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1-51 雷霆

「……陽奈子ォ、泣くなよォ……!」


「銃霆音氏の言うことなんて気にする必要ありませんぞ……」


「ううん……違うの、違うの。夏瀬が……このままじゃ夏瀬が……」


「せつくん……」


 ステージの上に落ちた、マイクを掴んだままの右腕。その断面からは、痛々しい血が流れている。銃霆音はそこからマイクを、左手で拾う。俺は右腕の断面にできた真っ赤な血溜まりを見て、言った。


「あー銃霆音、お前……本当に人間だったんだ」


「あーおけ♪死にたいのね♪」


 銃霆音は再び、流れるbeatのリズムに乗り始めた。片腕でマイクを持つ様は、あまりにも痛々しかった。その腕の切断面からは、血が、ドバドバと。


「Yo-Yo♪そうだぜオレなら『銃霆音』♪Wackの脳天に響かす『銃声を』♪ハハッ♪」


 すると、一撃の稲妻が再び頭上から降り注ぐ。身を引いて避ける。だが、その威力は、最初に見たものと同様だった。


 ――成程……。違う音で韻を踏むか、ある程度の時間が経てばcomboのリセット――すなわち、威力のリセットが行われるのか。


『掟:声を上げることを禁ず。

 破れば、左腕が切断される。』


 ――掟の罰で直接的な死は指定できない。……が、少しずつ追い詰めて、コイツは殺す!


「――銃霆音雷霧が拡声する『ニューメディア』♪名の通り♪韻を踏むことがオレの『宿命だ』♪」


 轟音と共に更に二発の落雷。――避ける。眼前に映る銃霆音がマイクを持つ左腕が、ぼとっ……と、鈍い音を立ててステージに落ちる。


 ――その瞬間、銃霆音は無様にもマイクを必死にくわえ、マイクだけは床に落ちるのを防いだ。そして、そのマイクを脇に挟んで口元に近付ける。


「――はぁ……はぁ……!既についてるぜ『百馬身差ひゃっくばしんさ』ァ♪Wackの首斬る『ジャック・ザ・リッパー』♪ハハッ♪」


 ――想像を絶する痛みだろうに……ラップをめないのか。そもそもショック死や失血死をしてもおかしくないものを……。


 ――だが最悪だな。〈裂刃ジャックザリッパー〉という偉人級異能で日向の家族や親友は惨殺されたと聞く。それを知っていながら、日向の前で「ジャック・ザ・リッパー」という単語を出すことそのものが極めて不快だ。


「今後方走ってるのはお前だし斬られたのもお前じゃね?自分の状況わかってんのか?」


「時には『きつく』♪時に『傷付く』♪『イズム』と『リズム』で時代を『築く』♪Wackは『沈む』♪したたる『しずく』♪イカれた奴らがヤバさに『気付く』♪」


『7combo♪』


 ――子音踏み……。


 再びリセットされ、そこから威力を増した七発の青白い落雷が俺を襲う。――が、落雷の軌道は決まって頭上からの直下。体も慣れ、それを避けるのは容易だった。


 だが、俺も既に満身創痍だった。身体を動かす度に先刻のボディーブローによって腹部がじわじわと痛み、顔が苦痛に歪む。


「――ガキの頃なら『貧乏人』♪だがその分オレのライムが届くぜ『心臓』に♪オレが連れてく『新境地』♪今じゃ新世界を牛耳る『B-Boy(ビーボーイ)』だぜ♪」


「「「Wooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo!!!」」」


 〈鉛玉CIPHER(なまりだまサイファー)〉の面々が片手を挙げて歓声を上げる。そのとき、俺の脳裏に何かがよぎった。


 ――まさかコイツ……!


 またしてもリセットされ、三発の落雷が俺を襲う。身体を軽くひねって避け、〈エフェメラリズム〉のゴム紐を引っ張り、パチンコ玉を銃霆音が脇に挟んだマイクに命中させる。


 ――が、ビクともしない。力強くマイクを脇に抱え、両腕を失った銃霆音が、必死に自身のラップを続ける様に、観衆すらも言葉を失っていた。


 ――腕が切断された状態であれだけ脇に力を込められるか?なんつー執念だ……。


「母親が身体を売っていた『あの頃から』♪路地裏のゴミ漁り殴られた『横腹』♪これは電気を帯びる『言葉だ』♪板の上がオレの『仕事場だ』!!!」


「「「Wooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo!!!」」」


 荒れ狂う落雷がステージ上で弾ける。その中で恐らく、銃霆音と命を張って戦っている俺だけが理解し始めていた。


「|Put your hands upプチョヘンザ♪母親は病気で『死んじまった』♪ガキのオレは帰りを『信じ待った』♪」


 〈鉛玉CIPHER(なまりだまサイファー)〉の若者たちは、掲げた片手を前後に振り、銃霆音の圧巻のパフォーマンスに魅入っている。轟音と共に襲いくる落雷は、まるでそのラップに一輪の花を添えるように、美しく弾けた。


「貧しいってだけで大人に『怒られたんだ』♪『ボコられたんだ』♪大人に何度も言われた『モノマネラッパー』♪その上で言いたいぜ♪『子育てママ』♪親に『感謝』!!」


「「「Wooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo!!!」」」


 威力を増した落雷を避ける。次第に、銃霆音にとっては敵であるハズの拓生や竜ヶ崎すらも、銃霆音に魅了されていった。――俺だけが感じていた「それ」は、やがて確信に変わる。


「だってオレも出逢えたぜ大事な『仲間』♪オレにとっちゃコイツらは大事な『宝』♪」


「お前……」


「お前もそうだろ『アルジャーノン』♪テメェに捧げるライムの『核弾頭』♪仲間は大事にしなきゃ『いなくなんぞ』♪」


 ――コイツ……!そういうことかよ……!


