合鍵を複雑な感情を込めて叩きつけるように置いた。


出て行く。

私はこの家を出て行く。


曾て男どもは結婚は人生の墓場だと言いあっていた。

若い頃は気にならなかった戯れ言。

だけど、今、この立場の私から言わせてもらうなら。

墓場なら良いのではないだろうか?

永遠とは言え少なくとも眠れる。


女にとっての結婚は地獄なのではないだろうか?

仕事に出て生活費を稼ぎ、家の仕事をし、町内会の仕事をし、子育てをし、寝る間を惜しんで働いて働いて、本当に寝る事もできない。

立ったまま寝た事だって幾度もある。


その結果、感謝どころか蔑まれる。


なんという人生なのだろう。

私は、病になって良かったのかもしれない。


そんな下らない人生を延々とこの先も続けていかなければいけなかった。

しがみついてしまいそうになる所だった。

それをふっきってこの家を出る事が出来たのだから。

きっと良かったのだろう。




+++

一年後。

夫、息子達が私の前に現れた。

呆然として、そして私に怒ってきた。

何を怒っているのだろう。

養育費だって払っているじゃないか。

私と離れたかったのだろう。

なのに態々、私の居場所を探して、やってきて。

「何で!言ってくれなかったんだ!」

って怒ってくる。


やめて欲しい。

病室なのよ。

私と同じように最後の時を静かに過ごしたいっていう人たちが入っているの。


大部屋だから、他にも休んでいる人がいるって言うのに。


溜息しか出ない私。

「何で黙っているんだよぉ・・・。」

なんて言って息子達は泣き始めた。

この子達が小さかった時。

泣いてしまった時、私の心はとてもとても辛かった。

辛い事、全て私が変わってあげたいほどだった。

今は、特に。

別に、何とも思わない。

10数年でこんな風に変わってしまうなんて。

人の心は移ろうものなんだと思ってしまう。

そんなだから、一緒に人生を共に歩みたい。

いずれ墓も一緒にとまで思った夫には更に何も思わない。

「俺・・お前がいないと・・・。」

なんて言って泣いているのを見て、また一つ溜息。

芽依さんとか言う女の人はどうしたんだろう。

他にも色々、思ったことはあるけど、何より私はもうどうでも良い。

怒りを感じる気力が無い。

理由を聞いたからって何もしようと思えない。

なんて言ったら帰したら良いのかとさえ思う。

会ったことも後悔しか無い。

頭を悩ませていると、コソコソと囁きが聞こえてきた。


「今まで一度も面会に来なかったのに・・・。」

「ねぇ。こんな状態になってから来るなんて。」

「やっぱりそうなんじゃない?」

「怖いわよねぇ。」

「人の死に目を嗅ぎつけてやってくる人達っているのよねぇ。」

「とれるところからは取るってこと?」

「やだ、そんなはっきり遺産目当てなんて言っちゃ。」

「あぁ、怖いわぁ。」


「何だって!」

夫がキッと睨んだ。

大部屋のカーテンがシャッと締まる。

誰かがナースコールを鳴らしたのだろう。

呼び出し音が響きスタッフが部屋にやってきた。

男性看護師で空手を趣味にしていると言う人だ。

夫達に「静かに出来ないのなら出て行って下さい。」と、注意をしてそのまま後ろに立った。

スタッフに一応は謝罪した夫だったが、出て行かずに監視しているようなスタッフの視線に決まり悪そうにしている。

スタッフは冷静に

「今回の面会は、ご本人の希望で特例で許可を出しました。

心残りが内容に最後に伝えたいことがあると言うことでしたから。

ただ、ご本人の体調に影響が出るようでしたら途中でも切り上げて頂きます。さぁ、用件を手短にお願いします。」

毅然とスタッフに言われて夫は渋々頷いた。

あぁ、情け無い。

強そうな人には何も言えない。

私みたいに下だと思った人間には大きく出る。

本当に情け無い人。

でも、そういう人の言うことを黙って聞いていた私はもっともっと情け無い人だ。

「用件は何?時間がないから手短に言って。」

「・・・そんな・・・。」

なんて絶句するように言ってから、夫と子供達は目配せしあって陳腐な話をしてきた。


私がいなくなって、家が回らなくなった。

家も汚くなって、洗濯も溜まって。

後、経済的にも困っている。

と。

溜息しか出ない。

「芽依さんって人は?」

