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2-3 黄昏時の強襲

 ――再び、雪渚、天音、陽奈子サイド。夕陽に照らされる〈真宿しんじゅくエリア〉の住宅街。俺たちはその中心地――ロータリーに囲まれた敷地にそびえる〈オクタゴン〉への帰路にいていた。


「あら、〈神威結社〉のみんなじゃない」


「宮本さん、こんにちは」


「こんにちはー」


「天音ちゃんも陽奈子ちゃんも今日も綺麗ねえ」


「ふふ、ありがとうございます。宮本さんもお綺麗ですよ」


「あら、上手ねえ。嬉しいわぁ」


 買い物帰りらしい、スーパーのレジ袋を手にした五十代前後の主婦が俺たちに声を掛ける。うやうやしく天音が挨拶を返し、陽奈子がそれに続く。陽光を受けたレジ袋から卵や野菜が透けて見える。


「陽奈子ちゃんも〈真宿エリア〉には慣れたかしら?」


「はい!お陰様で!」


 ――平均寿命四十三・六歳。この犯罪率二十パーセント超えの異常な新世界では、自衛のためにも武器を携帯するのは当然。夜が明ければ朝日が昇るように、至極当然のことだ。そんな新世界で必須の武器や防具――商人である拓生の扱うそれらは安価ながら質が高く、この〈真宿エリア〉でも人気を博していた。


 行き交う〈真宿エリア〉の住民たちが、道路脇で会話を弾ませる俺たちを見かけると手を振ってくれる。俺は小さく会釈して挨拶を返した。


 ――竜ヶ崎は竜ヶ崎で、〈真宿エリア〉の老婆を家まで送り届けたり、迷子の子供を助けたりしたことでカツアゲからの汚名返上に成功した。アイツは素でやった行動のようだが。


「あら、そうだ。雪渚ちゃん、〈極皇杯〉、明日でしょ?」


「そうですね」


 ――それに加え、天音の〈十天〉公開、陽奈子の〈神威結社〉加入と様々な要因が重なったことで〈真宿エリア〉における〈神威結社〉の地位は磐石なものとなった。


「頑張んなさいよ、雪渚ちゃん!……あら、やっぱり雪渚ちゃんって呼び方は失礼かしら」


 ――俺の方が早く生まれているから、という意図だろう。


「はは、大丈夫ですよ。お気になさらず」


「それにしても相変わらず雪渚ちゃんはモテモテじゃない~?どっちが本命なの~?」


 宮本さんは揶揄からかい交じりに俺をひじで小突いてくる。宮本さんは決して悪い人じゃないのだが、この「おばさんムーブ」は中々に厄介だ。宮本さんは気付く素振りもないが、陽奈子が気不味(まず)そうにしているのが視界の端に映った。


「ははは……」


 ――流石に陽奈子の前で「天音が本命です」とは言いづらい。天音には申し訳ないが、ここはテキトーに笑って誤魔化しておこう。


「――あまねえ、ここで片付けよっか」


「はい。宮本さん、こちらへ」


「……?え、ええ……」


 そのとき、一瞬空気が張り詰めたような感覚を覚えた。天音と陽奈子が何かを感じ取っていたようで、その主婦――宮本さんを天音の背後にかくまう。


 ――あーこれは……またか……。


「アンタらねー。いい加減出てきたら?」


 ――陽奈子がそう告げた瞬間。通りの両端にずらりとそびえる家屋の屋根から、路上に幾つもの影が降り立った。


 陽奈子はいつの間にか、大きな太陽の刻印がほどこされたシリコン製のガントレット――〈キラメキ〉を、両手をすっぽりと包むようにまとっていた。


「〈十天〉二人に喧嘩売るなんてバカね……」


 そう呆れたように呟く陽奈子の目線の先には、黒装束に身を包む二十人近くの姿がある。顔はかげになって見えないが、彼らは各々が剣や槍等、近距離から中距離戦を想定した武器を構えている。剣先が陽光の下、ギラリと妖しくきらめく。


「また襲撃か。ウザったいな……」


「雪渚。アタシに任せ――」


 ――そのとき、住宅街の物陰からまたも大勢の男たちが現れた。強面の男たちは黒いスーツを身にまとっている。


「「「――誰のシマ荒らしとんじゃァ!!!」」」


 スーツの男たちは黒装束の集団に掴み掛かる。物言わぬ黒装束の集団も負けじと反撃する。各々が剣を振るい、拳を振るい、異能によって炎や氷が宙を飛び交う。


「「「――押せ押せェ!!!」」」


 血の気の多いスーツの男たち。殴り殴られ、住宅街の一角は地獄絵図と化した。一人のスーツの男が俺に声を掛ける。


「――兄貴!今のうちに……ッ!」


 ――コイツらは〈竜ヶ崎組〉の元構成員たちだ。情状酌量の余地があるという判断の末、想定より早く刑期を終えた彼らは、出所後、早々に〈オクタゴン〉に現れ、あろうことか俺を「兄貴」呼ばわりし始めた。


