事の発端
序章からものすごく空いてしまいました。
「・・・がはっ」
背中に強い衝撃が走ったところで、目が覚めた。
「大丈夫かい?」
ぼんやりと目の前の空を見ていると、大人っぽい帽子をかぶった少年が上からのぞき込んできた。
「!・・・っ、あがっ!」
驚いて飛び起きようとして、背中に強い痛みが走った。
「ああ、こらこら。いきなり起きるから・・・」
「あ、ありがとご・・・⁉」
優しく起き上がらせてくれた少年に礼を言おうとして、咲希は言葉をなくした。
目の前に広がっていたのは、見事にもほどがあるぞ、とツッコミたくなるほどの見事な花園だった。
(なんだ、これ)
明らかに先程、咲希が落ちた(?)池の周辺とは違うところなのだと分かっていても、驚きよりも疑問譜の方が先にやってきた。
「おや、君は普通の人間よりも肝が据わっているようだね」
「?」
「いや、大体の人間がこの光景を見ると、天国だと勘違いして騒ぎ出すからね」
(ああ、そっか)
自分がこの光景を見てさっき、何を言いたかったのかが分かった。
またぼんやりしていると、少年がのぞき込んできた。思えばコイツ、かなりの美形だ。
「ここがどこだか分かるかい?」
「・・・いえ」
落ち着きすぎて咲希は自分の事ながら、怖いと思った。
否、どちらかと言うと、目の前で起きていることが超常過ぎて、頭がフリーズしているのに近かった。
「ここは、妖、魑魅魍魎、悪霊の住まう『妖界』だよ」
「は⁉」
その返答に、流石に正気に戻った。
(何言ってんだ、コイツ)
少年は自分の事をからかっているのだろうか。
「あ、信じてないな。・・・仕方ない、いつものようにやるか」
少年はそう呟くと、咲希に向かって手招きした。
とても嫌な予感がしたが、咲希は渋々立ち上がった。
少年の後に続いて花園の中を歩きだすと、振動に驚いてか、蝶が次々と飛び立っていった。
(!)
なんと、蝶は向こうの方が透けて見えるほど透明だった。
(ここは、普通じゃない)
先程まで直感的だったものが現実味を帯びてきた。
少年は、花が切れた所で立ち止まった。すぐそこは切り立った崖のようになっていて、そこから下を覗くと霧に包まれた木々が見えた。
「あそこを見たまえ」
「!!」
少年が指さした先を見て、咲希は固まった。
そこにあったのは、江戸幕府全盛期の時代劇に出てくる映画村のような活気ある街並みと、立派な天守閣付きの城だった。
まるで、江戸時代にタイムスリップしたかのようだった。
それだけではない。そこに屯するのは、三つ目、一つ目、獣面。その他、形の有るモノ、無いモノ、正体不明のモノ。
『妖怪』という言葉がよく似合うモノ達が犇めいていたのだ。
「・・・」
「さ、これで私の言葉を信じる気になったろう?」
「すみません、頭の回転が追いつきません」(ボー読み)
(もう、何が何だか)
非常識すぎるのと、情報量が多すぎて頭がパンクしているので咲希は背中より頭痛の方が酷くなってきた。
「そんな君には酷だろうけど、私も・・・ほら」
少年が帽子を上げると、そこには黒い猫耳がついていた。
明らかに、コスプレ用の物ではないことを、自由自在に動かすことで教えてくれている。
本当に、この状態の咲希には酷なことをしてくれる。
気づけば、咲希はやわらかい地面の上に倒れて、意識が飛んで行くところだった。
◇ ◇ ◇
「まあまあ、そんな目で見ないでよ」
少年は───この、黒猫耳妖怪は黎桜 紫月と名乗った。
あの後、意識を失った咲希は紫月の手によって、紫月が住んでいるという『館』に運びこまれたれた。
この『館』というのが立派なもので、まるで大正時代に建てられたような三階建ての洋館だった。紫月の話によると、大きな書庫もあるらしい。
「・・・」
