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1-61 恋する太陽

 雷霧と共に喫煙所を出て、余韻を残すロビーに足を進める。するとよく知る面々が俺たちを出迎えた。天音に竜ヶ崎、拓生――〈神威結社〉の仲間と日向だ。


「――おォ!ボス!最高の試合だったぜェ!」


「雪渚氏!お疲れ様でしたな!」


「おお、みんなか」


「せつくん、優勝おめでとうございます」


 そううやうやしく頭を下げる、メイド服に身を包む天音。彼女の目が、少しだけれているような気がした。


「ああ、ありがとう。天音、大丈夫か?」


「あ、いえ、感動してしまっただけですよ。ご心配なく」


「……そうか」


 ――そう言えば……言ってなかったな。


「天音」


「はい。なんでしょう」


 不思議そうな表情を浮かべた天音の目を見て、俺は言った。


「――蘇らせてくれて、ありがとう」


 天音の目に、ぶわっと涙が溢れる。天音は、涙声で、それでも嬉しそうに返事をくれた。


「はい……っ!せつくん……っ!」


「ケッ♪オレもねぎらえや♪」


「――雪渚!すごかったのだ!」


 悪態をつく雷霧。それを横目に、竜ヶ崎の背後から顔を出した、羊の着ぐるみから顔だけを出した少女――手毬だ。


「お、手毬か。なんだ来てたのか」


「ボクだけじゃないのだ!雪渚の知り合いもたくさんいたのだ!」


「幕之内氏なんか感動しておいおい泣いてましたな……」


「みんな雪渚のこと褒めてたのだ!」


「ええ、皆さんからせつくんによろしくと言伝ことづてを預かっております」


 天音が涙を拭いながら、手毬の言葉を補足する。


「へー、幕之内まで。そうか」


「お♪幕之内って言やあじょうか♪なんだアルジャーノン♪知り合いかよ♪」


「まあな」


 ――雷霧が優勝した昨年の第九回〈極皇杯きょうのうはい〉。竹馬ちくば大学で出会った幕之内丈も雷霧と同様に昨年の〈極皇杯〉のファイナリストだ。その準決勝で二人は戦ったと聞く。交流もあるのだろう。


「銃霆音氏に敗れたとは言え、昨年の〈極皇杯〉での幕之内氏の活躍は素晴らしかったですからなぁ」


 そして、先程から俺と目を合わせない――正確には、俺が目を向けると照れたように視線をらしてしまう一人の女の姿があった。カールのかかった毛先にかけて美しい桜色のグラデーションとなった金髪ツインテールに、服装は白いキャミソールと、黒いレザーショートパンツ。見せパンスタイルにヘソ出しファッションの彼女――日向陽奈子は顔を赤らめながら、俺の目を見ず、照れ臭そうに口を開いた。


