表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
78/100

2-10 本館44F:客室フロア

 〈翔翼ノ女神像(セラフィム)〉による転移。視界が切り替わった直後、真っ先に視界に飛び込んできた風景は――キングサイズのベッドにシルク生地のソファ、目測二百インチの超薄型テレビ、ベランダには高級感のあるジャグジー。さながら高級ホテルの一室か、しくはタワーマンションの一室か、といった豪華な内装だった。俺は、五十平米(へいべい)はあるであろうそれなりの広さの客室の中央に立っていた。


 ベランダと室内を隔てる一面ガラス張りの窓からは、部屋の外の景色が一望できる。見下ろす景色から判断するに、立地はリゾート地の海岸沿いに建てられたホテルのようであった。


 ホテルの敷地を囲うようにしてドーム型の安全地帯が展開されており、そのぐ外は黒いガス状の霧に覆われている。その霧の中にモーテルが並ぶ住宅地やダイナー、大型のマーケットがあるのが何とかわかる程度だ。


「〈竜宮楼りゅうぐうろう〉か……」

 

 ――〈極皇杯〉の予選会場と成り得る規模の大型施設は世界六国の中でも限られる。インターネットで仕入れた、過去の〈極皇杯〉の情報と併せて考えれば、ここが〈南国諸島ニライカナイ〉の〈渚岐南なぎさきなエリア〉にある五ツ星ホテル、〈竜宮楼りゅうぐうろう〉であることは間違いないだろう。


 〈極皇杯〉の予選会場は毎年共通している。〈竜宮楼りゅうぐうろう〉が予選会場となるのはAブロックだ。南国の会場で、俺はAブロックの六万人の出場者とファイナリストの一枠を争うことになる。


 テレポートしてぐに気付いたのは三点――この部屋に他に誰もいない点、かなりの高層階にいる点、そして、予選が始まったにしては静かすぎる点だ。黒スキニーの右ポケットから〈エフェメラリズム〉とパチンコ玉を取り出し、キングサイズのベッドに腰掛ける。シルク生地の白いシーツの肌触りが妙に心地好い。


 ――いきなり動くのは、『状況も把握せずに部屋を飛び出した馬鹿』だけ。道理で静かなわけだ。


「さて……どう動くかな」


 ――新世界に蘇ってからのこの三週間近く、幸運なことに天音、拓生、竜ヶ崎、陽奈子と賑やかな仲間に恵まれ、共に行動をしてきた。いざ、こう一人になってみると若干の寂しさを感じることは否めない。旧世界で名を馳せた天才・夏瀬雪渚も随分と丸くなったものだ。


 ――予選開始から五十二秒。そんな下らない思考を遮る者が現れる。隣室があるであろう方向――誰もいない一室の純白の壁が、まるで業火に炙られたかのように溶け、大きな穴が空いた。そこからぬっと顔を出したのは、白いろうを全身に纏った、小太りで小柄な、眼鏡を掛けた男だった。


「馬鹿が……」


「なっ……夏瀬雪渚……っ!」


 ――言ったそばから……!『状況も把握せずに部屋を飛び出した馬鹿』の登場だ。


 俺はゆっくりとベッドから立ち上がり、着ていたトランプ柄の柄シャツ――少しだけ不快感のあったその首元の第一ボタンを外した。首周りが楽になったのを感じながら、色付きレンズの入った金縁眼鏡のブリッジに人差し指を添え、明らかに動揺した様子の蝋男に視線を向ける。


「さっ、最悪だ……!初戦が〈十天推薦枠ワイルドカード〉……!」


 ――完全に推測だが、恐らくこの男のスタート地点は俺の隣室。ある程度、自身の戦闘力に自信があったから隣室に侵入して、早々に倒してしまおうという算段なのだろう。だが、この男にとって唯一の想定外だったのは、「優勝候補」に名を連ねる、〈十天推薦枠ワイルドカード〉の俺が隣室であったことだ。


「くそっ……!やってやる……!優勝して童貞卒業するんだ……!」


 蝋男は、カーペットが敷かれた床にどろどろと蝋を垂らしながら、右腕を振りかぶって――こちらに突進してきた。策略も何もないヤケクソ。その目には、僅かに涙が浮かんでいる。


「うぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!死ねぇぇぇええええええええええええええええええええええええ!!!!!」


