1-53 Check it out
――〈超渋谷エリア〉・駅前、交差点付近にあるハチ公前喫煙所。夜の帳が降りた街並みに、都心のビルから漏れ出す光が鮮やかな彩りを添えている。
交差点を挟んで向かいには、ロータリーに囲まれた、天空まで聳え立つ超高層のオフィスタワーがある。親友・五六一二三が社長を務める〈天網エンタープライズ〉――通称、天プラのオフィスビルだ。
フィルターを通して、煙を肺に取り込む。そして息をゆっくりと吐く。心地良い感覚に身を委ねる。凭れ掛かった汚れたパーテーションが、僅かに軋んだ。
「――つーわけだ。まあ、ある意味で銃霆音は、本当に『フェイク野郎』だったわけだ。異能を偽証した俺もだけどな」
「そういうことでしたか……。全てが腑に落ちました。流石せつくんです」
「銃霆音氏の目的は至ってシンプルだったのですな……」
「えっと……どういうこと?銃霆音はアタシを〈十天〉から下ろそうとして……。それで夏瀬はアタシを庇ってくれて……。でも銃霆音はそうじゃなくて……?えーっと……?」
混乱した様子の〈十天〉・第七席――日向陽奈子。髪型は、高めの位置で結んだ、毛先にカールのかかったポップな印象の、ツーサイドアップに近い金髪ツインテール。ウェーブがかっており、毛先にかけて美しい桜色のグラデーションとなっている。
服装はお腹が露わになった短い丈の白いキャミソールと、太腿が大胆に露わになった黒いレザーショートパンツ。所謂見せパンスタイルにヘソ出しファッションの、如何にもギャル風の女の子。露出度の高いその派手なファッションは、夜でも賑やかなこの〈超渋谷エリア〉の街にとても似合っている。
「雪渚氏、日向女史が理解できていないようですぞ。高卒故にw」
「――えっオタクくん、学歴厨なの!?きも!最悪じゃん!」
「日向、俺も高卒だぞ。除籍されてるから」
「東大医学部の中退は高卒って言わないわよ!」
「暴論だろこれ……」
「安心しろ陽奈子ォ!アタイも何一つわかってねェぞォ!仲間だなァ!」
長く艶やかな黒髪の女――竜ヶ崎が煙草の煙を豪快に吐き出しながら言った。彼女の頭に生えた二本の黄色い角が街の灯りの中で美しく輝いた。
「竜ヶ崎ちゃん、それ慰めになってないわよ……」
「おーマジかお前ら。かなり丁寧かつ分かりやすく話したつもりだったんだが……」
「今の説明で理解できないとは、竜ヶ崎女史と日向女史がアホすぎますな……」
「なんだ拓生テメェゴルァ!出荷するぞォ!」
「――ぶひっ!?暴力反対ですぞ!」
「ふふ……賑やかですね」
「何なのコイツら……。で、ごめん夏瀬。もっかい説明してよ」
狭い喫煙所のパーテーションの中で取っ組み合いを始めた拓生と竜ヶ崎を見て呆れた様子の日向が、ルビーのような大きな瞳で、俺を下から覗き込むように見つめた。その悪気ない上目遣いは、並の男なら堕ちてしまいそうだ。
「要するに〈十天円卓会議〉が始まった時点からの銃霆音雷霧の言動は全て演技だ。異能戦だけは流石にガチだったと思いたいけどな」
「日向さんを〈十天〉から下ろそうとした件ですね」
「ああ」
「えーっと、それは何のためなんだっけ?」
「銃霆音に与えられた、今年の〈極皇杯〉の〈十天推薦枠〉を選ぶ権利があるだろ。俺にその資格があるか見極めるためだ。そのために奴は芝居を打った。断言してもいい。間違いない」
「そのために敢えて雪渚氏を挑発した……ということですな」
「えっと、でも夏瀬待って。演技って言っても……銃霆音の奴はいつもあんな感じよ?今回は場を荒らしすぎだったけど」
「ああ。だからこそ誰も気付かなかった。アイツの〈十天円卓会議〉における立ち振る舞いは完璧だったしな。俺も『そういう奴』――カス野郎だと思っていたから最初は俺も気付かなかった。いや、実際もカス野郎なんだろうが」
「銃霆音さんはご友人の帯刀さんを〈十天推薦枠〉に選出したいと仰っていましたが……あれもそもそも嘘だった、ということですね」
――銃霆音雷霧との異能戦の終盤、突然俺の脳裏を過った光景。それは、俺が蘇って、病院のベッドの上で天音と共に見たテレビのニュースのテロップだった。
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きょうの話題
・〈十天〉第八席・銃霆音雷霧様、A級犯罪者二十五名を掃討か
・S級クラン〈高天原幕府〉へ密着
・第十回〈極皇杯〉、予選エントリー受付開始
・〈不如帰会〉、信者二名を逮捕
