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2-20 2F出発ロビー:7番搭乗口

 ――時は〈極皇杯〉、予選開始直後にさかのぼる。自称、〈神威結社〉の一番槍――竜ヶ崎巽サイド。


 〈翔翼ノ女神像(セラフィム)〉による転移。長い黒髪に二本の黄色い角、黒い軽装の鎧を身に纏った女――竜ヶ崎(りゅうがさき)たつみの視界が切り替わる。彼女は薄紫色のタイルカーペットが一面に敷かれた、広々とした空間に立っていた。


「――おあッ!?……何回やっても慣れねェなァ。この感覚はよォ……」


 彼女の目の前には「7」と書かれたサインプレート、そこから反時計回りに「6」、「5」、「4」、「3」と印字されたサインプレートも微かに見える。ガラス張りの窓の向こうには奥へと延びる滑走路と飛行機が覗いていた。


「ここはァ……空港かァ……」


 確かに、彼女のぐ目の前に、黒背景に白い文字で「7」と書かれたサインボードと、「7」と表示された、搭乗時刻や発着状況を報せるための電光掲示板が見える。出発時刻や発着状況が表示されていないのはこの空港を〈極皇杯〉のために貸し切っているからだ。


 彼女は上級異能、〈竜鱗ドラゴスケイル〉によって竜人化する。肌からは不気味な光沢を放つ鱗、黒い鉤爪――愛武器、《ヴァンガード》に合わせて伸びた鋭い爪、鱗をまとった大きな尻尾。その姿は創作作品に登場するドラゴニュートと形容して差し支えない。竜ヶ崎巽は思考する。


 ――こんな頭の悪いアタイを長年の呪縛から解放してくれたボス。仲間として温かく受け入れてくれた姉御や拓生。こんな弱いアタイにも、見下すことなんかせずに優しく仲間や友達として接してくれる陽奈子。一挙手一投足が世界中に注目されるこの〈極皇杯〉――〈神威結社〉の一員として、〈神威結社アイツら〉の顔に泥ぶっかけるわけにはいかねェ。


 ――今年のアタイは違う。これまでは考えなしに駆け回って負け続けた……。でもしっかり考えろ。ボスは「バトルロワイヤルの定石じょうせきは、序盤は隠密に徹して終盤の戦いに備えること」とか言っていたなァ。だったら……この予選会場の構造の把握が先かァ……?


「クッソォ……やっぱ難しいことは性に合わねェ。ボスならこの空港の構造なんて行かずとも把握してるんだろォけどよォ……」


 彼女が立つのは〈日出国ひいづるくにジパング〉の〈羽成田はねなりたエリア〉に存在する〈羽成田はねなりた空港〉――新世界最大の空港の二階出発ロビー、保安検査場を抜けた先にあるエアサイドの広大な通路――そのコンコースの突き当たりを曲がった先にある七番搭乗口前であった。周囲にいくつか見受けられるサインプレートは搭乗口の番号を示すもので、各搭乗口の付近には待合席が並んでいる。


 彼女が周囲の状況を把握すると同時に、周囲が徐々に騒がしくなり始めた。各所で戦闘が始まったようだ。このスペースには彼女しかいなかったが、正面突き当たりを曲がった先の広々とした大通路――コンコースからも、剣と剣がぶつかり合って奏でる金属音が漏れ聞こえる。


「……つーかボスはこのブロックじゃねェのかァ?」


 周囲を見渡しながらコンコースへと歩を進め、そう声を漏らす竜ヶ崎巽。幼い頃から兄の支配下にあり、兄から〈神屋川かやがわエリア〉の住民たちを救うために十六年間も戦い続けた彼女にとって、ボス――夏瀬雪渚は救世主メシアでありヒーロー。彼女は彼に対して強い尊敬と感謝、そして一生を懸けて恩を返したいと考えていた。


「――っしゃァ!難しいことはわかんねェ!ボスに言われたとおり暴れてやるかァ!」


 彼女が角を曲がる。すると、薄紫色のタイルカーペット張りの広々としたコンコースが視界に飛び込んできた。視界の端――コンコースの脇には各搭乗口が並び、コンコースの中央には、オートウォーク――通称、「動く歩道」が機械音と共に稼働し、奥へと延びている。


