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1-55 続・天使長の独白

 ――五六ふのぼり一二三ひふみ。特別何かをされたというわけではないのだが、実のところ、私はこの男をあまり好ましく思っていない。


「五六氏、天プラの社長業は順調そうですな。流石ですぞ」


「はは、お陰様でな」


 ――五六さんはせつくんとお互いに親友だと呼び合っている。そのため、私がこの男をあまり好んでいないということをせつくんに未来永劫みらいえいごう言うつもりもない。もちろん、せつくんが蘇るサポートをしてくれたことには、深く感謝している。その凄まじい才覚も認めている。


 ――だが、五六さんはせつくんが蘇る頃には自身が寿命で死んでいるのではないかと危惧し、その類まれなる頭脳を活かし、自身の身体をアンドロイドに改造した。嘘みたいな話だが事実――私が言えたことではないのかもしれないが、正直「異常」だ。この男のせつくんに対する執着は……常軌じょうきを逸している。


「ああ、竜ヶ崎さん、悪いな。紹介が遅れた。彼女がウチの副社長の知恵川君だ」


「ご紹介に預かりました、〈天網エンタープライズ〉・副社長兼秘書の、知恵川ちえがわ言葉ことのはなのです。お見知り置きを――」


「日向さんはCMを依頼した際に会ってたか」


「そうね」


 五六さんの一歩背後に、未来的な電動車椅子に座った女の姿があった。Aラインシルエットの青みがかった銀髪に白い円柱型のロシアンハット、口元を隠した白いファーティペット、ロイヤルブルーのアウターにハイカットブーツ。冬の寒冷地の貴族を彷彿ほうふつとさせる装いだ。


 電動車椅子の両端から伸びたアームに大型のディスプレイが取り付けられ、女の前に展開されている。「Enjoy!!」という文字がディスプレイの画面の中で踊っていた。


「おォ!〈極皇杯きょくのうはい〉のファイナリストだろォ?アタイでもさすがに知ってるぜェ!よろしくなァ!……ってなんだァ?『しすてまちっく』だなァ」


「竜ヶ崎女史……多分間違ってますぞ」


「おや……天ヶ羽天音さんなのです。一二三様は最初からご存知だったようですが、貴女……〈十天〉だったのです?あまりに小物ムーブをするもので、てっきり下級異能の雑魚かと思っていたのです」


 ――最悪だ。もっと嫌いな女が出てきた。


 ――この女は先日、〈天網エンタープライズ〉を訪れた際に出会った。あろうことか、せつくんに対し、「一二三様が親友と呼ぶだけの価値がある人間だとは思えない」と侮辱した。絶対に許されない行為だ。せつくんのお許しさえいただけるのならば、六恒河沙(ごうがしゃ)回ほど殺したい。


「〈極皇杯〉のファイナリストなのでしたよね、知恵川さん。〈十天〉と〈極皇杯〉のファイナリスト――どちらが格上なのかもわからないほど耄碌もうろくされているのですか?お若いのに可哀想に」


「よく喋る老害メイドなのです。貴女あなたが口を開く度に、貴女の想い人である夏瀬雪渚の格が下がっていくことに未だ気付いていない様子……極めて滑稽こっけいなのです」


 女は『Do Androids Dream Of Electric Sheep?』というタイトルの書籍――『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』の日本語訳されていない原書を片手で開いて持っていた。


 ――この女……毎度毎度、私がせつくんのために買って差し上げたせつくんのお好きな本と同じ本を読みやがって……。お前のような低俗な女が手に取っていい本ではない。

 

