1-49 ナイトクラブ電撃戦
――〈歌舞姫町エリア〉のカラオケ店。そのある一室。俺たち〈神威結社〉は、真剣に、ギャル風の出で立ちの女――日向陽奈子の話に耳を傾けていた。テーブルの上の、オレンジジュースが注がれたグラス。水滴がテーブルに垂れている。
「――それでアタシは〈十天〉になって、今日まで過ごしてきたの」
「……噂程度に聞いてはいたものの……そういうことだったのですな」
灰皿に煙草を押し付ける。あまりに衝撃的な話を受け、静寂に包まれる室内を換気する換気扇の音だけが、とても五月蝿かった。
「……〈不如帰会〉……許せませんな……」
拓生がそう呟くと、竜ヶ崎は思い立ったように立ち上がって、汚れた床に座る。そして、日向に向かって土下座――頭を下げた。
「……竜ヶ崎……ちゃん?」
「――すまねェ!陽奈子ォ!アタイが……アタイが兄貴を止められるだけの力があれば……ッ!陽奈子の家族やダチは……そんな目に遭わずに済んだかもしれねェ!」
――〈竜ヶ崎組〉・組長――竜ヶ崎龍。俺が先日倒したその男――竜ヶ崎の兄は、〈不如帰会〉の会員番号一桁と呼ばれる、幹部でもあった。竜ヶ崎が言っているのはそのことだろう。
「待って竜ヶ崎ちゃん!ううん、竜ヶ崎ちゃんはずっと竜ヶ崎龍を止めようと戦ってたんでしょ?竜ヶ崎ちゃんは悪くないわ」
――その通りだ。竜ヶ崎や日向にとっては酷な話だが、会員番号一桁である竜ヶ崎龍を一人倒したところで、〈不如帰会〉が潰れるわけではない。
――というか……会員番号一桁である竜ヶ崎龍を倒した時点で、俺は〈不如帰会〉に目を付けられたことになるのか。
「……ッ!陽奈子はアタイを助けてくれたってのに情けねェ!アタイは〈不如帰会〉の幹部の一人すら倒せやしねェ!」
竜ヶ崎の表情には悔しさが滲んでいた。室内の明るい照明が、その表情を映し出す。
――事実、竜ヶ崎龍は人智を超越した強者だった。竜ヶ崎龍の偉人級異能、〈帝威〉――全てにおいて相手のステータスを『一だけ』上回る異能。この最強とも思われるようなチート能力が、ただ単に俺のカンストした頭脳を越えられなかっただけという話。
――そういう意味では、〈十天〉もまた、能力値がカンストした連中ばかりなのは間違いない。十数分後に戦うのは……そんな〈十天〉の第八席に座する男――銃霆音雷霧……。
「竜ヶ崎さん、あまりご自分を責めないでください」
「陽奈子……姉御……すまねェな……」
「しかし日向女史が〈不如帰会〉への復讐のために〈十天〉へ加入したというのはわかりましたが……銃霆音氏はそれを知っていながら、日向女史の〈十天〉としての資格を剥奪しようとしたのですな……」
「そうですね。〈不如帰会〉はそのあまりの残虐性から、〈十天〉内でも情報は厳重に扱われています。そのためほとんど公にはなっていません。公にしたところで防げる類のものでもありませんし、却って人々の不安を煽るだけですから」
「うん……今となってはアタシもそれは理解できるわ」
「日向さんが〈十天〉の資格を失い、〈十天〉でなくなるのだとすれば、日向さんの〈不如帰会〉への復讐は絶対に叶わなくなります」
静観していた俺は、立ち上がり、テーブルの上に置かれた伝票を持って扉を開く。
「――ボス!どこに行くんだァ!」
「時間だろ。行くぞ」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
――〈歌舞姫町エリア〉。かつてはトー横キッズと呼ばれていた若者たちが集まる広場――その通りにナイトクラブ・NERFの看板がある。
賑わう夜の店を横目に、地下へと続く階段を降りてゆく。一段、一段……背後に続く俺の仲間たちの足音が、その緊張感を増してゆくようにすら感じられる。
