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1-48 日向家の太陽

 ――舞白の告別式を終え、夜。


 宿泊していたビジネスホテルに戻った私はベッドに腰掛けていた。あの後、舞白の両親から改めての謝罪と、舞白の父の命を救ったことに感謝の言葉を貰った。しかし、彼らが娘を失った悲しみをぬぐえるものではないことも理解していた。そして、私は考える。


 ――あのとき私が四条しじょうを殺した……。突然顕現(けんげん)した――この異能で。少し使っただけでわかった。戦闘経験なんてまるでない私が百戦錬磨の偉人級異能を瞬殺なんて――明らかに普通の異能じゃない。


 そのとき、コンコンコンと、部屋の扉が三回、ノックされた。静かな夜のホテルの一室に、その音が木霊こだまする。


 ――誰だろう……。


 扉の先で出迎えたのは――――――いな、そこには誰もおらず、私は不思議に思う。……が、足元から何かすさまじい存在感を感じた。


「……おい」

 

 声がした方向――下を向くと〈十天〉・第三席――飛車角歩がちょこんと立っていた。しかし、その小さな体躯たいくからは〈十天〉としての確かな威厳いげんと凄まじいまでの存在感が感じられる。


「……邪魔するぞ」


 渋い声でそう、ぼそっと告げた飛車角はズケズケと部屋に押し入り、部屋に備え付けのデスクチェアへと腰を下ろした。


「……聞いたぞ……葬儀場の件……ご苦労だったな。……本来俺ら警察の仕事なんだが」


「……いえ」


「……で?……報告では異能戦をやったと聞いているが」


 ――あ、そうか。異能と異能をぶつけ合ったのだから、あれが異能バトル――異能戦なのか。


「はい。実は――」


 〈十天〉の彼であれば私の異能のことも知っているかもしれない。そう考えた私は事の経緯けいいつまびらかに説明した。突然の異能覚醒、四条との戦い――記憶を頼りに、できるだけ詳しく語る。


「そしたら拳が光に包まれて……剣?手刀?がズバーっ!と……」


 飛車角は私の説明を一通り聞き終え、短く溜息ためいきを吐いた後、口を開いた。


「……はっ、要領ようりょうを得ない説明だな」


「……ごめんなさい……私……あの人を……こ、殺して――」


「皆まで言うな。……どうせ捕まんなかったんだ奴は。嬢ちゃんに落ち度はねぇさ」


「あの……私の異能って……?〈十天〉の飛車角さんだったら……何かわかるんじゃないですか?」


「……〈十天〉っつっても俺は〈十天〉最弱の人間だからな」


「え?第三席……なんですよね?」


「……いや、それはいい。嬢ちゃんの異能だったな」


「……四条は偉人級異能を持つはずだ。……それを瞬殺したとなれば並の異能でないのは確かだ」


「は、はい……」


「…………おい……行くぞ。ついてこい」


 少し考え込んだ後、有無を言わさず、強引にビジネスホテルの外に私を連れ出した飛車角。廊下に二人の足音が響く。


「――あの!どこに……?」


「……〈十天円卓会議サミット〉だ。嬢ちゃんの異能をはっきりさせねえか?」


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 ――〈十天円卓会議サミット〉。この新世界の頂点――世界上位十名である〈十天〉が集まる円卓会議。


 飛車角に連れられるまま、魔道具・〈翔翼ノ女神像(セラフィム)〉に手を触れると、真っ白い、広い空間が私を出迎えた。


 中央には大きな白い円卓が置かれ、数名が円卓を囲むように座っている。そのあまりの荘厳そうごんな雰囲気は、今すぐ逃げ出したくなるほどだった。


「おや、あゆむ。君が〈十天円卓会議サミット〉に人を連れてくるだなんて珍しいね。連絡を貰ったときは驚いたよ」


 「Ⅲ」の席に腰を下ろした飛車角にそう話し掛けるのは、「Ⅰ」の席に座るホスト風の整った顔立ちの男――〈十天〉・第一席――おおとり世王ぜお。メディアで観ていた通り、実物も風貌が酷く派手だ。


