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1-58 Round2:戦う理由

 大歓声に包まれるアリーナ。隣でその試合を見守っていた竜ヶ崎さんが、興奮気味に声を上げる。


「――やべェ!よくわかんねェけどかっけェ!かっけェよボス!アタイはやっぱりボスについてきて良かったぜェ……!」


「すごいのだ雪渚!ボク、感動したのだ!」


「あのお二方……楽しそうでしたな……!」


「あァ!認め合ってるって感じがしたなァ!――って姉御ォ!泣いてんのかよォ……!」


「ふふ……それは竜ヶ崎さんもですね」


 一方の日向さんは、何も言わず、潤んだ目をキラキラと輝かせてせつくんを見つめている。頬は紅潮し、それは初めて見る日向さんの姿だった。


 ――ああ、そうか。日向さんは……。


 その思考を、自身を誤魔化すように振り払う。再びステージへと目を向ける。


 ――いや、ダメだ。今は、せつくんが全力で戦っている。私は最後まで見届けたい。


『――では延長戦のbeat!DJ New World!お願いします!』


 司会の男の言葉を受け、DJは次のbeatを流す。ドゥクドゥクドゥクドゥク――スクラッチ音と共に音楽が会場を包んだ。


「「「「「Wooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo!!!」」」」」


 会場中のオーディエンスが右手を高く掲げて前後に揺らす。二色のサイリウムの光に会場が染まる。数小節程度――しばらく音楽を流すと、DJはその音楽を止める。アリーナ中の観客からDJへと、賞賛の声が投げ掛けられた。


「「「Nice DJ~!!!」」」


『素晴らしいbeatです!それでは再び先攻後攻を決めるジャンケンを――』


 せつくんとThunder(トンダ) Rhyme(ライム)のジャンケン。Thunder(トンダ) Rhyme(ライム)はグーを、せつくんはチョキを出す。


『ではThunder(トンダ) Rhyme(ライム)!先攻後攻、どちらにしますか!?』


「――先攻♪」


「「「「「Wooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo!!!」」」」」


 先程先攻を取ったせつくんへの意趣返いしゅがえしのつもりなのか、食い気味に答えたThunder(トンダ) Rhyme(ライム)の言葉に、会場中の観客が沸く。


 ――不利なはずの先攻の奪い合い。これは最早もはや、二人の男としてのプライド――意地の張り合いだ。


『EXTREME MC BATTLE 2110 GRAND CHAMPIONSHIP FINAL!決勝延長戦!先攻Thunder(トンダ) Rhyme(ライム)!後攻MC Algernon(アルジャーノン)!八小節四本!』


 ――次こそ……!


『――Ready Fight!!!』


 司会の掛け声と同時に、ドゥクドゥクドゥクドゥク――というスクラッチ音。流れ始めたbeatに、Thunder(トンダ) Rhyme(ライム)がクールに入る。


「『後攻先攻』関係ねーよ♪オレが『高校の先公』みたいに『説教』してやるよ♪」


「「「「「Wooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo!!!」」」」」


「つまり『先攻後攻』『戦闘モード』♪Brrrr bang 『ヘッドショット』!!!」


「「「「「Wooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo!!!」」」」」


 左手を銃口に見立ててせつくんの頭を撃ち抜くジェスチャー。会場が沸くのは必然だった。


 ――やはり上手い……!また会場の空気を自身の色に塗り替えた……!


此奴こいつが隣に連れてる『メイド』♪『冥土めいど』の土産みやげに『グレネード』で『致命傷』!!」


「「「「「Wooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo!!!」」」」」


「お前も感じるだろ?渡る世間は『馬鹿ばっか』♪『|Undergroundアンダグラン』からい上がって『No.1(ナンバーワン)』だ!!!Baby♪」


「「「「「Wooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo!!!」」」」」


 ――強い……!だけど……!


 真剣な眼差しでThunder(トンダ) Rhyme(ライム)のバースを聞いていたせつくんが、スクラッチ音――交代の合図と同時にマイクを口に近付ける。


「『No.1(ナンバーワン)』は俺だろ♪この『エキシビション』♪でもゴメンな、俺は『手厳しいぞ』♪い度胸だな?このbeatはお前の葬式で唱える『お経かな』♪」


「「「「「Wooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo!!!」」」」」


 クールに親指でDJを指し示しながら四小節目を締めたせつくんに会場が沸く。交代の度に空気がせわしなく塗り変わる。


「そうだぜ『馬鹿ばっか』!!『だがあんた』を超えて!勝鬨かちどきいななく『三冠馬さんかんば』!!」


「「「「「Wooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo!!!」」」」」


「バッチリめてく『beats(ビーツ)rhyme(ライム)』!!アウェーな状況、『引っり返す』!!!」


「「「「「Wooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo!!!」」」」」


 クールに締めながら、熱量バイブスを保ったままのせつくん。時折、せつくんの言葉に強く頷くThunder(トンダ) Rhyme(ライム)が印象的だった。そして、そんなThunder(トンダ) Rhyme(ライム)の2バース目。