「だから、そんな人を射殺すような目で見るのは止めて」
そんなことは無理だ。
何せ、相手は間違ったら自分を取って喰うかもしれないのだ。
「別に、取って喰ったりしないからさ。せめて、その怖い目を止めてよ」
本気で怖がっている。
なんだか可哀そうなので、咲希は睨むのを止めた。
「はい、毒は入ってないからね」
「ありがとうございます」
咲希はお茶を淹れてくれた紫月に素直に礼を言う。でも、お茶には口を付けない。
紫月が無言でお茶を勢いよく飲み込んだ。
(・・・)
毒見の心算だろうか。無言の圧に押されて、咲希は仕方なく申し訳程度に口を付けた。
「ところで、なぜ私はここに来たんでしょう?」
ずっと、あちらから話しかけられるのはなんだか癪なので、自分から質問してみた。
「あぁ、いいところを聞いてくれるね。・・・君がこちらの世界に来たのは、恐らく〈穴〉に落ちたからだと思う」
「〈穴〉・・・ですか?」
「うん、君の住む『人間界』とここ『妖界』は平行世界のような関係になっていてね。世界と世界の間が近いから、ヒズミが出来ると普段は関わりのない世界同士が繋がってしまうことがあるんだ。それを私達は〈穴〉と呼んでいるんだ」
「つまり、私はそこに偶然はまってしまった・・・と?」
「そ。なんでも、〈穴〉には不規則に色々な所に現れるのと、決まった場所に現れるのがあってね。私の庭によく出るのは後者の方なのさ。たまに、君のような者がやって来る」
庭というのは先程の花園のことだ。家の大きさからしてなんとなく予想がつくがやっぱり広いものだった。
(だから『いつものように』だったのか)
恐らく、今までもこのような事があったのだろう。
と、同時に今までどれだけの人がこの世界にやってきたんだろうと思った。
(帰れるんだろうか?)
ふと、頭にその考えが浮かんだ。
(そうだ、一番大切なのはそこだった)
いくら状況が分かっても、その後どうするかが問題だ。
「私、帰れるんですか?」
「ん?ああ、勿論帰れるよ。でも色々と準備が必要だから、数日はここにいることになる」
「それでも、大丈夫かい?」と聞いてくる紫月に咲希は頷いた。
帰れるのならば、大して問題はない。その間、優しいお父さんを心配させる事になるが、たぶん大丈夫だろう。
「ま、あちらとこちらの時間の流れ方は違うから、親御さんとかの心配は少なめの可能性が高いと思うよ」
「?・・・何でですか」
「つまり、君の世界の方が時間がたつのが遅いから、こっちで数日過ごしてもあっちの方では数時間ってことも有り得るのさ。まだ異世界時間差帳を見てないから分からないけど」
「それって、紫月さんがさっき言った反対も有り得ると言うことですよね」
「あー、ソダネ」
「『ソダネ』じゃないですよ」
「でも、流石に一ヶ月とか大幅にずれたりはしないから、大丈夫だよ!」
時間云々はともかく、帰れると言うことなので咲希はひとまず安心した。
(どこぞの主人公みたいにならなくて良かった・・・)
咲希は調度読んでいた異世界転移モノの主人公のことを思い浮かべていた。
(帰ったら、続きを読もうっと)
調度、クライマックスに差し掛かってきたあたりで、目が離せないのだ。
「ああ、後、この世界いる間この『館』に泊まってもいいよ。部屋はいっぱいあるから」
「え、いいんですか」
「うん、その代わりと言ってはなんだけどね・・・一つ、お願いがあるんだ」
「なんですか?」
「私の通っている学校の委員会活動を手伝って欲しいんだ」
咲希はあっさりOKした。
この後、どんなことが待ち受けているかも知らずに。
読了ありがとうございます。
自分の作品がどれほどのものか知りたいので、評価などなどよろしくお願いします。
(不定期更新なので、とても空くことがあります)