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1-56 続々・天使長の独白

「……そうか」


 日向さんにかしずいていた幕之内さんが立ち上がる。日向さんは、遠慮がちに幕之内さんを見上げ、問い掛けた。観衆には聴こえない程度まで、声量を落として。


「ねえ幕之内くん、フっておいて悪いんだけどさ。なんでアタシのこと好きになってくれたの?」


「――お、それはだな」


 幕之内さんはおもむろに口を開く。御宅さんは、その様子を呆れた様子で見守っている。対照的に竜ヶ崎さんと手毬さんは、事態を全く理解していない様子だ。幕之内さんは再び、指を一本立てた。幕之内さんのサングラスが妖しく光を反射する。


「まず陽奈子ちゃんの顔。可愛すぎる」


「……えっ?」


「それにこのカラダ」


「からだ……?」


 ――うわあ……。


「おっと陽奈子ちゃん、勘違いしないでくれよ。そりゃボディも最高にエロかわいいけどよ、程良く鍛えられてんだよ。ほら、この丁度ちょうど良い塩梅あんばいで引き締まったくびれとか」


 そう言って幕之内さんは、驚くべきことに日向さんの露出した腹部を、で始めた。


「――いやっ!変態っ!」


「――うおっ!?どうしたんだ陽奈子ちゃん!?」


 赤面した日向さんは幕之内さんの頬を引っぱたこうとするも、幕之内はそれを無駄に洗練された身のこなしで避けた。私は、呆れた様子で溜息をく御宅さんに問い掛ける。


「御宅さん。私は気分が悪くなってきたのですが、これはどういうことですか?」


「あのですな。小生が言えたことでもないのですが、幕之内氏の恋愛はルッキズムの権化でしょーもないですぞ」


「この時代に最悪ですね」


「ルッキズムと言っても、飽くまで筋肉的に、という『マッスルッキズム』ですぞ」


「知らない言葉を造らないでください」


「小生ら、同じ大学の仲間内では、幕之内氏の恋愛のことはしょーもないために『茶番』と呼んでおりますぞ。加えてデリカシーも終わっておりますな」


 ――これまたせつくんが気に入りそうな……。


「最悪ですね、幕之内さん」


「――おい拓生!それ言うなっつってんだろ!?」


「これで女性に告白するのは何度目ですかな……?」


「お?百六十とちょっとじゃねーか?」


「うわ……幕之内くん、それちょっとヤバいよ」


「待て待て、今までは二番目に好きな女に妥協して告ってただけだ!一番は陽奈子ちゃんだって拓生にも話したことあるだろ!?」


「……という仕上がりですぞ。天ヶ羽女史」


「なるほど。どちらにせよ最低ですね、幕之内さん」


「うおっ!?な、なんだよ夏瀬の女のエロいねーちゃんにも嫌われたじゃねーか!」


「……自業自得ですな」


 竜ヶ崎さんと手毬さんは、続け様に幕之内さんに吐き捨てた。


「おォ、なんだァ。アタイ以上の馬鹿かァ」


「馬鹿なのだ。馬鹿(ジョー)なのだ」


「仕方ありませんぞ。幕之内氏はスポーツ推薦ですからな」


「御宅さん、それは問題発言かと」


「……くっ!だがオレは諦めねえ!また愛を伝えに来るからな陽奈子ちゃん!」


 幕之内さんはそう告げると、足早に去っていった。呆れた様子の日向さんが溜息をく。その様子を横目に、御宅さんが手毬さんへと向き直って、疑問を投げ掛けた。


「むむっ、ところで手毬女史。幕之内氏とは知り合いだったのですかな?」


「違うのだ。楽しそうなところ回っていたら丈を見つけたのだ!今は丈の家に押し入って居候いそうろうしてるのだ!ご飯も勝手に食べ放題していたら丈がボクを追い出すのを諦めたのだ!」


腕白わんぱくですな……」


「あくまでボクも〈極皇杯〉に出場するし、丈から勉強するってのが主目的なのだ!グータラしたいわけじゃないのだ!」


「ガッハッハ!天罰だァ!吸い取ってやれェ!」


「わかったのだ!」


「ふふ」


「ホント変なヤツらばっかね……」


 ――すると、カラフルな沢山たくさんのムービングライトに照らされたステージの中央に、再び司会の男が現れた。観衆たちは、待ってました、とばかりに静かに、しかし熱くギアを加速させる。熱気が、ひりひりと伝わってくる。


『――大変お待たせいたしました!これより!EXTREME MC BATTLE 2110 GRAND CHAMPIONSHIP FINAL――決勝戦を始めます!皆さん……!見届ける準備はできていますか!?』


「「「「「Wooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo!!!」」」」」


 割れんばかりの、うねるような大歓声。会場の熱気が最高潮に達する。


 ――来た……!