「な、なんだァ?姉御と『しすてまちっく』は仲が悪いのかァ?」


「竜ヶ崎女史……煽らないでくだされ……」


「落ち着いてくれ二人共。申し訳ないな、天ヶ羽さん。折角の楽しいイベントだと言うのに」


「一二三様。大変失礼ながら、このメイド色恋女を視界に入れると知能指数に多大な影響を与えそうなのです。私は戻るのです」


 そう私をきっとにらみながら言った知恵川は、ウィーンという機械音と共に、電動車椅子を動かしてその場を去ってしまった。


「……全く。すまないな。知恵川君と元の場所で決勝戦を見届けさせてもらうとするよ」


 五六さんが呆れながら、落ち着いた様子でゆっくりと知恵川を追い掛け始めた。去ってゆく知恵川と五六さんを見届けた後、日向さんが私にこっそりと問い掛けた。


「え、何……?知恵川ちゃんとあまねえ仲悪いの?なんか険悪な感じだったけど」


「あの女はせつくんを……いえ、大丈夫です」


 途中まで言い掛けて、思い留まった私の様子を見て、日向さんは不思議そうに首を傾げて、言った。


「……?そっか。それならいいけど」


 ――そのとき、またしても声が掛かる。先刻の五六さんやクソ女知恵川とは異なり、暑苦しい男と、騒々しい女の声だ。


「お?いつぞやのエロいメイドのねーちゃんじゃねーか」


「――巽!天音に拓生!来てたのだ!?」


 私を「エロいメイドのねーちゃん」と評する暑苦しい男の正体は、幕之内まくのうちじょう。四十万人超の出場者の中から、僅か八名しか残れない〈極皇杯〉のファイナリストに、二年連続で残った男。ソロランキングも世界十三位と実力は申し分ない。


 長いストレートの金髪を後ろでたばねた、色黒で上裸の、大柄な男。先が尖った形のサングラスを掛けた男の筋骨隆々(きんこつりゅうりゅう)の肉体の上から羽織はおられた、背中に虎が刺繍ししゅうされた赤いスカジャンが、ムービングライトの照明を浴びて輝いている。


「幕之内さん、ご無沙汰してます」


 一方、竜ヶ崎さんに嬉しそうに飛び付いたのは、羊を模した着ぐるみに身を包んだ金髪の少女――羊ヶ丘(ひつじがおか)手毬てまりだ。着ぐるみから顔だけを露出した、その奇怪きかいな格好の少女――と言いたいところだが、本人(いわ)く、「立派な二十歳ハタチ」らしい。


「――おォ!手毬じゃねェかァ!〈神屋川かやがわエリア〉の外で会えるなんて夢みてェな話だなァ……!」


「何もかも雪渚のお陰なのだ!スマホも買って、色んな楽しそうなところを回っていたらたまたまここに来ていたのだ!雪渚が出ているとは思わなかったのだ!」


 竜ヶ崎さんは嬉しそうに手毬さんの頭を撫で、手毬さんは着ぐるみの頭――羊の頭部を竜ヶ崎さんに擦り寄せている。同い年ということだが、まるで仲睦まじい姉妹のような微笑ましい光景だ。


 一方の幕之内さんはと言うと、御宅さんの下へと歩み寄って、御宅さんの両肩を掴み、丸々と太った身体をグラグラと揺らし始めた。


「――おい!おい!拓生!オメー!色々説明しろよ!」


「ま、待ってくだされ幕之内氏……!い、言いたいことはわかっておりますぞ」


 必死に解決策を探ろうとして、何とかひねり出した御宅さんの言葉。それを受けて、幕之内さんは御宅さんを揺らすのをめ、御宅さんの前に仁王立ちする。そして、指を一本立てるジェスチャーをって言った。日向さんが、「なんだコイツら」といった呆れた面持ちでその様子を見つめていた。


「よし、いいか、拓生。まず一つ目だ。オメーはクランに入ったんだな?」


「そ、そうですな。雪渚氏――いえ、あのときは田中氏と名乗っておりましたな。田中氏の〈神威結社〉に加入して楽しくやってますぞ」


「よし。それはいいことだ。だがてめー連絡しろよなこんにゃろー」


「それは申し訳なかったでありますな。なかなか波乱な毎日だったものでしてな」


「ああ構わねえ。軽い問題から片付けていってるからな。二つ目の問題はそこだ。田中……。そう、オレたちが竹馬ちくば大学でアイツと会ったときは田中と名乗っていたな?だがなんだ、昨晩のニュースはよ」