「あの人は、違うんだよ。」

違うって何がよ。

聞きたくないけど話が進まなそうで聞いたら、

夫達の言い訳は困窮していた女性を一時的に保護しただけだって。

彼女は自分で、もう大丈夫、ありがとうと言って出て行ったらしい。

その時に金品も持っていってしまったから夫達は困窮しているらしい。

バカじゃ無いかって思う。

「退職金は養育費としてもう渡しちゃったから無いわよ。受け取ったでしょ。」


「そんな。」

「でも、保険とかかけているんだよね。」

「学費が無くって。」

夫と息子達の言葉がクズすぎて泣ける。

「保険はあんた達の学費の為に解約して無いわよ。」

「・・・・そんな。」

絶望的な顔を向けられて、とっくの昔に絶望している私。

「じゃ、じゃあさ。ここを退院して家で過ごしたら良いよ。家族で面倒みるからさ。」


「うわぁ~。絶対面倒みなさそう。」

「本当。」

って声がヒソヒソと。

「最後の治療費まで巻き上げるつもり?」


「家族全部敵?怖っ。」


「なんだよっ!」

叫ぶ息子の声をかき消すように誰かが言った。

「ねぇ知ってる?あの人、ここ運ばれてきた時って、ぼっろぼろの恰好だったわよねぇ。襟伸びたシャツ着てさ。ぶっかぶかでサイズ合ってなかった。食べれ無かったんじゃない?」

「そうそう、そうだったわねぇ。」

「皆でいるモノ貸してあげたんだったわね。家族は誰とも連絡取れなかったらしいし。」

「そうそう。息子さん?あれ、最新の・・・でしょ?」

「旦那さん?だって、あれブランドバッグでしょ。」

「シャツだってそうよねぇ。」

言われてフルフルと旦那達が震えている。

我慢できなくなったのだろう。

「うるさい!!!」

って叫んだ。

で、強面の看護師が、これ以上は許可出来ません。

って言って旦那達を強制退場させた。


旦那達がいなくなってから同室者から謝罪があった。

私も騒がせた事を謝罪した。

皆、皆ここにいる人は色々問題を抱えている。

だから、私の状況も見て見ぬ振りしてくれていた。

今回の事も、余計な事言ったわね。

と、言って気遣ってくれた。

でも、腹が立っちゃって。


私の代わりに怒ってくれる彼女たちが嬉しかった。

そして、かつては好きあったのに、そして血が繋がって大事に育てた彼らは私の気持ちを欠片も慮ってくれなかったことに悲しみを覚えた。


人生ってなんでこんな風なんだろう。

私の何が悪かったんだろう。

良く考えて生きろって言われるけど、考える余裕なんてなかった。

その場その場で判断して、それ以上の事は出来なかった。


人生やり直したら上手くいくのかしら?

でも、きっと私は上手くいかない気がする。

何よりも、もう一回繰り返す気力が無い。

そこに希望を見いだす気力もない。

私は消えてしまいたい。

もう、このまま消えてしまいたい。

早く。

静かに。


夫達が帰ってから、主治医と看護師がやってきた。

私の今後の意向を聞きたいって言われた。


元夫達は私の退院を勧めたらしいけども、私は最後までここにいることを望んだ。

そして、元夫達とは面会は希望しないこと。

なにしろ、もう離婚は成立しているのだから他人なのだ。

彼らは私に長生きをして欲しいと頼んでいったらしいが、私は苦痛が耐えられなくなったら薬で眠らせて欲しいとお願いした。

眠らせてもらったら、そのままもう起きられないのだろう。

でも、それで良い。


そして幾ばくか貯金が残ったら夫達に残さずに、国に寄付して欲しい。

そんな事が可能なのかわからないが、もう十分すぎるほど渡したのだ。

渡したお金が、彼らの遊興費に消えるだけなんて馬鹿馬鹿しい。


また何回か話し合いをする事になると思うけどもと前置きして主治医はなるべく期待に添うように致します。

と、言ってくれた。

その言葉に心底ホッとする。


そうして、私はようやく自由になれた気がしたのだ。

後、どれだけかわからない。

だけど、残された時間を私は私の為に使えるのだ。


それがどれほど嬉しいのか、きっと誰にもわからないだろう。


いや、私の同室者はわかってくれるのだろうか。


沈黙の大部屋。

部屋には一体感が生まれているような気がした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