1-42 続・十天円卓会議
「もうっ☆銃霆音くんっ☆みんなで協力して〈十天円卓会議〉を進めようよっ☆」
「本当に……銃霆音さんがいらっしゃると話が進みませんね……」
「まあまあ、落ち着いてよ、漣漣漣君に天ヶ羽君。〈極皇杯〉に関しては、僕たち〈十天〉も当日までに〈十天推薦枠〉を選出しないといけないからね。しっかり話し合おうか」
――〈十天推薦枠〉。四十万人を超える〈極皇杯〉の全参加者のうち、一名のみに与えられる特別優待枠だ。本戦にシードで出場できるとか、そんなメリットがあるわけではない。ただ〈十天〉が推薦する一名、という名前だけの枠。
――しかし、〈十天〉が推薦するというだけあって、〈十天推薦枠〉は毎年、予選を実力で勝ち抜き、本戦でも好成績を残してきた。〈十天推薦枠〉に選ばれるということは、優勝候補の烙印が押されるということと同義なのだ。それだけに〈十天推薦枠〉は、世間の注目度も高い。
「でもよ鳳サン♪〈十天推薦枠〉の枠の選出はオレに一任してくれるんだろ♪」
「昨年の優勝者だからね」
――実際のところ、この〈十天〉・第八席――銃霆音雷霧も昨年、〈十天推薦枠〉を与えられ、無双劇と言えるほどの圧倒的な強さで優勝を手にした。そして今や、俺と同齢――二十二歳の若さで〈十天〉の一員として名を連ねている。
「だったらオレのダチのリョーガしかいねーっしょ♪」
「雷霧ぅ、『リョーガ』って雷霧のクラン――〈鉛玉CIPHER〉のサブマスだよねぇ」
「おう♪偉人級異能だしつえーぞ♪文句ねーだろ♪」
「偉人級なのは凄いんだけどぉ……友達だからって〈十天推薦枠〉に選出するなんてのは良くないよぉ。みんな真剣に参加してるんだからねぇ」
「噴下君の言う通りだね。君に一任するとは言ったが、最終的には僕たちの合議で決める必要があるからね」
「はー、つまんね♪だったら要らねーよこんな権利よー♪」
「銃霆音さん……〈極皇杯〉を軽視しすぎです。〈極皇杯〉に参加される方々に失礼だとは思わないのですか?」
天音が銃霆音を責める。銃霆音は悪びれることもなく、こう言い返した。
「うっせ♪エンジェリックババアが♪」
――コイツ……!
「はぁ……。無視して進めてください、鳳さん」
天音は呆れた様子で溜息を吐いて、鳳に話を振る。
「そ、そうだね。まあ〈十天推薦枠〉は兎も角として、今年は第十回――メモリアル大会ということもある。世界六国での注目度も異常なほどだ。僕たちは〈十天〉としてその戦いをしっかりと見守ろう」
「左様。拙者ら〈十天〉の人員が万が一欠けし刻、次に〈十天〉入りするのは〈極皇杯〉の優勝者で御座るからな」
「今年も楽しみだねぇ」
「そうだね。では次だが……日向君。お願いできるかな」
――来たか。
〈十天〉の面々が、日向に注目する。日向が、少し気不味そうに、口を開いた。
「あ、はい。えっと……一昨日、アタシ――日向陽奈子は単身で、〈竜ヶ崎組〉の支配下にあった〈神屋川エリア〉へ潜入しました」
「まさか十六年間閉ざされていた〈神屋川エリア〉が丸々〈竜ヶ崎組〉の拠点だったとは思いませんでしたわ」
「え、槐お姉様……!し、私語……!怒られるよ……!」
「えっと……それでアタシは〈竜ヶ崎組〉・組長――竜ヶ崎龍と接敵……したんですが……あの……負けちゃって……」
「おいおい♪夏瀬……って奴が倒したってマジなのかよ♪」
「はぁ。日向はんが勝とうが負けようがどうでもいいでありんす」
「えっとぉ、陽奈子ちゃんが負けるとは考えづらいし、事情があったのかなぁ」
「――はい、その点ですが」
騒めき立つ〈十天〉の面々。その喧騒を裂くように、天音が声を発した。
「ごめんなさい日向さん。この話は辛いかもしれませんが……日向さんは竜ヶ崎龍との異能戦によって敗北したわけではなく、恐らく、刃物等を使って日向さんの戦意を削いだのではないかと」
