2-31 1F到着ロビー:滑走路
学校の体育館ほどの広さのドーム型の安全地帯――その縁に沿って、竜ヶ崎巽、霧隠忍、夜空野彼方――三人は相対する。予選開始より二時間六分五十五秒。予選Hブロック、生存者数残り三名。三つ巴の最終決戦が、今幕を開ける。
炎上する機体の真上に立つ、青みがかった白髪ショートカットのくノ一。彼女は昨年――第九回〈極皇杯〉のファイナリスト、「忍び寄る死の追跡者」――霧隠忍。人里から離れた忍者の里出身の、旧世界から続く忍者の末裔である。
一方、天球の頂点――夕陽をバックに宙に浮いている、宇宙服を着用した、コズミックカラーのふわふわの髪の男。彼は第八回〈極皇杯〉のファイナリストにして準優勝者、「煌めく星の王子様」――夜空野彼方。新世界において、二十代半ばながら、宇宙飛行士として活躍する逸材である。
そしてその二人を、滑走路の地から見上げる、二本の黄色い角を生やした女の姿がある。女の肌は鱗で覆われ、逞しい尻尾を生やしている。彼女は自称、〈神威結社〉の一番槍兼ボス、夏瀬雪渚の右腕――竜ヶ崎巽。彼女の艶やかで長い黒髪が黄昏時の陽光を反射した。
「ふふ、全く……このHブロックには魅力的な女の子が多いね。最後に可愛らしい女の子二人と殺し合えるなんて光栄だよ」
「気持ち悪ィこと言ってんじゃねェぞォ!ナルシスト隕石野郎ォ!」
「正に……乾坤一擲でござるな」
毒ガスは、これ以上縮小する様子を見せない。夕陽に照らされるこの滑走路の地が、最終決戦の舞台だ。お互いの出方を窺う三人。――最初に動いたのは、霧隠忍であった。
霧隠忍の輪郭がぐにゃりと歪んだ。竜ヶ崎巽の視界が一瞬で塗り潰される。次の瞬間、残像のようにもう一体、さらにもう一体と姿が現れ、十体、百体、千体――数える間もなく、同じ顔、同じ殺気を宿した「敵」が、竜ヶ崎巽を取り囲んでいた。機体を包む炎の中、その影がゆらゆらと揺れる。
「ふふっ、まずは巽ちゃんから片付けちゃおうってワケだね」
「「「……否でござる」」」
無数の分身体が口を揃えて言葉を発する。――その瞬間、上空に浮かぶ夜空野彼方が、背後から苦無で襲われ、痛々しい衝撃音と共に、滑走路の地に叩き落とされる。
「――ぐふっ!」
背後から夜空野彼方を斬り付けた霧隠忍の分身体――か本体かもわからぬ「それ」は、上空から滑走路の地に降り立った。
一方、竜ヶ崎巽は、次々に襲い掛かる霧隠忍の分身体を往なしながら、的確に攻撃を加えてゆく。その分身体は、百や千といったレベルではない。足の踏み場もない。その滑走路の地を、霧隠忍の分身体が埋め尽くしていた。
「――『竜ノ息吹』ッ!『竜ノ尻尾』ッ!!クッソ……!テメェも分身すんのかよッ……!」
「「「拙者は一匹いたら百匹いるでござる」」」
「ゴキブリじゃねェか……ッ!」
「猿楽木殿とでも戦ったでござるか?だが拙者は分身に特化した異能――分身の質が違うでござる」
一方、地に勢い良く叩き付けられた夜空野彼方は、ニヤニヤと笑みを浮かべながら、ゆらりと立ち上がった。彼を取り囲む霧隠忍の分身体が、次々に苦無を夜空野彼方の小さな身体に突き刺す。その度に鮮血が噴き出した。
「いてて……。女の子に刺されるのも悪くないけど、勝たなきゃいけないからね。ごめんよ」
そう言って夜空野彼方は宙へと舞い上がる。無数の霧隠忍の分身体と竜ヶ崎巽を俯瞰する上空へ。星のような瞳をキラキラと輝かせながら、上空に浮かぶ彼は言った。
「ふふっ、僕の異能は偉人級異能、〈流星〉――宇宙飛行士である僕にこそ相応しい異能だと思わないかい?」
「「「正に、百折不撓でござるな」」」
「あァい!テメェら……ワケわかんねェんだよォ!『竜ノ息吹』!!」
竜ヶ崎巽が地上で必死に霧隠忍の分身体と応戦する中、上空の夜空野彼方は、少し寂しそうな表情を浮かべて、声を漏らすように呟いた。
「……まあ、今は宇宙飛行士ではないのだけどね」
そして、その小さな身体が巨大な隕石へと変貌する。表面は轟々と燃え、まるでスローモーションかと錯覚さえしてしまう。燃ゆる隕石が徐々に地上に迫り来る。
「――おあッ!?」
竜ヶ崎巽は身を翻す。霧隠忍の八百万の分身体も、それぞれ意志を持ったように隕石衝突を回避するが、その個体数の多さが首を絞めたのか、避けきれずに巻き込まれた個体もあるようだ。衝突した隕石は再び、人の形を成し、上空へ。
「優勝すればどんな願いでも叶う――それが〈極皇杯〉だよ」
「「「正に、気炎万丈でござるな」」」
「実際のところ、〈十天〉に加入できる権利が得られるのだから夢物語でもないだろうね」
「――ガッハッハ!忍者ァ!テメェの分身、何体か死んだぞォ!」
「「「あの分身体は拙者の分身体の中でも最弱……正に、優勝劣敗でござる」」」