 落雷を三度みたび、身をひるがえして回避。眼前に落雷が轟音と共に落ちる。


「Yo♪アルジャーノン♪理解したみてーだな♪」


「ああ。お前……ヤバすぎだろ……」


「だがまだネタバラシはナンセンスだぜ♪オレも久々にたぎってる♪あと三十秒ある♪最後まで音の上で踊ろうぜ♪」


 銃霆音は、ダイナミックマイクを力強く脇に挟んだまま、マイクを通して、痛々しくも俺に笑顔で語り掛けた。歯に装着された銀色のグリルが、赤と青のムービングライトを受けて輝いた。


「仕方ねーな……」


「エイヨー♪お前にヤバさを伝える『啓蒙家けいもうか』♪お前はここらで『GAME OVER(ゲームオーバー)』♪あの日抱えてた『劣等感』♪それすら武器にして今じゃ『天王山てんのうざん』!!!ハハッ♪」


 再び〈エフェメラリズム〉によってパチンコ玉を射出。次は銃霆音の腕の断面――マイクを挟む筋肉を直接狙う。――直撃。痛みに一瞬、銃霆音の顔が歪む。だが銃霆音はマイクを置く様子はない。


「――ボス!どうなってんだよこれよォ!」


「あいつら……何考えて……?」


「銃霆音氏の表情が変わりましたな……。どういうことですかな……?」


「せつくん……?」


 ――七度目の異能戦は、異様な雰囲気のまま、終局を迎える。夏瀬雪渚と銃霆音雷霧――両名の表情には、つい先刻までの殺気はなかった。


「MC Algernon(アルジャーノン)の『エンドロール』♪オレのライムは常に『天を昇る』♪Thunder(トンダ) Rhyme(ライム)の頭上に『打ち上げ花火』♪マイクで証明♪『口だけじゃない』!!」


「「「Wooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo!!!」」」


 ――すると落雷は、轟音と共に、俺の頭上――ではなく、銃霆音の足下に力なく落ちた二本の腕に落ちた。またしても、肉が焼けるような最悪の臭いが、俺の鼻を突いた。


 ――その刹那せつな、驚くべきことに、電気を帯びた二本の腕が浮遊――宙に浮き、バチバチと火花を散らしながら、物凄いスピードで迫ってきた。


「――ロボットアニメかよ……!」


 二本の腕は、それぞれ俺の両肩を力強く掴み、勢いはそのままに、俺の身体を壁に押し付けた。衝撃が全身を伝う。


「うぐっ……いや……これアリかよ……!」


 ――不味まずい……!動けない……!


 二本の腕が俺の身体を壁に押し付ける。あまりの力に双肩そうけんが悲鳴を上げ始める。目の前の銃霆音は、銀色のグリルを覗かせ、ニヤリと笑った。


「――動揺してNo Answerの『リアクション芸人』♪バッターアウトで『スリーアウトチェンジ』だ♪」


 ――そう銃霆音が締めた瞬間。一瞬、ナイトクラブ内の煌々と輝くステージライトが壊れたかのように辺りが仄暗ほのぐらくなる。その中で、銃霆音の眼前に、凄まじい電気を帯びた、青白いエネルギー体が現れていた。


 バチバチと、バチバチと火花を散らしながら、神秘的なほどに。そのエネルギー体は、徐々に、徐々に美しく肥大化してゆく。俺はその美しさに魅入るしかなかった。


 銃霆音の全身が隠れるほどの大きさになったエネルギー体。そしてそれは、超高電圧、超火力の、電気のレーザービームと化した。ステージ上をはしる稲妻の弾道は――無抵抗の俺を狙う。


「ハハッ♪沈めアルジャーノン♪」


『掟:攻撃を受けることを禁ず。

 破れば、一切のダメージを受けない。』


 ――兵器とすら形容し得る極太の電気の光線は、耳を割るような轟音と共に、俺に命中する。俺の身体を、モクモクと白い煙が包む。それと同時に、スピーカーから大音量で流れていたbeatがピタリと鳴り止んだ。


「――ボス!」


「――夏瀬!」


「天ヶ羽女史!これは……あれですな……」


「はい。お見事でした」


 ゆっくりと、煙が晴れる。ステージの向かい――四メートルほど先に立つ、銃霆音雷霧。彼の両肩からは、二本の腕がしっかりと生えていた。否、再びくっ付けたという表現が妥当だろう。


 銃霆音は、煙の中から現れた無傷の俺を見て、満足げに微笑んだ。そして、右手に持ったマイクを通して、こう言った。


「……殺せなかった、か♪」


「残念だったな」


 ――夏瀬雪渚、七度目の異能戦。六連勝を重ねていた俺の戦績は、この夜、初めて「引き分け」で終わった。

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