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2-26 犬猿の仲、時々、ドラゴニュート

 ――予選開始より五十九分四十一秒。〈極皇杯〉、予選Hブロックの会場である〈羽成田はねなりた空港〉――その二階出発ロビー、北側コンコースにある喫煙室には、白い煙が充満していた。


「――て、手毬サン!それはいきなりすぎるアル!」


 竜ヶ崎巽と犬吠埼いぬぼうざき桔梗ききょうの両名は、羊ヶ丘(ひつじがおか)手毬てまりのあまりに突飛な発言に目を丸くしている。それは声を上げたリー蓬莱ホーライも同様だ。そして、李蓬莱は思案する。


 ――手毬サン……阿呆あほうすぎるアルヨ……。引く手数多(あまた)の〈極皇杯〉の本戦進出経験者ファイナリストを、初対面でクランに勧誘するなんて、常識知らずにも程があるアル。


 だが、李蓬莱の考えと、猿楽木さるがき天樂てんらくの反応は大きく異なっていた。猿楽木天樂は羊ヶ丘手毬の頭を撫でなから破顔する。


「――おもろいこと言うなあ!着ぐるみの姉ちゃん!その〈十二支〉――クランのランクはなんぼや?」


「ま、まだ作ったばっかで、ボク一人しかいないからF級なのだ……」


 〈世界ランク〉のクランランキングにおけるクランの階級は、クランが結成されてからの、それぞれのクランメンバーの活動実績に基づいて決定される。異能バトルの戦績や犯罪者の無力化等が主な評価基準となる。


「羊ヶ丘手毬……〈極皇杯〉の予選の最中にクランの勧誘とは……私の想像を超えてくるな」


「おいおい手毬ィ!さすがにそれは通用しねェってアタイでもわかるぞォ!本戦進出経験者ファイナリストはクランに入らなくてもやってけるんだからよォ!」


 中級異能や下級異能を持ち、一人で新世界を生き抜くことが困難な彼らにとって、クランへの加入は「生きるためのすべ」である。弱い者でも力を合わせれば、何とか新世界を生き抜く力を得ることができる。


 しかし、〈十天〉や〈極皇杯〉の本戦進出経験者ファイナリストのような「圧倒的な強者」にとっては、必ずしもクランへの加入はメリットとならない。否、むしろ、デメリットしかない場合がほとんどであろう。「圧倒的な強者」である彼らは、下手に弱者と手を組めば、足を引っ張られかねないのだ。事実、〈十天〉の過半数はクランに所属していない。


「ど、どうなのだ?天樂」


 赤を基調とした虎皮の腰布を着用した「圧倒的な強者」――猿楽木天樂は、口腔から吐き出した煙を見上げながら、満面の笑みで答えた。


「――ええで!入ったる!」


「はァ!?」


「猿楽木サン!?」


「マ、マジなのだ!?」


「ウチそんなおもんない冗談言わへんわ!よろしゅーな着ぐるみの姉ちゃん――ってそや、名前すら聞いてへんかったわ!」


「嬉しいのだ!ボクはクラン・〈十二支〉のクランマスター!羊ヶ丘(ひつじがおか)手毬てまりなのだ!よろしくなのだ天樂!」


「ほな手毬って呼ぶわ!よろしゅーな!」


「――いやいやいやいや待て待て待てやァ!」


「巽!どうしたのだ!?」


「いやおかしいだろォ!」


「そうアル!何の茶番アルカ!?これは!」


「何もおかしいことなんてあらへんやろ?両者が同意してのクラン加入やで?」


「そうなのだ!やっと初のクランメンバー獲得の瞬間なのだ!余韻に浸らせるのだ!」


「〈極皇杯〉の予選中にクラン加入なんて前代未聞アル!」


「お前ら感覚どうなってんだァ!?」


 竜ヶ崎巽や李蓬莱の意見は正論であった。本来、戦ってファイナリストの座を奪い合うべき〈極皇杯〉の出場者が、初対面の他の出場者を自身のクランへ勧誘する。しかも本戦進出経験者ファイナリストを。その状況は、明らかに異様そのものであった。


「そんなん言われてもなあ」


「巽!黙るのだ!ボクたちは今日からクラン・〈十二支〉なのだ!」


「せやでほんま!ウチのクランマスターに文句付けさせへんで!」


「いやァ……別に文句ってワケじゃァねェんだがァ。悪ィ……ちっと取り乱したなァ」


 竜ヶ崎巽の黄色い双角が喫煙室の眩い照明を受けて輝く。――竜ヶ崎巽は上級異能、〈竜鱗〉を使うことで全身に鱗を纏い、角や尻尾、鋭い爪を生やすことができる。竜ヶ崎巽は〈極皇杯〉の予選開始以来、ずっと「ドラゴニュート化」状態であり、この時点で相当な体力を消費していた。


