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7. 小さな青

 あれから、ほんの数日が経った。


 ——チャイムが鳴る。

 放課後になった校舎の廊下は、行き交う生徒たちでいっぱいだった。

 部室へ駆けていく足音、友達同士の笑い声。

 そのざわめきの中で、夢は美術室へ向かうため歩いていた。


 ふと、足が止まる。


 長い廊下の壁に、授業で描かれた生徒たちの絵が並んでいる。

 鉛筆で描いただけのラフな線画。塗りかけのまま終わった作品。

 中には、ふざけて描いた落書きのようなものまであった。


(ふふっ。人の絵を見るのって楽しいな……)


 微笑んで眺めていた夢の視線が、ひとつの作品で止まる。


「……」


 ——朝比奈陽翔。絵の下に添えられた名前に、ピクリ、と反応する。


 (吸い込まれるような絵……)


 青空に向かって真っ直ぐ咲き誇る花。

 大胆で、自由な線。けれど色彩は驚くほど豊かで、

 重ねられた絵の具には「描こう」と思った気持ちが真っすぐに宿っていた。


(たくさんの色……ちゃんと、考えて試して……心がこもってる)


 夢はそっと笑みを浮かべる。

 あの無造作に寝転んでいた彼が、こんな絵を——。


 そのとき、不意に背後から声がした。


「俺の絵、見てるの? どうかな」


 振り返ると、部活バッグを肩にかけた陽翔が、少し照れくさそうに立っていた。


「……すごく素敵!」

 夢の声は自然と弾んでいた。

「色がたくさん使われてて……あ、ゴッホの絵を参考にしたんだね。よく見てるなって思う! それに陽翔くんのひまわり、太陽に向かって咲いてて……その上に青空が広がってるのもすごく好き! とっても綺麗だよ!」


 目を輝かせてまっすぐに褒める夢に、陽翔は一瞬ぽかんと目を瞬かせ——

 やがて、にやりと笑った。


「だろ?! やっぱひまわりは空の下で咲いてねーとな!」


「うん、うん……!」

 夢は勢いよく頷きながら、胸の奥が熱くなるのを感じていた。

「陽翔くんの絵を見てると、私もこんな風に描きたいなって思うんだ」


「夢は俺より上手じゃん」


「そんなことないよ!」夢は首を振る。

「デッサンより、人の心を動かす絵を描く方がよっぽど難しいんだから」


「褒めすぎ」

 そう言って、陽翔は頭をかきながら、子どものように照れ笑いした。

 その笑顔に、夢は思わず言葉を飲み込む。


「……俺さ、美術の授業って、今まで昼寝の時間だと思ってたんだ」


「ふふ、そうなんだ」


「でも、お前が描いてたから、俺も描いてみたんだ」


 ——心臓が跳ねた。


「俺の友達で真面目に描いてるヤツなんていねーし、ちょっと恥ずかしかったけど……描いてみてよかったわ」


 くしゃっと笑う太陽のような笑み。

 夢は思わずぎゅっと唇を結んだ。


「今度また、夢の絵も見せてな」


 無邪気に言い放たれた陽翔の明るい声に、夢は息を吸い込む。


「う、うん」


「じゃ、練習行くわ」


 ひらひらと手を振って去っていこうとする背中。

 その瞬間——夢は小さく息を呑み、思わず一歩踏み出していた。


「まって……」


 伸ばした指先が、彼の制服の裾をそっと掴む。


(……あれ? 私、なにしてるの?)


 自分の手が勝手に動いたみたいで、胸の奥が一気に熱くなる。


 不意に足を止め、陽翔が振り向いた。


「……?」


 夢は心臓の音を聞かれてしまいそうで、慌てて顔を上げ、にこっと微笑んだ。


「練習、頑張ってね」


 ほんの小さな言葉。けれどその笑顔は、春の日差しのように柔らかく陽翔を包み込む。


「お、おう!」

 陽翔の頬に赤みが差す。照れ隠しのように笑って、今度こそ駆けていった。


 ——残された夢は、胸いっぱいに広がった気持ちに、清々しさを感じながら。


 美術室に着くと、パレットの上で沢山の種類の水色を作った。


 そして白い画面いっぱいに、小さな花を重ねて描いていく。

 勿忘草。

 ——あの春の日に花壇で見た、小さな青。

 夢が一番好きな花。


 一輪、また一輪。

 清楚で可愛い小さな花が、画面いっぱいに広がる頃。


 夢の顔から自然に笑みが溢れていた。


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