2-6 開会式
「「「ミルルーーーーーーーーーーン!!!!!!」」」
『みんなありがとー!!!』
一千万人の観客の「ミルルン」コールの中、円形闘技場――厳密には楕円型だが……そのアリーナ内に現れたのはウェーブがかった紫のポニーテールの女だった。その女は、闘技場内アリーナに置かれた女神を象った彫刻――女神像の前に立った。
『司会は私!!インターネットアイドルの見来未流流こと、ミルルンでーす☆よろしくーっ!!』
裏ピースで元気良く登場したラベンダー色のウェーブがかった長い髪の女――よく目を凝らすと彼女は精巧にできたホログラムだと判る。マイクを持って一千万人の観客に手を振る姿はまるで本物の人間のようだった。
『四十八万人の!!人生を懸けた戦い――〈極皇杯〉!!SSNSの世界トレンドはもちろん一位!!さあ!!皆さん、心の準備はできていますか!?』
「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」」」」」
「「「ミルルーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン!!!!!!!」」」
――動画配信サイト、「NewTube」。見来未流流ことミルルンは、そこを活動の拠点とする、二一一〇年におけるトップのバーチャルNewTuber――VTuberらしい。
「ふおおお……!!生ミルルンですぞ!!!」
拓生が興奮した様子で鼻息を荒くする。ミルルンは満員の観覧席を一周ぐるりと見渡して告げる。
『皆さん準備はバッチリのようですね!!!では開会式!!!まずは!!!〈極皇杯〉の会場となる、ここ!!!〈天上天下闘技場〉や異能バトルのメッカ・〈王手街エリア〉はこの国から生まれた!!!〈日出国ジパング〉の女王!!!杠葉菰様より御挨拶と開会宣言です!!!!』
ミルルンが闘技場の天井に手を掲げる。一千万人の観客の視線が、闘技場の天に注がれる。そこには、一人の長い黒髪の女性の姿があった。
「おォ!女王様のご登場かァ!」
ふわりふわりと、まるで天女かのように、その女は天から舞い降りる。中国の伝説に登場するような、仙人を思わせる緑や黄緑を基調とした衣装を身に纏っており、肩からは「天女の羽衣」としか形容できない白い布が伸びている。美しい羽衣が優雅に風に靡いた。
――杠葉菰――この人が世界六国の一角・〈日出国ジパング〉の女王……。〈十天〉にも引けを取らない存在感だ。この国を治めるだけの器を確かに感じる。
女王は優雅に闘技場の地に降り立つと、懐からマイクを取り出しゆっくりと口を開いた。つい先刻まで歓声の嵐で賑わっていた一千万人の観客たちは、そのあまりの存在感に言葉を失っている。――否、魅入ってしまっている。
――女王――ということは世界六国の異能バトルを司る人間の一人……か。
『皆の者。妾は、紹介に預かった〈日出国ジパング〉の王――杠葉菰じゃ。まずはこうして、今年も無事に〈極皇杯〉が開催されることを、とても嬉しく思うのじゃ』
――杠葉菰は〈十天〉・第十席の杠葉姉妹の姉に当たる人物でもある。彼女もまた、神話級異能を持つと云われているが、その詳細は明らかになっていないのが現状だ。
『こうして今年も〈極皇杯〉が開催できるのも普段の皆の者の活躍があってのこと――〈日出国ジパング〉の女王として其方らに深い感謝を申し上げるのじゃ』
――まあ女王様自身が戦う機会は滅多にないだろうから異能の詳細が公になっていないことも納得ではある。
『本日と明日の二日間に渡って開催される第十回〈極皇杯〉――其方ら四十八万人の健闘を祈り、妾からの挨拶とするのじゃ』
いつの間にか、闘技場の上空には、巨大なホログラムディスプレイ――大型マルチビジョンが幾つも投影されていた。その画面には、女王が挨拶を述べる姿がリアルタイムに映され、右側には読むことができないほどに爆速で流れるコメント欄、左上には同時視聴者数と思われる数字が表示されている。
――同時視聴者数十億人超。世界総人口は十一億人なのだから、〈天上天下闘技場〉に来場している観客や出場者も含めれば、この開会式の時点で既に世界人口の九割以上が視聴していることになる。改めて〈極皇杯〉――モンスターコンテンツである。
