2-7 天使と太陽の親善試合
「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」」」」」
『――戦っていただく〈十天〉のお二人をお呼びしましょう!』
ミルルンが片手を広げ、背後の十天観覧席を指し示す。その揃えられた五本指の先――十天観覧席に並ぶ玉座から、二人の女が立ち上がった――と同時に、〈天上天下闘技場〉の上空に舞い上がった。一人は翼を広げてふわふわと、一人は全身から眩い光を放ちながら。
『ご紹介しましょう!まずは!先日公開されたばかりの!遂に明かされた〈十天〉・第二席!〈神威結社〉所属!!「大天使メイド長」!!天ヶ羽 天音様ッ!!!』
一方のメイド服に身を包む美女――白いウルフカットに、前髪を黒いばってんヘアピンで留めた女、〈十天〉・第二席――天ヶ羽 天音は、背中からメイド服を突き破って、一対の白く大きな翼が生えていた。
『人智を超越する死者蘇生すらも可能にした神級異能、〈聖使〉!!彼女はこの〈極皇杯〉にどんな福音を齎すのかッ!?』
日輪をバックに、一対の美しく白い翼を生やした彼女は、天界から地上に舞い降りた天使を彷彿とさせる。そんな神々しい姿だった。彼女の白い髪の毛先が風に靡く。
『対するはッ!SSNSのフォロワー数は世界最多の四億人!!スーパーインフルエンサーにして〈十天〉・第七席!同じく〈神威結社〉所属!!「#ぶっ壊れギャル」!!日向 陽奈子様!』
一方は、胸元を露わにした短い丈の白いトップスと、太腿が露わになった黒いレザーショートパンツに身を包んだヘソ出しファッションの女――〈十天〉・第七席、日向 陽奈子。
『人気・実力共に〈十天〉の肩書きに偽りなし!戦闘スタイルは人体の限界を超越した「光速」の近接格闘!!その拳は最強の不沈艦をどう穿つのかッ!?』
毛先にカールのかかった、高めの位置で結ばれたツーサイドアップに近いポップな印象の金髪ツインテールに、毛先にかけて美しい桜色のグラデーションとなった派手な髪型。重めの前髪を留めた太陽を象ったバレッタ――髪留めが陽光をキラキラと反射していた。
「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」」」」」
「おォ……!姉御と陽奈子……どうなるんだよこれよォ!――いでッ!」
興奮した様子で身を乗り出そうとした竜ヶ崎が、ごちん、と何かに頭をぶつける。竜ヶ崎が頭をぶつけた虚空に目を向ける。竜ヶ崎が頭をぶつけたであろう箇所では、正六角形が無数に連なったエネルギー体が徐々に消えかかって、再び空気と同化してしまった。
「……〈継戦ノ結界〉か」
「観覧席に危害が及ばないようにするため、そして思いっきり出場者が戦えるようにするための魔道具ですな」
「近接、遠隔問わず異能による影響の一切を通さないんだよな」
「そうですぞ。〈十天〉も開発に関わっているということで、〈十天〉の攻撃でも壊れない耐久性を備えていると聞きますぞ」
――異能は未知の力だ。その未知の力の正体や原理すら解明されないまま、異能至上主義となった新世界も異常だが、仕方ないと頷ける部分も大いにある。
――とは言え俺が新世界に蘇ったのも、天音が壊れてしまったのも異能が元凶だ。当面は〈神威結社〉の戦力強化や仲間の安全確保が最優先事項だが、異能の正体や原理の解明は避けては通れない。今後の大きな課題になるだろう。
半泣きの竜ヶ崎の頭を摩りながら、〈継戦ノ結界〉越しに見下ろすアリーナ内。陽奈子は全身を眩く発光させながら、急下降――アリーナの大地に着地する寸前で止まった。天音もそれに倣って、ひらひらと舞い降り、宙で静止――白く美しい翼を広げて宙を浮遊している。二人が相対する。
『ルールは簡単!何れか一方が降参を宣言、若しくは戦闘不能状態に陥った場合、決着とします!』
陽奈子の両手が神々しい光に包まれ、弾けた光の中から太陽の刻印が施されたシリコン製のガントレット――〈キラメキ〉が現れる。〈キラメキ〉はすっぽりと陽奈子の両手を覆っており、まるでこれから始まる激戦を予感させるかのように輝きを放っていた。
それと同時に、天音の背後には、弧を描くように、美しい装飾が施された四つの水色の水瓶が現れた。〈水星砲アクアリアスカノン〉――四位一体の、天音の武器である。〈水星砲アクアリアスカノン〉は、天音を惑星とした衛星かの如く、天音の周囲をくるくると回っている。
「なァボス、〈十天〉の武器って誰が作ってんだァ?あんなの武器屋に売ってねェよなァ?」
