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2-27 天竺へ

 竜ヶ崎巽が挑戦状を叩き付けたその相手は、前々回大会、第八回〈極皇杯〉ファイナリスト――猿楽木さるがき天樂てんらくである。あまりに唐突な果たし状の到着に、猿楽木天樂は目を丸くしている。


 竜ヶ崎巽の右脚を隔てて向こう側――コンコースへと続く短い通路で、その音に反応して引き返してきた羊ヶ丘(ひつじがおか)手毬てまりリー蓬莱ホーライが声を上げた。


「――巽!それはあんまりなのだ!せっかくできたボクの仲間なのだ!」


「巽サン!猿楽木サンは戦う気ないアルから、無理に戦うことないアル!」


「ガッハッハ!アホかお前らァ!〈極皇杯〉だぞォ!?ハナから戦わねェなんて選択肢はねェんだよォ!」


 羊ヶ丘手毬と李蓬莱の背後では、犬吠埼いぬぼうざき桔梗ききょうもまた、驚いた様子で竜ヶ崎巽と猿楽木天樂の一挙手一投足を静観していた。――そして、くだんの猿楽木天樂は、竜ヶ崎巽のそんな勝気な発言を受け、にやりと口角を上げた。そして、嬉しそうに声を発する。まるで余裕だと言わんばかりに。


「わはー!おもろいやん自分!手毬もおもろいけどあんたもおもろいなー!なぁライターの姉ちゃん!」


「あァ!?勝負を吹っ掛けてんだぞォ!」


 竜ヶ崎巽は、猿楽木天樂の行く手を阻んでいた、自身の右脚を床へ下ろす。『西遊記』の孫悟空を想起させる、赤を基調とした虎皮の腰布を着用した猿楽木天樂。彼女はニコニコと余裕の笑みを浮かべながら、竜ヶ崎巽を品定めするように見つめていた。


「でも自分、その選択でええんや?ウチ強くないとは言うたけどやな。ライターの姉ちゃん、自分に負けるほどウチは落ちぶれてへんで?」


「ハッ!ボスなら逃げねェ!それによォ……テメェに負けてるようじゃアタイはボスの右腕にはなれねェ!」


「自身を救ってくれた主人に忠誠を誓っとんのなぁ、泣けるでぇ、ほんま。……直情型で頭は弱い……でも体は鍛えられとる――能力値的には良くて上級異能ってとこやろ?」


「だったらどうしたァ!?偉人級でも神話級でも負けてやるつもりはねェぞォ!」


「わはー!威勢がええやんけ!」


 竜ヶ崎巽は、喫煙室への唯一の入口となるそのガラス張りの引き戸を、叩き付けるように閉めた。そして、扉越しにこちらに注目している羊ヶ丘手毬、李蓬莱、犬吠埼桔梗の三名に吐き捨てるように告げた。


「――テメェら!邪魔すんじゃねェぞォ!」


「巽!やめるのだ!ここで争うのは得策じゃないのだ!むしろ共闘すべきなのだ!」


「巽サン!そうアルヨ!」


「無駄やで、姉ちゃんたち。ライターの姉ちゃんの覚悟は本物や。こら言うても聞かんわ」


 そう、諭すように告げた猿楽木天樂は、人差し指で自身の耳の穴を搔き始めた。すると、彼女のその耳から、爪楊枝つまようじ大の、棒状の何かが現れた。


「ウチのこと知っとるみたいやから隠してもしゃーないな?これがウチの武器――〈如意金箍棒にょいきんこぼう〉――通称、〈如意棒にょいぼう〉や」


「『西遊記』にも登場する孫悟空の武器アルネ……」


「犯罪者狩りみたいなことしとった時期があってな。集めた懸賞金で大枚はたいてうたんや。ほんま高かったでー?」


 猿楽木天樂が爪楊枝大の〈如意棒〉の先端を竜ヶ崎巽へと向けた。――瞬間、〈如意棒〉が二回ふたまわりほど大きくなると同時に、勢い良く伸びた。刺突――竜ヶ崎巽の身体を喫煙室の対角へと押し出し、その隅に叩き付ける。そのまま床へとり落ちる竜ヶ崎巽。


「うぐっ……!」


「〈如意棒〉の売りはその伸縮自在さやで!まさか〈極皇杯〉で不意打ちは卑怯なんて言わんよな?ライターの姉ちゃん?」


「……ったりめェだァ!」


 不意の強烈な一撃による腹部の痛みに耐えながら、竜ヶ崎巽はその場に立ち上がった。鎧を着用していなければ、竜ヶ崎巽の胸部には風穴が空いていたであろう。


「――巽!天樂!こうなったら正々堂々ケリを付けるのだ!」


「あァ!わかってらァ!」


「ほなろか?ライターの姉ちゃん?」


「ッしゃァ!ってやるよォ!」


 竜ヶ崎巽が意気揚々と返事するのと同時。猿楽木天樂は、天井の高さほどに縮めた〈如意棒〉を、床に突き立て、棒高跳びの要領で跳び上がった。――そして、そのまま竜ヶ崎巽の頭上まで到達。猿楽木天樂は技名を叫ぶ。


