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2-24 2F出発ロビー:北側コンコース

『ピーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー』


 警告音が鳴り響く中、ゲートにもたれ掛かる全身アルミホイルの男。奇怪な姿のその男は、パチパチと拍手しながら、竜ヶ崎巽らへと近寄ってくる。


「いやはやお見事お見事。我が劇団の精鋭たちを歯牙にも掛けないとは」


「あァ?アレが精鋭だとォ?」


「保安検査場を制圧し、待ち伏せしての奇襲作戦……上手くいくと思ったんだけどね」


 「空港」という施設は大きくランドサイドとエアサイドに分かれる。ランドサイドは誰でも立ち入りが可能な、レストランやショップ等が点在するエリアである。一方、竜ヶ崎巽らが現在までいたエアサイドは、保安検査場を通過した先にある、飛行機の搭乗者や空港職員だけが立ち入り可能なエリアである。


 複数ある保安検査場は、この二つのエリアを行き来するための数少ない場所となる。つまり、〈極皇杯〉の予選Hブロックにおいて保安検査場で待ち伏せをする行為は、ランドサイドとエアサイド間を移動しようとする出場者に一方的に奇襲を仕掛けることができる、極めて有効な戦術なのだ。


「――みんな気を付けるのだ!きっと優勝候補なのだ!」


「とんでもない格好アルネ……。今年のHブロックの阿呆あほう率は異常アルヨ……」


「ああ、格好は気にしないでくれ。思考を盗聴されては〈極皇杯〉では勝てないからね」


「そういう異能もあるかもしれないアルガ……かなりピンポイントな対策アルネ……」


「アルミを巻いたところで効果ないだろう。アルミを重ねるよりも鍛錬を重ねるべきだ」


「おっ、桔梗ききょう、上手いことを言うのだ!」


「おっと……挨拶が遅れたね。僕はクラン・〈劇団ビショップ〉の座長を務める、アルミホイル中村という者だ」


「よーし!さっきは出番を譲ってあげたから、ここはボクが相手してやるのだ!」


手毬てまりサン……」


「ほう、羊ヶ丘(ひつじがおか)手毬てまりは戦えるのか」


 羊ヶ丘手毬はドタドタと、アルミホイル中村と名乗る男の下へと向かってゆく。そして、羊の着ぐるみの手を伸ばし、アルミホイル中村のアルミ服に触れる。


「――超必殺技!!『絶対無敵女神アイギス』!!!」


 ――と、羊ヶ丘手毬が叫んだのとは裏腹に、何も起こらない。――かのように見えた。数秒の沈黙の後、アルミホイル中村は腹を抱えて大笑いしながら、口を開いた。


「――ははははははははははははは!!!まさか今の微弱な静電気が君の攻撃かい!?名前負けにも程があるだろう!!!」


「なにっ!?効いていないのだ!?」


「アルミホイルは電磁波攻撃を通さないのさ!有害な電波はシャットアウトだ!」


「このボクを対策していたとは……さすが優勝候補なのだ!」


 動揺した様子の羊ヶ丘手毬の後方で、リー蓬莱ホーライは頭を抱えていた。


「アイギスってギリシャ神話に出てくる『盾』の名前アル……。阿呆あほうアルネ……」


「李……アレだよなァ。手毬の異能ってよォ……」


成程なるほど。静電気……となると下級異能、〈微電スパーク〉か。だが驚くべき弱さだな……。良く今日こんにちまで、この修羅の新世界で生き残れたものだ」


 羊ヶ丘手毬の異能は下級異能、〈微電スパーク〉。てのひら――厳密には指先から微弱な静電気を発生させる程度の異能である。あの夏瀬雪渚をして、はっきりと「弱い」と言わしめた過去を持つ。


 とは言え、異能というのは、才能が低い者は階級の低い異能、才能に溢れる者は階級の高い異能――といった具合に当人の才能に応じて決まる。事実、世界総人口十一億人のおよそ六割は、最も階級の低い下級異能であり、羊ヶ丘手毬は多数派マジョリティであった。


「――桔梗!うるっさいのだ!」


「む、気を悪くしたか。すまない、詫びよう」


 ――刹那、李蓬莱が駆け出した。向かう先は当然アルミ男。


「――蓬莱ホーライ!?」


「ワタシがるアル」


「ははははははは!!来たまえ!!!」


 そう言って、アルミ男は、身体に巻き付けたアルミホイルの隙間から二丁拳銃を取り出した。二発の銃声が、保安検査場に鳴り響いた。――のと同時であった。アルミ男の首が、有り得ない方向に曲がったのは。


