1-59 Round3:稲妻は三度落ちる
『――わかりました!では歓声が僅差でも、この試合で決めましょう!それでは延長戦のbeatです!DJ New World!この素晴らしい試合の最後に相応しいbeatを!聴かせてください!』
ドゥクドゥクドゥクドゥク――スクラッチ音と共に流れ始めた最後のbeat。またもやこの決勝という舞台に相応しい名曲だ。
「「「「「Wooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo!!!」」」」」
観客が右手を高く掲げてビートに乗る。DJは数小節程度、そのbeatを観客に暫く聴かせた後、そのbeatは止まった。アリーナ中の観客からDJへと、賞賛の声が投げ掛ける。彼らのその声音には、この最高の試合の立役者の一人であるDJへのリスペクトに満ち溢れていた。
「「「「Nice DJ~!!!!」」」」
『最高のbeatです!それではいよいよ最後の試合です……!先攻後攻を決めるジャンケンを――』
せつくんとThunder Rhymeのジャンケン。何度かの相子を繰り返し、Thunder Rhymeはパーを、せつくんはグーを出して決まった。
『ではThunder Rhyme!先攻後攻、どちらにしますか!?』
「――先攻♪」
「「「「「Wooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo!!!」」」」」
やはりThunder Rhymeは先攻を取る。このことだけでも、Thunder Rhymeも本気でせつくんに勝ちたいという、彼の情熱が窺えた。
『それでは……EXTREME MC BATTLE 2110 GRAND CHAMPIONSHIP FINAL!決勝最終戦!先攻Thunder Rhyme!後攻MC Algernon!八小節四本!』
――せつくんなら大丈夫。きっと勝ちます。
『――Ready Fight!!!』
ドゥクドゥクドゥクドゥク――というスクラッチ音。いよいよ始まる最終戦に、会場中が前のめりになる。流れ始めたbeatに、Thunder Rhymeは最初から熱量全開で、身体中を使って、歌い始めた。
「Yo♪オレらが『賛歌』で起こす『酸欠』!!お前はまたしてろよ♪人生を『キャンセル』!!韻の神様が下した『判決』!!お前を葬る死神『ハーデス』!!!ハハッ♪」
「「「「「Wooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo!!!」」」」」
「最大級のリスペクト込めて『クリティカル』!!優勝まで牛蒡抜きの『フリーパス』!!理解ってる奴だけが『首振らす』!!背負った過去すら気付けば『武器になる』んだぜ!?」
「「「「「Wooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo!!!」」」」」
またしても会場はThunder Rhymeの空気。この空気の人心掌握術とパフォーマンスは凄まじい。――後攻・せつくんの1バース目。せつくんは、熱量を保ちながら、ジェスチャーを交えながら、クールにバースに入った。
「歩んできた人生の『延長線』!!この大波に巻き込む『青少年』!!『点と点』が繋がって『栄光へ』!!さあ終幕だ♪伝説の『決勝戦』!!!」
「「「「「Wooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo!!!」」」」」
観客へと向き、沸き立つのを煽るように手を広げて四小節目をクールに締めるせつくん。当然、これだけの押韻連打に、観客が沸かないわけがない。――せつくんの後半四小節が韻を畳み掛けるように続く。
「『ベートーヴェン』みたいにイカしたbeatの上で!もう一度、勝利の女神に貰った『生存権』!!」
「「「「「Wooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo!!!」」」」」
――せつくん……!
