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2-13 本館50F:展望フロア

 ――本館の最上階である五十階、展望フロア。先程まで戦っていた本館屋上の真下に位置する階層。広々とした展望フロアのガラス張りの窓からは景色が一望できる。床の至るところに戦闘が起こったことを物語る血溜まりができているが、人の気配はない。


 予選開始より三十二分十八秒。毒ガスの進行速度を考えれば、そろそろ本館屋上が全て安全地帯外となった頃だろう。


 本館五十階、展望フロア――外周に沿って置かれたソファの近くに俺は立っていた。庭鳥島が翼を羽ばたかせて、俺の濡れた服を乾かしてくれている。あんなびしょ濡れじゃ戦いづらいにも程がある。


 服を乾燥させたいだけならば、〈天衡テミス〉によっても可能だが、態々(わざわざ)申し出てくれた庭鳥島の好意を素直に受け取ったのは、庭鳥島に真意を聞くためでもあった。


「――庭鳥島」


「どうしたと?せつな」


「何故俺を助けた?」


 ――あのとき、俺の頭上に庭鳥島が現れなければ俺は雷に打たれて、〈犠牲ノ心臓(サクリファイス)〉が発動して敗退していた。庭鳥島が飛び出してきてくれたことで、俺は庭鳥島を対象に〈天衡テミス〉で掟を定め、両者に「無敵状態」の罰を下せたのだ。


「うーん、気付いたら身体が動いとったばい!」


 ――忌住きすみは間違いなく強者だったが、「千倍反射」の罰によって瞬殺できる程度の敵だった。〈十天〉の天音や陽奈子、雷霧や師匠に比べれば全くの格下だった。


「あの雷は俺の異能によるものだ。……悪かったな」


 ――俺は〈天衡テミス〉の力に溺れ、敵を侮った。その結果、〈天衡テミス〉によって敗北するところだったのだ。


「『悪かった』じゃなくて『ありがとう』の方が嬉しかばい!」


 不意の言葉に俺は目を丸くした。庭鳥島は翼を動かしてこちらに風を送りながら、無邪気に笑顔を浮かべている。


「……そうだな。ありがとう」


 ――俺は予選を勝ち抜ける絶対の自信があった。だが、実際に戦場に立ってみれば実感する。全員が本気だ。予選を勝ち抜く絶対の自信を持つのは俺だけではない。そんな初歩的なことにも、俺は気付けていなかった。


「最後にせつなと戦うとに、こんなとこでやられとったらつまらんばい!」


「はは……それもそうだな」


 ――だが、そう学習したなら次は同じミスを犯さなければいいだけだ。落ち込んでいる暇はない。


「せつな!服乾いたばい!」


「ああ、ありがとう」


「それでせつな、次どうすると?」


「この階も十分程度で飲み込まれるだろ。階下に移動するぞ」


 ――安全地帯を狭める毒ガスに遮蔽物など関係ない。安全地帯は球状を保ったまま、時間経過と共に徐々に狭まる。


「そぎゃんこつせんでも、あたしの異能で飛んで降りればよかたい」


「いや、俺はもう油断しないぞ。慎重に行こう」


「ほーん、賢かね。そうするたい」


 グラデーションになった赤い翼と、鋭い鉤爪を持つ脚を仕舞う庭鳥島。共に、この五ツ星ホテル、〈竜宮楼りゅうぐうろう〉の壁面に設置された非常階段へと駆け足で向かう。


 ――エレベーターという移動手段もあるが、例えば階下に到着してエレベーターの扉が開いた瞬間に接敵しては俄然がぜん不利だ。足場は悪いが非常階段の方がまだ戦いやすいだろう。