『さて皆の者、準備はよろしいか?』
女王の合図により、静かに女王の言葉に耳を傾けていた一千万人の観客たちが沸き立つ。
「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおーーーーーーーー!!!!」」」
「「「菰様ぁーーーーーーーーーーーーー!!!!」」」
女王は〈天上天下闘技場〉の観客たちを一瞥した後、僅かに頷いて告げた。
『其方ら!研鑽を示せ!第十回〈極皇杯〉、此処に開会するのじゃ!』
「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」」」」」
拍手喝采と大歓声の中、女王は会釈をし、闘技場内外を行き来するための通路と思わしき物陰へと向かっていった。ミルルンがマイクを口元に近付け、元気良く司会業務に戻る。
『〈日出国ジパング〉・女王!!!杠葉菰様による御挨拶と開会宣言でした!!!ありがとうございました!!!』
「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」」」」」
止むことのない歓声の中、女王が足を踏み入れた通路に、もう一つ、女王とは別の人影が見える。その人影は女王に恭しく頭を垂れている。
目を凝らすと、その人物は見覚えのある人物だった。黒い燕尾服に端正な顔立ち、清潔感のある短い黒髪――杠葉家に仕える執事、黒崎影丸だ。
――〈十天〉の杠葉姉妹に仕えているのだからその姉である国王に仕えているのも当然か。
「――ボス!拓生ォ!すげェ盛り上がりだなァ!」
「そうですな!雪渚氏と銃霆音氏が戦ったEMBの決勝を思い出しますな!」
「これが……〈極皇杯〉か……」
『さあ!会場の熱も最高潮ですが!!!続いては!!!〈十天〉を代表して、〈十天〉・第一席の鳳世王様からも御言葉をいただきたいと思います!では鳳様!お願いします!』
「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」」」」」
「鳳様ー!!!」
「すげえ!初の〈十天〉勢揃いだ!」
俺たちが座る出場者観覧席――その真向かいの観覧席には、十一の玉座が横並びになっている。その中央の玉座に座るのは、イケメン然とした爽やかな赤髪の男だ。白く長い睫毛がその整った顔立ちを際立たせる。
――〈十天〉・第一席――鳳世王。〈十天〉は皆が神の名を冠する神話級異能を持っていることはネットサーフィンで把握済みだが、当然、新世界の頂点に立つあの男も例外ではない。
鳳の頭には白い小ぶりな王冠が載っている。色町のホストを彷彿とさせるような、赤い派手なスーツ――端正な顔立ちのその男はその上から王族や貴族が着るような、縁に白いモフモフの毛が施された黒いクロークを羽織っていた。
――神話級異能、〈天帝〉。世界で最も有名な神と言っても過言ではない、ギリシャ神話の最高神の名だ。彼の戦闘の目撃報告が少ないことから異能の詳細は明らかになっていないものの、確かに新世界の頂点に相応しい神の名だと頷ける。
よく見知った顔である天音や陽奈子、そして雷霧や師匠も含め、〈十天〉の面々が十一の玉座から立ち上がる。新世界の頂点に君臨する〈十天〉が並ぶ様は壮観だった。隣に座る竜ヶ崎や拓生も、その想像を絶する存在感に気圧され、言葉を失ってしまっている。
そんな中、〈十天〉・第一席――鳳世王はマイクを手に取ると、マイクを通して爽やかに告げた。赤い毛先が風に靡いている。
『こんにちは。〈十天〉の鳳だ』
観衆はその存在感に圧され、静かに鳳の言葉に耳を傾けていた。彼の声音には、自然と聞き入ってしまう。そんな不思議な魔力があった。
『去年の〈極皇杯〉の優勝者のその後についてはみんなも知ってくれている通りだ。彼が〈十天〉入りしてからの活躍は目覚ましいものだったね』
その当人――編み上げたコーンロウ、側頭部に稲妻型のブロンドのメッシュ、お気に入りの黒いパーカーを着たその男は、いつものダイナミックマイクを懐から取り出して言った。
『ま、なんだ♪〈極皇杯〉に人生懸けてる奴も沢山いるだろーし、それぞれ叶えたい願いもあんだろ♪ 『優勝すればどんな願いでも叶えられる』――って噂もマジだしな♪でもそんなこと、オレは知ったこっちゃねーんだよ♪』