「……や、やるじゃんアンタ。ちょ、ちょっとカッコよかったよ」


「あれあれー♪日向どしたん話聞こか♪」


 何かを感じ取った雷霧が日向を揶揄からかう。日向はそんな雷霧を無視して、俺の目をしっかりと見て、言った。


「あの、夏瀬……ううん、雪渚。あの、ありがと。アタシを銃霆音から庇ってくれたこと」


「礼を言われるほどのことはしてないさ」


「うわ日向♪お前女の顔してんじゃん♪散々男をフってきたお前が?おもろ♪」


「ちょっ……銃霆音うざいんだけど!」


「ラッパー的には褒め言葉だぜそれ♪」


「ご、ごめん雪渚、えっとね、あ、あの、その、お願いがあるんだけど」


「おい♪オレ無視かい♪」


「お願い?俺にできることなら協力するが」


 天音、拓生、竜ヶ崎、手毬が不思議そうに日向に注目していた。日向は、驚くべきことを口にする。


「――えっとね、あ、アタシを〈神威結社〉に入れてほしい……です」


「――おォ!いいじゃねェかァ!」


「すごいのだ!陽奈子もボクたちの恩人だから嬉しいのだ!」


 何も考えていない様子の竜ヶ崎と手毬が喜ぶ一方で、天音と拓生が目を丸くしていた。同じクランに〈十天〉が二人――それが意味するところを理解しているのだろう。


「おいおい♪マジかよ♪日向お前〈十天〉だぞ♪それが何を意味するのかわかってんのか♪」


「もー銃霆音!マジうるさい!」


「〈十天〉が同じクランに二人なんてあっていいわけねーだろ♪バランス崩壊で大幅ナーフ案件だぞ♪」


「そういうルールがあるのだ?」


「おーチビッ子♪そうじゃねーけどよ♪これ……世界が揺れるぞ♪」


「いやはや驚いてしまいましたが……〈神威結社〉に日向女史が加入というのは喜ばしいことですぞ!」


「え、ええ……そ、そうですね」


 天音ははっきりしない様子だ。何か、違和感を感じ取った。


「んでこれ♪どーすんだよアルジャーノン♪」


「ど、どうかな雪渚……」


 俺の回答を悪気なく上目遣いで待つ日向。そのルビーの瞳には期待の色が浮かんでいる。日向の前髪に着けられた太陽をかたどったバレッタが、ロビーを照らす照明を幻想的に反射している。


「歓迎するよ日向。よろしくな」


「ほ、ほんと!?うれしい!」


「マジかよ♪アッツ♪」


「いいだろ?みんなも」


「もちろんですぞ!」


「おいおいボス!陽奈子が入るなんて最高だぜェ!〈神威結社〉がより最強に近付くじゃねェかァ!よろしくなァ陽奈子ォ!」


「え、ええ……嬉しいです。日向さん、よろしくお願いします」


 そんな天音の様子に気付いた日向は、申し訳なさそうに天音に声を掛けた。


「あ、ごめん、あまねえ、アタシ勝手に……。もしかしてアタシが入るの嫌?」


「い、いえ、私も嬉しいです。日向さんが入ってくださるならとても心強いです」


「そっか、よかった!」


 ――少し変だな。このEMBの直前までは二人は仲が良い様子だったし、実際に俺もそんな印象を受けた。天音も日向の加入は喜ぶと思ったが……。何かあったのか?


「うへー♪おもろ♪」


 まさかとは思っていたが、この状況――俺は確信せざるを得なかった。


 ――いや……これマジか。超修羅場じゃん。


 ――天音の気持ちを大事にしてやりたいのは勿論なんだが、かと言って日向に今更「やっぱ無理です」と言うのは酷すぎる。


「よろしくですぞ!日向女史!」


「うん!オタクくんもよろしくね!」


 ――マジで慎重に様子を見ながら行こう。


「アルジャーノン♪一応言っとくが、日向は〈十天〉・第七席――第八席のオレより上の席次だ♪これが何を意味するのかわかってんのか?」


「なんだ雷霧。お前、オレの方が強いとか〈十天円卓会議サミット〉で言ってただろ」


「意地悪だな、アルジャーノン♪アレもアルジャーノンを煽るための方便だよ♪あー〈十天円卓会議サミット〉では悪かったな日向♪まあ何が起こるかわかんねえぞ♪気ぃ付けろよ♪」


「銃霆音氏……さらっと謝罪を挟みましたな……」


「うるせーぞ豚ちゃん♪つーかアルジャーノン♪約束の虹金貨こうきんか三百枚だがどーするよ♪細かいのねーから虹金貨こうきんかで良けりゃ今すぐ渡せるっちゃ渡せるが♪」


「今貰ってもな……」


「雪渚氏、よろしければ小生の異能、〈霧箱ウィルソン〉で運びますぞ!」


「ああ、その手があったか。ホント便利な異能だな」


「おけ♪」


 そう短く返事をし、クイッと指を動かす雷霧。またあのときと同様に、大きな電気エネルギーの塊が、まばらに人の残ったロビーを駆け抜け、こちらに迫ってきた。


 雷霧がパチンと指を鳴らすと、その電気エネルギーが眼前で放出され、中から大量の――三百枚の虹金貨こうきんかが現れる。照明を受けて輝きながら、虚空から床にジャラジャラと落ちる三百枚の虹金貨こうきんか。照明を受け、三百枚の虹金貨こうきんか煌々(こうこう)と虹色の輝きを放つ。その光景は、圧巻と言う他なかった。


 ――日本円で三億円……!エグい……!旧世界の俺じゃきっと一生懸けても稼げなかった金額だ……。


「マ、マジかよォ……!もしあのときこの額がありゃァ何回アタイはクソ兄貴を殺すチャンスがあったんだよォ……!」


「これは……凄まじいですな……。今の時代……常人が一生かかっても到底稼げない額ですぞ……。それをたった一夜で……!」


 驚嘆の声を漏らす竜ヶ崎や拓生。兄である竜ヶ崎龍――奴を殺すチャンスを得るために毎日金を稼ごうと奔走ほんそうしていた竜ヶ崎や、商人である拓生にとっては、特にその価値が一層増して見えるのかもしれない。


