2-23 2F出発ロビー:保安検査場
「――おあッ!?陽奈子!?なんでこんなトコにいるんだァ!?」
「――陽奈子!ここは危険なのだ!ここはボクに任せて先に行くのだ!」
〈羽成田空港〉の二階出発ロビー、搭乗客が保安検査場を抜けた先にある広大な通路は北側コンコースと南側コンコースに分かれる。四人は、コンコースの中央にある保安検査場――その手前の壁際に立っていた。
竜ヶ崎巽と羊ヶ丘手毬は、壁面に設置されたデジタルサイネージ広告――化粧品の広告に映る金髪ツインテールの女、〈十天〉・第七席、「#ぶっ壊れギャル」――日向陽奈子を見上げていた。
「おい陽奈子ォ!しっかりしろォ!笑ってる場合じゃねェぞォ!毒ガスが迫ってきてんだァ!」
「陽奈子!可愛い子ぶってる暇はないのだ!」
壁をドンドンと叩いて、必死の形相を浮かべる二人の背後で、李蓬莱は頭を抱えていた。その隣に立つ犬吠埼桔梗も呆れた様子を見せる。
「阿呆アル……」
「薄々気付いてはいたが、竜ヶ崎巽と羊ヶ丘手毬はやはりアホなのか」
「〈極皇杯〉が阿呆さ加減を競う大会であれば、あの二人は毎年決勝進出確定アルヨ……」
――本来、夏瀬雪渚や竜ヶ崎巽の行動は異常である。この異能バトルロワイヤルとでも呼ぶべき〈極皇杯〉の予選は、本来は皆、こそこそと敵に見つからないように移動するのが鉄則である。だが、彼らは堂々と動いていた。夏瀬雪渚は「勝利の圧倒的な演出」のため、竜ヶ崎巽はアホだから――理由は違えど、結果的に同じ選択に至っていた。
犬吠埼桔梗が一歩前へと踏み出し、二人の背中越しに声を掛ける。ブロンドのミディアムヘアが微かに揺れた。
「それは日向陽奈子の写真だ。日向陽奈子が起用されているだけで、そこに日向陽奈子が閉じ込められているわけではない」
犬吠埼桔梗のマジレスにきょとんとした顔を浮かべる竜ヶ崎巽と羊ヶ丘手毬の両名。二人は顔を見合わせて、首を傾げた。そして、憤慨する。
「あァ?犬吠埼テメェ!アタイが仲間の陽奈子を見間違えるとでも言うのかァ!?」
「そうなのだ!陽奈子が城壁を壊してくれたお陰で〈神屋川エリア〉は救われたのだ!」
「……成程、これがアホか」
――犬吠埼桔梗の説得により数分後。歩を進めながら竜ヶ崎巽が満面の笑みでバシバシと犬吠埼桔梗の背中を叩いた。
「――ガッハッハ!写真なら写真って言えよォ!なァ、犬吠埼よォ!」
「まったくなのだ!」
「最初から言っていたと記憶しているが……理解したのならばいいだろう」
「先行きが不安アルヨ……」
四人が保安検査場まで差し掛かる。空港職員が誰もいない、普段とは違う〈極皇杯〉ならではの保安検査場の様子。幾つかゲートが並ぶ奥には時計台や売店、レストランが覗く。物陰に隠れながら慎重に動いている様子の人影も疎らに見受けられる。羊ヶ丘手毬は三人に疑問を投げ掛けた。
「ここから向こう側にも行けそうなのだ!どうするのだ?」
「見晴らしが良く、戦いやすいのはこちら側――エアサイドだろう」
「あァ?アタイは強ェヤツと戦えるならどこでもいいぞォ」
「エアサイドをこのまま真っ直ぐ行って、北側コンコースを進むのが良さそうアルネ」
四人が合意の上、保安検査場に背を向け、北側コンコースへ足を踏み入れようとした、正にその瞬間だった。背後の保安検査場――その物陰から、声がする。
「「――今だっ!」」