「始まるのだ!」


「やべェぜボス……!ここに立つってのかよォ……!」


「健闘を祈りますぞ……!雪渚氏……!」


『さあ……!ではこの決勝戦を戦う二人のMC……!熾烈しれつな各エリア予選を勝ち上がって優勝……更にその猛者もさの中から、最後まで勝ち上がった、二人のMCに登場していただきましょう!』


「「「「「Wooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo!!!」」」」」


『EXTREME MC BATTLE 2110 GRAND CHAMPIONSHIP FINAL!決勝に残った二人は――!Thunder(トンダ) Rhyme(ライム)とMC Algernon(アルジャーノン)となっております!ステージへお越しください!』


「「「「「Wooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo!!!」」」」」


 大歓声の中、ステージ上に流れ始めた音楽。背面の巨大なLEDスクリーンには、決勝戦を戦う二人の男の顔写真とMCネームが表示される。それに合わせて、二人の男が、ステージの裏――その両端の袖から同時に姿を現した。


 そして、二人は司会の男を挟み、ステージに向かい合って立った。お互いの目を見て離さない二人の間隔は、一メートルにも満たない。二人の真剣な表情を浮かべていた。二人がこの一戦にける思いが伝わってくる。


『改めてEXTREME MC BATTLE 2110 GRAND CHAMPIONSHIP FINAL!決勝に残った二人はThunder(トンダ) Rhyme(ライム)とMC Algernon(アルジャーノン)となっております!』


「「「「「Wooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo!!!」」」」」


「ぶちかませー!!!Thunder(トンダ) Rhyme(ライム)ー!!!」


「MC Algernon(アルジャーノン)カマせー!!!」


 ステージの上手かみてには銃と弾丸を模したグラフィティが描かれた黒いパーカーに身を包み、編み上げたコーンロウの髪型――その側頭部には稲妻型いなづまがたにブロンドのメッシュが入った男が立つ。Thunder(トンダ) Rhyme(ライム)――〈十天〉・第八席――銃霆音じゅうていおん雷霧らいむだ。ポケットに片手を突っ込み、しっかりと目の前の男を見据えている。


 そして――ステージの下手しもてに立つのは、白と黒の豹柄の柄シャツと黒いスキニーパンツといった派手な服装、赤いニット帽をかぶった男。髪は真っ白でボサボサ、茶色いレンズの入った金縁の眼鏡を掛けた、ギザギザの歯の青年――私の愛する人――夏瀬雪渚、せつくんだ。せつくんもまた、しっかりと両の眼で銃霆音さんの姿を捉えていた。


『――さあ!皆さんも既におわかりの通り、今大会……!とんでもないことになっております……!決勝に残った一方は、Thunder(トンダ) Rhyme(ライム)!この異能至上主義の新世界の頂点である〈十天〉として活躍するかたわら、自身が主宰しゅさいする〈鉛玉CIPHER(なまりだまサイファー)〉は数千万回の再生回数を誇る音源を数多くリリース……!このEMBでも三連覇……!今大会は四連覇がかっております!』


「「「「「Wooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo!!!」」」」」


『そしてそんなThunder(トンダ) Rhyme(ライム)と戦うのは……!昨晩のニュースでこの新世界の話題をさらった〈竜ヶ崎組〉壊滅の功労者――〈神威結社〉の夏瀬雪渚!改め、MC Algernon(アルジャーノン)!!なんとこのEMBの第二回王者になります!つい数時間前に初めてその正体が明らかになった〈十天〉・第二席――天ヶ羽天音様によって、時を超えて新世界に蘇り、そしてまた……!EMBに戻ってきました……!!』


「「「「「Wooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo!!!」」」」」


 ――なんだこの凄まじい熱気は……。……が、私も高揚してしまわざるを得ない。こんな興奮は……間違いなく日常生活で得られる類のものではない。


『会場の熱も最高潮……!――では!そんな二人が戦う決勝のbeat!DJ New Worldに聴かせてもらいましょう!』


 司会の男の熱のこもった言葉を受け、その背後のDJブースに立っていた中年の男――DJ New Worldは、beatを流す。ドゥクドゥクドゥクドゥク――そんなスクラッチ音と共に会場を包んだそのbeatは、更に会場の熱を押し上げる。


 観衆は、赤青一本ずつ束ねられたサイリウムを持った右手を高く掲げて前後に揺らし、ビートに乗る。会場中が赤と青の二色に染まる。私たちもそれに合わせて、入口で受け取ったそのサイリウムを高く掲げる。