「あ……が…………」


「ワタシ、元暴力団の幹部アルヨ。銃の扱いも、その対処法も熟知しているアル」


 その程度にもよるが、頚椎けいついの骨折は全身麻痺や即死などの深刻な被害を受けることがほとんどだ。今回の場合は、即死だったのか、アルミホイル中村は〈犠牲ノ心臓(サクリファイス)〉が発動し、その場から消滅してしまった。


「――蓬莱ホーライ!かっけえのだ!」


「朝飯前アルヨ。それより手毬サン、怪我はないアルカ?」


「何とか大丈夫なのだ!みんなありがとうなのだ!」


 李蓬莱は小動物を可愛がるように羊ヶ丘手毬の頭を撫でる。羊ヶ丘手毬は満面の笑みでそれを受け入れつつ、竜ヶ崎巽に礼を言おうと後方を向く。しかし、そこにいた二人は険悪なムードであった。


「――テメェ。なんでちゃんと戦わねェんだァ?一度ファイナリストになったからってよォ、〈極皇杯〉舐めてんのかァ?」


「……そんなつもりはない。ただ……勇気が持てないだけだ」


「チッ……目見てりゃわかんだよォ。テメェ……迷ってんなァ?殺人にならねェのはわかってっけど、敵を倒していいのかわかんねェ……そんなトコだろォが」


「ほう……竜ヶ崎巽は先刻あの場にいなかったはずだが……読み当てるか」


「根っからの悪人じゃねーと斬れねー、なんて自分に言い聞かせて、テメェは戦うことから逃げてるだけだァ!チキン野郎がァ!」


「そう……かもしれないな」


「アタイは頭も記憶力も悪ィけどよォ、ボスの言った言葉だけは忘れねェんだァ。ボスのありがてェお言葉を伝えてやるから頭に叩き込めェ!」


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 ――時は少しさかのぼる。〈極皇杯〉が迫る、二一一〇年十二月二十日。夜の〈オクタゴン〉にて。〈神威結社〉の五名は、いつものように食事と入浴を済ませ、一階のリビングに集まっていた。


 液晶テレビの前に設置されたガラス製のローテーブル。それを取り囲うように配置されたL字型のソファに腰掛け、テレビに映される映像に皆が注目していた。テレビが映し出す映像は、昨年の〈極皇杯〉の予選、そのアーカイブ映像だ。名も知らぬ者たちがデパートらしき施設の婦人服コーナーで戦っている。


「うーん……やっぱり俺がおかしいのか……。旧世界の常識じゃ〈犠牲ノ心臓(サクリファイス)〉があろうとなかろうと、殺人が前提に組み込まれたルールは異常だと思ってしまうな……」


 煙草の煙を吐き出しながら、「夜用」の赤いニット帽をかぶった夏瀬雪渚が呟いた。日向ひなた陽奈子ひなこが夏瀬雪渚の発言をフォローしつつも、新世界での一般論を改めて述べる。


「新世界でももちろん殺人は悪だけど……〈極皇杯〉の場合は罪にも問われないし、〈犠牲ノ心臓(サクリファイス)〉が発動すれば、五体満足の状態で復活するから、『殺人じゃない』ってことになるのよね……。それでも旧世界を知ってる雪渚が抵抗あるのはわかるけど……」


むしろ、新世界で『死なない』というのはとんでもない価値がありますからな。〈極皇杯〉に出場すれば少なくともその期間は〈犠牲ノ心臓(サクリファイス)〉によって命が担保されるでありますから、安全のために〈極皇杯〉に参加する者もいるほどですぞ」


 ボウルカット――おかっぱ頭に丸眼鏡の肥満体の青年・御宅おたく拓生たくおもそれに続く。更に天ヶ羽(あまがばね)天音あまねが言葉を重ねる。


「三十代までのカップルの破局理由の統計があるんですが……破局理由の圧倒的一位は、浮気でも不倫でも喧嘩でもなく、死別ですからね。この新世界は……」


「まァ姉御は百歳超えてるけどなァ!」


 竜ヶ崎巽の軽はずみな発言。天ヶ羽天音は竜ヶ崎巽をじろりとにらみ付けた。竜ヶ崎巽は萎縮して肩をすくめる。テレビに映る名も知らぬ青年が、槍で心臓を貫かれて消滅した。少しの静寂の後、日向陽奈子が夏瀬雪渚に尋ねる。