「――『岩猿いわざる』っ!」


 途端、猿楽木天樂の身体が巨石へと変化する。岩石は重力に従って、竜ヶ崎巽の頭へ落下。――それは、竜ヶ崎巽のスピードをもってしても、避けられない。


「――がッ……はッ……!!」


 巨大な岩に背中から押し潰される竜ヶ崎巽。血反吐が喫煙室の黒い床に飛び散る。喫煙室の扉越しにその様子を固唾をんで見守っていた羊ヶ丘手毬は、声を漏らす。


「さすが天樂なのだ……。あの巽相手に圧倒的なのだ……」


「まだまだ序の口アルヨ……」


「猿楽木天樂……『ソウルフル西遊記』の異名を取るだけはあるな」


「でも……もし……もしアルヨ?……本戦進出経験者ファイナリスト相手に巽サンが勝てば……新世界中が動くアル……!」


 三人の声は、喫煙室の中で岩石の下敷きとなった竜ヶ崎巽には届かない。竜ヶ崎巽は、薄れゆく意識の中で、足りない頭をフル回転させる。必死に、勝ち筋を見出そうとする。


 ――クソ……ッ!ファイナリスト……強ェ……!アタイはクソ兄貴に負け続けて……それでもボスたちに助けてもらって……救ってもらった。修行も付き合ってもらった……!なのに……また勝てねェのかよ……!


 全身を岩石へと変貌させた猿楽木天樂は物言わぬ。だが、着実に竜ヶ崎巽の体力が尽きるのを待っていた。猿楽木天樂が勝利するのは、時間の問題かのように思われた。――しかし。


「うおおおォおおォおおおォおおォォおおォおおォォおおおおォおォおおォおおおおォ!」


 岩石が微かに動く。そして、竜ヶ崎巽は四つん這いの姿勢で、背中に乗った岩石を持ち上げた。そして身体をひるがえし、竜ヶ崎巽は岩石を両の手で持ち上げる。


「――巽!あれを持ち上げたのだ!?」


「――まさか!きっと一トンは下らないアルヨ!?」


「うおォおォおおォおおォォおおォォおおおォおおォォおおおォおォォおおォおおおォ!」


 竜ヶ崎巽は震える両手で、必死に巨石を持ち上げる。そして、向かいの鏡張りの壁面へと巨石を投げ飛ばした。割れた鏡の破片が崩れ落ち、砂埃が舞う。


「――すごいのだ!巽、すごいのだ!」


「いつの間に……あれだけレベルアップしたアルカ!?」


「竜ヶ崎巽……貴殿は……!」


 砂埃の中から、金髪の無造作なショートカットの女――猿楽木天樂が現れる。投げ飛ばされた巨石は既にそこにはなかった。岩石から人の姿へと戻ったのだ。そして、猿楽木天樂は嬉しそうに語った。


「たはー!ライターの姉ちゃん!すごいやん!ウチの『岩猿いわざる』をパワープレイで退かすなんて!」


 猿楽木天樂は再び〈如意棒〉を伸ばし、竜ヶ崎巽の腹部を突いた。再び壁際へと押し出される竜ヶ崎巽。猿楽木天樂は透かさず詰め寄り、両手両足を自在に操り、アクロバティックに連撃を繰り出した。竜ヶ崎巽も必死に鉤爪・〈ヴァンガード〉で応戦する。


「――『竜ノ鉤爪(ドラゴニッククロウ)』!『竜ノ鉤爪(ドラゴニッククロウ)』!」


「わはは!効かへん効かへん!なんやその単調な攻撃は!〈十天〉が二人もおるクランにおって、今日まで何をしとったんや?」


 竜ヶ崎巽の鉤爪による攻撃は猿楽木天樂にかすりすらしない。一方、まるで曲芸師のような猿楽木天樂のアクロバティックな攻撃は、徐々に竜ヶ崎巽を追い詰めてゆく。猿楽木天樂は時折、〈如意棒〉による刺突を挟み、竜ヶ崎巽に攻撃の軌道を読まれないようにしていた。


「ウチは曲芸師でもあるんやで?近接戦闘は朝飯前や!」


「――だったらこんなんはどうだァ?『竜ノ息吹(ドラゴニックブレス)』!!」


 竜ヶ崎巽は眼前の猿楽木天樂に向けて、口から炎を噴き出す。必中の距離であった。――が、猿楽木天樂はけろっとした表情を浮かべている。そして、再びアクロバティックに連撃を繰り出してゆく。負けじと竜ヶ崎巽も応戦するが……。


