8. グラウンド
放課後のグラウンド。
照り返す西日が赤く芝を染め、練習を終えた陽翔は仲間に呼ばれて用具室の裏へ向かった。
「私、陽翔くんのことが好きです。付き合ってください」
声を震わせながら告げた陸上部の女子が、真っ直ぐ彼を見つめている。
陽翔は一瞬言葉を探したのち、わずかに眉を下げた。
「あー……ごめんな」
そう口にして、深く頭を下げる。
彼女の瞳が揺れたのを横目に、そのまま仲間の元へ戻った。
「お前、モテモテだな」
「てか、なんで断るんだよ」
ニヤニヤと冷やかされ、陽翔は水分を喉に流し込みながら肩をすくめる。
「俺、忙しいしさ」
「いつもそう言ってるよな。あ、もしかしてあのルナ先輩狙ってるとか?」
「はぁ? ちげーよ!」
むきになった声が返る。
だが、その瞬間。校門を抜けて帰路につく後ろ姿が視界に映った。
(……夢?)
自然と目が追ってしまう。
仲間はすぐに気づき、意味深に口角を上げた。
「ほ〜ん。あの子か。可愛いよな」
「……彼氏いんだろ」
「いんの?」
「知らねー」
「じゃあ聞けばいいじゃん!」
そう言うなり、友人は全速力で夢へ駆け出した。
「おい! やめろって!!」
胸の奥に焦りが走った。——クソッ、あの馬鹿……!
陽翔も慌てて追いかける。でも、間に合わない。
夢に話しかけている様子の友人。数秒後、
「居ないってー!!」
目の前の男子から発せられた大きな声に、夢はびくりとして目を丸くする。
「はぁ、はぁ……おいっ……」
そのすぐ横に、肩で息をしながら陽翔が駆けつけた。
「夢、ほんと、ごめんっ」
「は、陽翔くん!? 何事かと思ったよ」
困惑を隠せない夢がまばたきを繰り返す。
後ろでは友人が、にこにこと楽しそうに手を振った。
「じゃ、俺はこれで〜」
軽やかにそう言い残し、陽翔に意味ありげな目配せをして走り去っていく。
残されたのは二人だけ。
沈黙がふっと落ちる。
「ええと……今の人、お友達?」
「ああ。びっくりしたろ。悪い奴じゃないんだけど……馬鹿なだけで」
歯切れの悪い声。
夢は小さく笑って、首を振った。
「うん。悪い人じゃなさそう」
その言葉に、陽翔は少し肩を緩めた。
それでもまだ、どこか気まずそうに視線を彷徨わせている。
「ちょっと待ってろ」
「えっ……うん」
陽翔は駆け足で自動販売機へ向かい、ほどなくして戻ってきた。
手には、冷たい水滴をまとったサイダー。
「これ」
不器用に差し出された缶を、夢は両手で受け取った。
「わぁ……ありがとう。冷たい」
缶の冷たさに思わず笑みがこぼれる。
陽翔はわざとらしく顔を背けた。
「駅まで送る」
「え、でも——」
「……いいから」
その声音に押され、夢は小さく頷いた。
夕暮れの道を並んで歩く。
陽翔は自転車を押し、夢はその隣でサイダーを胸に抱きながら歩幅を合わせる。
西日が陽翔の金髪を赤く染め、夢の持つサイダーの水滴がキラキラ光った。
「あの、」
「あのさ、」
二人の声が重なった。
驚いて顔を見合わせ、先に夢が口をつぐむ。陽翔が軽く息を吐き、苦笑しながら続けた。
「今、何か言おうとした?」
「う、うん。……陽翔くんがひまわりを描いてたからさ、私も花を描いたんだ」
「えっ、なんの花を描いたの?」
「勿忘草だよ」
「どんな花?」
「春の花壇に咲いてた、水色の小さな花だよ」
夢はポケットからスマホを取り出し、写真を見せる。小さな青い花が画面に並んでいた。
「ああ、これか。どんな風に描かれるか楽しみだな」
「きっと大したことないけど……でも、心を込めて描いてるの」
「へぇ。出来たら見に行くよ」
「うん、ありがとう」
「おう」
二人の足音が並んで響く。ふと夢が問いかけた。
「……陽翔くんは、さっきなんて言おうとしたの?」
「あー……忘れた。きっと大したことじゃないんだ」
「そっか」
夢は小さく笑った。その笑みを横目に、陽翔は視線を逸らしながら口をついて出る。
「なんか、お前って……」
「?」
「うさぎに似てるよな」
「ええっ?!」
「あっ、いや、ごめん。……なんか俺、今日変だわ」
夢がくすっと笑う。そのタイミングで駅が見えてきた。
「あ、駅に着いたね」
「ああ……」
「陽翔くん、サイダーありがとう。すっごく嬉しかった」
改札の前で、夢は長い髪を揺らしながら微笑んだ。
その笑みに、陽翔も思わずはにかむ。
改札を通り過ぎる夢の背中を見送りながら、陽翔はぐっと気合を込め、自転車のペダルを踏み込んだ。
——夕暮れの空を切り裂くように、金色の髪が風に揺れていた。
少し離れた場所。一人の女子生徒が、その光景をじっと見つめていた。
爪が掌に食い込むほど、固く拳を握りしめながら。