保安検査場の物陰から飛び出してきたのは、十余名の若い男女だった。黒いローブや鎧、そして杖やクロスボウ等、それぞれが装備品を身に着けている。彼らは竜ヶ崎巽らに一斉に襲い掛かった。――が、そんな奇襲が上手くいくほど、〈極皇杯〉は甘くない。
「……折角見逃してやったのに、自ら死地に赴くとは……救えないアルネ」
李蓬莱の上級異能、〈香薫〉――彼女の異能を以てすれば、物陰に隠れて待ち伏せする者の人数と位置を正確に把握することなど、赤子の手を捻るようなものであった。
李蓬莱の振り向き様のカウンター。その拳が、襲い掛かった男の腹部を突き上げる。――クリティカルヒット。男は一撃で消滅する。
「――ガハ……ッ!」
待ち伏せに気付いていたのは何も李蓬莱だけではない。十六年間、遥か格上の兄に挑み続け、そして〈十天〉である天ヶ羽天音や日向陽奈子と鍛錬を積んだ竜ヶ崎巽も、またその一人であった。
「――『竜ノ尻尾』!!!」
「グエッ……!!」
臀部から生えた逞しい尻尾を叩き付ける。その直撃を受けた、保安検査場のベルトコンベアの上に立っていた男は、真っ二つに割れたベルトコンベアと共に地に叩き付けられた。――〈犠牲ノ心臓〉が発動する。
その隣では複数人に囲まれて蹴られる羊ヶ丘手毬の姿がある。羊ヶ丘手毬は体を丸めて床に蹲ってしまっていた。
「――痛いのだ!痛いのだ!」
「なんだコイツ……クソ弱いな……」
「思い出作りに出場した下級異能か……?」
「さっさとKILL数稼いじまおうぜ!こんな雑魚でも倒しといて損はねえ!」
そして、待ち伏せに気付いていたのはもう一人――犬吠埼桔梗である。複数人の男が、剣で彼女の顔を傷付け、炎でその鎧を炙る。――が、犬吠埼桔梗は抵抗しない。
「――犬吠埼……!コイツ……今年も防戦一方かよ……!」
「攻撃してこねーなら好都合だ!押せ押せ!クラン・〈劇団ビショップ〉!!」
犬吠埼桔梗も人間である。本来であれば、剣で斬られれば血が出るし、炎で焼かれれば火傷する。――だが、犬吠埼桔梗が受けた傷からは、血が一滴も滴ることはなかった。犬吠埼桔梗は、クールな表情を崩さないまま、盾を構え、防御に徹する。
「おォい!犬吠埼ィ!何してんだァ!ちゃんと戦えやァ!負けちまうぞォ!」
「巽サン……犬吠埼サンなら大丈夫アルヨ」
「あァ?」
犬吠埼桔梗は、その猛攻にも全く動じない様子だ。どれだけ傷付けても一滴の血すら流さない犬吠埼桔梗。相対する男たちの表情が曇ってゆく。
「――くっそ!やっぱコイツ突破できねえ!」
「――やっぱファイナリストに喧嘩売るんじゃなかった!」
犬吠埼桔梗はゆっくりと口を開いた。凛とした表情を崩さぬまま、刺すような冷たい目で。その言葉は眼前の敵ではなく、背中合わせに共闘する竜ヶ崎巽に向けられる。
「偉人級異能、〈聖王〉。私が授かった異能だ」
「あーさー……だァ?」
「この異能は特殊でな。この異能が私に顕現すると同時に、天から武器が降ってきた。……千の松明を集めたかの如き、神々しい光を放つ最強の剣――〈聖剣エクスカリバー〉。この剣は、決して折れず、毀れず、あらゆるものを両断する」
犬吠埼桔梗は鞘に差した剣――その柄頭に触れながら淡々と説明した。竜ヶ崎巽は、応戦しながらも、目を丸くして思わず犬吠埼桔梗へと視線を向ける。
「あらゆるものを……って!強すぎだろそれよォ!陽奈子みてェな攻撃力じゃねェかァ!」
何処に隠れていたのか、敵は次々に湧いてくる。李蓬莱もまた、彼らに功夫で応戦しながら、犬吠埼桔梗の言葉を補足するように口を開いた。
「巽サン……それだけじゃないアル」