「お前らなあ……」


「――日向様!天ヶ羽様!ここは我々にお任せを!」


「――そちらの奥様の避難を優先してください!」


 宮本さんは天音の背後で少し怯えた様子で縮こまっている。レジ袋の中の卵パックがガタガタと震えている。


「毎年恒例の〈極皇杯〉の優勝候補潰し――雪渚が目的ね……。毎年毎年ホント飽きないわね……」


「全くですね。こんな蛮族が本戦に進める大会でもないでしょうに」


 ――〈竜ヶ崎組〉の元構成員たちの総数は、この場にいない、〈真宿エリア〉中をパトロールしている人数を含めると百人程度だろうか。そのうち二十人ほどが集まったこの場では、黒装束の集団と実力は拮抗しているように見受けられる。


「――オラァ!兄貴のシマに土足で踏み入ってんじゃねェぞゴルァ!!」


「――〈神威結社〉の皆さん!早く避難を!」


「と言ってもねえ……」


 ジト目で元構成員たちを見つめる陽奈子。彼女の目線の先の大乱戦は、決着のつく様子もない。


 ――こんな路上で邪魔すぎるだろコイツら……。


「……陽奈子。頼んでもいいか」


「うん!任せて!」


 陽奈子は八重歯を覗かせて嬉しそうに頷くと、軽く跳躍――空高く浮かぶ全身はまるで天女のように眩く輝いている。青空に昇った太陽がそれを更に際立たせる。


 ――陽奈子は強い。俺の何十倍も、何百倍も。彼ら弱者は、その力を測れる物差しを持っていないのだ。だから実力差に気付けない。


「宮本さん、大丈夫ですからね」


「ええ……ありがとう、天音ちゃん」


 陽奈子が快晴の空の下、ガントレット――〈キラメキ〉を構えて急降下する。――その途端。住宅街のアスファルトは眩い白い光に包まれた。


 まぶたを開くと、視界に映るのは、俺たちに宮本さん、困惑した様子の〈竜ヶ崎組〉の元構成員たちだけだった。目線を下に向けると――黒装束に身を包む者たちはアスファルトの上に一様に倒れていた。陽奈子のお家芸――瞬殺である。


「陽奈子、ありがとう」


「うんっ!雪渚!」


 陽奈子の両手を包んでいたガントレット――〈キラメキ〉が光に包まれて消滅する。こちらに駆け寄ってきた陽奈子は、天音の背後から顔を出した宮本さんに声を掛ける。


「宮本さん!もう大丈夫ですよ!」


「ありがとう陽奈子ちゃん。流石〈十天〉ねえ……」


「へへー!」


 陽奈子は鼻高々といった様子だ。構成員たちがぞろぞろと俺の下に集まってくるのを横目に、俺も続けて口を開いた。


「宮本さん。〈神威結社ウチ〉の者がエリア内を終日パトロールしていますが、まだまだ危険なのは変わりません。〈極皇杯〉が終わるまでは外出を控えられた方が良いかと……」


「そうね、雪渚ちゃん。そうさせてもらうわ」


「すみません、大概は俺狙いの連中でしょうからご迷惑お掛けして申し訳ないですが……」


「何言ってるの雪渚ちゃん!〈竜ヶ崎組〉の元構成員の皆さんがパトロールしてくれるようになってから随分と安全になったのよ?」


 ――〈竜ヶ崎組〉の壊滅に伴って仕事も失い、〈神屋川かやがわエリア〉での居場所も失った〈竜ヶ崎組〉の元構成員たちには、給料制での〈真宿エリア〉内のパトロールを命じている。


 ――元々は金は受け取れないと言い張っていたが、話し合いの末、彼らが〈神威結社〉の傘下に加わる形となった。どちらにせよ俺を慕って従順に動いてくれている。


「そうっすよ兄貴!俺らを受け入れてくれた〈真宿エリア〉の皆さんのためにも、手出しはさせねぇっす!」


 ――先日雷霧から奪い取った三百枚の虹金貨こうきんか。僅か二週間程度で拓生が五千枚近くにまで増やしてくれた。拓生の商才には頭が上がらないばかりだ。百人程度の毎月の給料を支払うことは、拓生がいる以上特に問題はない。


「そうよ雪渚。新世界全体で見ても今の〈真宿エリア〉は治安いい方よ?」


 ――突然路上で襲撃されておいて「治安が良い」と言える感覚が異常だと思うのは、俺が八十五年前の旧世界を知っているからだろうか。こんな襲撃も最早もはや、途中から数えていない。