「それで……雪渚、あの、アタシね、やっぱり〈極皇杯〉……出なくてもいいと思う。雪渚が痛い思いするのは嫌だし……」


「そうですな……。〈十天推薦枠ワイルドカード〉の件も、天ヶ羽女史や日向女史が〈十天〉でありますから、何とか白紙に戻せるのではないですかな?」


「――いや、出るよ」


「雪渚……」


「ふふ、せつくんならそう言うでしょうね」


「ガッハッハ!そう来なくっちゃなァ!新世界じゃ結局戦うしかねェんだからよォ!」


「〈犠牲ノ心臓(サクリファイス)〉がなくて、本当に人が死んでしまうんなら俺も躊躇ちゅうちょするけどな。幸運なことに〈極皇杯〉じゃ人は死なないらしい。この新世界にしては大サービスじゃないか」


「せつくんが私たちを守るために戦ってくださるなら、せつくんがそう決めたと仰るのでしたら、私からは何も言うことはございません。陰ながら応援させていただきます」


「そっか……。うん、わかった。雪渚、頑張ってね。アタシもあまねえと親善試合エキシビションマッチで、雪渚が言ってくれたみたいに、『〈神威結社〉には敵わない』と新世界中に思わせられるくらいの試合をしてみるから」


「ああ、その件は〈十天〉である天音と陽奈子にしかできない仕事だからな。頼むぞ。陽奈子が全力出すと不味まずいことになるが……まあ二人なら上手くやってくれるだろ」


「うん!任せて!」


「はい、私たちは大丈夫ですから。無理はなさらない範囲で、せつくんはご自身のことに注力なさってください」


「感激ですぞ、雪渚氏……。〈極皇杯〉の開会式で行われる親善試合エキシビションマッチまで利用して〈神威結社〉――小生たちを守ろうとしてくれてるんですな……」


「当然だろ。俺は〈神威結社〉を誰一人欠けさせるつもりはねえ。拓生も『あの件』は頼んだぞ」


「お任せくだされ!ファイナリストが決定し次第、ぐに動けるようにしておきますぞ!」


「――おあッ!?ボス!アタイの仕事は何かねェのかァ?アタイにも仕事をくれよォ!」


「おいおい、竜ヶ崎と俺が一番頑張んなきゃいけないんだぞ。俺たちの仕事はシンプルだ。当初の目的通り、〈極皇杯〉で勝って勝って勝ちまくれ」


「おォ!わかりやすくていいじゃァねェかァ!アタイも〈神威結社〉大好きだからよォ!みんなが幸せになれるように頑張るからなァ!」


「巽ちゃん……」


「竜ヶ崎、覚えとけ。本当に守りたいものがあるなら、世間体も体裁も捨てちまえ。生きることは、貫き通すことだ」


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「そうか……貴殿の主君……夏瀬雪渚は……強者なのだな」


 その言葉を竜ヶ崎巽から聞いた犬吠埼いぬぼうざき桔梗ききょうは、そう呟いた。竜ヶ崎巽は怒りを露わにして反駁はんばくする。


「あァ!?ボスは強者なんかじゃねェよ。弱ェとこがいっぱい、いっぱいあんだぞォ!でもよォ、それでもボスが好きだから、姉御が好きだから、陽奈子が好きだから、拓生が好きだから、みんな守りてェからアタイは戦うんだァ!強くなるんだァ!」


「……そうだな。竜ヶ崎巽、貴殿の言う通りだ」


「犬吠埼ィ!テメェも守りてェモンがあんなら覚悟しろォ!この新世界は、そんな甘い世界じゃねェだろォがァ!」


「……少し、考える時間をくれ」


「……おォ。アタイはアホだけど、この予選……一人しか残れねェのは知ってんだァ。だからよォ、アタイも、手毬も、李も、犬吠埼も、全員でファイナリストになれるなんてことはねェ。アタイは最初から覚悟はできてんだァ。いざとなったら全員ブッ倒してでもファイナリストになるからなァ!」


「……そうだな」


「――巽!桔梗!毒ガス!毒ガスが来てるのだ!」


 突如上がった、羊ヶ丘手毬の声。竜ヶ崎巽が右手に目を向けると、目測数メートルの距離――ぐそこまで毒ガスが迫ってきていた。保安検査場の戦いや無駄話で時間を食ってしまったのだ。


「――おあッ!?来てんじゃねェかァ!」


「全員全速力で走るアル!指一本でも触れたら一瞬で敗退アルヨ!」


「急ぐのだ!競走なのだ!」


「……羊ヶ丘手毬、そんな余裕はないだろう」


 四人は北コンコースを一直線に走り抜ける。――予選開始より四十六分十三秒。予選Hブロック、残り生存者数、二百六十五名。

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