「う、ううん……あまねえ、ありがとう」
――事実、日向が竜ヶ崎龍と真正面から戦っていれば、竜ヶ崎龍に勝ち目はなかっただろう。竜ヶ崎龍の偉人級異能、〈帝威〉――全てにおいて相手のステータスを『一だけ』上回る異能。即ち、事実上、相手の完全上位互換になる異能。一見最強に思えるが、肉体には限界が存在する。竜ヶ崎龍では日向を上回ることはできないのだ。
「あー♪〈不如帰会〉の手で……ってアレな♪」
「十二分に考えられる可能性で御座るな。竜ヶ崎龍は行方を眩ませる以前より〈不如帰会〉の会員番号一桁の疑惑があったで御座る。なればその件を知っていたとて不思議はないで御座る」
「陽奈子さんのトラウマを利用して……ということですわね。最低の連中ですわ」
「で、エロ女――おっと、日向♪どうなんだ♪」
「う、うん……刃物で脅されてってのはあまねえの言う通りです。そこで……たまたま〈神屋川エリア〉に来ていたあまねえたち……〈神威結社〉が助けてくれて。そこにいる〈神威結社〉のクランマスター、夏瀬雪渚が竜ヶ崎龍を破りました」
「お♪誰かと思ったらコイツが夏瀬かよ♪」
――やっと出番か。
俺は椅子から立ち上がり、軽く自己紹介の言葉を述べた。それを受け、背後の拓生と竜ヶ崎が姿勢を正した。
「はい。ご紹介に預かりました、自分が夏瀬雪渚です。そして後ろにいるのが仲間の御宅拓生と、竜ヶ崎巽――彼女は竜ヶ崎龍の妹に当たる人物ですが、寧ろ竜ヶ崎龍とは敵対し、〈神屋川エリア〉の住民のために懸命に戦っていた人物です。危険はありません」
「おォ!ボス!アタイが言おうと思ってたことを流れるように!さすがボスだァ!――おっと、ア、アタイがその竜ヶ崎巽だァ!」
「小生が御宅拓生ですぞ!」
――いつものラノベ主人公口調でも良かったが今回は相手が相手。銃霆音もヤバい。敵に回さないよう下手に出た方が賢明だろう。
すると、隣に立っていた黒崎が恐縮しながら口を開いた。
「僭越ながら補足させていただきますと、私奴も先日、お嬢様方の命を受け、竹馬大学へ足を運んだ際に夏瀬様や御宅様とは面識がございます。怪しい方ではないと保証させていただきます」
「影丸がそう言うのだから間違いありませんわ」
「う、うん……。私たちも会ったから……わ、悪い人たちじゃないと思います」
「ありがとうございます。槐お嬢様、樒お嬢様」
俺たちや黒崎、杠葉姉妹の言葉を聞いた第一席・鳳世王は、納得した様子で爽やかに言葉を返す。
「そうか。それは〈神威結社〉のみんなはご苦労だったね。天ヶ羽君、夏瀬君について君の口からも説明してもらえるかな」
「かしこまりました」
〈十天〉の面々は静かに天音に注目する。天音は、丁寧な物腰でゆっくりと口を開いた。
「皆さんのお察しの通り、せつくん――ではなく夏瀬雪渚は私の想い人です。私の神話級異能、〈聖癒〉に与えられた蘇生の力――遥か昔の話ですが、それによって蘇らせたのが彼です」
「天ヶ羽君……そうだったのか……。君の『待ち人』は……彼だったんだね」
「はい。皆さん、申し訳ございませんでした」
そう言って、天音は立ち上がり、〈十天〉の面々に対し、深々と頭を下げた。それは、天音の心からの謝罪だった。〈十天〉の面々は、静かにその様子を見守っている。
「病院に通い詰め……〈十天〉の任務を疎かにしてしまったこと、心より謝罪いたします」
「いやいやぁ、天ヶ羽さん。謝ることなんてないよぉ。天ヶ羽さんは自分の仕事以上の仕事をしてくれてたよぉ」
「左様で御座る。天ヶ羽殿は〈十天〉としての役割を十二分に果たしていた筈で御座る」
「そうだよっ☆天音ちゃんが自分を責めることなんてないよっ☆」