「言いたいことはわかりますぞ……」


「おう。そうだな。夏瀬雪渚――なんだアイツは?八十五年に自殺していた?共通テスト満点の天才?どこに潜んでいるかも長年不明だった〈竜ヶ崎組〉を壊滅させた?で、今日雷霧の配信観てみりゃなんだ?〈十天〉の雷霧と引き分けて?今から決勝戦でラップバトルやるって?おい拓生、意味わかんねーだろ。オメーこれ全部説明できるのか?」


 ――せつくんが商人の仲間が欲しいと、素晴らしい提案をされたため、私たちは名門・竹馬大学へ足を運んだ。御宅さんや黒崎さんもそうだが、幕之内さんともそこで出会った。あのときからいくつもせつくんの身の回りでは事件が起きた。事情を知らない幕之内さんにしてみれば当然の疑問だ。


「フフフ……幕之内氏。小生も今改めて振り返っても全く意味がわかりませんぞ」


「おい拓生!オレのパンチでオメーのその無駄な贅肉ぜいにくをミンチにすることは容易たやすいことだぞ!」


「――ぶひぃっ!?お、落ち着いてくだされ幕之内氏。冗談ですぞ」


「そうか。オレも冗談だ」


「幕之内氏は相変わらずですなぁ……」


「まあオレも田中――じゃなかった、夏瀬が神話級異能、〈天衡テミス〉を持ってるってことはあの場にいたから知ってるけどよ。綿貫わたぬきの奴を軽く倒した時点で見込みのある奴だとは思っていたが、まさかこんなぶっ飛んだ奴だったとはな」


 ――私、天ヶ羽天音の幕之内丈に対する評価としては、実はかなり高い。第一印象は直情的な馬鹿かと思っていたが、こう話を聞いてみると、せつくんをかなり高く評価している点が素晴らしい。見る目がある。もちろんせつくんに比べればこの筋肉ノンデリ男も道端に転がる路傍ろぼうの石と大差ないわけだが。


「雪渚氏は過去の背景があったからこそ、あのとき偽名を使ったわけですな」


「……ということだな」


「疑問が解消されたなら何よりですぞ」


「待て拓生。問題はあと二つあるぞ。更にデカい問題と、とんでもなくデカい問題だ」


「ええ……もう十分ですぞ」


「まあ聞け拓生。三つ目だ。そこのエロいねーちゃん――鈴木とか言っていたな」


「そんな話もありましたな……」


「数時間前に〈十天〉から『第二席・天ヶ羽天音は既に蘇生の力を使用しており使えない』って声明が出てたろ。オレが筋トレしながらニュースを観てたらよ、そんな声明が流れているわけだ。当然オレは『ほーん、〈十天〉・第二席がついに名前明かしたんか。蘇生の力持ってるってすげーな』と思うだろ?」


「いやそれは知りませんぞ……」


「だがよ、なんかその名前が引っ掛かったんだ。『天音』ってどこかで聞いたことあんな、と。そこで昨晩のニュースを思い出した。『夏瀬雪渚が蘇った』……ってニュースをな。するとどうよ。パズルのピースがハマるんだよ。竹馬大学で夏瀬はそこのエロいねーちゃんを『天音』って呼んで一緒に行動してたからな」


「今日の幕之内氏はよく喋りますな……」


「よし、黙れ拓生。でよ、ダメ押しにだ。雷霧が珍しく告知するモンだから生配信を覗いてみたらよ、夏瀬とねーちゃんが〈十天〉と一緒に映ってるじゃねーか」


 ――幕之内さんが銃霆音さんを「雷霧」と下の名前で呼ぶのは、恐らく昨年の〈極皇杯〉のファイナリスト同士で親交があるのだろう。幕之内さんと雷霧さんは実際に昨年の〈極皇杯〉の準決勝で戦っている。〈極皇杯〉のファイナリストが戦う本戦ではお互いが全力の異能戦を繰り広げるため、こうしてファイナリスト同士の親交が深まることは珍しくない。


