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1-46 日向家の喧騒

注目度ランキング42位ありがとうございます!

「…………え?」


 悪い夢を見ている気分だった。いやむしろ、悪い夢だったらどれだけ救われただろうか。


 一階に続く階段とそこから玄関まで続く廊下が真っ赤に染まっている。その鮮血の上に転がる舞白のバラバラになった身体。


「う……そ……」


 その光景は最早もはや二十年弱にじゅうねんじゃくを共に過ごしてきた見慣れた我が家ではなかった。温かな日常が血に染まり、地獄絵図と化している。


「ま、舞白……あ……あ……ああっ」


 何が起こったのか、頭が理解し始める。ふらつく足と嗚咽おえつが混じる口を押さえ、階段を一段、一段と下りる。舞白の血がぴちゃ、ぴちゃと音を立てる。その音が、現実感を増すように耳に響く。


 散らばった手足は四本ではなかった。確認できるだけでも五本……いや六本。そのことに気付いた私の脳裏を、家族の存在がよぎる。


「ママ……パパ……タロ……」


 玄関へと続く廊下の左手。そこにあったリビングの扉は開いており、リビングからも赤い血が流れているのが見えた。嫌になるほどの赤が、視界を埋め尽くす。


 重い足取りで、やっとの思いで一階へと下り、目を閉じる。そして、嫌な予感を振り切るように目を開け、リビングを覗く。心臓が、激しく鼓動を打つ。


 ――むごい、ひどく惨い光景だった。


 鮮血に染まったリビングには四肢ししが転がっており、最早誰の手足だったのか判別もできないほどだった。リビングの食卓の上には父の首、キッチンの床には母の首が転がっていた。


 その光景は、明らかに常軌じょうきいっしている。キッチンの、熱されたフライパンの上で、げた肉から煙が立ちのぼっていた。


「あ……ああ……ああっ……!」


 家族の亡骸なきがらに歩み寄ろうと、踏み出した右足に何かが当たる感覚がした。恐る恐る見下ろすと――私は力なくその場にへたり込んだ。そこには、無惨むざんにも肉塊にくかいにされた愛犬、タロらしきものがそこにあった。


 いつも玄関で私を出迎えてくれた温かな存在が、この世のものとは思えない姿に変えられていた。


「あ……ああ……ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」


 悲鳴にも近い、絶叫――。よわい二十にも満たない私の精神が壊れるには十分すぎる絶望だった。その叫びが、血に染まった部屋にむなしく響く。


「お、おえええええええええええええええええええええええええっ」


 嗚咽おえつ嘔吐おうと。鮮血に吐瀉物としゃぶつが混じる。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 ――この時代においては、異能犯罪への抑止力よくしりょくの役割は〈十天じってん〉を始めとする上位の異能を持つ者や世界六国各国の騎士団がになっていた。しかし、実際に異能犯罪に対処するのは、基本的には警察の役割だ。


 刑事や警察の鑑識部かんしきぶらしき男たちが日向家を訪れたのは、事件発覚から一時間後のことだった。


 私は警察への通報の後、リビングのすみうずくまっていた。自室に戻る気力もなかったのだ。


 通報から数十分後、駆け付けた警官たちはインターホンを鳴らしたが、私は、鼻を刺す血の臭いと血溜まりの中、玄関まで向かう気力はなかった。すると、扉が開いていたのか、警官たちは続々と玄関へと入ってきた。


「……うっ……酷い……」


「……惨いな」


 玄関や廊下に広がる光景を見て、警官たちは一瞬呆気(あっけ)に取られていた。しかし彼らはその場で立ち止まり、遺体に手を合わせた後、すぐに捜査そうさを始めた。


 無論、リビングの隅に蹲っていた私にも声が掛かったが、上の空であった私を見て警官たちは状況を察したのか、他の捜査を始めた。


「「「飛車角警視監!お疲れ様です!!」」」


「……おう」


 突如として警官たちが立ち上がり、敬礼するその先には……身長百二十センチメートルほどだろうか。まるで子供のような体躯たいくに、漫画のマスコットキャラのような丸い目にふざけた顔立ち。


 それに反してハードボイルドな声で短く挨拶あいさつを返しながらリビングに入ってくる、黒い将校服に身を包んだ男がいた。極めて小柄ながら、目深まぶかに制帽をかぶる様が何処どこか様になっている。その存在感は、明らかに他の警官たちとは異なっていた。