「――テメェはっ!」


「――竜ヶ崎巽っ!」


 二本の剣が交わり、つば迫り合い――膠着こうちゃく状態に陥っていた二人の男の姿があった。両者はそれぞれ酷く重そうな鎧を身に纏っている。二人は、姿を現した竜ヶ崎巽の姿を見るやいなや、頷き合う。――そして、竜ヶ崎巽へと一斉に飛び掛かった。


「――竜ヶ崎巽!悪いが先に潰させてもらうぜ!」


「――〈神威結社〉の一人を倒せば大手柄だっ!」


 二本の剣が竜ヶ崎巽を容赦なく襲う。――が、それより早く、竜ヶ崎巽はその鉤爪で空をX字に切り裂いていた。二人の男は、胸から血を噴き出しながら力なく前方に倒れ込み――やがて消滅した。


「……〈神威結社ウチ〉じゃアタイがダントツで弱ェんだァ。そのアタイにられてるようじゃ、名をげるのは無理な話だなァ」


 竜ヶ崎巽の言葉に嘘はなかった。シンプルな戦闘力では御宅おたく拓生たくおに勝るが、修行段階の模擬戦では御宅拓生の戦略に飲まれることも多々あり、事実上の戦績では竜ヶ崎巽が圧倒的に〈神威結社〉最弱であった。


 竜ヶ崎巽はオートウォーク越しに、コンコースの向かい側に目を向ける。八番搭乗口と、その隣には土産物を扱う売店がある。


「カステラ……美味うまそうだなァ……」


 食欲に負け、よだれを垂らしながら、売店に置かれたカステラに吸い寄せられるように歩を進める。――そのときだった。背後の男子トイレの中から、聞き馴染みのある声が微かに聴こえた。


「――やめるのだ!あんまりなのだ!」


「――なんで……なんでこんなことするアル!強姦レイプなんて最低アル!」


 ――この声は……。


 その声音に、何か思い当たる節があったのだろう。竜ヶ崎巽は、男子トイレに躊躇ちゅうちょすることなく足を踏み入れた。――すると。


 清潔に保たれた小綺麗なトイレ。小便器が並ぶその空間の床に、赤いチャイナドレスに身を包む女が、泥(まみ)れの男に押し倒されていた。その男を退かそうと、羊を模した着ぐるみに身を包んだ金髪の少女が奮闘している。しかし、泥で手が滑り、泥男は羊の着ぐるみの少女を歯牙にも掛けない。


「――やめるのだ!蓬莱ホーライを離すのだ!」


「――手毬てまりサン!逃げるアル!ワタシのことはいいアル!」


「そんなこと言ってはいけないのだ!ボクと蓬莱と巽は三人で幼馴染なのだ!」


「――むっ……ロリっ子……静かにして……」


 泥(まみ)れの男――否、全身を泥状に変化させた男が、右手を大きく振り抜いて泥をぶちまけ、着ぐるみの少女の目に泥の弾丸を撃ち抜いた。


「――ぎゃっ!痛いのだ!」


「――手毬サン!」


 着ぐるみの少女は、目を両手で覆い、床をのたうち回る。外傷こそないものの、視界や戦闘能力を奪うには十分すぎる攻撃だった。泥男は赤いチャイナドレスの糸目の女を上から押さえ付けたまま、高笑いする。


「むっ……トイレにカメラは入ってこないから……こんないい女とヤれるなら〈極皇杯〉……一度死ぬ価値はあるっ……!」


下衆ゲスが……アル」


「どうせ犯罪者……真面目に生きている僕のために尽くすべし……!」


 茶髪の頭の両サイドに結んだ二つの団子の上から白いシニヨンカバー――団子状だんごじょうまとめた髪にかぶせる飾りを着けた糸目の女。泥男は、泥で形作られた右手でそんなチャイナドレスの女の胸を鷲掴みにする。彼女は声を漏らし、苦悶の表情を浮かべた。


「あっ……」


「蓬莱ママ……胸でかっ……!これは……惚れる……っ!ガチ恋……っ!」


「――『竜ノ両鉤爪ダブルドラゴニッククロウ』ッ!!」


 その光景に目を丸くしていた竜ヶ崎巽が我に返り、X字に泥男の背を切り裂く。――完全なる不意打ち。泥男の身体を形作っていた泥はトイレの天井や壁に床――至るところに弾け飛んだ。