「…………まあな。面白いモンが見られるかもしれねーぜ」


「そうか。歩がそれほど言うのならば期待しても良さそうだ。ああ、君も適当な席に座ってくれて構わないよ」


 鳳はそう言って、立ちすくむ私に爽やかに微笑む。円卓を囲む玉座には、「Ⅱ」、「Ⅶ」、「Ⅷ」、「Ⅸ」、「Ⅹ」――と、幾つかの空席があった。


 ――わけがわからない。〈十天〉と共に円卓を囲むなんて、烏滸おこがましいにも程がある。


「い、いえ……私は大丈夫です」


「遠慮しなくてもいいよぉ」


「飛車角殿に突然〈十天円卓会議さみっと〉に連れてこられては仕方ないで御座るがな」


 ――この二人は……。


 私の遠慮がちな声音に反応したのは、タンクトップを着た大柄な男と長身の糸目の侍だった。


 一人は〈十天〉・第六席――噴下ふくもとふもと。昨年の第七回〈極皇杯きょくのうはい〉の準優勝者。彼らの決勝戦は世界中が沸いた。教科書に載るほどの激戦で、彼は僅差で敗れてしまったが、準優勝ながら、〈十天〉入りするに申し分ないと評価され、〈十天〉へと加入した。


 そしてもう一人は、そんな噴下と優勝を賭けて戦った昨年の第七回〈極皇杯〉の優勝者――「剣聖大将軍」の異名を持つ最強の侍。〈十天〉・第五席――大和國やまとのくに綜征そうせい。彼らが争った〈極皇杯〉の決勝戦は、半年が経過した今も、世界中で話題にならない日がないほどだ。


「飛車角はん、おいでやす」


 花魁言葉おいらんことばと、京都弁の入り交じった妖艶な語り口で、そう答えるのは〈十天〉・第四席――徒然草つれづれぐさ恋町こまち。小柄な体格ながら、丸みを帯びたつやのある黒髪のショートボブに、豊満な胸元をあらわにした花柄の着物が映える。女として、敵わないとすら思ってしまうほどの美人だ。


「……おう、徒然草。……つーか天ヶ羽(あまがばね)の嬢ちゃんはまだ来てないのか?珍しいな」


「例の『待ち人』のところなんじゃないかなぁ」


「ほんま……天音はんがそれほど想う人なんて……どんな人なんやろな」


「天ヶ羽殿が認める者……相応の実力者に違いなかろう」


「天ヶ羽君にはなかなか聞きづらいからね。だが彼女は聡明そうめいで思いやりのある人だ。きっといつか僕たちにも話してくれるさ」


 ――天ヶ羽?誰のことだろう。非公開設定になっている第二席のことかな……?


「それで飛車角はん。なんで連れてきはったんどす?」


 困惑する私の様子を見兼ねたのか、徒然草が飛車角に問う。


「……ああ。世王、〈審判ノ書(バイブル)〉を貸してくれ」


「……ん?構わないけど」


 鳳はふところから、不思議な引力を放つ古びた書物を取り出した。鳳からそれを手渡された飛車角は、その古びた書物を円卓に刻まれた「Ⅲ」の刻印の上に開く。黄ばんだページには、何も記されていなかった。


「……日向の嬢ちゃん。手をかざしてもらえるか」


 ――そうか。『異能をはっきりさせる』ってそういうことか……。


「わ、わかりました」


 原初の魔道具――〈審判ノ書(バイブル)〉へとゆっくりと歩み寄り、〈審判ノ書(バイブル)〉の前へと立つ。


 私が抱いた確かな緊張感。〈審判ノ書(バイブル)〉は、その人の異能を決める儀式のようなもの。見世物になることはあっても、基本的には下級異能や中級異能が大半であり、誰も期待はしない。


