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1-60 第八席

「「「「「Wooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo!!!」」」」」


 ――またか……!歓声は半々……!これは……!


 必死に歓声を上げる。それは竜ヶ崎さん、御宅さん、日向さん、手毬さんも同様だった。


 会場中から、せつくんに浴びせられる声援は、Thunder(トンダ) Rhyme(ライム)にも負けていない、割れんばかりのうねるような大歓声だった。あまりに拮抗きっこうした大接戦――決め兼ねた司会が、もう一度皆に問う。


『もう一度聴かせてください!先攻――Thunder(トンダ) Rhyme(ライム)!!』


「「「「「Wooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo!!!」」」」」


『後攻――MC Algernon(アルジャーノン)!!』


「「「「「Wooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo!!!」」」」」


 必死に歓声を上げる。そして――勝者が決まった。


『勝者……ッ!!MC Algernon(アルジャーノン)!!』


 ――勝った……!


『よってEXTREME MC BATTLE 2110 GRAND CHAMPIONSHIP FINAL!頂点に立ったのは――MC Algernon(アルジャーノン)!!!!』


 ――せつくんが勝った……!


「「「「「Wooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo!!!」」」」」


 司会がステージの下手しもてに立つせつくんを指し示す。大歓声と拍手喝采はくしゅかっさいがせつくんにこれでもかと浴びせられる。せつくんは、握った右の拳を天高く掲げていた。


 ――おめでとう……!おめでとうございますせつくん……!


「っしゃァ!ボスが〈十天〉をったぞォ!」


「おめでたい!おめでたいですぞ!雪渚氏!」


「すごいのだ!雪渚はすごいのだ!」


 一方のThunder(トンダ) Rhyme(ライム)――〈十天〉・第八席――銃霆音雷霧は、マイクを通さずに、全てを出し尽くした様子で、アリーナの天井を見上げ、一人呟いた。


「…………そうか♪負けたか♪」


 むことのない拍手の意味は、せつくんを祝福するだけではない。全力で戦い、私たちを何度となく沸かせたThunder(トンダ) Rhyme(ライム)への賞賛の意味も多分に含まれていた。


『おめでとうございますMC Algernon(アルジャーノン)!こちらが優勝賞金になります!』


 せつくんは、司会の男から優勝賞金の「¥20,000,000」と記載された大きな賞金ボードを、頭を下げながら受け取った。


 ――ちなみにこの新世界では、昔の日本のように「何々円」と数字で額を表すことは滅多にないが、記載するならば一応当時の日本円基準で記載することになっている。要は、優勝賞金は二千万円という大金だ。


 そして大きな賞金ボードを受け取ったせつくんは、マイクを通して視界の男に問うた。


「あのー、これ、今換金できます?」


『えっ……と、今ですか?』


 会場中のオーディエンスも不思議そうに騒めき立つ。せつくんは、毅然きぜんとした態度で答えた。


「はい。今です。図々しいついでに、虹金貨こうきんか白金貨はっきんかではなく金貨あたりだとありがたいんですが」


『えっと……すみません、MC Algernon(アルジャーノン)。今すぐにこの額は――』


「――お♪オレが立て替えまっせ♪」


 口を挟んだのはThunder(トンダ) Rhyme(ライム)――銃霆音さんだった。銃霆音さんは、指をクイッと動かすと、会場の後方からバチバチと火花を散らす大きな電気エネルギーの塊を引き寄せた。それは私たちの頭上を超えて、ステージ上の銃霆音さんの手元に向かってゆく。


『あっ、ありがとうございますThunder(トンダ) Rhyme(ライム)


「いいんすよ♪世話になってるんで♪ほらMC Algernon(アルジャーノン)、受け取れよ♪おめでとう♪」


 銃霆音さんが指をパチンと鳴らすと、大きな電気エネルギーの塊の中から、金色こんじきに輝く大量のまるい硬貨――金貨が現れた。せつくんがそれを受け取りながら、呆れた様子で銃霆音さんに問う。


「ああ、ありがとう。お前その異能……万能すぎないか……?」


「〈十天〉舐めすぎっしょ♪ま、いいけどよ♪で、なんだ♪」


「ああ……」


 せつくんはそう短く答えると、その大量の金貨を、会場へと散蒔ばらまいた。アリーナに、金の雨が降る。


「「「「「Wooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo!!!」」」」」


 観客たちがそれを両手を挙げて受け取る。そして、せつくんはマイクを片手に言った。


「優勝させてもらっておいて悪いんだが、俺はラッパーには戻れない。生き返ったばっかで、まだ恩を返さなきゃならねえ奴がいるからな。だからこの賞金を受け取る資格はない」


