1-52 韻象操作
「――ボス!無事だったかァ!」
「――夏瀬!アンタ……ホントバカね。無茶するんだから……!」
竜ヶ崎と日向がステージの上に上り、俺に駆け寄ってくる。二人の目には涙が浮かんでいたが、その表情には安堵の色が滲んでいた。
「夏瀬……痛いとこない?……ってないわけないわよね……」
心配そうに俺の身体を摩る日向。俺の隣に立ち、しっかりと銃霆音を見据える竜ヶ崎。
――竜ヶ崎と日向。この二人には、俺が神話級異能だということまでは明かしたが、それが〈天衡〉だということ、その詳細については話していない。最後の銃霆音の一撃が直撃したのを見て、俺が死んだと誤解するのも無理はないだろう。
「アルジャーノン♪オレの『雷霆韻電磁砲』を食らって無傷とかマジかよ♪」
「あれパンチラインって言うのかよ……。ラッパーとは思えねえネーミングセンスだ」
「うるせーよ♪〈神威結社〉♪」
――逆に言えば天音と拓生は、俺が〈天衡〉によって防御できることを知っている。
「つーかその腕……」
「ああ♪ビビったっしょ♪雷落とすだけじゃねーんだぜ♪ま、もうちっとあのままだったら出血多量でマジで死んでたけどな♪また着替えねーと♪」
「――待て待てボス!何を仲良さそうにしてんだァ!」
「おいおいドラゴンガール♪女にはわかんねー男の友情ってヤツだよ♪黙ってろ♪」
「おい銃霆音テメェ!今の時代『女が』とか良くねェンだぞォ!」
「うるせーな♪で、アルジャーノン♪オレは五分の異能戦でアルジャーノンを『殺せなかった』♪つーことは延長戦、なんだよな♪」
「そうだな。EMB本戦か」
――最初から殺すつもりもなかったくせによく言うな。
「イエース♪知ってるだろーがこの後――二十二時半に『超渋谷第一体育館』だ♪遅れんなよ♪」
「わかった」
「決勝で会おうぜ♪負けんなよ♪」
「ああ」
そして銃霆音は、何人かの仲間を引き連れて、ナイトクラブ内の喫煙所に入っていった。〈十天〉や〈神威結社〉を除く観衆たちが、その異能戦の余韻に浸りながら、賑やかに散らばってゆく。俺は竜ヶ崎に声を掛けた。
「よし、〈超渋谷エリア〉に向かうぞ」
「おォ……ボス。は、話してくれるんだよな?」
「まあな。どうやら俺たちは……物凄い勘違いをしていたみたいだぞ。つーか全部銃霆音が悪いんだが」
「夏瀬、どういうこと?」
二人と共にステージの下――メインフロアに下りる。恭しく頭を下げる天音と、丸々と太った身体を上下に揺らしながら手を振る拓生がVIPテーブルで俺たちを迎えた。
「〈十天〉相手に引き分けるとは……私の心配も杞憂でしたね。お見事でした」
「まあ時間制限アリの特殊ルールだったけどな。ありがとう」
「しかし不思議ですな。素人目ながら、雪渚氏と銃霆音氏が、最後の最後で互いを理解し合ったような……そんな印象を受けましたぞ」
「そうですね。お恥ずかしながら、私もよく理解できておらず……」
「そうだな。まあ引っ張るような話でもない。移動しながら話すとしよう」
すると、VIPテーブルを一つ挟んだ先のテーブルに集まっていた〈十天〉の面々が立ち上がった。〈十天〉・第九席――漣漣漣涙は、俺の両手を握って笑顔で告げた。
「夏瀬くんっ☆ボク感心しちゃったなっ☆銃霆音くんと引き分けるなんてっ☆」
「おー涙ちゃん。どうも」
「あっ☆『涙ちゃん』って呼んでくれて嬉しいなっ☆」
涙ちゃんは可愛らしくウインクをした。彼女の青のメッシュが螺旋状に入ったサイドテール――肩に垂らしたボリューミーなオレンジ色の三つ編みが、ミラーボールの真下でキラキラと輝いていた。
「見事で御座るな。我が兄弟――終征ですら銃霆音殿相手に一分持たなかったものを……五分も耐え抜くで御座るか」
――対峙して理解った。初手から余裕で即死できるレベルの落雷を発生させる銃霆音を相手にして、数十秒生きることがまず不可能だ。俺の異能が〈天衡〉でなければ、確実に今頃は灰と化していた。
「流石神話級異能だねぇ」
「影丸!ワタクシ、わかりましたわ!夏瀬さんの異能は『ルールを制定して破った者に罰を与える』――こんなところですわね!?」
〈十天〉・第十席――杠葉槐はドヤ顔で、背後に控える黒い燕尾服に身を包む若い執事――黒崎影丸に問うた。
「え、槐お姉様……そ、それみんな気付いてるよぉ……」
「ふふ、槐お嬢様。流石でございます」
「槐はんはえらい頭も良うて可愛らしおすなあ」
「ふふふ……当然ですわ!」
「実に面妖な異能で御座るな……」
「その異能を冠する神の名は……ギリシャ神話のテミス……といったところかな?」
