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2-9 心臓破りの十秒間

『さあさあ!!色々ありましたが〈極皇杯〉開会式これにて閉幕!!!これからいよいよ予選に移ります!!!』


 見来みくる未流流みるる――愛称、ミルルンの言葉に、明らかに出場者たちの顔付きが変わる。淡々と武器の最終調整を行う者、静かに精神統一を行う者、壁に向かって独りぶつぶつと何かを呟く者、不安そうな面持ちで落ち着きのない様子の者、隣の友人と背中を叩き合って士気を高める者――と、様々な感情が入り交じって、四十八万人が集う出場者観覧席は異様な空間を生み出している。


『その前に五分間の休憩時間を設けます!特に出場者の皆さんは、ブロックによっては予選が長引く可能性もございますので今のうちにお手洗いを済ませてくださいね!「トイレ我慢してたから負けた~!」なんて言い訳はナシですよ!』


「――よう夏瀬」


 ミルルンの冗談で一笑いが起きる遠方の一般観客席。――そのとき、突然背後から声を掛けられた。そちらへと振り向くと、長いストレートの金髪を後ろでたばねた、色黒で上裸――雫型に先が尖ったサングラスを掛けた、見覚えのある大柄な男が立っていた。


 その筋骨隆々(きんこつりゅうりゅう)の肉体の上から羽織はおった、背中に虎の刺繍ししゅうが施された赤いスカジャンが、〈天上天下闘技場〉内に吹き付けた冷たい風を受けてひらひらとなびく。赤い縁取りが為された白いボクシングトランクス――そのすそからは太くたくましい脚が伸びる。


「幕之内……」


 ――幕之内まくのうちじょう。〈極皇杯〉――その四十万人以上が参加する予選から、わずか八名のみが進出できる本戦に、二年連続でファイナリストに残った、世界十三位の男――圧倒的、強者。


「幕之内氏!EMB以来ですな!」


「おォ!テメェは幕之内じゃねェかァ!」


「おう、拓生に竜ヶ崎ちゃん」


 幕之内は軽く挨拶を済ますと、俺の双肩を傷だらけの大きな手でがっしりと掴んで――唐突に、怒鳴った。


「――おい夏瀬てめえ!陽奈子ちゃんに告られたってマジかよ!」


 ――そういやコイツ……陽奈子の大ファンらしいな。


「……誰から聞いたんだ」


「ンなことはどーでもいいんだよッ!それで付き合ってんのか!?二股しちゃってんのか!?」


「いや……別に付き合ったわけじゃないが」


「はあ!?フッただあ!?有り得ねえだろ、あの顔面にあの身体だぞ!?それに陽奈子ちゃんをフるとかお前人間じゃねーよ!チンコ付いてんのかてめえ!ぶっ殺すぞ!」


 ――声がデカい。五月蝿うるさい。


「幕之内……お前そんなキャラだったか?今現在進行形で俺の中の幕之内像が崩れ去っているんだが」


「うるせえ!なんでフッたんだお前!オレの方が先に好きだったのに!くそっ!寝盗られた気分だぜ!」


 ――何か違和感がある。サングラスで相変わらず目の奥は見えないが、何処どこかしら幕之内の表情が暗い気がする。


「幕之内、そう言えばお爺さん――幕之内翁まくのうちおうは壮健か?」


 ――幕之内の祖父――幕之内まくのうちてつ竹馬ちくば大学の学長を務めている。


「ああ……爺ちゃんな……」


 幕之内は、快晴の青空を見上げ、一呼吸置いて呟く。その表情は、何処どこか憂いを帯びていた。


「――死んだよ。爺ちゃんは」


「幕之内氏……」


「そうか……。悪い……」


「いや……いいんだ。別に異能犯罪で殺られたとかじゃねえ。単に持病がな。……オレが〈極皇杯〉を優勝するまでは……生きててほしかったんだけどな」


 ――旧世界で俺が住んでいた日本は超高齢化社会と呼ばれていた。しかし、異能が跋扈ばっこする、異能至上主義の新世界は違う。全人類が異能という武器を持ってしまったことで、長生きできるほどの平和はくなってしまったのだ。だから幕之内翁のような大往生は、それだけでも奇跡――そう呼んで差し支えない。


「……………………」


 ――が、そんなことは幕之内当人には関係がない。悲しいと思うのは当然だ。人の死がどれだけ周囲を悲しませることなのかは、一度自殺した俺が一番理解しているはずだ。だからこそ……掛けてやるべき気の利いた言葉も見つからない。それは、拓生や竜ヶ崎も同様のようで。


「……おっと、悪ィ悪ィ。暗い話しちまったな。――そうだ!おい夏瀬、お前な、ずっと思ってたんだが筋肉が足りねー。見ろよアンタ、オレのこの大胸筋の輝きを!」


 筋骨隆々の色黒の肉体の上から羽織った赤いスカジャンが吹き付けた風に靡く。大胸筋を見せ付け、自慢げにそう明るく語る幕之内は、無理に気丈に振舞っているように俺の目には映った。