 しかし、〈十天〉・第三席が連れて来た人間、ということだからだろう。〈十天〉の面々は、誰も私を馬鹿にする様子もなく、静かに様子をうかがっている。その中で、飛車角もまた、玉座に腰掛けながら静かにその様子を見守っていた。彼らの視線の重みが、肩に重くかる。


「日向君……と言ったかな。心の準備ができたら、手を翳してくれ」


「はい……」


 深呼吸。空気が張り詰める中、息を深く吸って、吐く。そして、覚悟を決めた私は、開かれた〈審判ノ書(バイブル)〉の白紙のページの上に、そっと手を翳した。


 ――すると、その白紙のページにじわじわと光を放つ文字が浮かび上がる。教科書で学んだものとはまるで違う、神々(こうごう)しい光が次第に形を成していく。そこに記されたのは――。


――――――――――――――――――――――――

          神話級

          天照

         Amaterasu

――――――――――――――――――――――――


「……えっ?」


 私は、予想外のその文字に、驚嘆きょうたんの声を漏らした。それに続くように、大和國と飛車角もゆっくりと口を開く。


「――見事」


「……はっ、嬢ちゃん……見込み通りじゃねえか」


 ――神話級……?何……?私が……?


「綺麗な色やねえ」


「神話級の啓示は何度見ても壮観だねぇ」


「日向君」


「は、はいっ!」


「君は神話級異能を持つに相応ふさわしい人間なんだ。〈審判ノ書(バイブル)〉によってそれが今、証明された。誇るべきことだ」


 鳳の言葉に事の重大さを実感する。


 ――授かる異能の階級はランダムじゃない。教科書には、その人が持つ運動神経、体力、頭脳、行動力、リーダーシップ等――ありとあらゆる能力の総合値に応じて当人の異能の階級が決定されると記載されていた。


 ――神話級異能。この世界に十数人しか存在しないとされる、最上位の階級に位置する異能。神話級異能が顕現するのは、異能を授かる以前から人間離れした逸話いつわを残してきたものばかり。事実、神話級異能が名を連ねる歴代の〈十天〉の面々も、スポーツ、芸術、政治と、各分野のトップばかりだ。


 ――神話級異能……?ひいでた能力なんて何も持ち合わせていない私が……?なんで……?


「……何故なぜ自分に。そう思うか?」


「……えっ?」


 飛車角の不意の問い――脳内を盗み見たような鋭い洞察どうさつに、思わず驚嘆の声を漏らす。


「……少なくとも一点、他者を……俺すらも……いや他の〈十天〉すらも凌駕りょうがる能力が嬢ちゃんにはある」


「……そんなもの……私には……」


「……はっ、いずわかる」


 飛車角は一人で納得した後、〈十天〉の面々にゆっくりとこう告げた。


「……文句ないよな?枠がようやく一つ埋まる」


「そうだねぇ。歩がそう言うならオイラも異論はないよぉ」


「同感でありんす。やっと女の子が増えてえらい嬉しいどすなぁ」


さて、日向殿は如何いかがで御座るかな」


「えっ……?えっ?」


 ――この人たちは何を言っているんだろう?


「あれ、この様子だと歩、もしかして日向君に何も説明してないね……」


「良くないよぉ、歩ぅ」


「……はっ、そうだったな」


 デフォルメの効いた外見の男――飛車角は私に視線を向ける。くりくりとした児童向け漫画のキャラクターのような丸い目で、私をじっと見つめて、渋い声で言った。その様は少しだけ、不気味だった。