「おほっ♪」


「この金はお前らが愛する音楽のために使え」


「カッケ♪アルジャーノンの時代で言うトコの日本円で二千万円だぞ♪」


「なーに、お前から虹金貨こうきんか三百枚――三億円ぶんどれるしな。〈神威結社ウチ〉には優秀な商人もいるし金の心配はねーよ」


「天才が♪何処どこまで仕組んでたんだ♪」


「さあな……つーか随分あっさりしてるんだな」


「ガチでって負けたのは初めてだ。結果には文句もねえ。オレがお前に上げたAudienceの声援を奪い取れるほど力がなかったってコトだ♪クソ楽しかったよ♪」


「そうか。俺もだ」


「改めておめでとうマイメン・アルジャーノン♪」


 二人は力強く握手――そして肩を抱き寄せ合った。〈十天円卓会議サミット〉での衝突から異能バトル、そしてMCバトルを経て、二人は認め合ったのだ。


『――改めてEXTREME MC BATTLE 2110 GRAND CHAMPIONSHIP FINAL!優勝は!MC Algernon(アルジャーノン)!!!』


「「「「「Wooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo!!!」」」」」


 そんな二人をたたえるように、拍手はいつまでも、いつまでも鳴っていた。いつまでも、いつまでも。


 ――こうして、第九十一回・EXTREME MC BATTLE GRAND CHAMPIONSHIP FINALは、夏瀬雪渚改め、MC Algernon(アルジャーノン)の八十九大会ぶりの優勝で幕を閉じた。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 ――数十分後。激闘を終えた夏瀬雪渚と銃霆音雷霧の両名は、「超渋谷第一体育館」内にある、出場者控室付近の喫煙所にいた。俺は煙草の煙を吐きながら、同じく壁にもたれ掛かって煙草を吸う銃霆音に問う。


成程なるほど……。お互いがお互いの思惑を完全に見透かした状態で戦ってたってことか」


「みてーだな♪つーか滅茶苦茶めちゃくちゃエグいバトルだったくね!?クッソ♪ギリ勝ったかと思ったんだけどな♪」


「もう途中から楽しんでしまったな」


「『音を楽しむ』で音楽だからな♪」


「シャバい音楽教師みたいなこと言うんだな……お前……」


「くーっ♪マジで最後、弾みで『九連宝燈チューレンポウトウ』って言っちまったのが悔やまれるぜ♪」


「つーか銃霆音、お前音源で十分結果出してんだからもうバトルしなくていいだろ。既に三連覇してんだろ?」


 ――銃霆音雷霧が〈鉛玉CIPHER(なまりだまサイファー)〉の仲間と共にリリースする音源――楽曲の数々。それはいずれも数千万回から数億回に上る再生回数を誇る。


 ――MCバトル――ラップバトルに出場するラッパーは、所謂いわゆる売名のために出場することが多い。バトルで結果を残し、自身の名を売って自身の音源に興味を持ってもらう。既にアーティストとして十二分じゅうにぶんに大成している銃霆音は、ラップバトルに出場する動機は薄いはずだ。


「バトル出る理由、ってか♪簡単だ♪オレと仲間たち――〈鉛玉CIPHER(なまりだまサイファー)〉の音源をこの新世界で聞いたことねえって奴を根絶やしにするまでオレはバトルに出続ける♪」


「一人残らずってか?イカれた夢物語だな」


「その夢を実現するため足掻あがくのもまたHIPHOPだろ♪それにアルジャーノンの時代のレジェンドたちに比べれば俺もまだまだだ♪〈十天〉であることにおごるつもりもねーよ♪」


 ――銃霆音雷霧。「フェイク野郎」であることの一点を除けば、恐らく文句のつけようのないラッパーだと俺は思う。


「異能バトルも良かったよな♪オレと引き分けるなんて立派じゃね?」


「あーそれ聞きたかったんだが……あれお前の何割だ?」


「お♪ガチで戦ってたのか、ってコトか♪まあそりゃ殺すつもりはなかったから多少は手加減したが、バイブス的にはガチだぜ♪んー、三割弱ってトコか?」


 ――あれで三割弱かよ。改めて〈十天〉――化物だ。


「……マジか。それで?俺は結局お前の御眼鏡にかなったのか?」


「ケッ♪それ聞くか♪文句なしの合格だよ♪」


「それなら良かった。これで駄目なら打つ手なしだった」


「次の〈十天円卓会議サミット〉でアルジャーノンを〈極皇杯きょくのうはい〉の〈十天推薦枠ワイルドカード〉として推薦する♪」


 ――〈十天推薦枠ワイルドカード〉。四十万人を超える〈極皇杯〉の全参加者のうち、一名のみに与えられる特別優待枠。本戦にシードで出場できるとか、そんなメリットがあるわけではない。ただ〈十天〉が推す一名、というだけの名前だけの枠。


 ――だが〈十天推薦枠ワイルドカード〉という名の通り、〈十天〉が推薦するというだけあって、その注目度は非常に高い。毎年、予選を実力で勝ち抜き、本戦でも好成績を残してきた。〈十天推薦枠ワイルドカード〉に選ばれるということは、優勝候補の烙印らくいんが押されるということと同義なのだ。