「見事な曲芸やけど……すまんなぁ、ライターの姉ちゃん。ウチ、炎に耐性あんねん」


「――チッ!厄介な女だァ!」


「ウチからしたらライターの姉ちゃん――自分は威勢のいいだけでつまらん女やで?」


「――るっせェ!ボスに忠誠を誓ったんだァ!ボスの右腕に相応ふさわしい結果を残さねェと、〈極皇杯〉に参加した意味がねェ!」


「そのボス――夏瀬の兄ちゃんも、自分に恩義を返してほしいわけでもないんちゃう?自分は勝手に自分を追い詰めてるだけやで?」


「知ってんだよォ!そんなことはァ!でもボスはアタイを地獄から救ってくれたァ!姉御も拓生も陽奈子もだァ!だから次はアタイがみんなを救えるようにならなきゃなんねェだろォがァ!」


 強気な言葉とは裏腹に、猿楽木天樂が繰り出す軌道の読めない攻撃に、竜ヶ崎巽の体力がじわじわと削られてゆく。高い戦闘センスを発揮する竜ヶ崎巽をもってしても、猿楽木天樂のアクロバットは脅威であった。


「ほんでなんもわかってへんな、ライターの姉ちゃん。右腕右腕言うとるけど、自分が一番夏瀬の兄ちゃんの評価を下げとるんやで?」


「あァ!?なんでだァ!?」


「例えば〈神威結社〉が夏瀬の兄ちゃんと天ヶ羽(あまがばね)の姉ちゃん、日向ひなたの姉ちゃん――三人だけの少数超精鋭クランなら、多分新世界中の誰も〈神威結社〉を襲おうなんて考えへんわ。ウチら〈極皇杯〉の本戦進出経験者ファイナリストでも〈十天〉には遠く及ばへんもんな」


 猿楽木天樂の発言は紛れもない事実であった。例えば、いつも赤点を連発する成績不振の生徒が、テストで満点を取ったならば、そのテストは簡単だったという評価を受ける。それに近しいことが〈神威結社〉でも起こっていた。


「でもライターの姉ちゃん――自分が〈神威結社〉に隙を生んどる。『このレベルの奴を加入させるクランなら、実は大したことないのでは』って隙をな」


 元〈竜ヶ崎組〉の組長――竜ヶ崎龍は間違いなく新世界でも上位に君臨する強者であったが、〈十天〉や〈極皇杯〉の本戦進出経験者ファイナリストに比べれば遥かに格下であった。その彼に十六年間敗れ続けたことが報道された竜ヶ崎巽――彼女が弱者と判断されるのは、仕方のないことだった。


「名前忘れてもうたけど、丸々と太った商人の兄ちゃんもおったやろ?あの兄ちゃんもそんな強くはないやろうけど、まあ商人やからな。でも戦闘員の自分が弱いのはあかんやろ」


「そりゃボスは強ェよ!姉御や陽奈子はそのボスが『勝てねェ』って言うくらいだァ!もっと強ェ!拓生も虹金貨こうきんかを何十枚も稼げるような優秀なヤツだしなァ!アイツらと比べたら、確かにアタイは取り柄もねェ!」


「なら、なんで戦うんや?」


「でもアタイは〈神威結社〉が好きだァ!だからみんなを守れるようになるんだァ!」


 ――猿楽木天樂が、逆立ちの姿勢から蹴り上げた足が竜ヶ崎巽の顎にクリーンヒット。あまりの衝撃に竜ヶ崎巽は意識を失いかけ、蹌踉よろめく。猿楽木天樂はその隙を見逃さなかった。


 逆立ちの姿勢のまま、自身の髪を十数本抜く。猿楽木天樂がその手を離すと、金色こんじきの毛髪は喫煙室の宙に舞い上がった。そして、一気に息を吸い込み、頬を膨らませる。そして、宙を舞う毛髪に思いっきり息を吹き掛けた。


「――『身猿みざる』や」


 その瞬間、宙を舞っていた十数本の金色こんじきの毛髪は、金髪ショートヘアに赤い毛先、赤い虎布を着用した十数人の女へと姿を変えた。――猿楽木天樂の分身体である。


「――ジ・エンドやで。大団円といこうや」


 猿楽木天樂の『身猿みざる』による十数体の分身体は次々と、隅で顎から血を流して隙を晒している竜ヶ崎巽に襲い掛かる。彼女らもまた、アクロバティックな動きで執拗に竜ヶ崎巽を責め立てる。


「――ぐわッ!……がっ……!!」


 第八回〈極皇杯〉ファイナリスト――猿楽木天樂――彼女はこの新世界において、「ソウルフル西遊記」の異名を取る。その由来は、アクロバティックで自由奔放なそのバトルスタイルにある。『西遊記』の孫悟空を彷彿とさせるそのバトルスタイルは、彼女が曲芸師として磨き上げた技と、彼女の偉人級異能――〈三猿グドール〉、〈如意棒〉が揃ってこそ為せる唯一無二の武器である。


 偉人級異能、〈三猿グドール〉は、イギリスのチンパンジー研究の第一人者であるジェーン・グドールに由来する。チンパンジーが草の茎を使って蟻を捕まえる様子を発見し、人間だけが「道具」を使うという定説を壊したのも彼の実績の一つである。


天竺ファイナルへ進むのはウチやで?ライターの姉ちゃん」

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