「――巽!?巽なのだ!?」


「……手毬もこのブロックだったのかァ」


「巽……サン」


リー……」


 十六年間、〈神屋川かやがわエリア〉を支配し続けた〈竜ヶ崎組〉。この赤いチャイナドレスに身を包む糸目の女――リー蓬莱ホーライはその幹部の一人であった。二人の間に、何とも形容し難い緊張感が走る。李蓬莱はゆっくりと立ち上がった。


「……巽サン。助けてもらって謝謝シェイシェイアル」


 李蓬莱はチャイナドレスに付着した泥を手で払い、その場を立ち去ろうとする。竜ヶ崎巽は、慌てて彼女を呼び止めた。


「――おあッ!?ま、待てよ、李ィ!」


「――蓬莱!待つのだ!折角やっと幼馴染三人が揃ったのだ!協力するのだ!」


 必然か偶然か、この場に集った三者――竜ヶ崎巽、羊ヶ丘(ひつじがおか)手毬てまりリー蓬莱ホーライは〈神屋川エリア〉で四歳までの幼少期を共にした幼馴染であった。しかし、友人である二人を守るため、二人に危害を加えないことを条件に、幼い李蓬莱は自ら〈竜ヶ崎組〉へと加入したのだった。


「巽サンには合わせる顔がないアル」


「だっ……大丈夫なのだ!蓬莱がボクたちを守って〈竜ヶ崎組〉に加入したことは、ボクたちはわかってるのだ!」


「それに李は毎回、クソ兄貴に負けて傷だらけのアタイをこっそり手当てしてくれたじゃねェかァ!今更水臭ェぞォ!」


「手毬サン……巽サン……」


 ――しかし、三人の感動の再会は突然に壊される。その男子トイレの至るところに飛散した泥がうごめき、再び人の形を成した。そして、それはトイレの出口に差し掛かろうとした李蓬莱の眼前に立ちはだかる。


「――終わった感じ……出さないでほしい……」


「テメェ!まだ死んでなかったのかァ!」


「……こっちは泥……あんな攻撃……効かない」


 ぼそぼそと小さな声で話す、口を結び、無表情の泥男。細めの目、口元が若干突出したアデノイド顔貌、左頬のホクロ、手入れされていない眉、無造作でギトギトの髪、地味な黒縁の眼鏡、泥の上から羽織られたチェックシャツ、色白の肌、猫背気味の骨格姿勢――言葉を選ばずに言えば、男は冴えない見た目をしていた。


「テメェ!もっとはっきり喋れやァ!」


「チーズ牛丼を食べてそうな顔のクセに……しつこいのだ!」


「――李!下がれェ!」


 竜ヶ崎巽の一声に、李蓬莱は洗練された素早い身のこなしで、数歩後ろに退いた。三人と、チー牛泥男が向かい合う。


「この男……ワタシじゃ手も足も出なかったアル……」


「ボクはたまたま遭遇して蓬莱を助けようとしたのだ!ボクの最強の異能でも通用しない……きっと優勝候補に違いないのだ!」


 羊ヶ丘手毬の発言はかく、李蓬莱の攻撃がこの男に通用しないのは当然だった。李蓬莱の中国拳法・功夫クンフー。そしてその威力を最大限まで引き出す、敵の弱点すら嗅ぎ分ける嗅覚を得る上級異能、〈香薫フレグランス〉。しかし、泥の身体を持つこの男には、そもそも物理攻撃が一切通用しないのだ。


「……テレビで観た。〈神威結社〉の竜ヶ崎巽……」


「あァ?だったらなんなんだァ?」


「絶壁……萌えない……」


「……あァ?何言ってんだァ?」


「巽……バカにされてるのだ」


「――おあッ!?テメェ……アタイをバカにしてんのかァ!?」


「オマケに頭も悪そう……萌えない……」


「巽!気を付けるのだ!敵は強大なのだ!」


「手毬サン……ナチュラルに巽サンに押し付けようとしてるアル……」


「はッ!問題ねェ!こんな雑魚一人倒せねェようじゃァ、ボスの右腕としてふさわしくねェからなァ!」


「……稚田ちいだ牛太郎ぎゅうたろう……二十四の代……対よろ……」


「〈神威結社〉の竜ヶ崎巽だァ!いっちょ暴れてやらァ!」


 ――予選開始より五分十一秒。〈羽成田はねなりた空港〉、二階出発ロビー。男子トイレ内で始まる、新世界には中継されない秘密裏のバトル。〈神威結社〉所属、竜ヶ崎巽が、今年の〈極皇杯〉に嵐を巻き起こす。

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