「まあ他の〈十天〉次第でもあるがまあ今日の一連のアルジャーノンの動き、俺の理想通りだ♪〈十天〉からも異論は出ねーだろ♪」


 ――まあ〈十天推薦枠ワイルドカード〉を狙っていたわけではないのだが貰えるというのなら貰っておこう。どちらにせよ、俺は注目を集めすぎた。今更「目立ちたくない」というのは無理な話だ。


「結果はババアあたりを通して伝えることになんのかね♪」


「お前その天音をそう呼ぶのやめろ。ぶち殺すぞ」


「おいおいつれねーな♪いくらアルジャーノンに言われてもやめねーぜ?オレはオレの信念でやってるからな♪」


「はあ……天音の前では言うなよ」


「勘違いすんなよアルジャーノン♪ババアもだが、オレは〈十天〉の連中は好きなんだよ♪こんなじ曲がっちまってるオレなんかを受け入れてくれたからな♪」


「それで〈十天推薦枠ワイルドカード〉を選ぶのに、独断であんなことしたのか」


「ああ♪恩義があるから〈十天〉の格を落とすような真似はできねえ♪〈十天推薦枠ワイルドカード〉の選出は〈十天〉にとっても大事なコト♪だったら『フェイク野郎』と言われてでも〈十天〉のためにガチで〈十天推薦枠ワイルドカード〉に相応ふさわしい人間を選ぶ♪そこでオレの中で、アルジャーノンに白羽の矢が立ったってワケだ♪」


「お前マジで後で日向に謝っとけよ……」


「どっちにしろ日向はオレのこと嫌いだろうから許してくれなさそーだが♪まあOK♪つかあのときのアルジャーノンのキレっぷりは感じたぜ♪」


「それイジんなよ……。流石にキレるだろあれは……」


「それを狙ってやったんだっつの♪……にしてもあのMC Algernon(アルジャーノン)れたのはオレの中でデケーわ♪これも蘇らせてくれたババ――おっと、天ヶ羽のお陰だな♪」


 ――天音は……「死者の蘇生」という、人間が絶対に犯してはならない禁忌を犯して、その代償として心が崩壊した。本来普通の可愛らしい女の子だったハズなのに、壊れた心を何とか保つために、自身が夏瀬雪渚に仕えるメイドなのだと、自身に「役割」を課した。その結果、日夜メイド服を着て、交際している俺にすら敬語で話すようになってしまった。


 ――そして銃霆音と直接戦ってみて確信した。神話級異能、〈雷槌トール〉――韻を踏む度に落雷を発生させる異能。いくら超常の異能と言っても、あんな天災級の落雷を発生させるには何らかのエネルギーが必要なハズだ。絶対に何かを代償としている。あんな異能を使って、人体が正常でいられるわけがない。


「なあ銃霆音」


「てか雷霧って呼べよマイメン♪一晩で二度も殺し合った仲だろ♪」


「……じゃあ雷霧。天音が神話級異能、〈聖癒ラファエル〉による蘇生術を使って……『壊れて』しまったのは知ってるよな?」


「まあな♪天ヶ羽はオレたちが生まれるよりずっと前から生きてるから、初めて会ったときからあの調子ではある♪〈十天〉は気をつかって誰も指摘しねーが、薄々は蘇生による代償なんだとみんな気付いてるよ♪」


「他の神話級異能も同様なんじゃないか?雷霧と戦ってわかった。神話級異能は……『異常』だ」


「アルジャーノンも神話級異能だけどな♪だがまあ正解だ♪歴史上――神話級異能を持った人間は、一人残らず三十歳を迎える前に死んでる♪」


 ――ネットに噂程度に書いてあったが……やはりか。天音は……老化するのを神話級異能、〈聖癒ラファエル〉によって相殺している。だから寿命の代わりに心を代償とした。


「三十歳を迎える前に死ぬって言っても戦死じゃねー♪異能ってのは寿命を削ってんだ♪上位ランクの異能であればあるほどな♪だから多分、オレもあと八年以内には死ぬ♪」


 そう言って銃霆音――雷霧は、煙を吐きながら虚空を見上げた。少しだけ、悲しそうな表情を浮かべながら。


「死にたくねーなあ♪まだまだやりてーこと色々あんだけどよ♪」


 ――改めて思う。この異能至上主義の新世界は異常だ。


「なあアルジャーノン♪教えてくれよ♪死ぬのって……怖かったか?」


「あのときは……そうだな。望んで海に沈んだからかな、不思議と死ぬのは怖くなかったよ。自分の身体に穴を開けたときはクソ痛かったけどな」


「そっか♪」


 先程まで心地良かったハズの煙草の煙。だが、このときだけは、肺を満たす煙草の煙が、不思議と不快だった。

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