地下へと続く階段を降りた先――音楽が漏れる扉を開くと、煌びやかなナイトクラブの光景が俺たちを出迎えた。天井にはミラーボール、フロアの端にはスタンド灰皿が置かれ、バーカウンターまで完備されている。決して小箱とは言えない、立派なナイトクラブだ。ナイトクラブ中にイカした音楽が流れている。
営業時間外なのだろう。賑わう人で溢れ返っている――というほどでもないが、ストリート系の服装に身を包む若い男たちが、通路でサイファー――複数人で交代しながらフリースタイルでラップをしたり、バーカウンターで男女が楽しげに語らったりしている。
メインフロアとなるであろうフロアに足を踏み入れる。壁際にはソファ付きのVIPテーブルが並ぶ。そのVIPテーブルに、凄まじい存在感を放つ者たちが腰を下ろしていた。〈十天〉の面々だ。
「――影丸!ワタクシ、あのカクテルというものが飲みたいですわ!」
カクテルを片手にフロア内を歩く若い女を見て、〈十天〉・第十席の一角――杠葉槐が瞳をキラキラと輝かせて、ソファから身を乗り出す。側に控える燕尾服に身を包む執事――黒崎が落ち着いた様子で告げる。
「いけません槐お嬢様。お嬢様はまだ未成年なのですから」
「だ、ダメだよ。え、槐お姉様。お、お酒なんて飲んじゃ」
黒崎の言葉に、縫いぐるみを抱えるゴスロリ少女――二人目の〈十天〉・第十席――杠葉樒が続き、姉を窘める。杠葉槐は頬を膨らませて、不満そうに拗ねてしまった。
「ぶー!影丸も樒もケチですわ!」
「ケチで結構でございます。お嬢様方のお身体に何かあっては私奴、菰様に合わせる顔がございません」
――いや、そもそも未成年をナイトクラブに連れ込むなよ。甘やかしすぎだろ。
内心ではそう思ったが、声には出さず、VIPテーブルに座る他の〈十天〉の面々を視界に入れる。すると古風な糸目の侍――〈十天〉・第五席――大和國綜征が徳利で酒を嗜みながら、俺を視界に入れることなく呟いた。
「夏瀬殿……来たで御座るな」
「ええ……」
VIPテーブルには銃霆音雷霧の姿はない。メインフロアの奥には――立派なステージがあった。音響機器が並べられ、赤と青のムービングライトやスポットライトで照らされたそのステージの上に、「奴」の姿があった。金髪のロン毛の男と仲睦まじげに話している。
すると、ステージの下のこちらの様子に気付いた銃霆音が、中指をクイクイっと動かし、俺を挑発するようにステージの上に招き入れた。
「雪渚氏……完全に煽られてますな……」
「腹立つヤツだぜェ……」
「……行ってくる」
〈十天〉から少し離れたVIPテーブルに〈神威結社〉の面々や日向を座らせ、俺はステージへと上がった。遠巻きに、〈十天〉の面々や竜ヶ崎たちがその様子を見守っている。
「ガリ勉クンがビビらずよく来たじゃねーか♪MC Algernon♪」
「よおフェイク野郎。遊びに来てやったぜ」
「イキってられんのも今のうちだけどな♪」
「――おいおい雷霧。そりゃいくらなんでも失礼だろ……」
そう言って困った様子で銃霆音を咎める金髪のロン毛の男の姿がある。ロン毛と言っても、動きのあるナチュラルなウェーブがかった金髪を左右に分けており、肩に掛からないほどの長さだ。
髪の根元は所謂プリン――黒い毛が生えている。青いレンズのラウンド型のサングラスを着用し、顎髭を生やしていた。
洒落たブルーのデニムシャツに身を包むその男は、ワイルドな雰囲気ながら、カジュアルで爽やかな印象を与える好青年だ。
「おいおいリョーガ♪コイツ、〈十天〉のオレに生意気にも歯向かってくるんだぜ♪」
「雷霧……またお前が何か言ったんだろ……」
その男は、俺に向き直ると、申し訳なさそうに言った。
「夏瀬くん……だったよな。君のことはニュースで観たよ。悪いな、うちの雷霧が。多分また人を傷付けるようなことを言っちまったんだろ」
男は片手で謝罪を意味するジェスチャーを執りながら、言葉を継ぐ。