 ちなみに、黄色い双角だけは「カッコいいから」という理由で、就寝時を除き、〈オクタゴン〉の中でも常に生やしている。本来は引っ込めることもできるのだ。


ウーン……猿楽木サンが予選中にクラン加入だなんて……今この中継を観てる世界の人たちはきっと沸いてるアル……なんか頭痛いアル……」


「わかるぞォ、李……」


 こうして羊ヶ丘手毬がクランマスターを務める〈十二支〉に、第九回〈極皇杯〉のファイナリスト、猿楽木天樂が加わった。だが、その結論に、一人だけ、納得していない者がいた。


「……待て、猿楽木天樂。その判断はおかしいだろう」


「はぁ?なんや騎士の姉ちゃん……何度も言うけど、ウチが手毬と合意の上で加入したんや。第三者が口挟むのはお門違いやで?」


「重々承知の上だ。……いや、私は単に難癖を付けたいだけかもしれない」


「はぁ?騎士の姉ちゃん、どういうことや?」


「猿楽木天樂……貴殿が戦っていた昨年の予選の映像を目にしたことがある。〈如意棒〉……とやらで敵を次々に貫いて本戦に進出したのだろう」


「せやで?それがウチのバトルスタイルっちゅうヤツや!」


「――天樂!喧嘩はやめるのだ!」


「あかんで手毬!騎士の姉ちゃんは〈十二支ウチ〉のクランマスターに反対しおったんや!ちゃんと話し合わな納得できへん!」


「わ、わかったのだ……」


「ほんでなんや?騎士の姉ちゃん」


「貴殿の言うそのバトルスタイルだがな。私は嫌いだ、貴殿の戦い方が。相手に敬意を払った戦い方だとはまるで思えない」


「はぁ!?敬意どころかちゃんと戦いもせえへん自分に言われとうないわ!」


「……そうか。私たちは相容あいいれないようだな」


 ――犬猿の仲、と形容するに相応ふさわしかった。竜ヶ崎巽、李蓬莱、羊ヶ丘手毬の三名はその様子を静かに見守っている。厳密には、突然始まった口論に、未だ頭が追い付いていなかった。


「ほんま騎士様っちゅうんは頭が堅くて適わんわ」


「頭が堅いだと……?騎士を愚弄するつもりか……?」


 犬吠埼桔梗は腰のさや――そこに納めた〈聖剣エクスカリバー〉の柄にそっと手を添えた。――犬吠埼桔梗は、騎士であることに強い誇りを持っていた。そのことを侮辱されたように感じた彼女のその表情には、強い怒りが滲んでいる。


「――って!ジョークやんけ!ほんま頭が堅いわぁ」


 猿楽木天樂の冗談に、少しだけ場が和んだような感覚を三人は覚えた。そして、竜ヶ崎巽はすっかり短くなった煙草を灰皿に投げ捨て、二人の口論をさえぎるように口を開いた。


「――おォ、お前らよォ、そろそろ安全地帯も危ねェンじゃねェかァ?」


「あ、そうアルネ……。そろそろ移動した方がいいかもしれないアル!」


「じゃ、じゃあみんなで行くのだ!」


「……仕方ない。猿楽木天樂、悪かった。口が滑ったようだ」


「おぉ……まあウチも言いすぎたわ。すまんかったな、騎士の姉ちゃん」


 竜ヶ崎巽は喫煙室のガラス張りの扉へと歩を進め、扉を開けた。竜ヶ崎巽の後に李蓬莱、羊ヶ丘手毬、犬吠埼桔梗と続き、その扉へと向かう。竜ヶ崎巽は開けた扉を押さえたまま、李蓬莱、羊ヶ丘手毬、犬吠埼桔梗を先に喫煙室から出した。


「あっ、巽サン、謝謝シェイシェイアル」


「巽、助かるのだ!」


「悪いな、竜ヶ崎巽」


 喫煙室は二重扉構造であり、喫煙室を出て短い通路の先のもう一つの扉を開けると、北側コンコースへと戻れる構造になっている。三人は竜ヶ崎巽に礼を言いながら喫煙室を退室し、その短い通路へと足を踏み入れた。一方、それに続こうと煙草を灰皿に捨てた猿楽木天樂は、思い出したように竜ヶ崎巽に声を掛けた。


「おっと、忘れるとこだったわ!ライターの姉ちゃん、ライター感謝やで!」


 猿楽木天樂はライターを竜ヶ崎巽に投げ返した。竜ヶ崎巽はライターを受け取り、再び黒の軽装の鎧と肌との隙間にライターを仕舞う。竜ヶ崎巽は猿楽木天樂が退室するのを待とうと、扉を押さえたままだ。――そして、猿楽木天樂が、喫煙室を退室しようとする。


「お、すまへんなあ!ライターの姉ちゃ――」


 ――そのとき、猿楽木天樂の行く手をはばむように、竜ヶ崎巽は、右脚を壁に勢い良く叩き付け、告げた。竜ヶ崎巽の尻尾があやしく床を叩き付けた。


「――まァ、何でもいい……猿楽木よォ。アタイと喧嘩しようやァ」

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