・〈日出国ジパング〉・きょうの天気予報
・きょうの異能占い
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――銃霆音雷霧は、〈十天〉としての役割を間違いなく全うしていた。奴が〈十天〉であることに誇りを持ち、そして〈十天〉としての役割を十分に遂行していることは疑いようがない。
「元は『〈十天〉に相応しくないから』日向を〈十天〉から下ろすと言う話だったはずだ。言動からも〈十天〉であることに誇りを持っていることは窺える」
「確かに……銃霆音氏は〈十天〉としての活動は精力的に行っておりますな……」
「ああ。そんなアイツが、〈十天〉の格を下げるような雑な真似をするとは考えづらい。そうじゃないなら〈十天推薦枠〉を選ぶ権利が与えられた時点でテキトーに帯刀を選出して丸投げ……ってこともできたはずだしな」
「そうですね。〈十天円卓会議〉での銃霆音さんや〈十天〉の皆さんの発言からも窺える通り、〈十天推薦枠〉の候補として帯刀さんのお名前が挙がったのも初めてでした」
「事実、〈十天円卓会議〉は第一席の鳳さんが進行していたが、実際に議論のイニシアチブを握っていたのは殆ど銃霆音だ。それはアイツが場を荒らしていたのもあったが、議論を展開させていたのもアイツだった」
「ですが雪渚氏。銃霆音氏が雪渚氏を見極めるために日向女史を〈十天〉から下ろす等と言って煽る必要があったのですかな?」
「アイツは異能戦で、フリースタイルをしながら、自身のバックボーンを歌った。〈鉛玉CIPHER〉の連中の反応を見るに、あの場で語られた奴の過去は事実なんだろう。仲間を大事にしているのも伝わった。アイツの評価軸はその点だ。俺が、『仲間を大事にする奴』なのか否か」
「どうやらそのようですね。日向さんを〈十天〉から下ろす、と煽ることでせつくんがそれを庇うのか。その点を見極めたのでしょう」
「そうですな。雪渚氏のことを昨晩のニュースで知って、〈十天推薦枠〉の候補として考えたのでしょうな」
「はい。昨晩のニュースで語られたせつくんの凄まじい伝説。そしてその人が〈十天円卓会議〉の場に現れた。そして、〈十天〉・第二席である私の想い人でもあった。〈十天推薦枠〉の候補としては申し分ないですから」
「恐らく追放指名をするのなら天音の方が俺との関係性もあってやりやすかったんだろうが、『日向陽奈子が竜ヶ崎龍に敗北した』……っつー丁度良い議題があったしな。それを利用したんだろう。俺と日向に面識があるのも明白だったし」
「銃霆音……アイツ馬鹿だと思ってたけどそんなことを考えてたの?」
静かに俺たちの話を聞いていた日向が少し驚いた様子で口を開いた。日向の桜色の毛先が夜風に靡く。
「日向……銃霆音は日向の数万倍賢いぞ。誇張抜きで」
「えっ……嘘でしょ。最悪なんだけど」
――とは言え日向が救いようのないアホというわけではない。単純な学力で言えば、日向は平均か……それより少し下くらいのものだろう。
――対して銃霆音は賢すぎた。単独で俺たち〈神威結社〉や〈十天〉の全員を騙し、全てアイツの思い通りに事が進んでしまった。
――いや、もしかすると〈十天〉の中には気付いていた者もいるかもしれないが。
「銃霆音氏が雪渚氏の喧嘩を買ったのは……異能戦を受けたのは単純な好奇心ですかな?」
「そうだな。〈十天推薦枠〉に相応しいかを見極めるなら異能戦の強さも重要な要素だろうしな。これからやるMCバトル――ラップバトルは俺から提示した条件だが、その点も含めて見極めるということだろう」
「それと雪渚氏、異能戦に時間制限を設けたのはどうしてだったのですかな?」
「俺も神話級異能だから少なくとも完敗はないだろうと感じていた。……だが、相手は地球の表面の二割を削るような奴だからな。異能戦の経験も積んでいるだろう。長引かせては確実に負けると思った」
「……うん。いい判断だと思うわ。異能戦自体も延長狙い――ラップバトルで決着をつけるつもりだったわけね」
「ですが銃霆音氏はEMBを三連覇しているラッパーですぞ。ラップにおいて銃霆音氏が手を抜くとは考えられませんな」
「ああ。アイツは全力で来る」
――HIPHOPの四大要素の一つ、ラップ。生い立ち――バックボーンや生き様を音楽に乗せて言葉で戦うのがMCバトルだ。マイクを持って相対すれば、その人がどんな人物なのかが言葉に鮮明に滲み出る。
「アンタその大会の第二回王者……なのよね?よくわかんないけど勝てるの?銃霆音はラップに関しては間違いなくこの新世界最強の男よ」
