1-41 十天円卓会議
――広く、真っ白な室内で、最奥の玉座に座る男は、爽やかに〈十天円卓会議〉の開始を宣言した。
「樒君。今日も議事録をお願いするよ」
「……お、鳳さん。……わ、わかりました」
爽やかな雰囲気の、イケメン然とした短い赤髪の男。左目の下には涙ボクロが、頭には白い小ぶりな王冠を載せている。色町のホストを彷彿とさせる、赤い派手なスーツ――その上から王族や貴族が着るような、縁に白いモフモフの毛が付いた黒いクロークを羽織っている。
イケメンとしか形容しようのない、ヨーロッパ系の端正な顔立ちの男。〈十天〉・第一席――鳳世王――その人だ。そして、俺たち〈神威結社〉を、〈十天円卓会議〉に呼び寄せた張本人でもある。
「鳳サンよー♪もうめんどくせーからよー♪次から参加するの希望者のみにしようぜー♪イマドキ強制参加とか時代にそぐわねーって♪」
「Ⅷ」の席に座る、褐色の肌の軽薄そうな男は、〈十天〉・第八席――銃霆音雷霧。銃と弾丸のグラフィティが描かれた黒いパーカーに身を包み、髪型は、小分けにした毛束をそれぞれ細かく三つ編みにしたコーンロウ、若しくはそれに近いブレイズヘア――その側頭部には稲妻型にブロンドのメッシュが入っている。
「Thunder Rhyme」という名義で世界的なラッパーとして活動し、ビートメイクやグラフィティも自身で手掛ける。MCバトル――ラップバトルの世界的な大会でもある「EXTREME MC BATTLE」――通称、EMBを三連覇。更に彼が主宰するHIPHOPクルー――〈鉛玉CIPHER〉名義で配信される音源――楽曲の数々は、世界中のヘッズ――簡単に言えばHIPHOPファンを魅了している。
「ダメだよ銃霆音くんっ☆ちゃんと〈十天〉の一員だという自覚を持たなきゃっ☆」
そんな銃霆音を可愛らしい声で叱責する女は、〈十天〉・第九席――漣漣漣涙。髪型は、蜜柑を彷彿とさせる鮮やかなオレンジ色のサイドテール風で、ウェーブがかった長い髪をサイドに纏めた大きな編み込みを右の肩に垂らしている。その編み込みに沿って螺旋を描くように淡い青のメッシュが入っており、全体的に動きのある髪型だ。
前髪には大きな貝殻のバレッタ――髪飾りを着けている。淡い青の螺旋状のメッシュや跳ねた髪がポップで印象的だ。トップスは水色のビキニの上から、白いモコモコとした縁取りが施された、短い丈の綺麗な海色のケープを羽織っている。ボトムスは海色のショートパンツに、青と水色の縞模様のニーソックスという露出度の高い、全体的に青や水色を基調としたファッション。その瞳は、夜空に瞬く星が宿っているかのように、燦然と輝きを放っていた。
「いい子ちゃんぶってんじゃねーぞ貧乳トップアイドル様よー♪オレこの後EMBの本戦控えてんだわ♪〈十天円卓会議〉なんかやってらんねーって♪」
銃霆音は、歯に装着した銀色のグリルを覗かせた。首に掛けたゴールドチェーンが、照明のないその空間の何処から発されたのかもわからない光を浴びて、妖しく光る。
「もうっ銃霆音くんっ☆今日はお客さんも来てるんだからちゃんとしよっ☆」
漣漣漣涙は〈Triple Crown〉――通称、トリクラというアイドルユニットのセンターを務めるトップアイドルだ。第八席・銃霆音雷霧率いる〈鉛玉CIPHER〉と第九席・漣漣漣涙率いる〈Triple Crown〉が、新世界の音楽業界の圧倒的なツートップだ。
「ねー銃霆音。ごちゃごちゃうるさいんだけど」
〈十天〉・第七席――日向陽奈子が銃霆音を咎める。日向は金髪ツインテールからグラデーションになった桜色の毛先をくるくると弄りながら、手鏡で自身の顔を覗いている。
「――あ?うるせーぞエロ女が♪犯すぞ!!」
「……っ!」
日向が萎縮する様子を見せる。その荒れに荒れた〈十天円卓会議〉――更に異常なのが、誰も止めようとしないことだった。
――異常だ。日向が「変人ばっか」と評していたのも頷ける。
「なーんつってな♪ハハッ、ビビった?ビビったっしょ♪」
「マジ最悪……」
「――雷霧ぅ、女の子にその言い方は酷いんじゃないかなぁ」
そう、顔に見合わず女の子のような甘ったるい声で告げたのは、銃霆音の一つ奥の席――「Ⅵ」に座るタンクトップを着た、強面で大柄な男。〈十天〉・第六席――噴下麓である。