「これもさっきニュースになってたけど〈十天〉・第二席の彼氏さんなんだって?蘇生で蘇ったとか……。あ、あそこに座ってる女の子か……。すごいな……」
――〈十天〉に依頼した、『第二席・天ヶ羽天音は既に蘇生の力を使用しており使えない』という声明の発表。これが既に為されたことは確認済みだ。仕事が早い。
「ああ、すまない。俺は帯刀凌駕。雷霧がクランマスターをしている〈鉛玉CIPHER〉のクランサブマスターで、普段はDJをしてるんだ。雷霧とは親友でね、普段はここにいる仲間たちと音楽作ったり馬鹿やったりしてる」
――帯刀凌駕――銃霆音と比べてコイツはマトモそうだ。
「ああ、どうも」
「それにしても第二回EMB王者のMC Algernonと会えるとはね……。光栄だよ。ウチじゃ『NewTube』上で君のバトルを観て食らった連中も多い」
「そうか。ありがとう」
「雷霧との異能戦とは関係なく、EMBの本戦はそのまま出場してくれるんだろ?」
「おいおいリョーガ♪黙って聞いてりゃ楽しそうに話してんじゃねーよ♪MC AlgernonとのMCバトルも面白そうだがよ♪その前に異能戦でコイツは死ぬっての♪」
「雷霧お前な……」
呆れた様子の帯刀を気に留めることもなく、銃霆音は床に置いてあったマイクを手に取り、メインフロア全体に呼び掛けた。
『うーし同胞共♪EMB本戦前でぶち上がってるトコわりーけどよ♪オレを殺そうってWackが来てる♪異能戦やるから集まってくれや♪』
「お?なんだ?異能戦?」
「マジ?雷霧さんのバトル観られるの?」
「ヤバ!行こうぜ!」
そのナイトクラブ・NERF中から、メインフロアに人が集まってくる。メインフロアが徐々に騒めき立つ。
――二十人弱……コイツらが〈鉛玉CIPHER〉のクランメンバーか。
「よっしゃ♪リョーガも危ねーから下りてろ♪」
「おい雷霧……ホントにやるのか?」
「男の意地ってヤツよ♪わかんだろ♪」
「……わかった。夏瀬くん、健闘を祈るよ」
帯刀は俺の肩に手を乗せ、ステージを下りていった。〈十天〉や〈神威結社〉、〈鉛玉CIPHER〉――計三十名強が見守る中、赤と青のムービングライトやスポットライトが、ステージの上で相対する二人の男を照らす。銃霆音の編み上げたコーンロウの髪型――その側頭部の稲妻型のブロンドのメッシュが妖しく輝いていた。
「――ボス!ぶっ飛ばしてくれェ!そんなヤツよォ!」
「――雪渚氏!ファイトですぞ!」
頼れる仲間の声が、ステージの下から聴こえてくる。ステージの上とは対照的に、仄暗いメインフロアで、天音と日向は祈るように俺を見つめていた。
相対する銃霆音はと言うと、所謂ダイナミックマイク――と呼ぶようなマイクを懐から取り出し、右手に持った。銃霆音がそのマイクに口を近付ける。それに合わせて、俺も黒いスキニーパンツのポケットからスリングショット――〈エフェメラリズム〉とパチンコ玉を取り出した。
――ダイナミックマイク……通常付属しているであろうケーブルがないが、ワイヤレスタイプか。いや、そもそもこの西暦二一一〇年の新世界にワイヤレスという概念があるのかは疑問だが。
「改めて♪〈鉛玉CIPHER〉主宰のクランマスター兼〈十天〉・第八席――銃霆音雷霧 a.k.a. Thunder Rhymeだ♪」
「〈神威結社〉・クランマスターの夏瀬雪渚 a.k.a. MC Algernonだ」
「レペゼンするのは『minority』♪テメェを蝕む『ダイオキシン』だぜ♪」
「その『ダイオキシン』は『ワシントンD.C.』までぶっ飛ばして『埋葬式』してやるよ」
――二一一〇年十二月七日。七度目の異能戦が、始まろうとしていた。
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