「――おい!アウェーな状況、引っ繰り返して!その先、何を残すかが『大事』!!韻を踏むたび呼び起こす『雷神』!!Wack MC!今宵こよい『鬼退治』!!!」


「「「「「Wooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo!!!」」」」」


「オレの愛したHIPHOPは!地獄からい出たガキを救った!!!オレの愛したHIPHOPは!こんなオレでも差別はしなかった!!!」


「「「「「Wooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo!!!」」」」」


 親指で自身を指し示すThunder(トンダ) Rhyme(ライム)。もう何度目なのかもわからない、大歓声。魂を込めたThunder(トンダ) Rhyme(ライム)のバースに、せつくんの2バース目が続く。


「俺が歩んだ『人生は』!茨道のその先で『死んでいた』!!俺が歩んだ『人生は』!俺の自殺で一度幕を閉じた!!」


「「「「「Wooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo!!!」」」」」


 ――せつくん……!


「俺が歩んだ『人生は』!全部俺の弱さが生んだって『知っていた』!!でも最期は笑って『死にてえんだ』!!うたえ!俺の二度目の『人生譚じんせいたん』!!!!」


「「「「「Wooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo!!!」」」」」


 ――嗚呼ああ、やっぱり私の彼氏は……カッコよすぎる……!


 歓声を上げた私の視界の端に映った日向さんは、もう、せつくんに釘付けだった。その表情が語る意味を、私は理解してしまっていた。――そして、大歓声と熱気の中、Thunder(トンダ) Rhyme(ライム)の3バース目。


「え?お前が超えてきた『茨道』?オレはその茨を刈り取る『芝刈り機』だぜ?」


「「「「「Wooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo!!!」」」」」


「『ブッ飛んだライム』で『延長戦オーバータイム』も『ドラマチック』に『Thunder(トンダ) Rhyme(ライム)』が『on the MIC(オンザマイク)』だぜ!!!」


「「「「「Wooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo!!!」」」」」


「おい!海の底で沈んでた『白骨化死体はっこつかしたい』は!!板の上じゃ『単独最下位』!『敗退』『バイバイ』オレに『拍手喝采はくしゅかっさい』~!!!」


「「「「「Wooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo!!!」」」」」


「飽くまで即興!『完全即興トップオブザヘッド』!!オレに勝てるなんて『思うんじゃねーぞ』!!!」


「「「「「Wooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo!!!」」」」」


 サイリウムが会場の至るところで掲げられ、ぶんぶんと振られていた。観客も一体となって、二人の戦いにのめり込んでいる。――そして、せつくんの3バース目。


「――逆だ、思い上がり『をするんじゃねーぞ』!お前ブッ殺して俺が『|Congratulationsコングラッチュレーション』!!」


「「「「「Wooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo!!!」」」」」


「『白骨化』?震えてるけど『大丈夫か』?俺が勝者でお前が『敗北者』ぁ!!!」


「「「「「Wooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo!!!」」」」」


 全身を使って韻を落とす。完全に決まったアンサーは、会場が沸くのに十分だった。


「借金でガス・電気・水道!全部止められた!!その部屋で!俺の心臓だけが動いてた!!」


「「「「「Wooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo!!!」」」」」


 ――私と出会う少し前の話……。せつくんのバックボーンが、人生が、この音楽に乗っている……!


「財布の中身は『からだった』!!でも物語は『そこからだった』!!!」


「「「「「Wooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo!!!」」」」」


 ――即興で「そこから」と「底から」のダブルミーニング……!


 竜ヶ崎さんが飛び跳ねる横で、私たちも歓声を上げる。気付けば私の目には、涙が流れていた。――矢継ぎ早に続く、Thunder(トンダ) Rhyme(ライム)のラストバース。