霧隠忍の八百万の分身体は、対竜ヶ崎巽班と対夜空野彼方班に分かれていた。そのうち、後者に属する霧隠忍の分身体が一斉に跳び上がり、夜空野彼方を地上に叩き落とす。
「――ぐふっ!」
「「「拙者の異能は偉人級異能、〈半蔵〉――戦国の世を生き抜いた彼の英雄・服部半蔵殿の名を冠する、英雄豪傑たる異能でござる」」」
「いい!いいね!最終決戦に相応しい!」
「――『竜ノ息吹』!!『竜ノ犬牙』!!『竜ノ両鉤爪』!!――クッソ!キリがねェ!!」
「竜ヶ崎殿。拙者の分身体一匹まともに倒せないとは……正に笑止千万でござる」
霧隠忍の分身体は、一体一体が霧隠忍と同等の力を有していた。模造品の域を超えたその女の分身体の攻撃は、全身が悲鳴を上げるほどに痛い。竜ヶ崎巽もボロボロの身体で応戦するも、分身体を潰すまでには至らない。彼女は既に意識を失いかけていた。
「ガッハッハ!そろそろだァ!――『竜ノ逆鱗』!!」
三度、竜ヶ崎巽の肉体が刺々しく変貌する。鱗が逆立ち、黄色の双角は禍々しく伸びた。その赤い瞳が、夕焼けの滑走路の中で妖しく蠢く。
「――『竜ノ衝突』!!!」
竜ヶ崎巽の、全身の力をフルに使った突進攻撃。その攻撃により、彼女を取り囲んでいた十数体の霧隠忍の分身体が――爆ぜた。
「「「肉体の強化……正に、驚天動地でござる」」」
竜ヶ崎巽の視界の端に映る、侵攻を止めていたはずの毒ガスは、また徐々にその間隔を狭める。事実上、最後の縮小である。
「ガッハッハ!楽しいなァ!!〈極皇杯〉!!出て良かったぜェ!!」
「「「斯様な戦い……正に一世一代でござるな」」」
一方、再び上空へと舞い上がる夜空野彼方。彼はコズミックカラーのふわふわの髪を搔き上げ、爽やかに告げる。
「ふふ、僕も楽しいよ。……ところで、君たちのような可憐な女の子が、どうして〈極皇杯〉に?」
「「「……拙者の里は酷く貧しい里でござる。皆が山から食べられる食材を集め、何とか命を繋いでいるでござる」」」
「――『竜ノ息吹』!!」
火力が跳ね上がった火炎放射が霧隠忍の分身体を葬る。しかし、数を減らしたはずの霧隠忍の分身体は、またしても分身し、その頭数を増やす。戦場には無数の手裏剣や苦無が飛び交っていた。
「「「二一一〇年のこの新世界で……異能という武器を皆が持つこの世で、忍者の力を誰も必要としないでござるからな」」」
「そうか……忍ちゃんはそのために……」
「「「拙者は里の者に勇気を与えたいでござる」」」
「――『竜ノ両鉤爪』!!!――アタイは!仲間の笑顔が見てェ!!」
「「「竜ヶ崎殿……」」」
「ボスも、姉御も、拓生も、陽奈子もみんな幸せになってほしいんだァ!辛い目に遭ってきたのにアタイを救ってくれたようなヤツらだからよォ!アイツらは幸せになんなきゃいけねェんだァ!」
「巽ちゃん……」
「――そして、最後にアタイ自身が幸せになるためだァ!」
霧隠忍の八百万の分身体は、それを聞いてふっと口角を上げた。上空に浮かぶ夜空野彼方は両手を広げ、高らかに告げる。
「素晴らしい!君たちは本当に魅力的な女の子たちだ!」
迫り来る毒ガス。既に安全地帯は公園の円形広場ほどの広さにまで狭まっていた。足場を失くした霧隠忍の分身体は宙へと跳び上がり、夜空野彼方と壮絶な空中戦を繰り広げる。
「……テメェはなんで出場したんだァ!ナルシスト隕石野郎ォ!」
「はは、自己紹介したのに手厳しいね、巽ちゃんは」
夜空野彼方は何処か物憂げな表情を浮かべる。しかし、その瞳は星が瞬くようにキラキラ輝いていた。彼の希望はまだ、潰えていない。
「僕は宇宙飛行士として頑張っていたんだけどね。先日、事故で視力を失ってしまったんだよ」
「テメェ……!見えてねェのかァ……!」
「目が見えないと宇宙飛行士には戻れないんだ。僕はもう一度、宇宙から綺麗な地球を見たい。――それが僕の夢さ」
「「「……正に、最終決戦でござるな」」」
「どんな願いでも叶えてくれる〈極皇杯〉――優勝して視力を取り戻すんだ。そして自分の力で夢を叶えるんだ。だから、悪いけど僕が本戦に進ませてもらうよ」
夜空野彼方の肉体が隕石へと変貌する。これまでとは比較にならない、その安全地帯内を覆い尽くすほどの隕石の影。竜ヶ崎巽と、霧隠忍の八百万の分身体を、纏めて屠る気だった。霧隠忍の無数の分身体は、一様に目を丸くしている。
その影の真下――霧隠忍の分身体と拳を交える竜ヶ崎巽は、震えていた。――武者震いだ。そして、彼女は叫んだ。
「――っしゃァ!来やがれェ!ファイナリストになるのはアタイだァ!!」
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