10. 力を合わせて
翌日、夢は休み時間に女子トイレへと向かった。
扉を押し開けて個室に入った瞬間——
ドンッ!
外側から思い切りドアが蹴り上げられ、夢はよろける。
「きゃっ……」
先日、陽翔に告白してフラれた陸上部の女子と、その取り巻き二人がそこにいた。
「アンタさ、陽翔をたぶらかしたんでしょ」
「美術部のくせに生意気なんだよ」
「このブス!」
罵声が浴びせられ、夢の喉がきゅっと詰まり、声が出ない。
その時——
「誰がブスだって?」
澄んだ声がトイレに響いた。振り返ると、ルナが立っていた。圧倒的な美貌とオーラに、女子たちの顔が一気に強張る。
「……っ」
「い、行こ……」
たじろいだ彼女たちがトイレから逃げ出すと、その出口には陽翔が立っていた。
「お前、あの時の……」
「……陽翔くん……」
顔を赤らめる女子生徒。しかし次の瞬間——
「夢さんに謝ってください。これ、貴女たちですよね?」
廊下から律が現れ、冷静な声で問い詰める。手にはスマホがあり、そこには生ゴミで汚れた下駄箱の写真があった。
「なっ……」
「おい、これ……ふざけんなよ!」
陽翔の声に、女子たちは凍りついた。
そこにルナが歩み出て、微笑みながら言った。
「……いいわ。貴女たちの話、ゆっくり聞かせてもらうから」
有無を言わせず、肩を軽く抱くようにして三人を連れ出していく。
残された律と陽翔は、一瞬、互いを見た。
「お前、夢の……」
「幼馴染です。」
静かに答える律。その言葉に、陽翔の表情が複雑に揺れた。
静かな応接室。
ルナは笑顔を崩さず、女子たちに問いかけた。
「ブスって、私に言ったのかしら?」
「まっ、まさか! 違います!」
「じゃあ、あの美術部の子に?」
「……はい」
「そう。思っていることは吐き出したら楽になるものよね」
ルナは軽く笑った。
「でも——楽になったあと、残るのは“責任”だけよ」
女子たちの顔色が曇る。
「あの女が、陽翔をたぶらかすから……」
「そうねぇ。同感だわ」
「やっぱり、そうですよね!」
「はぁ。だけど、下駄箱の生ゴミの件。なぜ証拠を残すの?」
「あっ……」
女子たちが顔を見合わせる。
「学校に知られたら、停学かもね。目撃者もいるし、SNSに流れたら……」
「えっ、それは……」
明らかに動揺し出す女子たち。
「私、あの写真を持っている子と知り合いだから、貴女たちを助けてあげられるわよ」
「ほんとうですか?」
「ええ」
「ルナ先輩。た、助けてください……」
「いいわよ。そう言うと思って、この会話を律と陽翔にも聞いてもらっていたの」
穏やかに微笑むルナと、血の気が引く女子たち。
ルナのスマホにグループ通話中の文字。
——バンッ!
勢いよくドアを開けて入ってくる陽翔。
拳を強く握りしめ、肩は怒りで震えていた。
「……ふざけんなよ」
低く、押し殺した声。
「夢が何したってんだよ。お前らのくだらねぇ嫉妬で、あいつを傷つけたんだぞ!」
机を叩きつけるように拳を下ろす。その音に、女子たちはびくりと身をすくめた。
「最低だな。人の足を引っ張って、それで気持ちよくなれるのかよ……情けねぇ」
「は、陽翔くん、違うのっ……私っ……」
一歩、女子たちに踏み出す陽翔。
「うるせえ!」
怒鳴り声が部屋に響き渡る。
「二度と俺らに近づくな。……次は、本気で許さねぇ」
その眼光に射抜かれ、女子たちは震え上がった。
横で見ていたルナが、ふっと笑みを浮かべて口を挟む。
「まあ。じゃあ次は律の意見も聞いてみましょうか」
陽翔はぎり、と奥歯を噛み締め、視線を逸らした。
——カタン
「失礼します」
静かに入室して座る律。
「……証拠はすでに保存済みです。まず、貴女たちはこちらの紙に自分がしたことと謝罪文を記入してください。それを見て夢さんがどうするか判断します。」
やがて、震える手で女子たちは紙に向かい、文字を刻み始める。
律は一切身動きせず、淡々とその様子を見つめていた。
「誠意が伝わるように丁寧に書いてください。併せて、ご自身の名前と住所も記入してください」
「そ、そこまで……?」
女子の一人が震える声でつぶやく。
律は眉ひとつ動かさず、静かに答える。
「当然です。責任を伴わない謝罪に意味はありませんから」
「……っ……どうして……」
取り巻きの一人が口を開くと、主犯格である陸上部の女子を見た。
「どうして私たちまで。元はと言えば貴女が、やってやろうって」
「なによ。アンタだって楽しんでたじゃない!」
「そ、それは……貴女が陽翔くんに振られたから、同情しただけだよ!」
その会話を冷ややかに聞く律と、呆れ果てた様子の陽翔。
ルナは脚を組み直し、女子たちに告げた。
「ふふ、よく見せてもらったわ。行動って、顔に出るものなのね。だから選ばれないのも、当然かしら」
「……」
その言葉を受けて、女子たちは黙り込んだ。
チャイムが鳴り響き、女子たちはうなだれたまま書き終えた紙を律に差し出した。
「では、これは僕が預かります。後は夢さんの判断に任せましょう」
律が淡々と告げた。
陽翔はそれを横目に見て、ぐっと拳を握りしめた。
「……俺だったら、こんな奴らに紙を書かせて済ませねぇけどな」
律は一瞬だけ陽翔を見やり、眼鏡の奥の瞳を揺らすことなく答えた。
「方法は違っても、目的は同じでしょう」
その一言に、陽翔は黙り込み、ただ夢の顔を思い浮かべた。
——教室
「後は僕たちがやりますから、夢さんは待っていてください」
律の言葉を思い出す。
夢は、緊張で震えた指先を胸に当てる。
(みんな……私のために……)
頬に温かな一筋の涙が伝う。
小さく震える唇が、誰にも聞こえない声でつぶやいた。
「……ありがとう」