「庭鳥島はどうしてまた〈極皇杯〉に出場したんだ?」


「およ?いきなりなんね?」


「〈極皇杯〉のファイナリストになれば一生遊んで暮らせるんだろ。どうして態々(わざわざ)この大変な〈極皇杯〉にまた出場するのかと思ってな」


「そぎゃんこつか。やったら答えは優勝したいけんに決まっとるばい!」


 初めから答えは決まっていたかのように、迷うことなく庭鳥島は答えた。俺もそれに釣られたかのように、口角が上がる。


「はは、そうだよな。みんな優勝したくて出てるんだもんな」


「せつなもそうじゃなか?あんたの彼女さんや親善試合エキシビションマッチであんたのこと好きって言っとった陽奈子様――仲間を守りたいから出たんじゃなかと?」


「それもあるし……何より俺が優勝したいからだな。俺が俺の力で勝てるって証明しなきゃ、俺についてきてくれるアイツらに胸張って仲間って言えねーよ」


 ――そうだ。この異能が跋扈ばっこする新世界で、〈神威結社〉のクランマスターを務める以上、もう俺だけの人生じゃない。絶対に負けられないんだ。


「うんうん!せつなはそれでよかと!」


「つーか庭鳥島……陽奈子のフォロワーか」


「陽奈子様は全ギャルの憧ればい!」


 ――庭鳥島はギャルだったのか……。旧世界でもそうだったが、新世界も変わらずギャルの定義が曖昧だな……。陽奈子も容姿だけギャルで中身は乙女だし……。


 非常階段へと続く、エレベーター横の金属製の扉――そのドアノブに手を触れ、周囲に最大限注意を払いながらドアノブをひねる。吹き付けた強い風が頬をなぶった。思わず、頭にかぶった赤いニット帽を押さえる。


「非常階段は……人おらんみたいばい」


 決して広くはない非常階段の踊り場に足を踏み入れる。非常階段もやはり血溜まり――人がいた痕跡は見受けられるものの、既に敗退してしまったのだろう。安全地帯ギリギリの場所と言うこともあり、人の姿は見当たらない。


 足場は濡れておらず、先刻、庭鳥島が瞬殺してしまった冴積さえづみ虚次元きょじげんの偉人級異能、〈降雨ハットフィールド〉の影響はこの場所には及んでいないようだ。厳密には「局所的に雨を降らせる異能」だったのだろう。


「そういやさっきの冴積虚次元って……名前から察するに――」


「――そうたい!アイツの妹たい!」


 ――庭鳥島の言う「アイツ」。昨年の〈極皇杯〉のBEST4(ベストフォー)――〈世界ランク〉でも幕之内と同率の世界十三位に名を連ねる、冴積さえづみ四次元よじげんだろう。〈世界ランク〉では公開設定ながら、異能の詳細についての情報は全く得られなかった。


「昨年の〈極皇杯〉のBEST4(ベストフォー)――冴積さえづみ四次元よじげんか……」


「そうたい!去年の本戦であたし、アイツにやられたとよ!」


 ――昨年の第九回〈極皇杯〉の本戦。その本戦トーナメントの一回戦第三試合、庭鳥島萌と冴積四次元は激突した。結果は冴積四次元の圧勝。その試合時間は僅か十六秒であった。


 ――年中雪が降ることで知られる雪国――〈城塞都市テンジク〉出身の冴積四次元は、隣国との異能戦争において駆り出され、雪に紛れてスナイパーライフルによる狙撃――敵将を含めた二千人を討ち取った実績から「白と雪の銃殺王」の異名を取る。


「きーっ!今思い出しても悔しかばい!」


「俺もアーカイブ映像を観たが……異能の推測すらさせてくれなかったな……」


「あーっ!せつな!それ遠回しにあたしが瞬殺されたこといじっとると!?」


「違うわ……」


 数メートル上空に見える毒ガス――安全地帯の縮小に合わせてゆっくり非常階段を下ってゆく。ぐ後ろを庭鳥島がついてくる。コツ、コツと足音だけが静寂の中に響いていた。


 ――アホっぽいが、庭鳥島がこの熾烈な予選を勝ち抜いてファイナリストに名を連ねた猛者であることは紛れもない事実だ。その庭鳥島を本戦で瞬殺――十六秒で〈犠牲ノ心臓(サクリファイス)〉を発動させた世界十三位が、この予選Aブロックにいる可能性がある……。


「あんまり人の気配もなかね……」


「そうだな……。この三十分強で大幅に減ったか……」


 四十九階、四十八階と階段を降りてゆく。五ツ星ホテル、〈竜宮楼りゅうぐうろう〉――その本館四十六階から四十九階まではレストランアベニューだったと記憶している。壁の奥から聴こえてきても良いはずの物音は、まるでない。