 ――無策の特攻……。まあ四十八万人もいればこういう考えなしの馬鹿もいるか……。


「――ソープにでも行ってろよ」


 〈エフェメラリズム〉の棹を握り、もう片方の手で力強くゴム紐を引っ張る。射出されたパチンコ玉が、その蝋男に額に直撃した途端、冷気を纏った白い霧を放ちながら破裂した。


「なっ……!」


 驚いた様子を見せる蝋男の身体は、白い霧に包まれ――瞬く間に全身凍り付いてしまった。


「……ヤケになった時点で負けだろ」


 俺は右脚を高く掲げ、凍り付いた蝋男の頭部を目掛けてハイキックを繰り出す。それは驚くほどに脆く。男の頭は簡単に胴を離れ、カーペットの上に鈍い音と共に落ちてしまった。


 ――まずは一勝……。これでこの蝋男は敗退か。


 その思考に応えるかのように、首のない男の身体と、床に落ちた男の頭は、瞬く間にその場から消えてしまった。〈犠牲ノ心臓(サクリファイス)〉の発動による、〈翔翼ノ女神像(セラフィム)〉での〈天上天下闘技場〉への強制送還だ。


「――すごかばい!さっすが〈十天推薦枠ワイルドカード〉ばい!」


 ――次の瞬間、その一室の、室内とベランダを隔てていた一面強化ガラス張りの窓に、大きな蜘蛛の巣状のひびが入った。それをパリン、という派手な音と共に突き破って、一人の女が興奮した様子で外から部屋に侵入してきた。


 ――クソが……!馬鹿ばっかか!?予選Aブロック……!


 その女の姿形を捉える間もなく、〈エフェメラリズム〉を再度構え、声のする方向へと照準を向ける。――そして発射。放たれたのは三発のパチンコ玉――これもまたこの二週間で編み上げた新技、三連速射による『参連弾さんれんだん』だ。


 師匠との修行により、威力も、弾数も、エイム力も跳ね上がった三発のパチンコ玉――『参連弾』がその女を襲う。一瞬の静寂を破り、うなりを上げて空を切る三発の弾丸。それらは弾けるように女の肢体に命中する。――が、しかし。


 勝利を確信したのも束の間、俺の脳はぐにその現状を理解した。三発のパチンコ玉はカーペットが敷かれた床に砕け散っている。そう、無力にもパチンコ弾は弾かれ、砕かれたのだ。この女の異能によって。


「は……?」


 眼前に現れていたのは、折り畳まれた大きな赤い翼だった。その翼がゆっくりと開かれる。翼の中から現れたのは黄緑色の外ハネウルフカットという髪に白いスポーツキャップをかぶった、二十代前半であろう若い女。


 腕と一体化し、大きな赤いグラデーションになった翼、そして足首から下は猛禽類のような鋭い鉤爪を持つ脚。その姿はまるで、ギリシャ神話に登場する半人半鳥の怪物――ハーピーを想起させた。室内を、赤い羽根がひらりひらりと舞っている。それはまるで、胡蝶こちょうの夢でも見ているかのような幻想的な光景だった。


 ――この女は……昨年の〈極皇杯〉の……!ファイナリスト……!


「もー!そぎゃんこつしたら危なかろ!」


 攻撃されたのにも関わらず、漫画のギャグシーンかのようにプリプリ怒るその女。真冬にも関わらず、肩や腹部を露出している。トップスは短い丈の白いキャミソール一枚、ボトムスは赤いショートパンツ一枚――太腿ふとももを露出している。


 ――おいおい……常人なら死んでる威力の攻撃だぞ……!なんで傷一つないんだよ……!


 全てがあまりに馬鹿らしくて、緊張感を失ってしまう。旧世界の日本で言うところの、九州――熊本だろうか――の方言で話す黄緑髪のハーピー女は、俺の顔を見ると、嬉しそうに声を上げた。


「まあ何でもよかばい!やっと話せたけんね!」


 ――馬鹿だが決して弱者ではない。やられる前に掟を――。


『掟:攻撃の意思を持つことを禁ず。

 破れば、金縛りに遭う。』


「あんた夏瀬雪渚じゃなか?」


「……庭鳥島にわとりじまもえだな?」


 ――そう、この女は庭鳥島にわとりじまもえ。ランキングにおいて同率で世界十五位に名を連ねる、昨年の〈極皇杯〉のファイナリストだ……。昨年の本戦出場時のキャッチコピーは「半人半鳥の舞姫」だったか……。