「腫らした『扁桃腺』!!MIC掴む手が『腱鞘炎』!!それでも叫び続ける日本の『伝統芸』だよ!!!」
「「「「「Wooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo!!!」」」」」
自身の喉と右手を順に指し示し、クールに1バース目を締め括ったせつくん。全踏みのその即興の完成度に、私たちも沸く他なかった。Thunder Rhymeは銀色のグリルを覗かせながら、小さく頷く。――Thunder Rhymeのターンが回ってくる。
「そのままもう一回死ねよ『R.I.P.』!!盆休みに行ってやるよ『墓参り』!!オレがレペゼンminorityの『代弁者』!!オレだってお前に『勝ちてえんだ』よクソが!!!!」
「「「「「Wooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo!!!」」」」」
Thunder Rhymeの足掻くように必死に声を荒らげて叫ぶ様は、どこか美しかった。せつくんと戦う敵でありながら、その本音の言葉に、私たちも沸かざるを得なかった。
「その上で!愛してるぜ『雪渚』!!おい『根暗』!!かくんじゃねーぞ『吠え面』!!てかさっきはやってくれたな!?オレの『両腕切断』!!『お礼』に『オレ』が二度目の自殺を『手伝う』!!!!」
せつくんにリスペクトを送りながら、それでもせつくんに絶対に勝ちたいというThunder Rhymeの想いが、痛いほどに伝わった。Thunder Rhymeの目をじっと見ていたせつくんは小さく頷く。――続くせつくんのターン。
「韻を踏むのなら『簡単で』!!俺の御前じゃ成れても『三番手』!!弔花に添えたるわ♪『曼陀羅華』!!お前の葬式で奏でる『ファンファーレ』!!!!」
「「「「「Wooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo!!!」」」」」
親指でDJを指し示し、四小節目を締めるせつくん。またせつくんの空気に塗り変わる。最早、勝負の行方はわからない。
「甦った先に広がる『新世界』!!俺は詐欺師の笑みには『騙されない』!!」
「「「「「Wooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo!!!」」」」」
「やっと自由を掴んだ『享楽主義者』!!!勝利の女神と交わした『婚約指輪』!!!」
「「「「「Wooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo!!!」」」」」
――享楽主義……意味するのは、刹那主義という意味もある英単語、「Ephemeralism」――〈エフェメラリズム〉。
――私たちだけに伝わるようなメッセージ。この人は……!
そして、迎えた最終戦の折り返し。反響するThunder Rhymeのアンサーが空を裂く。
「その女神が待った『八十五年』!!その間に壊れちまった『懐中時計』!!」
――そうだ。せつくんが言った「勝利の女神」は――私のことを指してくれている。せつくんは、私を大事に想ってくれている。
「『難攻不落』!観客全員、足下『ふらつく』!!味わった『苦楽』!ジョークもカードもマジの『ブラック』!!」
「「「「「Wooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo!!!」」」」」
「クリアした『クエスト』!!まだ送る『リスペクト』!!だがもっと声を枯らせと逆に『リクエスト』!!『二重結合』!!Algernon『is dead』!!また暗い暗い海の底まで『沈めるぞ』!!!!」
「「「「「Wooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo!!!」」」」」
HIPHOPにおけるパンチラインという言葉――決め台詞というような意味だが、その意味を知っていても、私はせつくんとThunder Rhymeのバースのどこがパンチラインなのかがわからないでいた。二人の言葉の全てが、パンチラインであるような気がしていたのだ。
せつくんの3バース目。二人は、楽しそうにステージの上で言葉を交わしている。
「当たらねえその『不発弾』!!何が『ブラック』だ!?お前の頭上に上がってるの『ホワイトフラッグ』じゃーん♪」
「「「「「Wooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo!!!」」」」」
そう言って、Thunder Rhymeを煽るように軽快に彼の頭上を指すせつくん。笑顔を浮かべながら、それでいて真剣で、とても楽しそうだ。この世界において、せつくんを知る者たちもまた、この凄まじい魂のぶつかり合いを見守っていた。
――嗚呼、せつくん。楽しいんだね……!
「つまりは白旗!『黒と白』!どっちが『玄人素人』!!『苦労を知ろうと』攀じ登った『蜘蛛の糸』!!」
「「「「「Wooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo!!!」」」」」
「確かに俺はあの夜『死んじまった』!!!天音はそんな俺を『信じ待った』!!!」
「「「「「Wooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo!!!」」」」」
私はもう既に、溢れ出る涙を抑えきることができなくなっていた。そんな私にトドメを刺すかのように、せつくんがそのバースを締める。
「あの日!言えなかった『助けて』の『メーデー』!!!東京、午前弐時、『酩酊』!!!」
「「「「「Wooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo!!!」」」」」
観客全員に語り掛けるように、そう3バース目を締め括るせつくん。そして、本当に最後の最後。お互いのラストバースが始まる。――先攻・Thunder Rhyme。
「違ェんだよ!人生の『経験値』!!『変幻自在』の韻で起こす『天変地異』!!雑魚はMIC握んなよ!『永遠に』!!堕とす『テポドン』『除け者』『ジェヴォーダンの獣』!!!」
「「「「「Wooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo!!!」」」」」
Thunder Rhymeの真骨頂――即興の凄まじい押韻連打。それは、まだ終わらない。
「響かす『重低音を』『九蓮宝燈』!これで『十連コンボ』!!!Thunder Rhyme!常勝街道!『毎度どうも』!!!」
「「「「「Wooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo!!!」」」」」
「白い鼠が『エンドロール』!!!オレの音楽は今宵!『天を昇る』!!!!!」
「「「「「Wooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo!!!」」」」」
またしても最高値を更新する大歓声。赤と青の無数のサイリウム――その彩りがThunder Rhyme――〈十天〉・第八席――銃霆音雷霧を賞賛する。――そして、せつくんのラストバース。
――白い鼠――アルジャーノン……か!何にせよ……これで、決まる……!