 私は彼のことを知っていた。厳密に言えば、私でなくても彼のことを知っている。この新世界における頂点、世界上位十名――〈十天〉の一人に名を連ねる男――〈十天〉・第三席――飛車角ひしゃかくあゆむ、その人だった。


 ――〈十天〉・第三席――飛車角ひしゃかくあゆむ。彼はこのマスコット的なふざけた容姿と二十二歳という異例の若さながら、警察の階級の中でもトップの役職――警視総監けいしそうかんの次の位の階級、警視監けいしかんの役職にいたスーパーエリート。くまで本業は警察官ながら、〈十天〉の地位に就いた異端児いたんじだ。


 ――更に元・〈陸軍〉大将――軍人上がりだと聞く。数年前の異能戦争により最愛の妻を亡くし、その悲劇を二度と繰り返さないために警察になった。未だに将校服に身を包むのは、その辛い記憶を忘れないためなのだとか。


 ――ちなみに八十年ほど前までは公務員の副業は禁止されていたと聞くが、世界に異能が顕現けんげんして、異能至上主義の新世界となってからというもの、そのような制約はなくなり、異能犯罪の抑制に貢献できる有能な人材の多くが本業・副業を問わず異能を振るった。


「……こりゃあ派手にやってくれたな」


 飛車角が顔をゆがめ、そう呟いた後、静かに手を合わせた。まるで遺体をとむらうかのように。そして、部屋の隅で蹲る私を見つけ、近寄ってくる。その短い足の一歩一歩に、若いながらも警視監としてつちかった威厳が感じられる。


「あっ警視監、その子は落ち着いてから……」


「…………」


 止めに入った警官を右手で制止し、飛車角が私を見下ろすように立つ。その漫画のような黒い目には、確かな意思が宿っている。


「…………第一発見者の……日向陽奈子だな?」


「……はい」


 うつむいたまま、彼の問いに答える。その声が震えていることに気付いたのは、私がそう言葉を発してからだった。


「……早速だが……俺はホシに心当たりがある」


「……ッ!」


 驚いて顔を上げる。飛車角はポーカーフェイスを保ったまま、落ち着いた様子で言葉を継いだ。


「……だがその前に話を聞かせてくれ……。嬢ちゃんにはその義務がある」


「……わかりました」


 私は飛車角に事の経緯けいい事細ことこまかに説明した。旅行の計画を立てるために舞白が家に遊びに来たこと。家族で舞白を出迎えたこと。母がケーキをくれたこと。舞白が階下に小皿とフォークを取りに下りたこと。舞白が部屋に戻って来ないことを心配して階下に下りたときにはこの惨状さんじょうだったこと……。


 嗚咽おえつ混じりに言葉をつむぎ、必死に説明した。一つ一つの言葉を発する度に、のどが切り裂かれるような痛みを覚える。


「……成程。……嘘はないようだな」


 飛車角はそう言葉を発し、少し考え込むようなポーズを取った。そして飛車角は突然、きびすを返した。


「……ついて来い」


 飛車角はそう告げると、キッチンのそばにあったインターホンの前に立った。重い腰を上げ、それについて行く私。血の跡を避けながら、慎重に歩を進める。


「インターホン……ですか?」


「……ああ」


 飛車角はそう短く答えた後、短い手足を必死に伸ばし、白い手袋をめた右手でインターホンを操作し始めた。「メニュー」、「録画リスト」と順に表示し、決定ボタンを押す。その指先には、明確な意図が感じられる。


 「録画」に映し出されたのは警官たちだった。これは私が通報した後、警官たちが駆け付けた際の映像だろうと確信した。


 飛車角が「前へ」のボタンを押すと、日向家の玄関前に立つ二人の男女が映し出された。一人は、ボサボサの濃い深緑色の髪の男。細身のその男は、目を寄り目にし、舌を大きく出している。――狂気の沙汰であった。そしてもう一人は――。


「えっ……」


「……知り合いか?」


 小さなモニターに映った女は知っている人間だった。木村――。私に執拗しつようにモラハラをり返す職場の上司、木村であった。私は驚きを隠せないまま飛車角の質問に答える。三度みたび、心臓が激しく鼓動を打つ。


「職場の……上司です」


「……こっちの女か」


「……はい」


「……そうか」


 飛車角はそう告げ、何かを考え始めた。その表情には、暗い確信が浮かんでいる。


「……あの、飛車角さん」


「……そうだ、ホシはコイツらだ」


 視界が歪む。


 ――どうして?