「みんなの言う通りだ。天ヶ羽君、君はよくやってくれていたよ。それより天ヶ羽君の『待ち人』がこうして戻って来てくれたことを嬉しく思う。夏瀬君にとっては……なかなか衝撃的な世界かもしれないけどね」
「皆さん……ありがとうございます」
そう言って天音はもう一度頭を下げ、再び着席した。すると突然、杠葉姉妹の隣に座る、鮮やかなオレンジ色のサイドテール風の髪型の女の子がこちらに顔を向け、明るい表情で声を掛けてきた。
「それで君が天音ちゃんの彼氏さんなんだっ☆よろしくねっ☆」
「あ、ああ……漣漣漣さん」
肩に垂らした大きな編み込みに、螺旋状の青いメッシュの入ったその女。しかし、その可愛らしい声音とは裏腹に、何かあるような――不思議と銃霆音が「いい子ちゃん」と彼女を評価したのも、理解できるような気がしてしまった。
「あっ、夏瀬くんっ☆『涙ちゃん』か『るいるい』でいいよっ☆ボクのことはみんなそう呼んでくれるからっ☆」
「……わかった、涙ちゃん」
「うんっ☆」
背後に立つ竜ヶ崎は彼女のその存在感に気圧されたのか、はたまた何かを感じ取ったのか――ごくりと音を立てて唾を飲み込んだ。すると、背後の拓生が俺に耳打ちする。
「雪渚氏!るいるいに話し掛けてもらえるとは……羨ましいですぞ!」
「拓生……お前……『全方位型オタク』だったな……」
「おいおいトップアイドル様よ~♪ババアの彼氏に色目使ってんじゃねーよ♪男に媚びやがってしょーもねーなお前は♪」
「え~っ☆挨拶しただけじゃんっ☆」
「それにしても何とも面妖で御座るな。天ヶ羽殿の異能に蘇生の力があると言えど……一度死んだ人間が蘇る等と……」
――〈十天〉から見ても蘇生は異常事態、か。当然と言えば当然だが。
「見ろよ♪『夏瀬雪渚』ってネットで検索すりゃ滅茶苦茶記事出てくんじゃねーか♪」
そう言って、銃霆音はスマホの画面を〈十天〉の面々に見せつけながら、画面に表示される文字列を音読し始めた。天音が次第に顔を曇らせる。
「『共通テスト満点の天才、栄光の果てに相模湾へ――ネット騒然』……『共通テスト満点の麒麟児、変わり果てた姿で発見』……うへー、モザイクかかってるけどこれ白骨化死体だろ♪グロいな♪」
「――ちょっと銃霆音!夏瀬とあまねえに謝って!」
ネットの記事のタイトルを無遠慮に読み上げる銃霆音。――突然、日向が激昂して円卓を両手で叩いて立ち上がった。その表情には、いつもの女の子らしい表情とは異なり、明らかな怒りが滲んでいた。
「ンだよ日向♪読んでるだけだろ♪お前もしかして夏瀬に惚れてんのか?」
「そんなんじゃないわよ。でも銃霆音やりすぎ。あまねえがどんな想いで夏瀬のこと待ってたか知らないわけじゃないでしょ?」
「ケッ♪知ったことかよ♪どうせ自殺した理由も教育虐待とかそんなとこだろ♪そんなダセェ奴庇って何になる――」
――そのときだった。銃霆音の喉元を――四つの刃が捉えた。
「――銃霆音さん。私への侮辱は構いませんが……せつくんへの侮辱は死罪に値します」
「――銃霆音。死んだこともない人に自殺を選ぶ人の辛さの何がわかるの?アンタ、ホント最ッ低ね」
「――〈十天〉だかなんだか知らねェけどよォ……。アタイの恩人をこれ以上馬鹿にするなら殺っちまうぞォ!」
「――同感ですな。銃霆音氏……少々おいたが過ぎますぞ」
翼を生やした天音が銃霆音の背後から手刀を。日向が円卓に飛び乗って、両手をすっぽりと包んだ、大きな太陽の刻印が施されたシリコン製のガントレット――〈キラメキ〉を。竜ヶ崎は鉤爪――〈ヴァンガード〉を。拓生は、〈竜ヶ崎組〉との戦闘で使ったらしい高圧洗浄機のノズルを。それぞれが至近距離で――銃霆音の頭や喉元に向けている。
――不味い。これは……。
俺の額を冷たい何かが、一筋、垂れた。冷や汗が、頬を伝う。
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