「私の〈十天〉公開や陽奈子さんの〈神威結社〉への加入が抑止力になってはいるのですが……まだ女だからと舐められているのかもしれませんね」


「〈十天〉のアンチも……少ないけど一定数はいるもんね」


「ええ。とは言え〈極皇杯〉が終われば多少落ち着くでしょう」


「うーん、まあそうだな。じゃあ宮本さん、お気を付けて。護衛に二人くらい付けますか?」


 立てた親指を背中越しに構成員たちに向けて宮本さんに問う。


「大丈夫よ雪渚ちゃん。すぐ近くだから。ありがとうね」


 宮本さんは俺たちに再度礼を言って、レジ袋を抱えたまま去っていった。宮本さんが顔だけをこちらに振り返って手を振る。軽く手を挙げてそれに応える。


「――あのっ、日向ひなた様!先程の攻撃は……?」


 その様子を静観していた〈竜ヶ崎組〉の元構成員たち。数にして二十人ほど。そのうちの一人が陽奈子に疑問を投げ掛けた。


「あー、あれ?大丈夫、気絶してるだけよ」


 ――〈竜ヶ崎組〉は世界二十位のクランだったということもあり、その構成員たちも下っ端とは言え決して弱くはない。大半が中級異能――〈十天〉を始めとする神話級異能ばかりと交流していると感覚が麻痺するが、中級異能は新世界の三割程度しか存在しない優秀な部類な異能だ。


「えっ……あの一瞬で全員気絶させたんすか!?ですがどうやって……」


「――おいお前……!〈十天〉の日向様だぞ……!俺たちが理解できるわけねーだろ……」


 ――とは言え彼らから見ても〈十天〉は規格外すぎる。先刻の陽奈子の攻撃は俺の目にも止まらぬ早さで、俺も理解できていない。


「コイツらの後処理は頼むわね」


 ――陽奈子の持ち味は「光速近接格闘」だ。光の速さでぶん殴って光の速さで蹴り飛ばす――恐らく、あの瞬きの一瞬で二十人近くの黒装束に死なない程度の打撃を加えて気絶させたのだろう。人間業じゃないが。


「しょ、承知しました!」


「さ、流石さすが日向様……」


「それで?今日は他に問題はなかったか?」


「は、はい兄貴!他に二件、〈オクタゴン〉への襲撃はありましたが我々で対処済みっす!住民の方々にも我々にも被害はありません!」


「そうか。お疲れ様」


 ――今のところ〈真宿エリア〉の住民に被害は出ていない。パトロール制度を敷いたのが功を奏した。


「兄貴!俺らも交代で〈極皇杯〉の応援に行くんで!勝ってくださいね!」


「バカお前!あのクソ組長を倒した兄貴が簡単に負けるかよ!」


「巽も出るんすよね!?応援してます!」


「なんせこの〈真宿エリア〉のエリアボスっすからね、兄貴は!絶対優勝しますって!」


 ――エリアボス、という概念がある。世界六国に存在する全六十四のエリア。その各エリアで最も異能バトルが強い者がエリアボスとなる。世界六国が定めた公式のものではないが、例えば以前の〈神屋川エリア〉なら竜ヶ崎龍、〈歌舞姫町エリア〉なら雷霧、〈桜和門エリア〉なら師匠というワケだ。


「アンタらホント調子いいわね……」


 ――その理論で言えば〈真宿エリア〉のエリアボスは〈十天〉・第二席――すなわち、世界二位の実力者である天音であるべきなのだが、俺が天音の所属する〈神威結社〉のクランマスターだからだろうか、俺がエリアボスという扱いになっている。


「まあそうだな。善処するよ」


 ――兎角とかく、そういう意味では、竜ヶ崎が俺を「ボス」と呼んで慕ってくれるのもあながち間違いではないということだ。


「せつくん、そろそろ竜ヶ崎さんと御宅さんもお戻りかと」


「ああ。じゃあお前ら、またな」


「「「はい兄貴!お疲れ様です!」」」


 頭を下げる構成員たちの下を去り、ロータリーに囲まれた〈オクタゴン〉――その正八角柱の白い建物の目の前まで辿り着く。門の前では二人の構成員が門番として立っていた。


「「兄貴!お疲れ様です!」」


「おう、ご苦労。竜ヶ崎と拓生は戻ってるか?」


「はい、先程お帰りになりました!」


「そうか」


 門番の二人が門を開く。天音、陽奈子と共に玄関までストーンタイルが敷かれた庭園を歩く。庭園の中央で威厳を放つ噴水は、轟々と水を噴き出していた。太陽の光を浴びた水がキラキラと輝いている。


 ――〈極皇杯〉。予選開始まで、あと、二十二時間。

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