「……日向陽奈子、おめでとう。嬢ちゃんは今日から〈十天〉だ」


「…………え?」


 突然の飛車角の言葉。面食らった私は、しばらく何も発することができなかった。その衝撃に、思考が止まる。


「……じょ、冗談ですよね?私が〈十天〉なんて……」


「……実績を考慮こうりょせずとも……〈十天〉のうち一人が推薦〈すいせん〉――その後、〈十天〉の過半数が承認すれば〈十天〉に加入することができる」


「……私を推薦……ですか」


「……不満か?嬢ちゃんにはそれだけの力があると、今、此処ここで示した」


「……っ!」


「へえ……歩が推薦するとはね……」


「歩が〈十天〉に推薦するなんて、びっくり仰天だねぇ」


 ――つい先日まで、まだ見ぬ異能に恋焦こいこがれていた。二十歳までに顕現するはずの異能が十八になっても顕現せず、何処どこか焦っていた。異能が顕現しない所為せいで他に道もなく、あの会社に就職した……。そして――。


 飛車角はその不気味な黒い目で私を見つめたまま、私の返事を待っている。私は、飛車角に問う。


「〈十天〉になれば……〈不如帰会ほととぎすかい〉をつぶせますか……?」


「……それは嬢ちゃん次第だな」


 ――あのとき私に力があれば舞白も、ママも、パパも、タロも、殺されることはなかったのかもしれない。何度後悔したことか。あんなことをもう起こしてはいけない。私が……私が〈不如帰会〉を潰すんだ。〈十天〉になればそのチャンスは必ずめぐってくる。


「……わかりました。……やります。やらせてください」


「……はっ、それでこそだ」


 飛車角は右手の指にはさんだ煙草の煙を肺に入れ、煙をモクモクと吐き出した後、言葉をいだ。


「……復讐ふくしゅうは何も生まない……そう言う奴もいるがな……俺はそうは思わねえ」


「…………」


「……この俺が推すんだ。必ずやりげろ」


「……はい!ありがとうございます!」


 深く、深く感謝の意を込めて飛車角に頭を下げた。気付けば涙が流れていた。涙が、ほおを伝う。


「あれ……?なんでだろ……」


 飛車角はその様子を見て、僅かに微笑ほほえんだ。〈十天〉の面々はその様子を優しく見守っていた。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 ――翌日、ビジネスホテルの一室にて。


「よし……!」


 舞白の遺品――舞白がツインテールの結び目に着けていた大きな太陽の髪飾り。舞白の両親から是非にと譲り受けたその髪飾りの一つを前髪に着け、髪色を派手に変えた私は、鏡の前で身支度みじたくをしていた。


 比較的高めの位置で結んだ、ツーサイドアップに近い金髪ツインテール。毛先にかけてグラデーション――桜色に染めた。譲り受けた太陽のバレッタ――髪飾りで前髪を留め、我ながらバッチリ決まったと思う。


 そして胸元には、舞白が私への誕生日プレゼントとして用意してくれていた、綺麗なルビーの宝石が埋め込まれたハート型のネックレス。そのネックレスを優しく握り締めて、鏡に映る自身に宣言する。


「〈不如帰会〉……絶対アタシが潰してみせるからね」


 〈不如帰会〉を滅ぼす……その決意の下、「何処どこにでもいる普通の女の子」であった日向陽奈子は、新世界の頂点、世界上位十名――〈十天〉に名を連ねることとなった。


 生まれ変わった彼女は、僅か一ヶ月で、A級異能犯罪集団を壊滅させたり、「世界の終末」と称された隕石衝突を未然に防いだり……と数多あまたの実績をげることとなる。


 そして彼女は〈十天〉としての活動でた報酬の大半を、〈不如帰会〉の被害者遺族へと寄付きふした。被害者遺族への支援を世間へ公表しないまま、彼女は日本円で数億円単位の寄付を続けた。それと並行して〈不如帰会〉の情報も集め、単独で〈不如帰会〉を追った。


 彼女は間もなくして、ギャル界のトレンドセッターとして、一躍いちやく時の人となった。その頃には彼女は、通称「#ぶっ壊れギャル」の異名を取るようになる。

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