「ああ……この魔法の鞘にも不思議な力があってな。どんなに傷を受けても血を失わない代物だ」
「――はァ!?姉御みてェな力……あァ?いや姉御は回復だから違ェのかァ?」
「姉御……?……啊、天ヶ羽サンに近い継戦能力があることは間違いないアルヨ!」
「――痛いのだ!やめるのだ!」
字面通り足蹴にされる羊ヶ丘手毬が、半泣きのまま何とか頭を守っている。
「……見ていてあまり気分の良いものではないな。……が、悪とは断定できまい」
「――犬吠埼!テメェ!」
自分に群がっていた敵を蹴散らし、逸早く敵の集団に〈犠牲ノ心臓〉を発動させた竜ヶ崎巽。彼女は床に散らばったベルトコンベアの破片を踏み付け、羊ヶ丘手毬の下へと駆け付けた。一歩出遅れて、周囲の敵を片付けた李蓬莱もそれに続く。
「――『竜ノ尻尾』ッ!!」
羊ヶ丘手毬を蹴り付けていた男女の頭を目掛けて、竜ヶ崎巽が薙ぎ払うように尻尾を横薙ぎに振るう。その威力に思わず床に倒れ込んだ彼らを、続け様に、洗練された身の熟しから繰り出される李蓬莱の拳が襲う。
李蓬莱は、〈竜ヶ崎組〉の幹部陣の中で、唯一殺人に手を染めていなかった。しかし、組長や他幹部の手前、そのことは隠し通す必要があった。それ故、説得力を持たせるために、彼女は研鑽を怠らなかった。一撃で敵を屠ることなど容易。李蓬莱もまた、強者だったのだ。
「……うぐっ……!つ、強すぎる……!」
「くっそ……!また今年も予選落ちかよ……!」
「仕方ないわ……。相手が悪かった……!後のことは座長に託しましょう……」
彼らはやがて、息絶えた。そして、〈犠牲ノ心臓〉の発動。消滅し、〈天上天下闘技場〉の出場者観覧席へと強制送還されてゆく。保安検査場には、飛び散った血痕と、彼女ら四人だけが残されていた。羊ヶ丘手毬は、半泣きになりながら立ち上がり、傍に立つ李蓬莱へと抱きついた。
「うわあぁああぁああぁん!!!蓬莱ー!怖かったのだぁあぁぁあぁ!!!」
「全く……仕方ないアルネ……」
一方の竜ヶ崎巽は、その視線を背後で突っ立っていた犬吠埼桔梗へと向けた。犬吠埼桔梗と戦闘していたはずの者たちの姿は既にない。どさくさに紛れて逃げたようだ。彼女を睨み付ける竜ヶ崎巽の表情は怒りに滲んでいた。
「――犬吠埼!テメェ!なんで手毬を助けてやらねェンだァ!!」
「共闘する、と言った覚えはないが。私は飽くまで散歩に誘っただけだ」
犬吠埼桔梗は淡々と反論する。――そのときだった。
『ピーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー』
耳障りな警告音が鳴り始めた。音の発生源は、犬吠埼桔梗の背後――金属探知機の役割を果たすゲートであった。金属を探知したことを示す、赤いランプが点滅している。
「――あァ!うるせェなァ!なんだこの音はァ!」
何故、警告音が鳴っているのか。その理由は明白だった。当然、金属を探知したからである。いつからそこにいたのか――ゲートの側面に凭れ掛かるようにして、竜ヶ崎巽らを観察していた一人の男の姿があった。
男の姿は奇怪である。アルミ箔を重ねて作る帽子――ティンホイル・ハットを頭に冠っており、目元だけを残して全身をアルミホイルで包んでいる。ティンホイル・ハットの先端は、天井に届きそうな勢いで尖っていた。照明を受けて、アルミホイルが輝きを放つ。
評価(すぐ下の★★★★★)やブックマーク等で
応援していただけると執筆の励みになります。
よろしくお願いいたします。