「『九蓮宝燈』は和了ったら死ぬんだぜ?『長ったらしく』踏む奴に制裁の『四十八手』♪」
「「「「「Wooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo!!!」」」」」
「『自分勝手』に踏むだけじゃ『一週間で』♪直行、超新星爆発、『ビッグバン』へ♪」
「「「「「Wooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo!!!」」」」」
クールに韻を踏むせつくん。大歓声は更に最高値を更新。せつくんの目を見て、せつくんの言葉を受け止めていたThunder Rhymeは、二本指を掲げて静かにせつくんを賞賛する。
――いける……!
「俺が韻踏めばStageは『地獄と化すぜ』♪時計の針が処刑の『時刻を指すぜ』!!!」
「「「「「Wooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo!!!」」」」」
腕時計を確認するジェスチャーを交えたせつくん。視界の端に映る日向さんのルビーの美しい瞳は、その瞳孔は大きく、まるで光を宿したように、揺れるように輝いている。意識せずに見つめてしまうのか、それとも目を逸らせなくなったのか、彼の姿を追う視線はゆっくりと、けれど確実に熱を帯びていた。
「さあ優勝を決めろよ!『老若男女』!!北欧神!日向に代わって『討伐完了』!!!」
「「「「「Wooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo!!!」」」」」
ただただ、歓声を上げるしかなかった。傍から見れば、ラップバトルの大会の会場で、泣きながら歓声を上げる白髪のメイド服の女――という滑稽な絵面だったかもしれない。だが、それでも良かった。
――決まった……!だが歓声の総量はThunder Rhymeも同格……!これは……!
「これは……何という……!どうなるのですかな!?わかりませんぞ……!」
「どっちもヤバかったのだ!」
「おォ……!もうアタイはどっちもすげェってことしかわかんねェよ……!」
会場中が騒めき立っている。そんな中、日向さんは――瞬きの回数が僅かに増え、頬にはうっすらと赤みが差していた。呼吸が浅くなり、唇は何かを言いたげに僅かに開くが、そのまま閉じられることが多い。
彼女の睫毛が僅かに震える。指先が無意識に自身のショートパンツの端を握る。心が追いつけずにいるのか、それとももう受け入れてしまったのか。けれど、確かに彼女の目は、まるで引き寄せられるように彼を映し続けていた。
――嗚呼、彼女は恋に落ちたんだ。
そして、せつくんを見つめたまま、彼女――日向さんは言った。
「あまねえ……。あまねえの彼氏……超カッコいいね……」
「はい……。私も惚れ直しました」
ステージ上で向かい合う二人の男の呼吸は荒く、二人はお互いの瞳を見つめたまま静かに呼吸を整えている。司会の男が、戦いの余韻を重く残す観客たちに告げる。その男自身も、少しだけ涙を浮かべながら。
『ここに立てることが光栄……!そう思うほどの……!最高の……!最高の試合でした!ですが……決めなければなりません!』
「――お前どっち!?」
「いやわかんねえって!」
「俺は決めたぞ!」
『――それでは……!ジャッジに入ります!より歓声が上がったMCが優勝――今回は、本当に僅かな差だったとしても、どちらかに決めさせていただきます!!』
カラフルなムービングライトやスポットライトの光がステージの上で交錯し、二人の姿を劇的に映し出す。
「よし!俺も決めた!」
「こっちだろ!」
『まずは先攻!Thunder Rhyme!!』
「「「「「Wooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo!!!」」」」」
割れんばかりの、途轍もない大歓声。その声音には、死力を尽くして戦ったThunder Rhymeへのリスペクトが満ち溢れていた。
『――続いて後攻!MC Algernon!!』
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