「つーことはだ。そこのエロいねーちゃんは……〈十天〉・第二席――天ヶ羽天音なんじゃねーのか!?」


 ――〈神威結社〉もかなり良いメンバーが揃ってきた。この異能至上主義の新世界を生きるのに、個性的だが魅力的なメンバーが揃ってきたのではないかと思う。もし仮に、せつくんがもう少しメンバーを増やしたいとお考えなのであれば、幕之内さんは悪くない選択肢なのではないかと思う。異能戦で世界十三位の実力、異能は肉弾戦向きの強力な偉人級異能――前線で戦うのにうってつけの人材だ。


「ここまで長い道のりでしたなぁ。……正解ですぞ」


 ――もしせつくんが、次のクランメンバーについて私に相談してくださるような夢のような機会が訪れるのであれば、私は幕之内さんを推薦しよう。ただもし、せつくんが私とは異なる考えをお持ちなのだとしたら絶対にそちらが正解だ。幕之内さんの案は即座にゴミ箱に捨てるとしよう。


「――いや!?おかしいだろ!なんでオレら〈極皇杯〉のファイナリストでもまあお目にかかれないような〈十天〉がよ!夏瀬と一緒にいるんだよ!」


「幕之内氏……その辺のくだりはもう小生らで済ませましたぞ……」


「あとどう見てもそこのエロいねーちゃん夏瀬のこと好きだろ!なあ!?ねーちゃん!そうだよなあ!?」


「幕之内さん……当然のことを聞かないでください。愚問ですよ」


「おいおいおい!このねーちゃん、夏瀬にベタ惚れじゃねーか!羨ましいぞ夏瀬あんにゃろ!」


「……幕之内氏、それで最後の問題は何ですかな」


「おっ、よくぞ聞いてくれたじゃねーか。それがな、いいか?聞いて驚くなよ?」


「な、なんですかな」


 御宅さんが生唾をゴクリと飲み込む。一方の竜ヶ崎さんと手毬さんは未だじゃれ合いながら、手毬さんは竜ヶ崎さんの〈神威結社〉に加入してからの話を聞いているようだ。そして、幕之内さんは、突然、日向さんを見て言った。


「――オレが陽奈子ちゃんの大ファンだと言うことだああああああああああああ!!!」


「……はあ?」


「……えっ!?なに、アタシ!?」


 これまで静観していた日向さんが、突然のご指名に驚いた様子で目を丸くしている。無理もない反応だ。幕之内さんは、日向さんの眼前で、まるでプロポーズでもするかのように、永遠の愛や忠誠を誓うかのように、片膝をついて、日向さんの小さな手を大きなゴツゴツとした手で握った。


「――陽奈子ちゃん!好きだ!オレと付き合ってくれ!!!!」


 ――意味がわからない。幕之内さん、ここMCバトルの大会の本戦会場ですよ?


「……えっ!?いきなりすぎない!?」


「陽奈子ちゃん……俺にとってはいきなりじゃねーのさ。恋っつーのはいつだって唐突なんだぜ?」


 幕之内さんはふざけているのかよくわからないが、突然カッコつけ始めた。当然、休憩時間とは言えども、周囲にも人が大勢いるわけで、彼らは幕之内の愛の告白のボリュームの大きさに驚き、徐々に騒めき立った。


「――え?幕之内さんじゃん」


「〈極皇杯〉BEST4(ベストフォー)の!?やば、本物じゃん」


「てか何してんのあれ。告白?」


「え、告白されてんの陽奈子様じゃない?」


「日向さん!?〈十天〉の!?」


「顔良っ」


「え、幕之内さんが陽奈子様に告白してんの?」


「あの二人くっついたらちょっと嫌かも」


「リアル陽奈子様ビジュ良すぎでしょ。可愛すぎ」


 ――最悪だ。他人のフリをしていよう。


 竜ヶ崎さんと手毬さんもこちらの様子に気付いた様子で、不思議そうな表情を浮かべている。


「お前ら何してんだァ……?」


ジョーは何してるのだ?」


「……他人のフリ……他人のフリ……ですぞ」


 すると、最悪なことに、観衆の注目は私にも飛び火した。


「――あれ?あのメイド服の人……ネットで噂されてた〈十天〉の第二席!?」


「えっ、嘘!?本物!?」


「めっちゃ可愛いじゃん!髪きれー!」


 ――最悪だ。銃霆音さんの生配信の所為で私の正体も完全にバレている……!