――〈Babylon Ω-58〉。雷霧が俺との異能戦でも使ったダイナミックマイクだ。雷霧の愛用の武器らしい。
その男――〈十天〉・第八席、銃霆音雷霧はニヤリと笑った。その歯から銀色のグリルを覗かせる。
『――最後まで立っていた奴が勝者だ♪Are you OK?』
「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」」」」」
雷霧の言葉に観衆が沸き立つ。雷霧は鳳に視線を向け、合図を送る。鳳は小さく頷き、再びマイクを口元に近付けた。
『皆の活躍を期待しているよ。日頃の成果を全て出しきってほしい。僕たち〈十天〉も、最後まで見届けさせてもらう』
「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」」」」」
「すげェ人気だなァ!姉御も陽奈子もよォ!」
「同じクランで感覚が麻痺しますが……流石〈十天〉ですな……」
大歓声の中、天音や杠葉槐は、右足を斜めに引き、左足の膝を軽く曲げ、袴の端を指で摘んで頭を下げた。所謂、カーテシーと呼ばれる貴族社会の挨拶法だ。
杠葉樒はおどおどとした様子で、ワンテンポ遅れてぺこりと頭を下げた。陽奈子や〈十天〉・第九席、漣漣漣涙――涙ちゃんは観衆に手を振ってファンサに勤しんでいる。大歓声の中、そうして〈十天〉の面々は玉座に再び腰掛けた。〈十天〉・第九席――涙ちゃんだけを残して。
「あァ?なんだァ?」
騒めき立つ観衆の中、突然、見下ろす円形闘技場の内部――アリーナの大地から凄まじい物量の水が湧き出した。まるで水面から高く打ち上がった水柱。水柱は〈天上天下闘技場〉の上空でぱぁんと弾け、快晴の空に美しい虹を架けた。
俺が冠る赤いニット帽に水飛沫が降り注ぎ、冷たい水が頬を濡らす。視線をアリーナに戻すと、そこにはいつの間にか三人の女が悠然と立っていた。観覧席の至るところに設置されたスピーカーから、同時にポップな音楽が流れ始める。
『ではこのままオープニングセレモニーへと参りましょう!!!なんと!!!今年はあのアイドルユニット!!!〈Triple Crown〉――トリクラが来てくれました!!!』
「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」」」」」
「――ぶひっ!?ト、トリクラですとぉ!?」
「トリクラ……と言えば涙ちゃんが所属するアイドルユニットか。大人気だな……」
「芸能に疎いアタイでも知ってるくらいだからなァ!」
「フォッ!フォオオオオオオオオオオオウ!!!!最高ですぞ!!!」
重力に従って降り注ぐ水飛沫の中、アリーナの中央に立つ涙ちゃんは、マイクを片手に笑顔で告げた。
『いっくよーっ☆「恋のきゅんピッド☆発射準備OK!」っ☆』
「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」」」」」
闘技場中のスピーカーから流れる音楽と、止むことのない大歓声の中、アイドルらしからぬ衣装に身を包んだ三人の女の子たちは、歌い始めた。涙ちゃんをセンターにその三人――〈Triple Crown〉は軽快に踊っている。
三人の可愛らしいビジュアルとは対照的に、ポップで弾けた印象の中毒性のある音楽。合いの手を挟む観衆たち。視界の遠方に映る一般観客席には、サイリウムを振って踊る――所謂、オタ芸を踊る猛者も大勢見受けられた。
――アイドルユニット、〈Triple Crown〉――通称トリクラ。新世界に蘇ってからの三週間。コンビニに書店、〈超渋谷エリア〉駅前の大型モニターと、至るところで彼女たちの姿を見掛けた。「知らない」というのは通らないほどに。
「最高ですぞ!生トリクラが観られるとは!」
――トリクラは熱狂的なファンを生み出し続けている。その圧倒的なビジュアル、圧巻の歌唱力にキレのある振り付けとパフォーマンス――どの要素を抽出しても圧倒的だ。人気があるのも頷ける。
音楽チャートランキング一位の楽曲――「恋のきゅんピッド☆発射準備OK!」はAメロ、Bメロを終え、サビに入る。観衆の熱がヒートアップする。