口周りにワイルドに髭を生やし、「漢」と呼ぶに相応しい濃い顔と体格だ。黒地のタンクトップから日焼けした褐色の肌と筋骨隆々の肉体が透けて見える。黒いスポーツキャップを冠っており、髪型は髪を後ろで団子状に結った、所謂、マンバンヘアだ。
「おいおーい♪噴下サンよー♪コイツ女の子って柄でもねーだろ♪宇宙に飛んで隕石落下をワンオペで防いだような女だぞ♪」
――ネットサーフィンで知ってはいたが……事実かよ。なんだそのイカれエピソード。
「でも良くないよ雷霧ぅ。後で陽奈子ちゃんに謝りなよぉ」
噴下麓は、勝率九十六・二%を誇る江戸時代最強の横綱・雷電為右衛門――その再来とも呼ばれる横綱、角界最強の力士だ。当然取組において異能の使用は禁止されている中で、だ。日向と並び、肉弾戦に関しては〈十天〉最強というのが世間の見解。因みに第五席と並んで〈十天〉の最年長。この風格で二十六歳らしい。
「ケッ!謝るかよ♪こんな怪力エロ女♪」
「もー良くないよぉ雷霧ぅ。ごめんねぇ陽奈子ちゃん」
噴下は相も変わらず可愛らしい声で話す。濃い顔と風貌に全く見合わない、独特の愛嬌と依存性があるような、萌え声に近い可愛らしい声。そのギャップに目眩がするほどだ。その巨躯が凄まじい存在感を放つ。
「いえ……噴下さん、大丈夫です」
日向は噴下に恐縮そうに言葉を返す。そして先程から、この面々の中で嫌に目立っていた、日向の一つ奥に座る侍がスマートフォンを見て、大袈裟に独り言を呟いた。
「……何ッ!?ばいとが失くなったで御座るか!?」
「あれぇ?綜征、今日のバイトがどうかしたのぉ?」
「失敬。ばいと先の店長が急病のようでな。ばいとが消し飛んだで御座る」
「そうなんだぁ。でもそしたら遊びに行けるねぇ」
「左様で御座るな。麓殿と共に往こうぞ」
噴下と仲睦まじげに話す、この長身の古風な糸目の侍――「Ⅴ」の席に座るのは〈十天〉・第五席――大和國綜征。世界二位のクランである、〈高天原幕府〉のクランマスターを務める男だ。
白い袴を筋骨隆々の上裸の上から羽織っている。まるで江戸時代から飛び出して来た侍のような出で立ちだ。モヒカン風ツーブロックの髪型――その側頭部には大きなX字の傷跡がある。
「なんだよお侍サン♪バイトねーなら噴下サンとEMB観に来いよ♪」
「あ、それいいねぇ!どうせみんな行くんでしょぉ?」
「ふむ……之も社会勉強で御座るな」
大和國綜征はこの新世界最強の剣士だ。厳密には侍なのだが、兎に角、剣を持たせればこの男に適う者はいないとされているほどだ。細い木の枝を振るって空を割った、という神話のような逸話まであるらしい。
「な♪あ、徒然草も来いよ♪オレの四連覇を見届けるのに徒然草がいねーと始まんねーっしょ♪てかそろそろオレの女になれよ♪徒然草♪」
銃霆音に話し掛けられた、噴下を挟んで一つ奥の「Ⅳ」の席に座る女は、溜息と共に、煙管を吹かしながら、呆れた様子で答えた。
「銃霆音はんは相も変わらず元気どすなあ」
廓詞――花魁言葉と、京都弁の入り交じった口調で、そう答えるのは〈十天〉・第四席――徒然草恋町だ。小柄ながら、美しい黒髪に、豊満な胸元を露わにした花柄の着物が映える。
髪型は艶のある黒髪の丸みを帯びたショートボブで、顎のラインほどまでの長さがある。サイド部分はストレートにカットされており、全体的に纏まりのある形状だ。髪の片側には銀色のヘアピンが二つ着けられ、アクセントになっている。
前髪はフルバング――所謂、ぱっつんに近いスタイルで、眉にかかる程度の長さがある。その上に紅く大きな彼岸花の花弁を着けている。シンプルながら可愛らしさや幼さを感じさせる髪型だ。艶やかな着物姿は花魁を想起させる。
「おいおい徒然草♪うるせーってことかよ♪」
「わっちは知性を感じひん男は嫌いでありんす」
徒然草恋町は、〈日出国ジパング〉と名前を変えたこの国で、日本舞踊家としても活躍しているらしい。静かに煙を吐き出す仕草には、上品さと優雅さ、艶やかさが確かに同居していた。
「……………………………………」
大和國の一つ奥、俺から見て第一席・鳳世王の右隣――「Ⅲ」の席に座るのは、腕を組んだまま目を瞑り口を開かない、黒を基調とした詰襟の将校服に身を包む小柄な男だ。目深に制帽を冠り、背中からは黒いマントが垂れている。