 疑問が、次々と浮かび上がる。


「……〈不如帰会ほととぎすかい〉」


 愕然がくぜんとする私に、飛車角が告げる。


「…………最近クランとしても登録されたばかりの新興しんこう宗教だ」


 ――〈不如帰会〉……聞いたことがない。


「どういうことですか……?」


「……青砥あおと舞白ましろと部屋にいるとき、インターホンが鳴らなかったか?」


「……はい、鳴りました……」


「……じゃあそのときだろうな、扉を開けた嬢ちゃんのご両親は勧誘を断った」


「…………それだけで……殺されたってことですか?」


「……そういう団体だ。……と言っても納得できないだろうがな」


 ――宗教の勧誘を断っただけで殺害された?何の罪もない私の両親とタロが?舞白はその場に偶然居合わせて?……なんで……なんで……?


「…………なんで……」


「……なんだ?」


「なんで〈不如帰会〉のことを公表しなかったんですか……ッ!そこまで理解わかっているなら……公表していれば……!私の家族は……ッ!舞白は……ッ!」


 私は震える声で叫んだ。リビングの警官たちの注目を集める。しかし、飛車角の回答は――。


「……警察も色々あんだよ」


「……ッ!」


 そう告げて制帽を押さえ、申し訳なさそうに目を閉じる飛車角。その声には、あきらめにも似た響きが混じっている。


 あまりの不条理ふじょうり下唇したくちびるめる。それを横目に、飛車角がゆっくりと話を続ける。


「映像に映る男……間違いない。〈不如帰会〉の会員番号一桁ダーキニー……四条しじょうだ……」


「…………ダーキニー……ですか?」


「…………〈不如帰会〉の人間は、〈不如帰会〉の幹部を――会員番号一桁ダーキニー……そう呼んでいる」


「幹部…………なんでそんな人が…………?」


「……ここ最近でバラバラ殺人は何件も起きててな……。足取りが掴めない男だが……全ての事件にコイツが関与してると見て警視庁けいしちょう本部では捜査を進めている」


「……もう一人……木村……さんは……」


「……嬢ちゃんの知り合いならここに四条を誘導したのはこの女という線もあるな」


「……そんな…………」


「……嬢ちゃん、あまりここに居すぎない方がいい……おい、嬢ちゃんを部屋まで連れてってやってくれ」


 飛車角は近くにいた刑事にそう告げると、その場を離れて行った。


「あの、日向陽奈子さん、すみません。お話は後でまた詳しくうかがいますのでそれまでお部屋で待機していただけますか」


「……はい」


 警官に連れられ、ゆっくりと階段を上がり、部屋に戻る。扉を開けた先には先程まで普通に舞白と過ごしていた日常の一ページがあった。しかし、理不尽なまでの暴力によってそれは奪われ、一瞬で絶望に塗り変わった。


 ベッドの上に雑多に並べられた旅行情報誌。そのベッドの足元――フローリングの床に置かれた舞白の小さな鞄から、何かがみ出しているのが視界に留まった。ラッピングによって可愛らしくギフト包装された、小さな箱だ。そしてふと隣に目を向けると、そこには白い箱があった。


 ――そうだ、舞白はケーキを食べようと一階に下りて……。


「……まだ……食べられるかな」


 食欲なんてなかった。そのとき私は何を思ったのか、その白い箱を開けた。ホールケーキにいちごが円を囲うように乗せられており、その中心に置かれたチョコプレートには、白いチョコペンでメッセージが描かれていた。


 ――陽奈子 誕生日おめでとう――


「…………ッ!ママ……パパ……タロ……舞白……ッ……!!」


 ――嗚呼ああ、そうか。今日で私、十九歳なんだ。


 流れる涙を誤魔化ごまかすようにケーキのはし手掴てづかみし、口に押し込む。甘味かんみが口内に広がる。


「う、うわああああああああああああああああああああああああああああああん!!!!」


 白い箱の前に、うずくまって泣き叫ぶ私の声は、血に染まった日向家に響き続けた。むせび、泣き叫んだ。その慟哭どうこくは、むなしく、虚しく響き続けた。

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