「幕之内……あんま無理すんなよ」


「はっ、心配は要らねーぜ。爺ちゃんには色々迷惑掛けちまったけどよ、〈極皇杯〉の優勝以上の恩返しはねー。悪いが当たったら勝たせて貰うぜ?」


 ――幕之内も、終征しゅうせいさんも、竜ヶ崎も、手毬てまりも、そして俺も。誰もが負けられない理由を背負って今日の〈極皇杯〉に臨む。そう簡単には勝たせてもらえないだろうが、俺だって、俺を応援してくれる仲間のためにも絶対に負けられない。やるしかない。


「――やってみろよ、幕之内」


「お、おォ!アタイも負けねェからなァ!」


「はっ、その意気だ。じゃ、決勝で会おうぜ」


「ああ、決勝で」


 クールに手を振る幕之内の後ろ姿は、俺の目には何処どこか寂しく映った。後ろで束ねた幕之内の長い金髪が陽光を反射する。――そのときだった。


『――では皆様!!!予選のルール説明を始めます!!!』


 アリーナ内――女神像の前に立つミルルンが高らかにそう宣言すると、突然、視界が移り変わった。――だが、それは味わったことのある感覚だった。


「なっ……」


 周囲を見渡すと、俺は既に、出場者観覧席から闘技場内部のアリーナに移動していた。他の四十八万人の出場者たちも同様だ。四十八万人の出場者が、闘技場内部に密集していることになる。


 つい先刻まで俺たちがいたはずの背後――出場者観覧席を見上げると、人がごっそりと減っている。それでもまだまだ多いが。そんな中、拓生がアリーナを見下ろして俺や竜ヶ崎に手を振っていた。近くにいた竜ヶ崎と共に拓生に手を振り返す。


「ボス!いよいよ始まるなァ!」


「ああ……」


『さっ!皆さん整列してくださいね!』


 先程よりも遥かに距離の近くなったミルルンが整列を促す。既に四十八万人の〈極皇杯〉出場者たちは整列し始めていた。俺もそれにならい、竜ヶ崎のぐ後ろに立った。


 アリーナをぐるりと囲む観覧席を見上げると、一般観客席には見覚えのある黒いスーツ姿の強面の男たちの姿があった。〈竜ヶ崎組〉の元構成員たちだ。俺と目が合うと元気良く手を振って、何かを大声で叫んでいる。


 少し離れたところには、〈神屋川かやがわエリア〉の住民たち、〈真宿しんじゅくエリア〉の住民たちの姿もあった。俺や竜ヶ崎にエールを送ってくれている。


『整列できましたね!では改めてルール説明です!初出場者の方も多くいらっしゃるので一応説明しておきますと、今皆さんがテレポートしたのはこの魔道具の力です!』


 そう言って、竜ヶ崎の頭越しに覗くミルルンは、開会式時点から設置されていた女神像を親指で指し示した。


『魔道具・〈翔翼ノ女神像(セラフィム)〉!!〈極皇杯〉のエントリー証明でもある〈犠牲ノ心臓(サクリファイス)〉を持つ方を対象に闘技場内部にテレポートさせました!!』


 ――〈十天円卓会議サミット〉へ移動するときにも使った女神像型の魔道具だ。異能と同じく魔道具の原理も不明だが、今の俺にはそんな些事さじに気を取られている余裕はなかった。


『予選ルールは毎年恒例のバトルロワイヤル!!この場に集まった全四十八万名の出場者を今からランダムに八つのブロックに振り分けます!つまり一つのブロック当たり六万名です!』


 ――聞いていた通りのルールだ。単純な確率論だと、ファイナリストになれる確率は僅か四十八万分の八……。


『そのブロック分けを行うのがまさにこの〈翔翼ノ女神像(セラフィム)〉!!予選開始の合図と同時に、皆さんを各ブロックの会場にテレポートさせます!!その瞬間から予選スタートです!!』


 ふと目の前の竜ヶ崎の肩が微かに震えているのが見て取れた。


 ――緊張か、武者震いか、それとも――。何にせよ竜ヶ崎も本気で〈極皇杯〉に臨んでいることは火を見るより明らかだった。


『各会場は今年も新世界中の大型施設なんかを貸し切ってます!!とにかくルールは一つ!!最後まで生き残ること!!!!』


 ――六万人規模のバトルロワイヤル方式……。本戦に進めるのはその中で最後まで立っていた一人……。


『各会場は広いですが徐々に球状の安全地帯が縮小します!!安全地帯外は容赦なく一ミリグラムでも吸い込めば即死する毒ガスが噴射されますので、常に安全地帯に入っていないと死にます!!!』