〈十天〉・第一席――鳳世王が爽やかにそう告げた。その目は、まるで全てを見透かしているかのように。
――コイツら……!元より〈天衡〉を知っていた黒崎は兎も角、俺が異能を偽証していたことをわかっていたのか……。
――クソ恥ずかしいなこれ。天音や黒崎が俺の異能をバラすとも考え難い。『その身に受けた攻撃を全て反射する異能』――という俺の偽証がバレるのは仕方ない。銃霆音の腕が落ちたことは、どう考えてもそれでは説明できないからだ。
――だが、〈天衡〉に辿り着くためのヒントは極僅かだったハズ。〈十天〉は、あの僅か五分間の異能戦で、俺の異能の正解を導いたのか……。
「はあ……しょーもない嘘吐くモンじゃないですね……」
「ははは、いやいや夏瀬君。寧ろ先程の〈十天円卓会議〉――あの場面で正直に夏瀬君が異能の詳細を白状するようなら、かなり期待外れだったよ。天ヶ羽君の『待ち人』がどんな人物なのか、〈十天〉の興味はその一点に注がれていたからね」
「うーん、複雑な心境ですね……」
「でも期待を超えてきたよねぇ。雷霧と引き分けるなんて……というか雷霧の異能戦が『勝利』以外の結果になったのって初めてなんじゃないかなぁ」
「麓殿、其れは〈十天〉皆がそうであろう」
「あぁ、そうだったねぇ」
「ですが結局銃霆音さんの目的がよくわかりませんわね。影丸は何かわかったかしら?」
「いえ……お恥ずかしながら」
「銃霆音君の考えは読めない部分があるからね。とは言えEMBの本戦が終われば話してくれると思うけどね」
――〈十天〉も気付いていないか。成程……命を削り合った俺だけが理解しているのか。銃霆音雷霧――あの男の真の目的に。
「夏瀬くんと銃霆音くんはこれからラップバトルするんだよねっ☆」
「ああ、涙ちゃん。決勝まで勝ち進めればそうだな。勝ち進むけど」
「頼もしいねっ☆ボクたちも応援してるよっ☆」
「そうだね漣漣漣君。では夏瀬君、僕たちも〈超渋谷エリア〉へと移動するよ。君がどんな言葉を残してくれるのか、楽しみにさせてもらうよ」
「ええ、また後ほど」
〈十天〉の面々はナイトクラブ・NERFを去っていく。そんな中、一人の男がその場に残り、俺に恭しく頭を下げた。
「――夏瀬様。先日はお世話になりながら、ご挨拶が遅れ申し訳ございません」
「……黒崎さん」
黒い燕尾服に身を包む、端正な顔立ちの若い男――黒崎影丸だ。清潔感のある短い黒髪も相俟って、その執事姿が妙にしっくりくる。
その腕には花柄の二本の傘――ゴシック調の黒い傘と白い和傘が掛けられていた。主人である〈十天〉・第十席――杠葉姉妹のものだろう。
――彼と会ったのは数日前の竹馬大学。異能による殺人事件が起き、捜査の一環として、原初の魔道具――〈審判ノ書〉による容疑者たちの異能の精査を行った。
――そしてその結果……この男――黒崎は、この新世界の総人口十一億人のうち、僅か二十人程度しか存在しないとされる神話級異能を持つ人物だと判明した。
――神話級異能を持つ人間の過半数は〈十天〉だ。「〈十天〉ではないが、神話級異能を持つ」という一点において彼は、俺と共通項のある人物だと言える。
「……おや、いかがされましたか?夏瀬様」
「ああ、いえ。ご壮健で何よりです」
「ありがとうございます。先刻の銃霆音様との異能戦は素晴らしいものでございました。流石、神話級異能を持つ夏瀬様……といったところでしょうか」
――掴めない。〈十天〉ですら少し話せば見えてくる、「人柄」というものが、この男には見つからない。その表情すらも、貼り付けた仮面のように不気味に見えてくる。
「それはお互いにでしょう?黒崎さん」
「いえいえ、私奴など。では夏瀬様、失礼いたします」
「はい」
黒崎は一礼し、去ってゆく。竜ヶ崎が訝しげに去りゆく黒崎の背中を赤い目で追っていた。
「なんだァ……?アイツ……変なヤツだなァ……」
「黒崎氏は掴みどころがない方ですからなぁ」
「……そうだな。……よし、俺たちも行くか」
「つーかよォ、ボスはやっぱすげェな!一晩で〈十天〉に認められやがったァ!」
「竜ヶ崎女史……小生たちはとんでもない方についてきてしまったようですな……」
「ふふ……せつくんであれば当然のことですよ」
「夏瀬……アンタ……」
――そうして俺たちは〈歌舞姫町エリア〉――ナイトクラブ・NERFを後にした。
月光が、その足取りを見送るように、五人の影を照らしている。色町のネオンライトが、これから始まる騒がしい夜を予感させるように、夜空に浮かび上がってゆく。
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