「……せつなは生き返ったとやろ?」


「ん……?ああ、もう蘇って一ヶ月か……」


「新世界はどうね?」


 「なんだその質問」とは思いながらも、予選の緊張感に飲まれてか、俺はその質問に真面目に答えてしまった。


「そうだな……。最初は驚いたよ。八十五年後の世界ってのも……異能が跋扈ばっこする新世界も……その所為せいで世界総人口が十一億人にまで減ってしまったことも」


 階段を一段、また一段と降りながら、背中越しに庭鳥島へ言葉を返す。庭鳥島は何も言わず、静かに俺の声に耳を傾けていた。


「はっきり言ってクソだと思う」


「せつな……」


「でも旧世界の俺よりかはマシかな。こんな腐った世の中だけど、仲間のお陰で楽しいよ。俺は」


「……そんなら良かったばい。あ、仲間って言うたらあんたの仲間ももう一人、〈極皇杯〉出とるんやろ?心配じゃなか?」


「ああ、竜ヶ崎か」


 ――そう言えば竜ヶ崎は結局どのブロックになったのだろう。アイツの大暴れする戦闘スタイルはこの予選Aブロック、〈竜宮楼〉のような屋内ステージでは活きづらい。何にせよ上手いことやっていれば良いが。戦闘力面では心配していないんだが掛け算もろくにできないアホだからな……。


「……うーん、まあアホだがやるときはやる奴だ。大丈夫だろ」


「ほほう、いい信頼関係ばい」


「つーかそれで思い出したんだが、この〈竜宮楼〉――庭鳥島にとっては不利なフィールドじゃないか?」


「およ?なしてそう思うと?」


「なんでって……さっきは屋上だったけど基本的にはこの五ツ星ホテル、〈竜宮楼〉……屋内での戦闘が始まるパターンがほとんどだろ。庭鳥島の飛行能力は開けた場所でこそ活きるだろ」


「そぎゃんことね。そんなら問題なかとよ!去年ファイナリストに残ったときの予選も空港の中で戦ったけんね!フィールドがどこだろうと関係なかばい!」


 ――〈極皇杯〉の予選で空港と言えば、Hブロックの〈羽成田はねなりた空港〉――〈日出国ひいづるくにジパング〉の〈羽成田エリア〉にある空港だ。旧世界の国家体系が瓦解したこの新世界において、空港は世界六国に各一箇所ずつ存在するが、その中でも最大規模の空港である。


成程なるほど……。フィールドで有利不利だのなげいていてはファイナリストになれないか」


「そうばい!」


 ――一度この厳しい予選を勝ち抜いた経験を持つ庭鳥島は、ファイナリストになるすべを知っている。当然知識や経験だけで勝ち抜ける戦いではないが、この強みは他の参加者との明確な「差」だ。


 周囲に警戒しながら、ゆっくりと階下へと降りてゆく。遥か上空には、微かに黒い霧状の毒ガスが見える。一度目の縮小は終わり、現在は次の縮小までの猶予ゆうよ時間のようだ。見たところ、完全に安全地帯外となったのは〈竜宮楼〉の本館四十九階から屋上だけだろう。


 ――それから数分経った。俺たちが丁度ちょうど、本館の二十階の非常階段、その踊り場に到達したときだった。俺は既に違和感を抱いていた。


「いや……おかしくないか?」


「せつな、どぎゃんしたとね?」


「ここまで下ってきて……今は安全地帯の中心に近い位置にいるはずだ。どうして物音一つしない?」


「言われてみれば……確かにそうたい」


 外付け非常階段の鉄製の手摺てすりや鉄製の床には乾いた血がこびり付いている。――そのときだった。


「ぎゃあ゛ぁ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛あ゛あ゛ぁ゛あ゛あ゛ぁ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛あ゛ぁ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛あ゛あ゛ぁ゛あ゛ぁ゛あ゛!!」


 悲鳴、と言うよりは断末魔に近い、絶叫。それが聴こえたのは、壁の向こうの客室フロアの方角だった。


 ――予選開始から四十六分五十三秒。六万人いたはずの予選Aブロック参加者は、この段階で既に千人を切っていた。

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