「ラップバトルってのは即興でやるモンだ。その場に立って、その場で生まれた言葉で戦う。だからこそ本当にやってみないとわからないな。どちらにせよこの先は男の意地だ。勝つしかない」
――時間制限を設けた特殊ルールとは言え、異能戦では銃霆音と引き分けた。これから行うのが異能戦ではない以上、銃霆音から〈十天〉の資格を剥奪することは適わなくなったが、勝てば虹金貨三百枚を奪い取るという契約はまだ有効だ。
「そっか……。でもアタシを庇って戦ってくれるんだもんね。応援しかできないけど……勝ってね」
「ああ、ありがとう」
「――ちょっ、勘違いしないでよね!?ア、アタシがアイツのこと嫌いなだけで、アンタのこと好きなわけじゃないから!」
突然顔を赤らめて誤魔化す日向。俺の右手の指に挟んだ煙草の煙が、ゆらゆらと夜空に立ち上る。
「はは、わかってるって」
すると、俺たちの会話を難しい顔をして聞いていた竜ヶ崎が、言った。
「おォ……さっきから言ってる内容が全然わかんねェな。結局銃霆音のヤツは何がしたかったんだァ?」
――おー、マジかコイツ。
――竜ヶ崎は究極のアホだ。日向とは違って救いようがないくらいに。まあ竜ヶ崎の生い立ちを考えればそれも仕方ないのだが。
「銃霆音はそこまで悪いヤツじゃないって話だよ」
「あっ雪渚氏……面倒になりましたな」
「おォ!アイツ悪いヤツじゃなかったのかァ!……ん?じゃあなんで陽奈子を〈十天〉から下ろそうとしたんだァ?」
「アホ……じゃなく竜ヶ崎さん……私から後で説明しますね……」
「おォ!姉御頼むぜェ!」
――さて、アホは放っておいて……。
徐にポケットからスマホを取り出し、ソロランキングを確認する。
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Solo Ranking
1.【天】鳳 世王
2.【天】天ヶ羽 天音
3.【天】飛車角 歩
4.【天】徒然草 恋町
5.【天】大和國 綜征
6.【天】噴下 麓
7.【天】日向 陽奈子
8.【天】銃霆音 雷霧
9.【天】漣漣漣 涙
10.【天】杠葉 槐
10.【天】杠葉 樒
12.【極】大和國 終征
13.【極】幕之内 丈
13.【極】冴積 四次元
15.【極】馬絹 百馬身差
15.【極】猿楽木 天樂
15.【極】霧隠 忍
15.【極】庭鳥島 萌
19.【極】――非公開――
20.【極】――非公開――
21.【極】――非公開――
22.【極】――非公開――
22.【極】――非公開――
24.【極】――非公開――
24.【極】――非公開――
26.【極】夏瀬 雪渚
↓
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「お、二十六位……!?めっちゃ上がったな」
――非公開設定にしていても自身だけは順位表に表示されるようになっている。二十六位――かなりの昇格だ。
「銃霆音さんと引き分けたためでしょうね」
優雅に佇む天音が俺の様子を見て、欲しい答えをくれた。
因みにこの、世界中で発生する異能戦の勝敗がどのように判定されているかだが、天プラ開発の無数の目に見えないほどの超小型カメラによるものらしい。超小型カメラが世界中の空気に溶け込んで宙を漂っており、家屋等のプライベート空間には侵入せず、飽くまでも世界六国による異能戦の勝敗判定のみに使用される、ということだ。
天プラの技術力は凄まじいものだが、社長である一二三を良く知る俺に言わせれば特に驚きはない。
画面に映る第二位に表示される名前はよく知る名前――天ヶ羽天音も宣言通り、非公開設定を外したようだ。拓生と竜ヶ崎、日向が俺のスマホの画面を覗き込む。
「この三十位以内のトップランカーのうち三名がこの場に集まっているとは……いやはや現実味がありませんな」
「おォ!姉御も世界二位で陽奈子も世界七位じゃねェかァ!すげェ!」
「竜ヶ崎ちゃん……〈十天〉の第二席と第七席なんだからそうでしょ……」
「そういうことかァ!なァボス!これはこの下も見れるのかァ?」
「ああ、こうやってスクロールすれば見られるぞ」
「おォ!すげェ!名前がいっぱい書いてあるじゃねェかァ!」
――銃霆音に勝って、虹金貨三百枚をぶんどったら竜ヶ崎にもスマホを買い与えてあげないとな。
「そう言えば雪渚氏、色々あって忘れてましたが一攫千金の策というのは銃霆音氏から三百枚の虹金貨を奪うことだったのですな」