「……ん?そういやネットにもその情報なかったし知らんな」
「〈十天〉専属の鍛冶師がいるらしいですぞ。武器屋はこんな時代ですから新世界中にありますが、〈十天〉級の攻撃に耐え得る武器はまず店では買えませんからな」
「へえ……」
気付けば周囲の〈極皇杯〉の出場者たちはアリーナ内の二人に釘付けだった。アリーナ内に、戦いの予兆のように轟々と風が強く吹き付ける。
「やべえ……天ヶ羽さんのバトル観られるのかよ……!」
「てか神級異能とは言え回復の異能だろ?〈十天〉最高火力の陽奈子様相手に勝負になるのかのか?」
「いやそれすらも回復するんだろ?」
「無敵じゃねーか!」
騒めき立つ周囲の観衆を他所に、アリーナ内で宙に浮いたまま相対する二人を中心に、緊張が走る。〈継戦ノ結界〉越しに目を突き刺す直射日光は、痛いくらいで。
「――あまねえ!アタシ、絶対に勝つから!」
「ええ、受けて立ちますよ」
両手を腰に据えて堂々たる佇まいの陽奈子に、余裕綽々といった態度を孕んだ優しい笑みを浮かべる天音。一千万人の観衆は固唾を呑んでその様子を見守っていた。
『――では皆さん!私の合図で掛け声をお願いします!行きますよ!』
「始まりますぞ……!お二方の戦いが……!」
上空のホログラムディスプレイに映し出されるコメント欄は爆速で流れ、文字を追うことはできない。ミルルンは、アリーナを囲む観覧席の観衆たちをぐるりと見渡し、声を発する。
『Ready――』
「「「「「――Fight!!!」」」」」
――その戦いは突然、始まった。観衆たちの掛け声と共に、陽奈子は見えなくなるほどに、高く、高く跳び上がった。日輪と陽奈子の影が重なる。
天音はそれを想定していたとばかりに、〈水星砲アクアリアスカノン〉の四つの注ぎ口を、一斉に天高く飛ぶ陽奈子へと向ける。四つの注ぎ口から放たれるのは、聖水と形容しても遜色ないほどに美しく輝く水だ。
煌めく流線状の水が、くねくねと畝りながら、陽奈子へと凄まじい勢いで迫る。陽奈子は四方向から迫るその聖水を空中の素早い身の熟しで回避するが、聖水は畝りながら次々に陽奈子に襲い掛かる。それらを上天の陽奈子がまた身を翻して避ける。
「ボス……姉御のあの攻撃は結局なんなんだァ?」
「お前……天音とトレーニングしてたじゃないか……。理解してなかったのか……」
「おォ!避けることに必死だったからなァ!」
「寧ろ知らずによく戦ってましたな……」
――天音の〈十天〉での任務は、異能犯罪の撲滅――というよりは異能犯罪や新世界の各地で起こっている異能戦争で発生した怪我人の治療が主だ。その姿はさながら「戦場の天使長」だと言い伝えられている。しかもそれを俺が蘇るまでの八十五年間……。
「天音が異能戦争で出た怪我人の治療に当たっていたのは知ってるだろ?」
「おォ!そんな話だったなァ!」
「あの四位一体の武器――〈水星砲アクアリアスカノン〉には天音がこれまで回復した分のダメージが蓄積されている。あの聖水はそのダメージの具象化だ」
――そして……俺を蘇生させた分のダメージも……。実質一度きりの蘇生……その分、蓄積されたダメージは計り知れない。
「天ヶ羽女史にピッタリの武器ということですな!」
「つーことは当たるとやべェじゃねェかァ!」
「まあお二方共、殺すつもりはないでしょうが……だとしてもとても人間の戦いとは思えないレベルですな……」
――天音に関して言えば……俺が自殺した頃は真っ当に私文の女子大生やってたんだよな……。それが知らん間に、今じゃ天使の翼を生やして、空を飛んで、なんか水瓶からダメージを具象化した聖水を放出して、世界のNo.2になっている。そして世界中から賞賛されている。
「全くだ……」
見遣る上空では、陽奈子を執拗に追い掛け、弧を描く水の軌道が飛び交う。陽奈子は四方向から迫りくる、ホーミング性能完備の聖水の猛攻を、空中で素早い身の熟しで回避――そのまま地上付近で浮遊する天音へと急接近してゆく。――そして、快晴の空の下、陽奈子の拳が天音の腹部を捉えた。陽奈子が拳を振りかぶり、勢い良く前に突き出す。
「これは……」
――すると、天音の腹部を、陽奈子の拳が貫いた。天音の腹部からはどばどばと赤い血が流れ、純白のメイド服を真紅に染め上げる。天音の腹部を貫通した陽奈子の右手――そこに填められた〈キラメキ〉が、吐き気を催すほどの赤に染まっていた。
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