 ――球状の安全地帯の縮小。そうか。勝手にバトルロワイヤル系のFPSゲームのように平面――X軸Y軸方向に縮小するイメージをしていた。Z軸方向にも縮小するのはある意味で当然か。


 ――例えば四階建ての建物のように複数の階層に分かれている会場ならば、二階と三階は安全地帯に入っているが一階と四階は全て安全地帯外、という可能性も考えられる。


『当然〈犠牲ノ心臓(サクリファイス)〉が死を打ち消してくれますが、〈犠牲ノ心臓(サクリファイス)〉が発動したその時点で即敗退!!即座に出場者観覧席にテレポートです!!』


 ――〈犠牲ノ心臓(サクリファイス)〉を発動させる――すなわち、死ねば即敗退。安全地帯の縮小によって待ち伏せや隠密――所謂いわゆる、芋戦法は難しい上に戦闘は必至だろう。


『当然接敵すれば戦闘もアリ!!お手持ちの武器ももちろん持ち込めます!!』


 下に履いた黒いスキニーパンツの右ポケットに手を突っ込む。ポケットの中でじゃらじゃらと小気味良い音を奏でるのは、念入りなメンテナンスを施したスリングショット――〈エフェメラリズム〉と、この二週間で調整を重ねた改造仕様のパチンコ玉各種。


『六万人の中から最後の一人になるまで生き残ればファイナリスト!!!本戦進出が決定します!!!そうして集った各ブロックの代表者八名のファイナリストで明日の本戦を戦う、というルールです!!!』


 ――極めてシンプル。神話級異能、〈天衡テミス〉と〈エフェメラリズム〉、そして俺の頭脳も武器として勘定しても良いだろう。この三種の神器をフル活用して、六万分の一の確率を引き当てる。極めてシンプルなギャンブルだ。


『もちろん全ブロック、会場の至るところを徘徊する超小型カメラによって世界六国に生中継されます!!!!ですので皆さん気を抜かないように!!!!と、いったところで質問のある方はいらっしゃいますか!?!?』


 皆、当然のように把握している、といった自信に満ちた顔で静かにミルルンに身体を向けている。四十八万人の冒険者たちが整列する様は、何処どこか軍隊を思わせるほどに美しかった。


『質問は――――――なさそうですね!!では十秒のカウントダウンの後、皆さんをテレポートします!!皆さんのご健闘を祈ります!!!さあ!!!!それでは!!!!観覧席の皆さんもご一緒に!!!』


「「「10!!!!9!!!!」」」


 緊張感の走る闘技場内。沸き立つ観覧席や上空の巨大なホログラムディスプレイの数々に止めどなく流れるカウントダウンのコメントとは対照的に、闘技場内の四十八万人の出場者は、静かにその刻を待っていた。静かに目を瞑って集中する者、深呼吸をしてたかぶる気持ちを落ち着かせる者、自身の胸に手を当て思いをせる者、腰の鞘に手を添える者。


「「「8!!!!7!!!!」」」


 ふと〈翔翼ノ女神像(セラフィム)〉の真上の観覧席を見上げると、そこには見知った顔が並んでいた。十天観覧席――天音や陽奈子、雷霧、師匠を含む、〈十天〉の面々が横並びで豪華な装飾が施された玉座に腰掛けている。


 天音や陽奈子と目が合う。二人は俺を見て、静かに頷いた。俺もそれに応えるように、小さく頷く。玉座の上で胡座あぐらを掻く雷霧は歯に取り付けた銀色のグリルを覗かせてニヤリと笑い、糸目の師匠は何を考えているのは読み取れない。


「「「6!!!!5!!!!4――」」」


「ボス……」


 目の前に立っていた竜ヶ崎が、緊張した面持ちで、不安そうにこちらを振り返る。その頭に生えた黄色の双角には、いつもの威厳がない。


「何不安そうな顔してんだ?『ワンツーフィニッシュ』するんだろ?」


「あ、あァ!当然だァ!」


「ああ、そうじゃなきゃな」


「ボス!同じブロックになる可能性が低いのはアタイだってわかってる!だからよォ……!」


「何だ?」


「最後に『なでなで』――いや……違ェなァ。本戦に残ったらご褒美に『なでなで』してくれやァ!」


「ああ。竜ヶ崎……思う存分暴れてこい。お前は〈神威結社ウチ〉の一番槍だからな」


「おォ!本戦で会おうぜェ!」


 ――さあ、まずは予選通過だ。六万分の一の確率を、己の力で掴み取れ……!


「「「0!!!!!!!」」」


 一瞬だった。俺の視界は再び切り替わる。視界が切り替わる直前に視界に映った、竜ヶ崎の長く美しい黒髪が風になびく様は何処どこか儚げで、それでいてたくましく見えた。

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