「「「「「Wooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo!!!」」」」」


「おォ!姉御ォ……いい音楽だなァ……!」


「はい……」


 ステージの上に立つ二人は色鮮やかな光の下、音楽にノって小さく首を揺らす。音楽が止むと、アリーナ中の観客からDJへと、賞賛の声が投げ掛けられた。


「「「Nice DJ~!!!」」」


『この決勝に相応ふさわしい、最高のbeatです……!それではお二人!試合前に一言言っておきたいことはございますでしょうか!?』


 司会の男が二人の顔を交互に見て、二人に問う。ステージの上手に立つ銃霆音さん――いなThunder(トンダ) Rhyme(ライム)は右手に持ったマイクを口に近付けて話し始めた。


Verse(バース)で言うから別に――――あ、そうだ♪悪かったなアルジャーノン♪生配信つけてんの忘れてたわ♪」


 その言葉を受け取った、ステージの下手に立つせつくんもまた、マイクを口に近付けて、呆れた様子で言葉を返す。


「嘘()けよ……。告知してんだから確信犯だろ……」


「ババアも〈十天〉・第二席だと公表したんだ♪問題ねえだろ♪」


 そう言ってThunder(トンダ) Rhyme(ライム)は、身体をこちら側に向け、私たち――満員のオーディエンスを見渡す。


「今日集まったヘッズ共♪さっきのオレらの異能戦観てたって奴は|Put your hands upプチョヘンザ♪」


「「「「「Wooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo!!!」」」」」


 大歓声と共に、二色のサイリウムが掲げられる。広いアリーナの中で、赤と青の二色の光が、煌々(こうこう)と輝いていた。せつくんはマイクを通してThunder(トンダ) Rhyme(ライム)に冗談交じりに異議申し立てる。


「肖像権侵害にプライバシーの侵害……お前色んな法律違反してるぞ……」


「ハハッ♪まあアルジャーノンが心配してる点は大丈夫だ♪カメラ止めてたから心配すんな♪」


 ――せつくんが危惧していたこと。あのクラブ内で、杠葉ゆずりはえんじゅがせつくんの神話級異能、〈天衡テミス〉がどのような異能か言い当てたこと。その様子も生配信に乗っていたのだとすると、せつくんにとってかなりのリスクだ。


「そうかよ」


「以上だ♪これで思いっきりやれるな♪」


 ――信じても良さそうだ。〈天衡テミス〉は初見殺しの側面が強い。せつくんの〈天衡テミス〉が世間にバレていないのは僥倖ぎょうこうだ。


 せつくんはThunder(トンダ) Rhyme(ライム)の言葉に頷くと、司会の男の顔を見て言った。


「俺は特にありません」


『――わかりました!それでは先攻後攻を決めるジャンケンを――』


 司会の男がそう促すと、二人の男はジャンケンを始める。Thunder(トンダ) Rhyme(ライム)はチョキを、せつくんはグーを出す。


『ではMC Algernon(アルジャーノン)!先攻後攻、どちらにしますか!?』


「――先攻で」


「「「「「Wooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo!!!」」」」」


 食い気味に答えたせつくんの言葉に、会場中の観客が沸く。ラップバトルでは相手の言葉を聞いてアンサーを返しやすい後攻が有利とされている。だが、せつくんはえて不利とされる先攻を選んだ。


 ――せつくんも本気だ。


『OK!立ち位置はそのままで!先攻青コーナー、MC Algernon(アルジャーノン)!後攻赤コーナー、Thunder(トンダ) Rhyme(ライム)!』


 ――勝敗の判定は極めてシンプルだ。ラップバトルの直後、客判定によってより多く歓声が上がったMCの勝利となる。


「――やばいやばいやばいやばい!!!」


Thunder(トンダ) Rhyme(ライム)ー!!!」


「MC Algernon(アルジャーノン)行けー!!!」


 会場中から二人に声援が浴びせられる。無数の色鮮やかなムービングライトの光と、ステージの至るところから差すスポットライトの光が、ステージの上で交錯する。ステージの上に立つ二人を色鮮やかに映し出していた。


 ――ヤバい。心臓が破裂しそうだ。


「――雪渚氏!信じてますぞ!」


「よ、よくわかんないのだ!でも、きっと雪渚が勝つのだ!あの日――十六年間の地獄からボクたちを救ってくれたみたいに、雪渚がきっと勝つのだ!それがボクの認めたライバルなのだ!」


「そうだなァ!〈十天〉が相手だろォと異能戦じゃなかろォと関係ねェ!アタイらのボスが最強だァ!」


「夏瀬……勝って……!!」


 ――せつくんが、こんな大舞台おおぶたいで戦うということが、何よりも誇らしい。もう既に泣きそうだ。


 ――これから起こる、僅か十分弱の出来事は、やがて「伝説」となった。

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