 一応のブラフとして、赤いニット帽を目深まぶかかぶり直し、〈エフェメラリズム〉を再度構える。その最中、庭鳥島は俺の行動を遮るように慌てて声を上げた。


「――ちょ!ちょっと待つったい!」


「は?」


「あたしはあんたに敵意があるわけじゃなかとよ!」


「はあ?」


 女は両手を身体の前で必死に振って、必死に弁明しようとする。その姿に昨年の〈極皇杯〉のファイナリストとしての威厳は微塵も感じられない。


「その翼……異能だろ。翼を仕舞って腕を後ろで組んでそこに座れ。話は聞いてやる」


 ――少し乱暴だが騙し討ちのリスクもある。悪いがこの程度の警戒は当然だ。


「い、言うとおりにするけん!ちょっと待つったい!」


 黄緑髪の女――庭鳥島は、俺の言葉に従って翼を仕舞い、腕を後ろで組み、そのまま床に膝を下ろした。


「いいだろう……それで?まさか『共闘しよう』とか言わないよな?」


「わかっとるなら話が早か!あたしと一緒に戦ってほしか!」


 ――マジかコイツ。共闘しようが勝ち残れるのは一人だし、そもそも俺の裏切りのリスクとか考えないのか?


「……理由は?」


「んー、理由なんて特に考えとらんかったけん難しかね」


 庭鳥島は床に正座したまま、頭を抱えて大袈裟に考え込むポーズをった。そして、少し考えた後に満面の笑みで告げる。


「うんっ!強いて言うなら面白そうだからじゃなか!?」


 ――共闘か……。竜ヶ崎とは別のブロックになる可能性が高いだろうから共闘の線は考えていなかった。よし、少し試してみるか。


『掟:偽証を禁ず。

 破れば、吐血する。』


 脳内で、庭鳥島を対象にそう掟を定めた後、何事もなかったかのように俺はキングサイズのベッドに改めて腰を下ろす。眼前の庭鳥島は、不安と期待が入り交じった上目遣いで俺を見上げている。


「ど、どぎゃんね?あたしが去年のファイナリストだって知っとるなら話が早か。組むメリットはあるて思うとよ」


「っつってもなー、裏切りのリスクもあるし組めないだろ。この予選は一敗も許されないんだぞ」


 ――さて、これで庭鳥島の真意を図らせてもらおう。


「裏切るなんてそんなことせんばい!」


 ベッドの傍の床で、後ろで腕を組んだまま正座する庭鳥島。特に変わった様子はない。罰は不発――嘘は言っていない、ということになる。俺の冷たい視線が庭鳥島を刺す。庭鳥島は俺の目を見て、ごくりと生唾を飲み込んだ。


 ――ふむ、もう少し揺さぶってみるか。


「……そりゃ裏切るつもりの奴が『裏切る』とは言わないだろ。信用してほしければ異能の詳細を話せ」


「あたしの異能は……偉人級異能、〈彩羽グールド〉たい。翼を広げて飛んだり、羽を飛ばして攻撃したり、翼で防御したりできるとよ。あ、このホテルの三階から飛んできて羽で攻撃して窓割ったったい!」


 ――吐血しない……ということは嘘も言っていない……。やはり単なるアホか?この女……。昨年の本戦のアーカイブ映像等で知ってはいるものの、敵に手の内――異能を明かすなんて。


「でも手が使えないデメリットがあるけんね。飛ぶのに関してもあんたの彼女さんの異能のほうが使い勝手がよかばい」


 ――そして庭鳥島の異能。偉人級異能――。偉人級異能が顕現するのは総人口十一億人の新世界の中で、僅か二百人程度にのみ顕現する階級の超激レア異能。異能の詳細から察するにモチーフはイギリスの鳥類学者、ジョン・グールドか。


「とは言え飛行能力は強いな。それは例えば、俺を背中に乗せて飛ぶこともできるのか?」


「こう見えて鍛えとるから成人男性一人くらいなら余裕ばい!」


 ――先程の庭鳥島の行動――大きな赤い翼で俺の『参連弾』を弾く程の防御力。それに人一人を運べる飛行能力と――強化ガラスを割るだけの攻撃力。はっきり言って強い。どうする?共闘する価値はあるが……。


「最後の質問だ。この六万人が参加する予選を勝ち抜けるのは一人だけ。それは去年予選を通過したお前が一番理解しているだろう?共闘したとしても結局、俺たちは戦わなければいけないが……それは理解しているのか?」