「武者震いだぜ?背負った『客の期待』!!そうだろ?未来も変わるよな?『角度次第』!!」


「「「「「Wooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo!!!」」」」」


「ラップの先輩相手に見せる『格の違い』!!ブッ殺してやるから『覚悟しな』!!アーイ!!!」


「「「「「Wooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo!!!」」」」」


 またしてもハイレベルなアンサーに子音踏みの固い韻。会場が沸き立つ。


「敗北の苦渋くじゅうを味わう『こともない』!!勝利の美酒で酔わせる『小野小町』!!」


「「「「「Wooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo!!!」」」」」


「言葉の『連鎖反応』♪『喧嘩番長』♪お前『変な格好』♪断末魔が鳴り響く『Jアラート』!!!」


「「「「「Wooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo!!!」」」」」


 この日一番かとも思うほどの大歓声。――せつくんのラストバースが続く。


「小野小町、楊貴妃ようきひ、『クレオパトラ』!!言葉はあんたを殺せる『夢と魔法だ』!!」


「「「「「Wooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo!!!」」」」」


 ――いや、せつくんも負けていない。


「俺は仲間がいるから『負けられない』!!仲間背負ったなら人生は『辞められない』ンだよ!!!」


 ――せつくん……!!


「空まで『飛翔』!再び動き始めた『心臓』!手を伸ばした先にうしなったハズの『希望』!」


 ――勝って……!


「最期は笑うって見据えた『理想』と『ビジョン』!!ちなみにさっき言ったのが『世界三大美女』だ!!!」


「「「「「Wooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo!!!」」」」」


 またしても割れんばかりの大歓声。歓声が反響する。それは決してThunder(トンダ) Rhyme(ライム)に上がった歓声に負けていなかった。いや、むしろそれを喰い殺すほどの……。


「――いやこれどっち!?」


「MC Algernon(アルジャーノン)やべえだろ!アンサー鬼すぎ!」


Thunder(トンダ) Rhyme(ライム)押韻おういんもヤバいぞ!」


「即興のレベルじゃねーって!会話噛み合いすぎっしょ……!!」


「わかんねえこれ!」


『延長戦もヤバい……とんでもないバトルでしたが……!決めなきゃいけません……!』


 騒めき立つ観衆へ、司会の男が興奮した様子で告げる。隣にいる竜ヶ崎さんが声を上げた。


「――ボスで決まりだろォ!『くらった』ぞアタイはァ!」


「今度こそ雪渚の勝ちなのだ!」


「いやはや感動しましたぞ!小生も雪渚氏に声を上げますぞ!」


 ――私も同感だ。特にせつくんのラストバース。「世界三大美女」という締め方は見事としか言いようがない。しかもそれが即興……Thunder(トンダ) Rhyme(ライム)へのアンサーにもなっている。


「つーかよォ!『セカイサンダイビジョ』ってのはなんだァ!?食えるのかァ!?」


「マジですか竜ヶ崎女史……」


 ――Thunder(トンダ) Rhyme(ライム)も無論見事だが、今度こそはせつくんが……!


『――それでは……!ジャッジに入ります!改めて、より歓声が挙がったMCが優勝となります!!まずは先攻!Thunder(トンダ) Rhyme(ライム)!!』


「「「「「Wooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo!!!」」」」」


 ――大歓声……ヤバい。どうなる……!?


『――続いて後攻!MC Algernon(アルジャーノン)!!』


「「「「「Wooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo!!!」」」」」


 ――いや……歓声は半々……!これは……!


『もう一度聴かせてください!先攻――Thunder(トンダ) Rhyme(ライム)!!』


「「「「「Wooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo!!!」」」」」


『後攻――MC Algernon(アルジャーノン)!!』


「「「「「Wooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo!!!」」」」」


 必死に歓声を上げる。――が、それもむなしく。


『――延長ッッ!!!』


「「「「「Wooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo!!!」」」」」


 ――くそっ……!またしても延長……!


「――今年やべえって!」


「MC Algernon(アルジャーノン)バリバリ現役じゃん……!」


 ――いや、これは……三連覇しているThunder(トンダ) Rhyme(ライム)と競っているせつくんが素晴らしいと見るべきだ。


 ステージの上で向かい合う、二人の男。上手かみてに立つThunder(トンダ) Rhyme(ライム)が、右手に掴んでいるマイクを口元に近付ける。


「――アルジャーノン♪オレと二回も延長ってマジかよお前♪いいね♪最高の相手だ♪」


「お前ここまで強いと……ホントに『フェイク野郎』なのだけが残念だな……」


「ハハッ♪でも次で決めようぜ?オレはこの喉を潰してでもお前に勝つぞ♪ 虹金貨こうきんか三百枚――日本円で三億、オレから奪い取るんだろ?」


「……同感だ。次で決めよう」


「「「「「Wooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo!!!」」」」」


 ――次が……最終戦……!泣いても笑っても……次で決まる……!


 〈十天円卓会議サミット〉の終了後から異能戦、そして今……。夏瀬雪渚と銃霆音雷霧による、数時間に及んだ戦いに、いよいよ決着がつく。

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