『『『神も悪魔もハート撃ち抜けっ☆彡』』』
『きゅんで天界パニック状態!?』
センター、涙ちゃんの右側でマイペースに歌う、ふわふわとした雰囲気の小柄な女の姿がある。彼女は、話題のアニメのヒロイン役を全て掻っ攫い、担当したキャラクターソングは大ヒットを連発する、超人気声優の四季ノ音奏。
ピンクのショートボブで、頭頂部に髪の一部が猫耳のように立ち上がっており、可愛らしさや親しみやすさ、コミカルさを演出している。モコモコの白いファーダウンジャケットに身を包んでおり、明らかにアイドルといった格好ではない。
『ズッキュン☆ドッキュン☆恋心Boom!』
センター、涙ちゃんの左側でクールな表情を浮かべたまま、エレキベースを華麗に弾きながら歌う、他の二人に比べて長身の女。狼を模したフードを被ったバンギャ――バンドギャル風の出で立ちのブロンドヘアのセミロングのその女は沙汰無静寂。額には金縁のサングラスを掛けている。
動画配信サイト、「NewTube」に趣味で投稿した一本のオリジナルソングだけで、メジャーデビューが決定した鬼才のシンガーソングライター。英字がプリントされた黒いパーカーは、こちらもアイドルといった格好ではない。彼女は口内でフーセンガムを膨らませていた。
『ラブの暴走止めらんないの!』
そしてセンターポジションに立つのは、〈Triple Crown〉の心臓であり、〈十天〉――その第九席に座する漣漣漣涙。涙ちゃんだ。俺が知っている普段通りの格好――上半身は水色のビキニの上から、白いモコモコとした縁取りが施された綺麗な海色のケープを羽織っており下は海色のショートパンツという個性的なファッションだ。
『『『『神も悪魔も恋に落ちちゃえっ☆彡』』』』
鮮やかなオレンジ色で、淡い青のメッシュが螺旋状に入った大きな編み込みを肩に垂らした、ウェーブがかったボリューミーなサイドテール。頭には大きな貝殻の髪飾りを着けている。
『最高速の「好き」が爆誕!』
漣漣漣涙は当初、参加したアイドルオーディションにおいて凄まじい人気で合格を勝ち取り、ソロのアイドルとしてデビューしながらも、その圧巻のビジュアルと明るく元気溌剌なキャラクターが爆発的にウケ、陽奈子に次いでSSNSフォロワー数ランキング二位にまで上り詰めた異端児だ。
『てゆーか運命じゃない?これ???』
――というか涙ちゃんはあの露出ファッションがアイドル衣装だったのか……。三人ともアイドルとは思えない衣装だが、それでも、この迫力をこれほどまでに見せつけられると、その人気に納得せざるを得ない。
『きゅんの暴走!正義なんで!!!』
上空に映し出された大型ホログラムディスプレイには賞賛のコメントが飛び交う。観衆の凄まじい熱気がこちら側にまでヒリヒリと伝わってくる。思わず、その熱に当てられそうになる。
――雷霧と言い、師匠と言い……〈十天〉はこんな化物ばかりかよ……!
「ガッハッハ!楽しいなァ!」
「小生は感動していますぞ……!」
「すげーな……涙ちゃん……」
魅入っているうちに、楽曲はフィナーレを迎える。留まることのない熱気と大歓声の中、〈Triple Crown〉――トリクラによるオープニングセレモニーは大団円を迎え、涙ちゃんが最期の挨拶を述べた。
『みんなありがとーっ☆☆☆』
「「「うおおおおおおおおおおおおおお!!!いいぞトリクラーーーー!!!!」」」
「「「最高ーーーー!!!!」」」
再び湧き上がった水柱。雨のように降り注ぐ水飛沫の中、アリーナには涙ちゃんや四季ノ音奏、沙汰無静寂――トリクラの三人の姿は既になかった。
――神話級異能、〈淼精〉。涙ちゃんが持つ、「水や液体を自在に操る異能」によるパフォーマンスか……。
そんな大盛況のオープニングセレモニーを、女神像の前で見守っていたミルルンは、余韻に浸る観客たちに告げた。
『うおお……流石〈Triple Crown〉でしたね……!同じアイドルとして悔しいですが……っ!』
ミルルンは表情を引き締め直し、高らかに宣言する。
『――それじゃあイっちゃいましょうか!開会式のラストを飾るのは!〈十天〉同士の!!親善試合です!!』
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