身長は百二十センチメートル程度のマスコット体型で丸顔。大きな丸い目の中に光のない黒く大きな丸い瞳――ぱっちりした児童向け漫画のキャラクターのような丸い目の、デフォルメの効いた外見の男。
彼は〈十天〉・第三席――飛車角歩。二十五歳という若さで警察官の役職のトップの警視総監に次ぐ、警視監の役職に就くスーパーエリートらしい。
丸い目の、子供のような体型の男が、口に咥えた煙草からモクモクと煙が立ち上る様は流石に違和感を覚えるを得ない。その姿は、まるで現実と非現実が交錯したような不思議な光景を作り出していた。
「はぁ……最悪ですね。せつくんがいらしていると言うのに……」
その反対側――第一席・鳳世王の左隣の玉座――「Ⅱ」の席に座る、白いウルフカットにメイド服が映える美女が溜息を吐く。前髪の片側を留めたばってんヘアピンが可愛らしい。俺もよく知る彼女は、〈十天〉・第二席――天ヶ羽天音。この円卓を囲う見知った存在の姿は、天音が〈十天〉の一員だという現実を俺に否応なく突き付ける。
――長くなったが彼らが世界総人口十一億人の頂点に君臨する、世界上位十名――〈十天〉の面々だ。厳密には十一名だが、当然彼ら全員が神の名を冠する神話級異能を持つ。要するに彼ら十一人は、世界の「外れ値」だ。
彼らの胸には〈十天〉であることを示す、煌々と輝くエンブレムが。「多様性の極致」とも形容すべきその異様な光景に、キャスター付きの椅子に座った俺の背後に立つ竜ヶ崎と拓生は面食らった様子で、何も言葉を発せずにいる。彼らの圧倒的な存在感の前では無理もない。
張り詰めた空気に、填めていた白い手袋越しでもわかるほどに掌にじっとりと汗が滲んでいた。
「えっと……銃霆音君、そろそろいいかな?」
「おいおい♪鳳サン♪オレ待ちだったのかよ♪」
「だからボク、そう言ってるじゃんっ☆銃霆音くんっ☆」
「うるせーぞアイドル風情の弱男ビジネス女が♪いい子ちゃんぶってんなよ♪」
「ひっどーいっ☆銃霆音くんっ☆なんてこと言うのっ☆」
「るいるい……相手しないほうがいいわよホント……」
「全くですわね。銃霆音さんには品性というものがございませんわ」
「え、槐お姉様……!銃霆音さんにそんなこと言ったらこ、殺されちゃうよ……!」
――完全に俺たちは蚊帳の外……。なんだコイツらは……。
「何と言うか……想像していた〈十天円卓会議〉と全く違いますな……」
「おォ……こんなこと言いたくもねェがァ……〈竜ヶ崎組〉のほうがまだ纏まってたぜェ……」
背後の拓生と竜ヶ崎が〈十天〉に聞こえない程度の声量で、俺の耳元でひそひそと話す。俺の隣に立つ黒崎影丸は、そんな〈十天〉の前でも全く動じず、見慣れた光景と言わんばかりの佇まいだ。
「しゃーねー♪鳳サン♪やるならとっととやっちまおーぜ♪」
「あ、ああ、そうだね銃霆音君。ではこれより〈十天円卓会議〉を始めるけど……まずは大和國君。お願いできるかな?」
第一席――鳳の言葉に、場の空気が引き締まる。大和國が口を開く。
「心得た。年末に開催される第十回〈極皇杯〉……既にえんとりい総数は四十五万人を超えておるで御座る」
「お♪もうそんなイってんのかよ♪」
「銃霆音君は昨年の〈極皇杯〉を優勝して〈十天〉入りを果たしているんだったね」
「ああ♪そこのお侍サンの弟を決勝でワンパンしてよ♪マジ呆気なかったな♪」
「銃霆音殿……立派に戦った柊征を愚弄することは許さんで御座るよ」
室内を緊張が走る。大和國が放った殺気であることは間違いなかった。立ち上がり、鞘から刀を抜いた大和國の細い目は、それでもしっかりと銃霆音を見据えていた。
「怒んなよお侍サン♪オレが強くてお侍サンの弟が弱かった♪それがこの異能至上主義の新世界だろ♪」
「くっ……失敬。取り乱したで御座る」
「銃霆音くんっ☆やめなよっ☆柊征くんはカッコよかったよっ☆」
「うるせんだよキラキラ弱男ビジネス女が♪」
――〈十天〉は……一枚岩ではない。それどころか、全く統率が取れていない。
〈十天〉・第八席――銃霆音雷霧を中心に渦を巻く、地獄のような空気の〈十天円卓会議〉は、まだ、始まったばかりだった。
評価(すぐ下の★★★★★)やブックマーク等で
応援していただけると執筆の励みになります。
よろしくお願いいたします。