「受け取れよアルジャーノン♪お前は本気のオレに勝った♪これを受け取る権利がある♪」


「当然断らねーぞ。ありがたくいただこう」


「おう♪」


虹金貨こうきんか三百枚ですぞ……!?一生遊んで暮らせる額をこんなあっさり……流石〈十天〉ですな……」


「拓生、じゃあ頼む。後で〈オクタゴン〉の倉庫にあった金庫にでも鍵をかけてぶち込んでおこう」


「りょ、了解ですぞ……!」


 未だ驚きから抜け出せない様子の拓生は、そう言って、いそいそと虚空に虹金貨こうきんかを放り込み始めた。竜ヶ崎と手毬が、床から虹金貨こうきんかを拾って拓生に次々と投げ渡している。


 すると、何か着信音のようなものが鳴った。ポケットからスマホを取り出す雷霧の様子を見るに、雷霧に仲間から連絡があったようだ。


「じゃあなお前ら♪オレも仲間んとこ戻るわ♪」


「ああ、達者でな」


「おう♪」


 そうして、雷霧はポケットに片手を突っ込んだまま去っていった。もう片方の手をひらひらと動かしながら。雷霧との死闘を経てお互いを理解し合ったこの夜、去ってゆく雷霧のその背中は、何処どこたくましくも思えた。


「ボクもまたジョーの家でグータラしに戻るのだ!」


「手毬さん、お元気で」


「手毬女史もまた会いましょうぞ!」


「おォ!そうか手毬!元気でなァ!」


「またなのだ!雪渚!〈極皇杯〉の決勝で会おう、なのだ!」


 そう言って手毬は、着ぐるみの羊の手をぶんぶんと振ってスキップで帰ってゆく。視界の端に映る日向は、顔を赤らめたまま、心臓を抑えて、ただ一点を見つめていた。


「日向はどうするんだ?一応俺たちシェアハウスみたいな感じで暮らしてるんだが、日向も来るか?荷物は後日でもいいぞ」


「あっ、えっと、う、うん……。そうする。ありがと」


「そうか。じゃあ俺たちも帰るか。〈オクタゴン〉に」


「そうですな!」


「はい、せつくん」


「おォ!帰ったらまたトレーニングだぜ拓生ォ!」


「いや竜ヶ崎女史……!それは勘弁してくだされ……!」


 エントランスから外に出る。夜空には満月が浮かんでいた。今日あった出来事に、思いをせる。


 ――長い夜だった。天音が〈十天〉・第二席だと判明したことから始まり、〈十天円卓会議サミット〉での〈十天〉との邂逅かいこう。そして〈十天〉・第八席――銃霆音雷霧との衝突。日向の辛い過去。銃霆音との決死の異能戦。そして――銃霆音と言葉で殺し合った決勝戦。


 EMBが始まる前、大会の真っ最中は人がごった返していたこの敷地内も、大会の余韻を残しつつも、それが静かに夜空に溶けていくかのように、まばらに人が残っているだけだ。


「いやはや……さっきまで地獄のように人が密集していたのが嘘みたいですな」


「二時台が終電なんだろ?皆急いで帰ってるなこりゃ」


「今夜の決勝戦は……きっと皆さん、一生忘れないでしょうね」


 天音はそう言って、満月が上る夜空を見上げた。夜風が吹き付け、天音が雪のように白い髪を掻き上げる。その光景は美しく、まるで天音の声音が、夜空に溶けてゆくように感じた。


「――ボス!ちょっと駅まで急いだ方がいいんじゃねェかァ?」


「ん……そうだな。行くか」


 そうして背後の皆を振り返ると、日向が何かを覚悟したような、そんな表情を浮かべた。月明かりが、日向の可愛らしい金髪ツインテールと、桜色の毛先を優しく照らしていた。そして、日向は言った。


「あ、アタシ、あまねえに話があるからみんな先行ってて」


「日向さん……」


「おや……そうなのですかな?」


「おォ!間に合わなくなるから急げよォ!」


「竜ヶ崎女史、お二方は最悪飛べますぞ?」


「おォ!そうだったなァ!」


 俺は日向と天音に一言残し、拓生や竜ヶ崎と共に超渋谷駅へと向かう。


「そうか……。じゃあ先に帰ってるぞ。まあ二人なら大丈夫だろうが、気を付けてな」


「う、うん。ありがとう雪渚」


「はい。せつくんたちもお気を付けて」


 夜風が、何かを予感させるように吹き付け、俺の白い髪がなびいた。

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