――お、いいタイミングで質問するな。そう言えばその説明をしていなかった。
「ああ。元々今夜の〈十天円卓会議〉で銃霆音に何らかの形で喧嘩を売るつもりではあったんだ。異能戦は勝てるとは思えなかったから避けたかったが、銃霆音はわかりやすくラップって武器を持ってたからな。丁度良かった」
「そのために前以てEMBの〈歌舞姫町エリア〉予選に出場されていたのですね」
「案外建前かもしれないけどな。俺が単純に久々にラップをやりたかったってのもあるかもな」
すっかり短くなった煙草を灰皿スタンドに捨て、喫煙所を出る。夜の街は行き交う若者たちで賑わっていた。異常なほどに。
「むむっ、ヤケに人が多いですな」
「おォ?みんな同じ方向に向かってねェかァ?」
「『超渋谷第一体育館』の方向じゃない?」
「大きな会場ではありますが……変ですね。そのキャパを考慮しても人が多すぎます」
すると、メイド服に身を包む天音の姿を見つけた二人の街行く若い男女が、天音に声を掛ける。目をキラキラと輝かせて。
「――〈十天〉・第二席の天ヶ羽さんですよね!?生配信観ました!」
「生配信……ですか?」
「うわ……!スゴい!陽奈子様もいる!めっちゃカワイイ!」
「あ、ありがと」
「それに貴方が夏瀬さんですよね!?Thunder Rhymeとのバトル、マジでスゴかったっす!この後のEMB本戦、楽しみにしてます!」
――Thunder Rhyme。銃霆音雷霧のMCネーム――ラッパーとしての名義だ。
「あ、ああ……どうも」
「すみませんでした!急にお声掛けして!頑張ってくださーい!」
「えっスゴ……天ヶ羽さんもめちゃ美人――って待ってケンくん!」
そう一方的にエールを送った男女は、そそくさとその場を去っていった。二人は「超渋谷第一体育館」の方角へと真っ直ぐ向かってゆく。
――なんだ?生配信?バトル?それにまだ名前しか公表されていないハズの〈十天〉・第二席。天音の姿を見て、何故一目で天音本人だと見抜いた?
「な、なんだったのですかな?」
「なんだァ生配信って?姉御ォ、動画でも回してたのかァ?」
「いえ……そんなことはしておりませんが……恐らく」
「あーあまねえ、そういうことね……。マジ最悪、アイツの仕業ね」
「待ってくれ、俺も訳が分からん」
「夏瀬。また銃霆音の仕業よ。忘れてたわ、アイツらの城――ナイトクラブ・NERFって二十四時間三百六十五日、『NewTube』で生配信してるのよ」
「はい。目的はシンプルにHIOHOPを世界中に広めるため、だったような気がしますが」
「動画サイトか。そうか、生配信していたということは――」
「――はい。先程の異能戦の様子、NERFでのメインフロアの会話――全て世界に筒抜けです」
「マジか……」
――そりゃ〈十天〉・第二席の天音の姿もわかるし、俺と銃霆音が異能戦で引き分けたことも知っているし、これから俺がEMB本戦に出場するのも街行く人が知っているわけだ。
――銃霆音――アイツが異能戦の直前、態々取り決めを復唱したのは「世界」を証人にした……ということか。というか更に最悪なのは……。
「いや待て……たかだかライブカメラのようなモンだろ。視聴者数も大して伸びてないんじゃないか?」
「あーそれだけどね……。夏瀬。これ見て」
日向が可愛くデコられた自身のスマホ――その画面を俺に見せる。そこに映っていたのは、SSNSの銃霆音雷霧のアカウント――そのプロフィールページだった。七千万人のフォロワーを抱えるそのアカウント――ページの下部には、最新の投稿が表示されている。
――そこには、動画サイトのURLと共に、「二十一時開戦。要チェック系。全員で見極めろ。」とのみ綴られていた。その投稿の投稿時刻は二十時四十分。銃霆音との異能戦の直前――俺たちがカラオケルームにいた頃だ。
「異能戦のタイミングでの視聴者数は確認できませんが……〈十天〉である銃霆音さんがわざわざ告知したということは、相応の人数が視聴していたことは容易に想像できてしまいますね……」
「アイツ……!そういうことか。銃霆音だけが、じゃない。世界に、〈十天推薦枠〉を決めさせようとしている……!」
「……銃霆音氏も本気ですな」
「問題ねェだろォ!ボスが銃霆音を倒すからなァ!」
――相手にとって不足なし、か。
「――よし、行くか」
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