「MC Algernon(アルジャーノン)と付き合ってるって噂じゃん?」


「てかそれどころか第二席がアルジャーノン蘇らせたんでしょ?」


「えっ彼氏の決勝戦応援しに来たってこと?めっちゃ健気けなげじゃん……」


「えーいいな。俺もあんな可愛い彼女ほしーんだけど」


「お前にゃ高嶺たかねの花すぎるだろ!」


「蘇らせたってどういうこと?アルジャーノンが亡くなったのって八十五年前とかでしょ?第二席――天ヶ羽さん?そのときいなくね」


「ほら!今ニュースで八十五年前の資料から天ヶ羽天音さんの――って!」


「えっじゃあ八十五年前からずっとアルジャーノンを!?一途いちずで可愛いすぎでしょ」


「スタイル良っ……!」


 ――あれ?なんだろう。悪くないな。なんだかせつくんと私を凄く応援してくれてる気がする。それならいいか。


 一方の幕之内さんはと言うと、未だ日向さんにかしずいたまま、日向さんの返答を待っていた。日向さんは少し照れながら、困った様子でうつむいている。


 ――いや、これは……そうか。むしろ日向さんと幕之内さんにくっついてもらうのがベストだ。日向さんには少し申し訳ないけど、幕之内さんも悪い人じゃない。というか男の全体で見れば相当モテる部類の人だ。


 ――日向さんと幕之内さんがお付き合いをするなら、取りえずはせつくんの彼女という、私の命よりも大事な私の立場がおびやかされることもない。


「それで、どうなんだ陽奈子ちゃん。返事をくれると嬉しいが」


「ええっ……えっと……幕之内くん、だよね?」


 ――……何考えてるんだろ、私。本当に最悪だ。日向さんは既に一生分……いや、それ以上の地獄を見ている。もっと幸せになっていいはずの人だ。それなのに、私はなんてことを……。


「ああ、〈極皇杯〉で観てくれてたろ?」


「それはもちろん知ってるけど……えっと……ごめんなさい!」


 周囲の観衆が再び騒めき立つ。


「――マジ?幕之内さんフラれたぞ」


「うわこれキツイな……」


「てか幕之内さんで無理なら陽奈子様落とすの誰も無理じゃね?」


「陽奈子様って彼氏いたことないんでしょ?」


「えーネットの噂当てになんないよ」


 一方、失恋直後の幕之内丈は、何を考えているのか、押し黙ったまま動かない。そして、再び日向さんの目を見つめて、問うた。


「……そうか」


「……うん。アタシを好きになってくれたのは嬉しいよ?でも話したこともないし、アタシ幕之内くんのことそんなに知らないし、あと……」


「あと……?多分、オレが察するに……オレがフラれた理由はそこだよな」


 ――あれ?


「えっとね……アタシ今ちょっと気になってる人がいるの。だから、ごめん」


 ――これは……最も恐れていた事態だ。


 ステージに司会の男が戻ってくる。赤、青――カラフルな光を放つムービングライトが男の姿を映し出す。そして、司会の男は観衆に向けて言った。


『五分後にはEXTREME MC BATTLE!決勝戦が始まります!お時間までに速やかに元の席へ――』


 ――いや、ダメだ。今はそんなことを考える時間じゃない。せつくんが今から戦うんだ……。せつくんを全力で応援すべきだ。まだ、負けたらどうなるのかもわかっていない。


 図らずも「超渋谷第一体育館」へ集った、夏瀬雪渚を知る新世界の住民たち。彼らは何を思うか。〈十天〉・第八席――銃霆音雷霧との決着の刻は、刻一刻と迫っていた。

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