「そぎゃんこつ、わかっとるって!そんときは最後に正々堂々(たたこ)うて決めればよかたい!」


 ――まあ嘘は言っていないようだし共闘にメリットがあるのも確かだ。共闘を申し出たのがそこらの雑魚ではなくファイナリスト経験者の庭鳥島というのは僥倖ぎょうこうか。


「……わかった。いいだろう。組んでやる」


「ほんなこつと?嬉しか!!」


 嬉しそうに目を輝かせる庭鳥島を解放する。庭鳥島はゆっくりと立ち上がると、部屋の隅にある部屋備え付けの小型の冷蔵庫に目を向けた。


「せつな!話しとったら喉乾いたけん、冷蔵庫の水もらってよか?」


「まあ〈極皇杯〉が貸し切ってるらしいしいいんじゃないか?」


 庭鳥島は俺の言葉に頷くと、小型の冷蔵庫からアメニティのペットボトル――天然水のラベルが貼られた五百ミリリットルのペットボトルを取り出して、ぐびぐびと飲み干してしまった。まるで〈極皇杯〉の予選中だということを忘れさせるほどに、無防備な姿だった。


「ぷはぁ……!やっぱいい水は美味かねえ!」


 ――ここで初めて気付いたことがある。隙だらけに見えて、庭鳥島は全く周囲の警戒を怠っていなかった。もし俺が突然気が変わって、無防備な庭鳥島を殺しに掛かろうものなら、一歩踏み出す前にぐにでも庭鳥島に狩られるだろう。


 その圧に思わず身震いする。これは想像以上に頼もしいかもしれない――そんな期待感に胸が高鳴る。庭鳥島が、部屋のゴミ箱に空のペットボトルを捨てたタイミングで、平静を装いながらベッドから立ち上がって声を掛ける。


「――よし、庭鳥島。そうと決まれば動くぞ」


 庭鳥島は不思議そうな表情を浮かべて、一呼吸置いて俺の言葉に疑問形で言葉を返した。割れた窓ガラスから吹き付ける風に、庭鳥島の黄緑色の外ハネウルフカット――その毛先が微かに靡いた。


「動くって……せつな、どぎゃんすると?」


 ――このようなバトルロワイヤルの定石じょうせきは、序盤は隠密に徹して終盤の戦いに備えることだ。一度死ねば――〈犠牲ノ心臓(サクリファイス)〉が発動すれば即敗退というルールで、無闇に戦闘をする必要はない。むしろ、戦闘は必要最低限に抑えなければならない。芋って機を窺うのが最善策だろう。――本来ならば。


「この部屋を出るぞ。庭鳥島の異能で空からこの会場全体を俯瞰ふかんで見たい。まずは戦況の把握が最優先だ」


 ――俺は芋戦法なんてそんなつまらないことをする気は毛頭ない。俺の〈極皇杯〉の目的は、「〈十天推薦枠ワイルドカード〉に選んでくれた天音や陽奈子、雷霧や師匠の期待に応えたい」、「新世界を生きるために、新世界の頂点に限りなく近い〈極皇杯〉の本戦を知っておきたい」等と色々ある。


「了解ばい!」


 ――だが、最大の目的は、新世界中の注目を集める〈極皇杯〉を優勝し、その力を新世界中に誇示することだ。先刻の開会式での親善試合エキシビションマッチで、天音や陽奈子がやってくれたように、この〈極皇杯〉で力を示せば〈神威結社〉の仲間への危険は限りなく減らせる。


 庭鳥島は大きく赤い翼を広げ、大きな穴が空いた強化ガラスへと向く。離陸の姿勢を執る庭鳥島がこちらを見て小さく頷いたのを受け、俺はその華奢な身体の背に飛び乗った。


 ――いや、違うな。無論それもあるが、建前だ。多分、俺は……。


 庭鳥島は翼を上下させると、窓ガラスに空いた風穴から一気に外へと飛び出した。振り落とされないよう、しっかりと庭鳥島の背に掴まる。向かい風が俺の頬をなぶった。


 ――一人の男として、〈極皇杯〉を勝ちたいんだ。


 庭鳥島は、安全地帯が許す限りのギリギリの高度を攻め、そのまま上空まで舞い上がってゆく。――予選開始から七分十八秒。まだ、予選は始まったばかりだ。

評価(すぐ下の★★★★★)やブックマーク等で

応援していただけると執筆の励みになります。

よろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